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遅刻と荷物と野球回

『橘さん、このニュースに関してどう思われます?』


『そうですね……まあお似合いなんじゃないですか? ドラマでも共演してましたし』


 ……一人の病院で寝たきりの30歳程度の男とテレビが見える。テレビには、麗華に面影のある女の結婚報道が流れている。


 その女は、幸せなはずの結婚会見なのにどこか悲しげな目をしていた。そしてテレビを見て何かを思い出すかのように懐かしむ表情を浮かべる痩せこけた男。


「……懐かしいな――」


 男のその一言で今見えていたものは何も見えなくなった。


 そして朝。


 俺は体の上に柔らかい何かがある事に気がついた。恐る恐る目を開けると……目と鼻の先に麗華の顔があった。


「なっ……⁉」


 心底驚いた。目を開けたら女の顔があるとは思わない。……し、しかし、こうして見るとこいつ、まつ毛長いな……って何考えてんだ俺は。


「おい、起きろ麗華」


 俺は麗華の両頬を引っ張った。


「むにゃ……兄ちゃん、せめて……服を……」


 どんな夢を見てるんだこいつ。


「もう朝だぞ。起きろって。……次はもう無いぞ」


 麗華の頬を弄りながら呼びかける。


「ぁ……兄ちゃ……そこは……あ……かん」


人を使ってどんな夢を見てやがる……くそっ、とっとと現実に引き戻してやる。


「ていっ!」


 俺は麗華の両頬をつねった。


「痛ぁ⁉」


 ビクッと震えた麗華はすぐに目を覚ました。


「ふぅ。やっと起きたか。で、何で俺の上で寝てるんだ?」


 麗華の両頬を横に引っ張ったり、少し突ついてみたりしながら疑問をぶつけてみた。


「ん……おはよう兄ちゃん」


 寝ぼけながら話す麗華。


「えっとな、早起きしたから兄ちゃんを起こそうと思って上に乗ったんやけど……兄ちゃん暖かかったから……ついつい寝てもうたんや。で、でも、寝たのは10分だけやしいつもより早く起きれたやろ?」


確かにいつもより2時間ほど早く起きれた。だが、何故人を起こすだけで上に乗る必要があるのか理解できない。しかし、えへへ、と無邪気な笑顔を見せる麗華はどこか憎めない。


「あんな?兄ちゃん。ウチ、2年間ずっと寂しかったんや。兄ちゃんと離れて……それで、今こうして久しぶりに兄ちゃんに会えて……泣きそうや」


 俺とベッドの間に手を入れ抱きしめてくる麗華。


「……ほら、泣くなって。事務所も近いんだろ? この3日間が終わってもまた会えるから」


 ……いつもは明るく振る舞っている麗華もやっぱり人肌が恋しいのだろう。幸い麗華は事務所で寝泊まりしている。この3日間が終わってもいつでもは無理だがまた会う事は出来る。


「……もう兄ちゃんから離れたく無い。寂しいのはもう嫌や」


 俺を抱きしめる力が強くなる。うーん。少々麗華は俺に依存しすぎているのかもしれない。


「……え〜っと。なら、俺の家に住むか? なんてな……」


対応に困った俺はふと、こんな言葉を口にしてしまった。


「……ほんまか?」


 ……やってしまった。今のこいつに冗談だった、なんて口が裂けても言えない。絶対泣く。


「……いいんじゃないか? ……姉さん次第だけど」


 …………口は災いの元だな。俺はこの後どうなってしまうのだろう。


「……兄ちゃん、ありがとう!」


 途端に顔が明るくなる麗華。俺はとんでもない事を言ってしまったんじゃないか?


