「終わりにしようぜ」
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……」
肩で息をする生物の理から外れたモノが二つ。
「……もう、終わりにしようぜ。シヴァ」
「いい考えだ。これ以上は予定に支障が出るからな」
白色の言葉に、俺は鼻で笑い飛ばすことしかできなかった。それだけ消耗していたのだ。
「久しぶりに楽しませてもらった礼だ」
眩いばかりの白が、視界を塗りつぶす。
「一切の手加減もない文字通り全力で、お前を破壊してやろう」
両手を上に向け、白の制御に意識を割きながら、シヴァは獰猛な笑みを浮かべる。
小細工を挟むつもりもないんだろう。正々堂々真正面から、俺を消し去ろうとしているのは明白だった。
「俺流剣術――」
対する俺は、闇衣から召喚した刀を鞘に収めながら、右手に銀を集束させていく。あまりの密度に神力は耐えきれず、雷のように時々爆ぜる。
「壊れろ」
「――――――絶」
静かに、二つの力がぶつかった。
空気は壊れ、空間はひび割れて、音も光も消滅した。威力が高すぎるがゆえに、ぶつかり合いで生じたのは静寂だった。
「ハハハハハハハハハッッ!!!! さすがは神だ!! まさかこの俺の破壊に耐えるとは思わなかったぞ!!」
音すらなくなった空間で高笑うシヴァの感情を読み解きながら、俺は歯を食いしばる。
少しでも手を緩めれば、刀の動きが少しでも鈍れば、俺は今度こそ完全に消滅してしまう。
どこぞのおっさんのように高笑いを浮かべるどころか、必死を崩すことすら出来ていなかった。
「どうしたクソガキ!! 俺を倒すとほざいたのは妄言だったか!!?」
「負けられないんだ」
シヴァの挑発めいた叫び、本人は全力をぶつけられる喜びで気分が舞いあがっているだけにすぎないが、を聞きながら、俺は届かないであろう思いを口からこぼした。
「テメェの我がままで世界を無に帰そうとするアンタには! 愛する者をその手で殺めようとするアンタには!!」
一歩間違えれば俺も同じ道を辿っていただろう。そうしたら、今の立場も変わっていたかもしれない。
俺を倒せるとしたらレイトだけだが、神を殺せるとしたらそれは絶対の破壊者だけなのだから。
「負けられない!!! 負け犬のアンタにだけは負けられないんだ!!!!」
気合は力となり、思いは銀色となりて、俺の右腕がさらに速くなる。
腕から、銀色が迸った。
これ以上は体がついてこない。元いたあの世界ではよく悩ませてくれた、限界と言う名の高い壁が、俺を縛り上げる。
「だからぁぁァア!!! どうしたぁぁぁァアアアアア!!!」
「そうだクソガキ!!! もっと俺を楽しませろ!!!!」
銀に赤が混ざりながら、それでも動きを止めない俺。
狂ったような笑みを白に注いで、破壊を続けるシヴァ。
始まりが静かなら、終わりもまた静かだった。
「――ガフッ」
刀の切っ先が、破力とは違った感触を捉えた。違和感を勝利だと確信できたのは、暴力的な白が視界から消え失せてからだった。
「さすがだな。クソガキ」
シヴァの、先ほどまでは考えられない安らかな声。
血のにじむ右手を止める。映ったのは下半身が消えた最強の姿だった。
「お前が死に物狂いで手にした力。俺では壊せなかったか」
シヴァは止め処なく流れる血には一切の興味を見せず、感慨深そうに目を閉じる。
「当たり前だろ。神を止めるための力なんだから」
「フハッ! それではまるで、俺が神の一人であるかのようではないか」
空間すら壊れ、何もない無が広がる場所に、シヴァの声が響く。
「神の一人、でもいいと思うぜ。人間ではあり得ない力を使っていたんだから」
「神、か。愛する者一人守れない俺には過ぎた位だな」
ルドラさんを守れなかったことをずっと悔んでいたのだろう。
シヴァは、右腕を額に当てて目元を隠した。
「……ルドラさんの敵なら、きっとレイトが」
「ああ、分かっている。あの少年は異質な運命があるようだったからな」
レイトが主人公だと分かっていたのか。事前知識のない生物では気付けないはずなのだが。
「クソガキといい、あの少年といい、どうして愛娘には変な男しか近づかないんだろうな」
血が流れ出る口元だけで笑みを作りながら、シヴァはため息を吐く。
「類は友を呼ぶって知ってるか?」
