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崖と吊り橋と西園寺

 俺達、たんこぶのできた60人は山を登っていた。山の高さは600mほどだが、その道程がとても険しい。平らな地面ではなく、ゴツゴツした険しい岩場……手を使わなければ登れない程の岩が多い。本当に辛い山道だ。


「ふぅ。疲れるな、もう結構進んだんじゃないか?」


 汗だくの武が翔一に問いかける。


「まだ大体4分の一程度……150mほどしか進んでいない」


 冷静に話す翔一。そう、岩場が多い為、自分の体感距離と実際に進んだ距離は全然違うのだ。


「え〜⁉ マジかよ……」


 落胆する武。


「優希、大丈夫か?」


 優希は中々頑張って着いて来ている。

俺は途中で倒れたりしないか少し心配だ。


「う、うん。僕、頑張って着いて行くね」


 大分と疲れているみたいだ。無理に笑顔なんて作らなくてもいいのに。


「……あんまり無理すんなよ?」


 こいつはどうしても一人にはさせられない。危なっかしいからだ。


「う、うん。ありがとう飛鳥君……」


 それにしても山中先生は早すぎる。岩から岩へ跳び移って登って行ってる。……たまに本当に人間なのか疑いたくなる。一番最後に登り始めたはずなのに既に姿が見えなくなる程、先にいる。どうしたらああなれるのか知りたい。


「ここ……本当に山道かよ」


 雄二が途切れ途切れに話す。


「……山中が手配したみたいだ。本来なら人が通るべき場所では無いらしいが、特別に今、ありがたく登らされている訳だ」


 まだまだ体力に余裕のある西園寺がそう話す。こういう時はクールでかっこいい……はず。少なくとも女にはモテるはずだ。


「もう1時間程歩き続けてるってのに全然距離は縮んでいないのか?」


 これでまだ4分の一ってことは後3時間は歩かなければならない。


「大丈夫だ五十嵐飛鳥。もしお前が歩けなくなっても俺が抱えて連れて行ってやる」


 こいつは体力だけは雄二の二倍はある。


「ん、もしそうなったら頼む」


 西園寺にそう言うと、西園寺は驚いた様な顔でこっちを見た。


「本当か……? なら、その時は任せておくがいい」


 驚いたかと思えば心底嬉しそうな顔でこっちを見たかと思えば冷静な顔で抱きついてきた。


「あぁ、もう! ただでさえ暑いんだから抱きつくな馬鹿!」


 男に抱きつかれても何一つ嬉しく無い……女なら話は別だが。


 そして、俺達はたわいない会話を続けながら登って行った。


 一時間後、俺達は喋る気力も起きないくらい疲れていた。周りを見ると先に出発していた奴らが死にそうな顔で倒れて休憩していた。60×3。180人がここで休憩しているのだ。


 今俺たちがいる地点は300m付近。

後半分だ。俺達は一番乗りするために他より先に出発する事にした。

が、350m付近から余計に山が険しくなった。岩は隆起し、道は大荒れ。中には崖に近い斜面もあり、上から既にロープが垂らしてあった。

恐らく山中先生が上に上がってから垂らしたものだろう。あの人はやっぱり化け物だ。


「よっ……! こ、これ……結構キツイな」


 最初に登り始めたのは武。

険しいな山道を越えてきた俺達に手だけでロープを登りきるほどよ握力は残っていなかった。最初に男子達が登り、その後翔一、雄二も崖を上がって行き俺も崖を上がった。もし、崖を登った感想を言うとなると一言。とてもキツイ。女になってからは力が少し弱くなったのか、思う様にロープを掴めない。