「……とりあえずどいてくれないか? 重い」


「ふふっ……兄ちゃん。女の子に体重の事を言うのは失礼やで?」


俺の脇腹をつねる麗華。


「痛い痛い、わかった! わかったから!」


 周りから見れば仲のいい女同士のじゃれあいに見えるかもしれない。


 そして、審判の時はやってきた。


「……で、姉さんに直談判しに来た、と?」


 いつもは微笑んでいる姉さんも少し困ったような顔をしている。


「……姉さん、お願い!」


 そして俺は正座をし姉さんに頼み込んでいた。


「……麗華ちゃんが寂しがっているのは私も承知していますが……麗華ちゃんはアイドルですし、色々と問題が……」


 姉さんは思ったより真剣に考えてくれているようだ。額に手を当て困った顔をしている。


「姉さん……今、この家には女しかいないんだぜ? 何の問題も無いじゃないか!」


 そう、今この家には女しかいない。別に女である麗華が住んでも何の問題も無い筈だ。


「……そうですか? でも飛鳥君は男の子ですよね?」


「しかし、今俺は女、麗華と同性。グヘヘこともできない!」


 ここぞとばかりに、俺は姉さんに主張を述べた。


「……わかりました。認めましょう。それじゃ飛鳥君、今から麗華ちゃんと一緒に事務所に荷物を取りに行って来なさい」


 え。今から? 遅刻……ま、麗華のおかげで早く起きれたからいいか。でも、事務所か……行きづらいな。


 そして、俺と麗華は歯を磨いて服を着替え、麗華の事務所に行く事にした。


「兄ちゃん、緊張でもしてるんか?大丈夫やって! 皆良い人やから!」


 自転車を漕ぐ俺の後ろに乗る麗華。顔は見えないが、その声はとても明るい。


「……ここか?」


 俺は麗華の言われたとおりの場所に辿り着いた。そして、そこはとても大きなビルだった。


「うん、ここの34階と35階や!」


 ……マジか。二階も取れるほど儲かっているのか、こいつの事務所は。しかも34階と35階って……すげえ高さだな……だ、大丈夫だろ。うん。大丈夫。観覧車じゃないんだし。


「……た、高い」


 やはり無理だった。よりによってエレベーターがガラス張りの洒落た感じになっている。


「兄ちゃんは昔から高いとこ無理やもんな」


 横で笑う麗華。何で怖く無いのかわからない。こんなビルが崩れたら俺達なんかひとたまりもないのに。


「ほら、着いたで」


 俺の手を引っ張り誘導する麗華。


「へぇ……すげぇな」


 都会に出てきた田舎者の様に周りをキョロキョロ見てしまう。


「ほら、こっちこっち!」


 俺は周りを見渡す間もなく、その中の一つの部屋に引きずりこまれた。


「杉本さーん!」


 麗華が聞きなれない名前を呼ぶと奥から冴えなさそうな男が出てきた。


「どうしたんですか? 麗華さん」


 麗華に質問をしながら俺の方を見ている。


「そちらの方は?」


 まあ、そらそうなるわな。


「にい……姉ちゃんです!」


 わざわざ言い直さなくても大丈夫だろ。帽子かぶってても制服きてなきゃ体つきで女にしか見えないし。兄ちゃんなんて言っても信じてもらえる訳が無い。


「……あの、すみませんが帽子をとってみてくれませんか?」


 おっと。マナー違反だったか?

