サタン来襲
「ガハ、ガハ」
暗闇が包む空間には、音だけが存在していた。
「もう、止めなさい」
一つは女の声だった。
「コトワル」
もう一つは、唸るような声だった。
「あなたじゃ、シオンには勝てない。分かっているでしょ?」
女の声は、ため息をついた。
諦めの混じったその声は、もう一つの声に怒りを注ぐだけだ。
「オマエヲ、カイホウスルタメダ。ソノタメニタタカウコトノ、ナニガワルイ」
女の声は、止めても聞く相手じゃない事ぐらいは分かっていた。
だから、今度は聞こえる事のないように注意をしながら、もう一度をため息をつ。
「あっそ。じゃあ、死なない事ね」
それ以来、暗い空間を意味のある言葉が紡がれる事はなかった。
久しぶりだな、シオンさんだぞ。
大体一話ぶりぐらいだな。
作者が、シオン無しで話を進めたいとか思い付いた結果、本当に俺を出さずに話をりやがったんだ。
そんなメタな話をしたくなったのは、俺が悩んでいるからだ。
悩みの種は、俺の手元にある二通の手紙。
差出人は、言わずもがなアイリスとカレンだ。
とうとう、この日が来てしまった。
彼女たちが行動に出る事は、俺にとって最悪の事態でしかない。
告白なんて、学生なら誰もが羨むイベントは、俺にはトラウマだった。
昔、俺は告白された事がある。
当時は、俺も浮かれたものだ。
何せ、人生で初めての彼女だったのだから。
結果から言えば、彼女は俺を見ていなかった。
俺に近づいた理由は、リョウの事を知る為だ。
そのために、親友(とリョウが言っていた)の俺に、告白までしたんだとよ。
思えば、あれがリョウを嫌な奴から、嫌いな奴にランクアップしたんだったな。
だから、俺は悩んでいた。
どちらかを選ぶのではない。
どうやって、二人に傷を出来る限り負わせずに済ませるかをだ。
アイリスの想いは知っていたが、まさかカレンも俺に恋愛感情を抱いていたとは知なかった。
俺は二人を選ぶ気はない。
トラウマはそれだけこびり付いたものなのだから。
「どうするかな?」
俺の呟きに答えはなく、儚く風に溶け消えていった。
「シオン、来ますかね?」
「大丈夫だよ、彼は約束をすっぽかしたりしないから」
彼女たちは、二人でシオンが来る事を待っていた。
彼女が出した手紙には、それぞれの想いは既に書いてある。
そして、手紙の最後の一文は二人で統一していた。
〔待っているから、答えを決めて来てね〕
シオンのトラウマなど知らない二人は、彼が来る事で決着がつくと考えている。
笑っても泣いても、彼女たちの戦いが一つ終わると。
確かに、俺は終わらせる気でいる。
二人の予想とは違う形で、ではあるが。
「・・・よぉ」
俺は、答を出すことが出来ないまま、二人との待ち合わせ場所である、学校の闘技に着いてしまった。
ここで、俺は色んな奴と戦った。
そういえば、レイトと初めて剣を交えたのも、ここだったな。
そして、ここはアイリスとカレンが初めて会った場所だ。
だから、選んだんだろう。
決着を着けるために。
「答は?」
「決まりましたか?」
カレンとアイリスは交互に言葉を放つ。
「・・・あぁ」
決まったさ、二人が望まない答にな。
覚悟を決めろ、俺!
