『親友として、勇者として、僕は――』
二人いなくなっただけで、すっかりと寂しくなってしまった王宮と見間違うような大きな屋敷。武力で富みと権力を築いたグラシス家の屋敷の敷居を、僕ことレイトは勝手にくぐった。
手入れはいつも通り行き届いていて雑草一つ見当たらなかったけど、そこだけが変わっていないという異変が、僕にはとても不気味に思えた。
重たい扉を、主を失ったからか客を拒むように固く閉ざされた木製の扉に両手を当てて、ゆっくりと力を込めて前に押し出した。
「一応客人なんだから、一声ぐらいかけてくれないか?」
「ノエル」
「レイト。仕事は終わったのか?」
僕のクラスメイトにしてグラシス家に長年務めているノエルが、客を歓迎する時に見せてはならない仏頂面で出迎えてくれた。態度はともかく、反応はさすがと言わざるを得ない。音もなく客を出迎える彼女が磨いた技術は剣の腕だけじゃないらしい。
「うん。今は忙しくもないしね」
「……仕事を溜めるのはいいが、無理はしないでくれよ」
「そんなんじゃないから大丈夫だよ」
ノエルの心配そうなまなざしを、僕は苦笑しながら受け流した。
「そんなことより、アイリスには会えないかな?」
僕がだらしなく仕事を溜めているだとか、激務に体を壊すかもしれないとか、そんなことはどうでもよくて。
僕がなぜ今日訪問したのか明確に表す言葉を聞いて、ノエルの眉間にしわが集まる。
「ダメだ」
「友人が傷ついているんだ」
「分かっている。レイトが今のお嬢様を見過ごせないお人好しだと言うところも含めて」
視線はうっとおしげで、まるで僕を拒んでいるようだった。
「だったら会わせてくれないかな」
「何度も言うが、ダメだ。今は面会出来る状態じゃないし、お嬢様自身が今は誰の顔も見たくないとおっしゃっている」
今にも舌打ちしそうなほど顔をしかめながら、ノエルは僕が知りたい女性の今を簡単に教えてくれた。
「そっか。それならまた日を改めるよ」
僕はあっさりと踵を返す。
アイリス自身が拒絶しているのなら、僕なんかが無理に手を出すべきじゃない。彼女にもっとも近しい人間、例えば目の前にいる家族同然のメイドとかね、が解決してくれるだろう。
「待て、レイト」
「ん? 何かな」
「あのクソヤロウについて、何か進展はあったのか?」
そう言うノエルの瞳には、赤黒い炎が渦巻いていた。
「クソヤロウっていうのは、シオンのこと?」
「他に誰がいる!」
食い気味に、鼻息も荒く声をあげるノエル。どうやら、ちょっとふざけただけでも彼女の気に障るらしい。
「彼の情報はあるよ。今いる居場所も掴んでいる」
「なんだと!?」
「驚くのはまだ早い。僕は近々、彼を倒すために出征する。今はそのための準備を進めているよ」
声にならない、といった様子でノエルは口を開けている。
オーバーランクを二人もその手にかけた怪物だ。容易に見つかるとは思ってなかったんだと思う。僕がそう考えていたから、ノエルの気持ちはよく分かった。
シオンが場所を隠すことなく、逆に周りに宣伝すらしているような不遜な態度で待っていた。なんて教えてあげたら彼女は激昂するだろうから、見つけた理由は胸にとどめるだけにしておこう。
「居場所が分かっているのなら、どうして今すぐ討ちに行かない!? 奴は人類の、全生物の敵じゃないか!」
ノエルは予想通り、のんきにアイリスのお見舞いに来た僕を侮蔑と怒りの混ざった瞳で貫く。
「そのことなんだけどさ」
僕は熱くなるノエルとは反対に。
「ノエルはおかしいと思わない? シヴァさんとルドラさんを殺した犯人がシオンだった、なんてさ」
極めて冷静な口調で、ずっと頭に残っている疑問を問いかけた。
「何を言ってるんだ? オーバーランクを殺せる可能性があるのはあの男だけで、証拠もあったんだろう?」
「うん。確かに証拠はあったけど」
確かにノエルの言うとおり、物的証拠はすべて揃っている。二人を殺したのは間違いなくシオン、ということになる。
ただ、僕はどうも納得できなかった。
一時期だけとはいえ僕はシオンにもっとも近い立場で、彼と共に研鑽していたんだ。彼がどれだけ規格外なのか、僕が一番知っていると自負している。