 俺は帽子をとってみせた。



「……こ、これは!」


 眼鏡を掛け、俺に顔を近づける杉本? とかいう人。


「貴方、アイドル目指しませんか?」


 目を輝かせ俺の手を握る男。急に何を言い出すんだ。


「嫌です」


「がーん……」


 俺は誘いをキッパリ断った。当たり前だ。俺は青春を捨てたくは無いし、金にでも困らない限りそんな事するつもりは無い。


「そんな事より、杉本さん! ウチ、住む家見つかったんです! だから荷物を取りに来ました!」


 笑顔の麗華。上機嫌だな。


「それは本当ですか? 確かにトップアイドルが事務所で寝泊まりなんて良く無いですしね」


 こちらも嬉しそうに笑顔を見せる杉本さん。


「……でも、男の人の家じゃ無いですよね?」


 思い出したかの様に釘を刺す杉本さん。


「ぎくっ……ち、違いますよ〜! お姉ちゃんの家です!」


 俺に抱きつく麗華。やめろ。小さいけど柔らかい何かが当たっとる。


「それなら安心ですね……で、貴方。名前を教えていただけませんか?」


 俺の方へ振り返り手を握ってきた。もし麗華に何かあった時の為にも教えておくか。


「えっと……五十嵐 飛鳥です」


 こういう時は中性的な名前で良かったと思う。


「五十嵐さん……これ、事務所の電話番号です。もしアイドルを目指すのなら電話お願いします!」


 名刺には電話番号が書いてあった。


「気が向く事は無いとは思いますけど……一応もらっておきます」


 とりあえず愛想笑いを浮かべておく。社会に出るのなら、こういう事も必要になってくる。


「それじゃ、行くぞ麗華。もう時間が無い」


 事務所の時計を見ると既に7時をまわっていた。ここから自転車で家まで30分。そこから麗華の荷物を片付けて8時ぐらい。

ギリギリ学校に間に合うか間に合わないかぐらいの時間だ。


「なあなあ、兄ちゃん。兄ちゃんってな……その、彼氏っておるんか?」


 自転車に乗る俺は、風で麗華の質問がよく聞こえなかった。が、取り敢えずyesにしておこう。


 この発言がまさかあとあと誤解を生むとは思わなかった。


「兄ちゃんにか……彼氏……⁉」


 何だか知らないが麗華の声が不機嫌になっていく。また何かやらかしてしまったみたいだ。


 そして家に着き、俺は麗華の荷物を片付け次の8時10分発の電車に乗るため、帽子もかぶらず家を飛び出した。幸い、高校はさほど遠くない。この電車に乗れば間に合うはずだ。


「……ふぅ」


 何故か今日は電車が空いている。でも俺は座席には座らない。座ってしまうと俺は確実に寝てしまうからだ。


 特に、女になっている今、電車に人が流れ込んでくるとする。その時に寝てたとすればその辺のおっさんに何をされるかわからない。

実際この電車に乗っていると毎日の様に痴漢にやられる。この前なんてわざわざベルトを外してズボンの中に手を入れられた。

流石にその時は"この人痴漢です"って言ってやったけどな。その時の感覚は今でも覚えている。


 ……それにしても、帽子をかぶってくるのを忘れるとは。普段は帽子を深くかぶってるから武達をまだ誤魔化せるけど…これじゃあ誰がどう見ても女にしか見えない。そんな事を考えていると、電車は俺の目的地に着いた。

ここからさらに走らなければ鬼の拳骨だ。それだけは絶対に嫌な俺は50m走ギリギリ6秒台の力で全速力で学校に向かった。が、案の定遅刻した。


「や、山中先生! これには色々と事情が…!」


 俺は山中先生から逃げる様に後ずさりしていた。


「知らん。遅刻は遅刻! 言い訳などいらん!」


 凄い速さで俺に近づいてきた。そして、俺が身構えた時にはもう時既に遅し。


 鈍い音と共に俺の意識は消えかかっていた。そして、意識が朦朧とする中、俺は山中先生に抗議した。


「せ、先生……今俺は女ですよ? 痛過ぎま……す」


 山中先生にこの言葉を伝え終わると俺の意識は遠のいた。


「男であろうと女であろうと五十嵐は五十嵐だ。手加減などせん」


 鬼は無慈悲な言葉を呟くと俺を乱暴に担ぎ、教室まで運んだ。その間に俺は少し意識を取り戻した。


 教室の扉が開く。教室がざわめく。それは俺の担がれ方を見て起こるざわめきだ。

 