「俺は至って普通だぞ」
「冗談だろ」
俺も口元で笑みを刻む。
「さてと、ルドラが待っていることだし、そろそろ眠らせてもらおう」
「ああ、よろしく言っといてくれ」
「任せろ。アイリスをたぶらかすクソガキだとはっきり伝えておく」
シヴァはそう言って動かなくなった。
「なんだよ、それ」
俺の目から、輝くモノがこぼれ落ちた。
役目を失った結界は解除した。
視界に緑が蘇る。俺たちが壊した空間が、結界を解除することで修復されたからだ。というより、結界内の空間を壊していただけなので、結界がなくなれば当然ながら壊れていない世界に置き換えられるだけなのだ。
世界を新しく構築しなければならないので、どこぞのレイトにはマネ出来ない芸当だが。
「敬意を払うよ、絶対の破壊者。アンタは確かに最強の人間だった」
死を予感させてくれた亡骸に、俺は一瞬の黙とうを捧げる。
シヴァ=グラシス。神である俺や主人公であるレイトに唯一対抗できる最強のジョーカーの名。
ただの人間には違いないが、俺は未来永劫この男の名を忘れない。俺を真っ向から殺そうとした人間。シオンや紫音が知る中で、随一の怪物を俺は忘れない。
「ウソ。どうして……?」
黙とうを終えてその場を立ち去ろうとした俺の予想していなかった声が、すぐ近くの茂みから聞こえて来て。
声の主を俺はよく知っている。誰なのかはすぐに予想出来たが、それでも予想は予想だ。外れているに違いない。
俺は嫌な予感に逆らえなくて、咄嗟に声がした方向に顔を向けた。
「ほ、ほら、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」
俺の視界が、予想を事実に変えた。
「起きてよ。父さん!」
声の主は少女の物だった。シヴァの唯一の娘にして、俺がこの世界で初めて会った人間の一人だ。
彼女の名前はアイリス=グラシス。今この場にいるはずのない、俺を好きでいてくれた女性。
彼女は何度もシヴァの体を揺さぶる。致死量の血が流れ、辺りを染めていく赤には目もくれず、一心不乱にシヴァを起こそうとアイリスは叫ぶ。
もう二度と目覚めることのないと知っているんだろうが、それでもアイリスは止まろうとしなかった。
「どうして! どうして父さんまで⁉︎」
「俺がやったからだ」
抑揚のない冷めた声。出所はもちろん、俺の喉。
アイリスの、父親を失った一人の少女の肩が、ビクリと跳ねた。
「現実に目をそらしているところ悪いが、父親を殺した人間のことも少しは気にしてくれないか」
俺の彼女を見下す冷めた目と、アイリスの涙を浮かべた熱っぽい視線が交差する。
「……冗談ですよね?」
「もしそうだとしたら、あまりにも笑えないよな」
「冗談に決まってます! シオンが父さんを殺す理由なんてないんですから!」
「だが、最強無敵の絶対を殺せるのは、人ならざる俺ぐらいのもんだろ」
状況が分からないんじゃない。分かりたくないだけだ。
アイリスが賢いと知っている俺は、逸らそうとしている現実を突き付ける。
「それに、理由もちゃんとある。魔族と人間が戦争を起こす寸前なんだぜ? 来たる事態に備えて何の問題があるんだ」
「魔族の邪魔だから、そんな理由で父さんを殺したというのですか!?」
「ああ、そうだ。俺は唯一絶対の存在として、人間を滅ぼすと決めたからな」
それがどんな道だろうと、世界を、カレンを守るためなら喜んで進もう。
「……シオンはそこまでして、カレンに捧げたいのですね」
最初に俺に出会い、俺に助力し、俺を好いてくれた女性に、ゆっくりとした歩調で近づく。
頬に涙を伝わせながら、アイリスは覚悟を決して瞼を下ろす。
人間の敵が、人間にすることなど一つしかない。彼女はそれを見越して、抵抗という手段を放棄した。
「どうして、死を受け入れる」
「シオンが決めたのなら、私はそれに従います」
「どうしてだ。俺は親の敵だぞ」
「でも、アナタは私の初恋の人でもありますから。シオンのなら、凶刃も受け入れます」
そう言って、アイリスは目を閉じたままいつもの微笑を浮かべた。
「――そうか」
俺は左の掌で、壊れ物を扱うような手つきでアイリスの涙を拭いながら。
「――サヨナラ。俺を愛してくれたアイリス」
「――さようなら。私が愛したシオン」
今出せる全力の神力を、惜しげもなく解放した。