だからこそかもしれない。僕の知っているシオンが完璧だったからこそ、彼がこんなにも簡単に犯人を特定できるような証拠ばかり残すとは思えなかった。
まるでシオンが犯人になったのではなく、犯人がシオンになったような違和感すらあった。
「証拠が揃った程度では納得できない。そう言うのですか? レイト」
廊下の奥から、ひときわ冷めた声が響いた。
僕が聞きたかった声なのだが、彼女は明らかに不機嫌だ。
「お嬢様! お体の調子は大丈夫なのですか!?」
「いいえ。でも、あの男を擁護するような意見に黙っていられなくて」
アイリスと目があって、彼女の中で燃え盛る炎を目の当たりにした。ノエルの比ではない、近付いただけで火傷してしまいそうな業火を。
「シオンを擁護するつもりはないよ」
「信用出来ません。レイトは優し過ぎますから」
即答で僕の言葉は否定された。
「優しいつもりはないけど、確かにシオンをかばいたい僕がいるのかもしれないね」
どこか他人ごとのように、僕は自分の気持ちを分析する。
「少しだけとはいえ、僕たちは一緒に笑えていたんだから」
「それは幻想ですよレイト。今のシオンは忌むべき敵です」
「確かにアイリスの言う通りだ。でも、それが正しいとは思えない」
今度は否定する気にもならなかったようで、アイリスは奥に眠る感情とは裏腹の絶対零度を孕んだ顔で睨む。
「証拠はある。彼にしかできないというのも理解している。でも、違和感があるんだ。おかしいんだ。まるで事実を書きかえられたような感覚が、僕の中から無くならないんだ」
何を言ってるんだ、という二人の表情に胃が痛くなったが、事実だから黙るつもりも訂正するつもりもない。
僕は最近誰かと戦った、ような気がする。
誰も知らないみたいだし、誰に聞いても答えは返ってこなかったけど。
僕は、ルドラさんを殺めた犯人を追いつめ、罪を清算させたはずなんだ。
シオンとは違う、誰かを。
「それはただの逃げですよ、レイト。アナタは、元とは言え親友だった男に刃を向けるのが怖いだけの、臆病者です」
「どう呼ばれようと構わない。違和感を残したまま戦うよりずっとマシだよ」
「――ふふっ」
笑い声? 険悪な雰囲気で僕を睨み付けていたアイリスが、愉快げに笑った。
「何か言いたいことがあるのかな」
「いいえ、特には。ただ、レイトはそういう人間だと再認識しただけです」
怒っているようには見えない。それどころか、茨のような雰囲気も和らいだ笑顔。ルドラさんが亡くなってから見せなくなった、柔らかい笑顔だ。
「レイトは誰かに何かを言われたぐらいで意見を曲げるような、そんな弱い人ではないと言っているんです」
「当たり前だよ。僕はこれでも勇者なんだから」
「はい。改めて実感しましたよ。頑固者さん」
アイリスの言葉にノエルも笑い声をあげた。
……そんなに頑固だろうか。
「ですが、シオンは倒さなければなりません。邪魔者は皆殺しにすると言った彼を、放ってはおけません」
「シオンが言ったのかい?」
「はい。父さんを殺した時、彼は確かにそう言いました」
真っ直ぐな瞳がウソをついているとは到底思えなくて。友人が歪んでしまったという事実を、認めたくなかった現実を叩きつけられた。
「……そっか」
シオンが言う邪魔者の中に、僕が含まれているのは間違いない。現状、彼を倒せる可能性があるのは僕と魔王であるカレンだけなのだから、僕らのどちらかを狙うのは確実だ。
シオンは頭がいいから、力を削ぐためならあらゆる手段に出るだろう。例えば、この場にいる二人の女性に危害を加える、と言ったように。
「魔族に連絡しよう。シオンは僕か魔王を狙うはずだから、同盟を築かないといけない」
それは許せない。アイリスを奪うのであれば、僕は親友だろうと容赦は出来ない。
「分かった。カレンに連絡しよう」
ノエルが早足で廊下の奥へと歩き始める。色々と準備をしないといけないからね。
「レイト。大丈夫ですか?」
「うん、ごめんねアイリス。今日のところは帰ることにするよ」
可能な限りの笑顔でアイリスに挨拶してから、僕も屋敷を後にした。
認めたくはないけど、シオンは敵になってしまった。
「親友として、勇者として、僕は――」
君を全力で止めよう。