担ぐ…というか山中先生は俺の右足首しか持っていない。俺の右足を肩に掛け、体は宙に浮いている。頭に血が上りそうだ。


 2mもある山中先生にこんな事をされれば、体はもちろん、頭も宙に浮いてしまう。


「おーい、城戸! こいつは任せる。いいか、お前ら! もし遅刻すればこうなる! よく覚えておけぃ!」


 ……鬼だ。俺を良い見せしめにした山中先生は職員室へと帰っていった。あの人だけは今の俺を見てもビクともしない。


「……飛鳥君一時間目の授業始まっちゃうよ? ……今日はどうして遅刻したの? 何かあったんでしょ?」


 机に伏せる俺の顔を見て心配そうに俺の拳骨された頭を撫でる優希。とても元男には見えない。というか普通に可愛い女にしか見えない。


「れ、麗華……引っ越し……荷物……」


 途切れ途切れに話す俺の言葉をうんうんとちゃんと理解する優希。


「麗華ちゃん……アイドルなのにそんな事して良いの? 飛鳥君、男の子だし」


 優希と麗華は少しの面識がある。何故だか知らないが優希を俺を手に入れる為の障害と思ったのか、一方的に優希を敵対している。


「優希。今の俺は男じゃない。女だ。何の問題もないだろ?」


 みんな少しこの事を忘れている。見た目なんか結構変わったもんだ。


「あ、そうだった。飛鳥君今は女の子なんだね。あ、僕もか……」


 まさか自分が女である事も忘れてたのか?