「はぁ……きっつい……!」


「飛鳥、手伸ばせ!」


 俺は差し伸べられた手を掴み、引き上げてもらった。


「……うぅ」


 さて、次は優希の番だ。後ろから西園寺がサポートしているが、俺も上からサポートする事にしよう。


「優希! 後少しだ、頑張れ!」


 俺は優希の手を持って引っ張り上げた。


「こ、怖かった……」


「大丈夫! 偉いぞ優希!」


 俺は強めに優希の頭を撫でた。


「んにゃぅ……もう! 僕は同い年だよ?」


 頬を赤くし怒る優希。でも、笑顔だ。


「悪い悪い。手が勝手に動いて……」


 そんな事を話していると西園寺も素早く崖を登ってきた。流石だな。


「これを越えれば後一息だ」


 翔一が地図を見ながら話す。


「それじゃ、行くか!」


 意気揚々と武が腕を上げる。が、俺と優希は流石に足が疲れて動けなくなっていた。


「どうしたんだ、飛鳥」


 雄二が心配そうな声で俺達に話しかけて来る。


「あ、ああ。銭湯の時以来体力が落ちてな……足が……ちょっと」


 そう言うと同時に西園寺が即座に反応し駆けつけた。


「そうか。なら、俺に任せておけ」


 西園寺は少し笑みを浮かべたかと思うと、俺を軽く持ち上げた。


「わっ……⁉ おい、誰もこんな格好で抱えて欲しくなんてないんだが」


 今俺は西園寺に抱えられている。助けてくれるのは嬉しいし助かるんだが、抱え方に問題がある。これはお姫様抱っこ、というやつだ。男としてのプライドが拒否反応を起こしている。


「ふっ、照れ隠しか? 五十嵐 飛鳥」


「うぅ、プライドが……」


だが、今の俺に抵抗する余力は残っていない。全身に力が入らない。


「うう〜……恥ずかしい」


 こうして、再び俺達は進み始めたのだった。因みに今の俺たちは体操服。下手に動くと胸が西園寺に当たる。サラシを巻いたって少しくらいの膨らみはあるんだ。もし触られれば柔らかさで即刻OUTだ。気をつけなければ。


「……しかし、本当に華奢な足だな」


 ん? よく見ると西園寺の目線が完全に足の方へいってる。足フェチか? こいつ。


 ま、今は短パンだし。一応、運んでもらっている身だしな。好きなだけ見てればいいさ。


「西園寺。優希は?」


 そう、あいつも今は女だ。しかも俺より体力が無い。相当ガタがきているはずだ。


「城戸優希なら久保 翔一が背負っているはずだ、他の男子は少し怖いらしい」


 西園寺が目線を送った方向を見ると翔一が申し訳なさそうな顔をしている優希を背負っていた。心なしか翔一の顔が若干緊張してるように見える。


「くそっ、俺だって飛鳥や優希を抱っこしたかった!」


 悔しがる武。何が抱っこだ。俺はふれあいコーナーのウサギじゃないんだぞ。


「……キモいぞ武」


「でもな、飛鳥? お前みたいな可愛い奴はさ……仕方ないんだ。な?」


 少し大人びた様子で語る雄二。何を語ってんだか。


「さ、西園寺? 足を見るのはいいけど……触るのはやめてくれないか?」


 この抱え方の時点で足に触れてしまうのは仕方のない事だが、こいつの場合は必要以上に足を触ってくる。


「そうか?」


 首を傾げる西園寺。残念ながら男がやっても可愛くない。


「当たり前だろ。俺は男だし」


 あえて一度強調しておいた。


「だが俺の伴侶だ」


 ……こいつとは会話のキャッチボールが成立しない。


「……そうか。改めて言うが俺は男だ」


「だが俺の伴侶だ」


「……もういい」


 こうしてみるとやっぱり男と女の体格って違うな……女での生活もトイレ以外は慣れたつもりだ。トイレはまだ慣れないが。


 そして10分後、俺達はボロボロの吊り橋を渡っていた。相変わらず山中先生の姿は見えない。


「ちょ……怖い怖い! 西園寺、降ろして!」


 この男、西園寺は、人一人ギリギリ通れるような幅の吊り橋に俺を抱えて行ってるものだから俺の頭と足が橋の外に出ている。

ここから40m程下には川が見える。もし落ちればあそこに身を投げる事になる。それだけは嫌だ。


「はっはっは!」


「う、うぅ……」


 取り敢えず俺は西園寺の首の後ろに手を回して少しでも体を安定させようとした。が、それが間違いだった。


「五十嵐飛鳥。お前が首に手を回してくれるとは……俺は嬉しいぞ」


 気分をよくしたのか西園寺はしがみつく俺をその体制のまま赤ちゃんをあやすかの様に横に揺らした。


「ばっ、馬鹿! おーろーせー!」


 俺は高い所とお化けが大の苦手だ。女になって涙腺が緩くなったとは言ったものの俺は男の時から高い所に行くと、情けないが自然に目が潤んでくる。


「ぅ……うぅ」


俺は涙目で西園寺を睨みつけた。


「……! す、すまない。こんな事では五十嵐飛鳥に俺の子を産んでもらうこともできん」


 思いのほか効いたようだ。変に素直だからな。


「だから、俺と結婚したら子供もできないから。俺は男。子供産めないから」


 とは言ったものの実際どうなんだろう?