俺は、二人を悲しませると分かっている事を、口に出そうと息を吸い込んだ。
その時、またしてもブザーが俺達の邪魔をした。
文化祭の時と同じ、緊急時にしか鳴らないブザーが。
「あ〜あ、答を聞くのは、また後だね」
まず最初に、口を開いたのはカレン。
「皆が待っています。早く行ってください」
アイリスも、いつもの微笑を顔に張り付け、俺を促す。
二人とも、悲しそうな顔をしていた。
「・・・済まない」
それだけを残し、俺は転移した。
二人を悲しめた、この戦いを終わらせる為に。
「また偵察兵が、進攻を確認したようだ」
丸いテーブルに、六人が席についていた。
「今度は、魔獣だけではなく、魔族の姿も確認された」
俺は、自身に用意された席で、腕を組みながら王の話を聞いていた。
王の言った事は、それなりに驚いたが、俺は声を出すことはない。
ここにいる連中に、そんな愚を犯す奴はいないのだ。
「数は?」
俺の向かい側の席に座るレイトが、短く数だけを確認する。
責めてきた理由も目的も、戦場に立つ俺たちには関係ないからだ。
「数は5、目的は不明だ」
えらく、少数だな。
魔族が黒幕なら、もっと数が多いはずなのに。
「少数だな」
俺の右側に座る、おっさんも同じ事を思ったようだ。
「そうだな。だが、油断はするな」
王は、それだけを告げて、席を立つ。
ここから先の話しあいには、必要がないからだ。
「どうするんすか?」
王が座っていた席とは、一番遠い席に座っている、ギルマスが確認の問いを発す。
「作戦は、いつも通りね」
そして、ルドラさんが答えて、俺たちは席を立つ。
「待ってください」
各々の方法で、戦場に向かおうとした時、テーブルの上から声がかけられた。
「カレン!?」
レイトの言うとおり、テーブルの中央に立っていたのは、カレンだった。
なんで、お前がここにいるんだよ。
「何者だ?」
カレンと面識がないおっさんが当然のように、尋ねる。
構えない辺り、戦う気はないようだ。
「ボクは、シオンの使い魔です。そして」
カレンは、一度言葉を切って、大剣をテーブルに刺す。
刺されたテーブルは、綺麗に真っ二つに分かれた。
「ボクが、魔王です。貴方なら、父の使っていたこの剣に、心当たりがありますよ?」
「な!?」
近くにいながら、何も知らなかったレイトが、声を張り上げた。
まさか、ここでそれを言うとは、思わなかったよ。
「シオンは知っていたのか?」
レイトの問いには、背を向ける事で答えてやる。
それだけで、分かってくれたレイトは、重く深いため息をついた。
「確かに、その剣は、昔戦った魔王のものだな。だから、なんだ?」
おっさんの纏う雰囲気が、重く冷たくなる。
なにせ、今責めて来ている軍勢も、魔族がいるのだから当然だ。
「魔族を代表するものとして、一つお伝えしたいと思いまして」
カレンは、おっさんの殺気もどこ吹く風に微笑んだ。
「まず初めに、ボク達に人間を侵略する意思はありません」
カレンの言葉に、俺を除く全員が驚いた。
「でも、実際に進攻して来てるじゃない」
ルドラさんが口を開いた。
確かに、敵の軍勢の中には、少数ではあるが、魔族も確認されている。
「ええ、だからボクは、ここに来ました」
でもな、魔族を動かせるのは、魔族だけではないんだよ。
「実は、先ほど何者かに、干渉されたようなんです」
カレンの言葉に、俺は内心驚いていた。
まさか、カレンにも干渉していたのか!?
「もちろん、ボクには効かない程度でしたが、弱い魔族ならそうも行かないでしょ」
カレンの言うとおりなら、戦場にいる魔族は、操作されている可能性がある。
「そして、干渉してきた存在の位置も掴めています」
「・・・何が言いたい」
カレンの言葉を、理解した上で、おっさんが口を開く。
俺は、理解していた。
本当にいるとは、思っていなかったがな。
「つまり、黒幕は他にいる」
俺達の会議は、さらに長引いた。
「シオン君と一緒なの、初めてじゃない?」
言いながら、ルドラさんは楽しそうに笑う。
「そういえば、そうですね」
俺たちは、カレンの指示に従い、薄暗い洞窟を奥へと突き進んでいた。
おっさんとレイトは、兵士の士気に関わるから、前線で今も戦っている。
「カレン、本当にここにいるのか?」
俺とルドラさんの前を歩くカレンは、さっきから黙々と歩いている。
「さっきより、力が強くなってきた」
声もどこか硬く、鋭さを感じるものだった。
振り向く事もなく、前を歩くカレンの背中を見て、俺は一つの事を思った。
カレン、緊張しているのか?
「着いた」
カレンは足を止める。
そこは、開けた場所だった。
ところどころを水が張り、耳を澄ませば、水滴が等間隔に落ちる音が聞こえる。
だが、何より目を引いたのは、中央に佇む黒い球状のナニカだ。
あれはヤバいと、俺の直感が告げていた。
「ツイニ、キタカ」
球体から、声がした。
ルドラさんには理解が出来なかったようだが、チートの俺と魔王のカレンには、意が通じた。
なんだよ。この世界からズレたような声は。
「キサマニハ、ジゴクヲアジワッテモラオウト、オモッテイタトイウノニ」
黒い球体は波打ち、徐々に小さくなっていった。
そして、黒い球体は、人型になった。
俺たちは、反射的にそれぞれの武器を構える。
「あなたが、魔神ね?」
カレンが、口を開く。
「イカニモ、ワレガマジンダ」
やっぱりか、この違和感の塊が魔神。
おそらく、俺に何らかの恨みを持つもの。
「あっそ」
だから、俺が終わらせる!