「おいおい。風呂にも入ってるだろ? 自分のその貧相な体を見てないのか?」


「貧相じゃないよ! ちょ、ちょっとだけ胸が小さいだけで!」


 ムキになった優希は俺の手を自分の胸に持っていった。


「ほら! ちゃんと胸もあるよ!」


 確かに俺ほどではないが、少し揉めるくらいならある。そこまで気にしなくてもいいってのに。揉んじゃえ。


「にゃっ! 何するの飛鳥君……」


 柔らかい感触がカッターシャツの上からでもわかる。てか、優希もサラシ巻けばいいのに。もし冗談半分で触られたりした時にどう言い訳するんだろう。


「どうせ女の子になったんだからもう少し大きくても良かったのになぁ」


 小さく溜息をつく優希。確かに女なら武器は強力な方がいい。


「悪い悪い。それはそれで小柄で可愛げがあっていいんじゃないか?」


 フォローのつもりでそう言うと、優希は顔を赤くした。


「そ、そうかな?えへへ……」


……こいつ、簡単に詐欺とかに引っかかるんじゃないか? いくらなんでもチョロすぎる。


「てか、次は体育だろ? 急がないと遅刻するぞ」


 そう、今日は一時間目から体育。ついでに、不知火高校は今日、参観になっている。


 まず、高校の参観なんてどっちにしろ殆ど来ねえよ。……姉さん達は来るけど。


「う、うん。そうだね」


 まだ顔が赤い。頭を撫でて可愛がりたいが、その衝動を抑えた俺はシャツを脱ぎ素早く着替えた。

俺達は近頃ある事に気がついた。

制服の下に体操服を着ていれば、肌を見られずに着替える事ができると言う事に。なんでこんな簡単な事気づかなかったんだろ。


「お、随分遅かったな飛鳥!」


 手を振る武。一時間目から元気なこった。


「五十嵐君。今日は野球をするそうですよ。それも二時間」


 翔一は運動するときは眼鏡を外している。眼鏡を落として割らないようにする為だ。眼鏡を外すとまた違った印象を受ける。


「翔一か。なんで野球? なんで二時間?」


「それは…」


理由を説明しようと口を動かす翔一。


「それは、体育の授業が二時間余っているからだ」


 そんな翔一の前に割り込む西園寺。何だろう。この二人は仲が良いのか悪いのかわからない。それに、授業余りなんて聞いた事がない。


「で、野球のチーム分けは?」


 野球をするならチーム分けは当然あるはず。


「佐藤君と及川君、西園寺君のチームに分かれていますよ。僕は残念ながら及川君側のチームです。」


 更に西園寺の前に出る翔一。


「俺も及川雄二のチームだ。不服だが、お前には城戸優希と共に佐藤武のチームに入ってもらう。何せ、人数が合わないのでな」


 翔一の前に出て説明し、心底残念そうな表情を浮かべる西園寺。


「人数なら山程余ってるんじゃないか?」


 いくら人数が少ないとはいえ、高校だ。野球をするぐらいの人数ならすぐに集まるはず。


「……いえ、殆どの方が観客側に回ってしまいまして……五十嵐君や城戸君を眺めたい人が過半数を占めているみたいです」


 西園寺を押しのけ話す翔一。忙しい奴らだな。……俺を眺める? 何考えてんだあいつらは。


「おーい! 始めるぞー!」


 俺達を遠くから呼ぶ武。


「この試合に負けたチームは勝ったチームの言う事を何でも一つ聞く事!」


 何でも…か。これは負けられないな。先生の笛の音が鳴り響く。プレイボールだ。そして授業参観一時間目の始まりの合図だ。


 それから順調にゲームは進行して行き、現在5回表の2-2。俺達、武チームは後攻。同点の今、ここで逆転を許すわけにはいかない。

ピッチャーは武。こんな奴だが、中学校時代は良い線いってたらしい。そしてバッターは3番、翔一。2アウト一、二塁。


「……翔一か」


 武は少し笑ったかと思うとボールの握りを翔一に見せ、宣言ストレートをしやがった。


 で、案の定二塁打を放たれた。なにしてんだこのばか。


 だが、この後、武は4番バッター雄二を三振で抑え、チェンジ。一点を許したが、まだ逆転できる。


 そして5回裏。ランナーが一塁に一人2アウト。そして4番の俺。相手は西園寺。西園寺は中学校の全国大会に出場出来るほどの実力の持ち主だ。だが、俺には秘策がある。あいつの集中を途切れさせればいいんだ。


「……五十嵐飛鳥。お前には悪いが…この勝負はもらった」


 投球の構えに入る西園寺。今がチャンスだ。


 観客から声が上がる。俺は体操服のズボンを捲り上げ太腿を露出した。これが俺の秘策だ。簡単に説明すると、俺の自慢の細い足を西園寺に見せて目線をそっちに集中させ、集中を途切れさせる。こうする事でボールの軌道を変更させる。想像通り、ストライクゾーンど真ん中にボールは飛んできた。


「おりゃあぁ!」


 俺の打ったボールは綺麗なアーチを描き、グラウンドのネットを越えていった。本塁打……ホームランだ。


「よっしゃぁ!」


 俺は喜びを体で表現しながらホームまで駆け抜けた。


「ば、馬鹿な⁉ そんな技が……」


 悔しそうな顔を見せる西園寺。だが、この時西園寺は少しだけ頭の中で俺の足を思い出していた。


「はぁ……やはり西園寺君はこうなると思っていましたよ。次のピッチャーは僕が行きましょう」


 ため息をつき、西園寺からグローブを強奪する翔一。


「くっ……飛鳥ぁ! 卑怯だぞ⁉」


 外野からグローブを振り回し抗議する雄二。残念ながら俺は勝つ為なら手段は選ばない。


「良くやったぞ飛鳥! 流石俺の嫁!」


 喜ぶ武。誰が嫁だ。誰が。


「嫁じゃない。精々友達だ」


 次のバッターである優希にバットを渡し、取り敢えず地面に座る事にした。


「う……こ、怖い」


 涙目でピッチャーの翔一を見る優希。


「うっ……」


 投球ミス。西園寺の二の舞である。そして一塁打。……結局翔一も男な訳よ。


「や、やったよ飛鳥君!」


 ピョンピョン跳ねる優希。可愛い。


 そして9回表。3-5。このまま何もなければ勝てる。しかし悲劇は起こった。何と翔一、雄二達の重量打線に守備のエラーで逆転され、9回裏6-5に追い詰められていたのだった。更に、今は2アウト。俺達は絶望的な局面に立たされていた。そしてラストバッターになるかもしれない武の番がやってきた。