子供産めるのか? ま、どうでもいい事だけど……少し気になる。


「だが、俺はお前に惚れてしまった。もうどうしようもない事だ」


 ……どうにかして諦めさせなければ。


「すまない。お前を泣かせる事になるとは……今降ろすから少し待て」


「え、ちょっと……やっぱり今降ろさないで!」


 自分が吊り橋の上に立ったら動けなくなる事をすっかり忘れていた俺は、結局西園寺の世話になるのだった。 



 吊り橋を渡り終え、なんだかんだでもう40分も西園寺にお世話になっていた俺は流石に申し訳ないと思い、俺は西園寺の腕から降りた。


「何だと……もう良いのか?」


「おう、ありがとう西園寺」


 俺は西園寺に微笑んでみせた。


「ふっ……また疲れた時は俺の胸に飛び込んでくるがいい」


 変態的行動を除けば一番翔一に近いかもしれない。


 この後俺達は山を登り続けた。

……優希はぐっすり寝ているが。そして、遂に頂上の建物が見えた。


「おぉっ! やったぜ!」


 はしゃぐ武、安堵する雄二。あくびをする優希。少しだけ微笑む翔一。俺の肩を抱き笑う西園寺。


「む、最後に出発したお前らが一番最初か」


 山中先生だ。汗一つかいていない。本当に人間なのか疑わしくなる。


「一番早かったお前達は補習無し! 他の奴らは……先に出発した割には遅すぎる。補習だな」


 急いでよかった。本当に。


「お前らはしばらく自由時間だ。今日はここに泊まるからな」


 衝撃発言。この山頂に一泊すると言い出したのだ。だから荷物を全て持っていけって言ってたのか。


 だが、ここで寝るのは色々と難しい。何故なら布団は無く、殺風景な部屋に一枚大きなござが引いてあるだけだからだ。そして奥には一つ小さなブラウン管のテレビが一つ置いてある。


「先生! 夜にテレビ見て良いですか!」


 目を輝かせる武、雄二に男子達。


「ああ、特別に許してやろう」


珍しい。山中先生が優しい。空から矢でも降るんじゃないか。そして夜。他の男子達120人が補習を終え、帰ってきた。


「あー……貴様らはこの民宿の周りを50周!」


 こうして120人は再び外へと駆け出していった。可哀想に。


「おい、武! ライブライブ!」


 60人のうちの一人が焦った様子で武に言う。


「わかってるって!」


 武がテレビをつける。すると、テレビにはまたあのアイドルが映っていた。まだライブやっていたのか? 凄いな。


「武、俺はもう寝るからあんまり騒がないでくれよ。」


 こいつらは工藤 麗華の事になるとうるさすぎる。


「え、お前もう寝るのか?」


 雄二が意外そうな顔でこっちを見る。


「今日は疲れたし……早めに寝る事にする」


 どうせこの学校の事だから一日目で予算を使い果たしたんだろう。それにしてもとても寒い……そうだ、あれを使おう。


「優希〜ちょっと来い」


 そう、こういう時は優希で暖かくするのが一番だ。


「どしたの飛鳥君?」


 何もしらずに獲物が近づいてきた。


「優希〜!」


 そして俺は獲物に飛びかかった。


「な、何するの、飛鳥君⁉」


 変な声出すなよ。何かいけない事をしてるみたいじゃないか。いや、実際にいけない事してるけど。


「あー……暖かい。んじゃ、おやすみ優希」


 俺は優希を抱きしめたまま眠りについた。柔らかいし、良いカイロだ。


「えっ⁉ そんなぁ……しょうがないなぁ、もう……おやすみ飛鳥君」

 

 結局俺達は抱きしめあって寝たのだった。


 こうして俺達は、地獄の二日目の夜を終えた。そして次の日の朝、山を下った時にはしゃぎすぎた武達がやつれた顔で山を下ったのは言うまでもない。

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