俺たちの大事な思い出の邪魔をした罪は、万死に値するんだよ!!!
しかし、俺の攻撃は、魔神に受け止められた。
助走をつけた突きを、人型の左手によって。
なら、
「これで、どうだ!」
俺は、持っていた刀に、ありったけの神力を流し込む。
魔神は、後ろに飛ぶ事で距離をとり、この一撃を回避した。
・・・思った通りだ。
「神は、神力が弱点なんだな」
つまり、神力さえ扱えれば、赤ん坊でも神殺しが出来るわけだ。
まあ、姉さんから聞いてはいたんだけどな。
今、直接試すまでは、確証がなかったんだよ。
「・・・ダッタラ、ナンダ?」
魔神は、堂々と立っていた。
弱点とも言える事を言い当てられたにも関わらずだ。
「シラレタタトシテモ、モンダイハナイ」
ナロゥ、俺達程度なら、余裕ってか?
なら、その余裕を、打ち砕いてやるよ。
「そうだね」
魔神を紅い衝撃波が襲った。
言うまでもなく、カレンの仕業だ。
最初に暴走して以来、制御の練習をさせていたからな。
今では、衝撃波ぐらいは飛ばせるようになった。
カレンの攻撃は、魔神に止められた。
魔神の左手が出した、黒い神力によって。
「ルドラさん、サポート頼みます!」
俺は、ルドラさんの返答を聞くことなく、魔神に向かって走り出す。
その俺の体を、緑色の膜が覆う。
助かります、ルドラさん!
俺を覆う緑色の膜は、ルドラさんによるものだ。
この戦いで、唯一魔神への決定打を持たないからこそ、俺とカレンの補佐に集中しもらえる。
そして、オーバーランクなだけあって、ルドラさんの援護は、経験したことがないどに戦いやすい。
援護だけで、こうも変わるものなんだな。
俺は、援護の有難さを実感しつつも、魔神へと剣を振り下ろす。
魔神も、黒い剣を創って、俺の刀を受け止める。
そして、俺たちは足をほとんど動かす事なく、刃を交え続ける。
途中、剣がカスる事で、小さな傷が増えていくが、すぐに治るから関係はない。
俺は、俺の役目を、果たさないといけないのだから。
「ハァッ」
気合一閃。
カレンが、俺を巻き込むように、紅い衝撃波を放つ。
俺は、当たる寸前でカレンの近くに転移する事で、これを回避する。
「やったの?」
ルドラさん、それは生存フラグですよ。
「いや、まだです」
俺は、銀色の槍を創り、それを未だ煙の舞う中に、何本も放つ。
ルドラさんのフラグは、折らないといけないからだ。
「ソノカラダーーーー」
予想通り、煙の中から、魔神が現れた。
「ーーーイタダコウ」
そして、魔神はルドラさんに近づき、ルドラさんに吸い込まれた。
「やはり、この体は適合率が高いな」
嘘だろ!?
まさか、ルドラさんの体を乗っ取ったのか!?
魔神の声で話すルドラさんを見て、俺は絶望した。
「何を驚いている? ただの人間を連れてきた時点で、予想は出来なかったの?」
ルドラさんーーーいや、魔神は呆れたように、話を続けていた。
「「ルドラさんから」」
俺とカレンの声が重なる。
「「出て行け!!!」」
そして、俺たちはルドラさんを挟み込むように、走り出した。
「断る」
魔神は、低い声と共に、まだ持っていた剣を一振り。
それだけで、俺たちは洞窟の壁際まで吹き飛ばされた。
「ふむ、まだ使い慣れないな」
魔神は、剣を地面に突き立て、神力を注ぐ。
すると、地面が揺れ、洞窟が崩れだした。
「この程度で死ぬなよ、紫音」
魔神は、背を向け、見下すような目だけを俺に向ける。
「お前は、俺が殺すんだからな」
魔神は歩き出した。
その背中は、語る事はないと語っていた。
俺は崩れ落ちる洞窟の中、魔神の背中を見る事しか出来なかった。