「よーし! 見てろよお前ら、俺がかっ飛ばしてやるぜ!」


 自信満々の武。だが、二回のファールを挟み、ラスト一球。


「はっ!」


 翔一が投げたボールは真っ直ぐストライクゾーンへと飛んで行った。絶好球だ。


「……ばえっくしょい!」


 ……だが、武は最後の最後でくしゃみをした。そしてボールはキャッチャーミットに収まった。こんな漫画みたいな展開あるもんだな。そしてこの瞬間俺達の敗北は決定した。


「武! てめぇ!」


 こいつのせいで何でも一つ言う事を聞く事になってしまった。畜生。


「悪い、ついくしゃみが! えーっと……てへぺろ?」


「何がてへぺろだ。恥を知れ恥を」


 そして体育の授業を終え、教室に戻ろうとする俺の前に姉さん達がいた。


「……飛鳥君。ずっと見てましたよ? ……姉さん、悲しいです。飛鳥君は簡単に男の子に脚を見せる変態な子だったなんて」


 じっと俺を見つめる姉さんと


「……兄ちゃんのえっち……アホ」


 ジト目で見てくる麗華。この視線は耐え難い。


「あ、あれは作戦であってだな……決してやましい事では」


「飛鳥君?」


 にっこり微笑む姉さん。怖い。


「すいませんでした! 今度どこか遊びに連れて行くんで体罰だけはご勘弁を!」


 俺はジャンピング土下座を披露して見せた。


「……本当ですか? 約束ですよ?」


 ……助かった……のか?


「兄ちゃん。今日はもう帰るけどえっちな事したあかんで?」


 麗華から忠告を受けた。すると、後ろから教室に向かう武と西園寺、優希がやってきた。


「飛鳥〜何やってんだ? 一人で女の人と密会か?」


「兄ちゃん、この人達知り合いなんか?」


 首を傾げる麗華。


「ああ、麗華。こいつは佐藤武。変態だ。んで、こっちは西園寺。変態だ」


 適当に麗華にこいつらを紹介しておいた。


「久しぶりだね、麗華ちゃん」


 麗華にニコッと微笑みかける優希。


「あ、優希君! ……聞いたで。優希君も女になったんやろ?」


 小さな声で優希に耳打ちする麗華。


「え……う、うん。あまり変わらないけどね」


「ん……その声、その方言、その名前、あなた工藤 麗華ちゃんでは⁉」


 凄え。さすが麗華の大ファンだな。武は。気持ち悪い。


「えっ⁉ 何でわかったんや⁉」


ここはそうだとしても言っちゃ駄目なところだろ。


「すっげぇー! サインもらっていいすか!」


 ああ、面倒な事に。ま、武ならいいか。どうせ言いふらさないし。


「いいけど……はい」


 慣れた手つきで武のシャツにサインをする麗華。


「俺、佐藤武っていいます! き、今日は何でこんな所に?」


 興奮気味の武。ま、目の前に自分の大好きなアイドルがいればそうなるか。


「兄ちゃんの参観見にきてん。3日オフもらったから」


 俺の腕に抱きつこうとする麗華。やらせるか。そんな事を武の前ですれば武はハートブレイクする。俺は麗華のデコを押し、麗華を止めた。


「あ、飛鳥の? ……飛鳥! 知り合いなら俺に教えてくれてもいいじゃんかよ〜」


 肘で俺を突っつく武。とても上機嫌だ。


「今は兄ちゃんの家に居候させてもらってる。ウチが家におる時はいつでも来てくれてええで?」


 居候の部分で一度落胆した武は、その次の言葉で顔が今まで見たことがないぐらいの喜びに満ち溢れていた。極端な奴。


「ま、マジっすか! 飛鳥の家に居候してるのは少し気に入らないけどありがとうございます!」


 目を輝かせ鼻息を荒くする武。

そんな事があり、時間は過ぎていき、放課後。……俺は修羅場に巻き込まれていた。


「………西園寺君、優希君。飛鳥君は私のもの……ですよね?」


 姉さん。


「……結衣さん。飛鳥君は僕の親友です。結衣さんのものじゃありません」


 優希。


「城戸優希。五十嵐飛鳥は俺の伴侶。お前のものでも無い」


 西園寺。


「あ、あの……」


 そして俺。後ろから抱きつく優希に、右腕にくっつく姉さん。優しく左手をとる西園寺。


「ちょ、えーっと」


 困惑する俺。


 そして、そんな俺達を遠くから見つめる二つの影があった。


「……誠哉様ぁ……どうしてそんな女を……!」


 悔しそうに下唇を噛む女と


「落ち着け。そんな事では西園寺とやらを取り返せんぞ」


 落ち着いた声で喋る女。だが、この時俺と西園寺はそれには気がつかなかった。

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