62 目的と手段と優先順位
楽しい事と言うのは夢中になってしまう、夢中になれば時間を忘れてしまう。
時間を忘れると、いつの間にか時間を飛び越えている自分自身を発見出来るだろう。
ただ、それが好ましい事であっても好ましくない事であっても。
人は案外、時間を越える事は簡単なのかも知れない。
ふう、とキャシーはため息をついた。
「どうにも、皆様は話を脱線するのがお好きな様でいらっしゃいますね」
疲れたような声を出すが、面々は思ったに違いない。
いや、それって貴方の言動も一役買ってる気がするんですけど気のせいですか?
気のせいです、とはっきり告げられるのが怖いから誰も口にしないだけだと信じたいが。親方曰く「これはこれで仕方がない」と言う発言もどうかと思う。
「私の治世が気に入らない、かと言って表立って都市を制圧にかかれば自分達が反逆者の汚名を被る事になる。
故に、私に自ら静かに引退を告げてもらいたいと思う者は珍しい話ではない。
最初のうちは割と気が短かったので塵も残らぬほど潰しまわっていたりもしていたが、そのうち面倒である程度は見逃したら、今度はちまちまと下らぬ事をする様になった。放っておいたら現状だ。
出来れば、この状況を打破するにはどうしたら良いのか知恵を借りたいくらいだ」
「良いのですか? 親方ともあろう事か他の都市の者にその様な機密事項を知らせてしまって?」
レンの言う事はもっともで、少なくとも「都市」に関わっている者はたいていが背後に何かが関係している。
それが所属する国であったり家であったり、国家だったりする。
多かれ少なかれ、それはどうしようもない。人が一人で生きていけないのと同じ事だ。
「構わん、この庁舎に入り込んでいるスパイにもバレてるだろうしな。
だからと言って、世界中が私を相手に喧嘩を売ってられるほど暇でもなければ余裕はない筈だ。その事もあってイル=スには少々無茶な行程で世界を回ってもらっている。
職人都市レイニアス・シティに喧嘩を売るならば、まずはイル=スを倒して見せろと言うパフォーマンスでもある。彼一人を倒すには、特殊な状況下にならない限り数十年から数百年は大丈夫だ」
「イル=スさんって、どんだけ長生きなんですか……?」
「秋水様、この程度の竜人は『酔っ払い』とか『娘の下僕』とか『親方の奴隷』程度の呼び名で十分でございます。名前で呼んで差し上げるなど、贅沢の極みでございます」
「うん……キャシー、たまにはオブラートに包もうよ……って、オブラートってないんだっけ?」
こほん。
レンが一つ咳をすると、話がずれていた事に一同は気が付く。
そして、レンは内心「ラーカイルはこうなる事を予測してこなかったんじゃ?」と言う疑問を持つ様になるが、それはそれとして。
「イル=スの強さと生命力の強さは折り紙つきだ。竜としての元来の強さも含め、コイツは持てる煩悩と欲望の全てを家族に注いでいるから他の物欲や色欲的な誘惑には一切乗らないし、そう言う意味での無茶もないから順当に行けばあと数百年は生き残るだろう」
「よせやい……せいぜい、あと数十年って所だ」
親方とイル=スの言っている言葉にかなりの隔たりがあるのは、こういう理由からである。
「俺にとって親方もそうだが、家族が何よりも大事だ。家族は大体俺と同じくらいか、下手をすれば数十年で先に逝く可能性がある。そうなった場合、俺とて生き残る理由はあるめぇよ」
竜と言う種族は、良くも悪くも強固だ。それは生命力の強さや皮膚の硬さに加えて考え方にも浸透しているので、一度立てた誓いは色々な意味で遵守するのが基本であり破る事など考えられない。
イル=スは、例え家族を盾にされても職人都市レイニアス・シティの不利になる事はしないしさせないが、替わりに家族に危害が加えられたら誓いによって復讐を果たし命を落とすと言う誓いを心臓に立てている。だから、これはイル=スの意志は無関係に発動する一種の呪いである。
なので、イル=スは全力を持って都市の抑制として世界中を駆け回り、町は全力を持ってイル=スの家族を町の全ての人の力で守ると言う契約が成り立っている。
「だが、お前の子供達はどちらも長く生きるだろう」
「どうだかな……幾ら竜と長寿族の両方の血が入ってるとは言っても、見た目には判ったものじゃねえ。実際、血が反発しあって普通の人と同じだけの寿命って可能性もある」
なんでも、イル=スの妻は親方の妹らしい。
こんな美しくも可愛らしい親方の妹と言う事は、イル=スは……と思ったが、どうやら表情に出ていたらしく「妹は私より外見的には君たち近い。我々は外見的な成長に差が出るらしくてね、原因は不明だが」と言うので、まだほっとする。
ただ「それでも、イル=ス様より数十歳は年上なんですけどね……奥方様……でも外見は……」と秋水の耳に入ってきた言葉から連想すると、どうやら想像と現実はそこまで離れていないだけで十分と言った所なのだろう。
「あれ、娘さんだけじゃなかったんですか?」
いつの間にか復活したらしいアインスは、まだ少し患部をさすりながらお茶を飲んでいる。
残念ながら食べ物はもうないが、お茶があれば空腹は誤魔化す事くらいは出来る。
「今、家に居るのは娘だけだな。もう一人は……どこにいるんだか」
双子のうち、娘は町の家で住んでいるらしいが片方はどこかに出向いているらしく何年も帰ってないとの事だ。
「ま、それはともかく……仕事の話に戻ろう。
庁舎内の膿も久しぶりに出した事だし、食事をしながらゆっくりしたい所だが。そうも言っていられない。
残念ながら、まだまだ仕事があってね……せっかく周囲も混乱しているので、今のうちに部下の……教育でも施そうかと思ってる。イル=ス、お前も付き合え。今は気分が良いのだ、反論は許さん。
最初の話では、都市からの使者を送り届け調査をするまでが初期段階で受けられる依頼だと聞いている。それは仕方がないだろう、依頼を受けて実内容が伴わなければ意味がない。
しかして、君達は今のところの判断としてどう考えている?」
僅かに空腹が満たされたらしい、幼い外見の長は滑らかな口調で話し始める。
横では先ほどのアインスよろしく、イル=スが「帰らせろぉぉぉぉおぉぉっ!」と無駄に騒いでいるが、キャシーすら無反応な為か数回転がったらパタリと止まってしまった。
実の所を言えば、数年がかりで世界のあちこちを回るイル=スではあるが実際に家に帰れたのは多くはない。都市までは戻ってくるが、その間に都市でたまった仕事などを片付けている間に次の航行が決まる事もざらなのだから、娘の「おじさん、誰?」発言はあながち間違っていないと言う事実があったりする。
「そうですね……実際の所は、昨夜採取したサンプルを分析するまで何とも言えませんが。少なくとも、僕達は非常に興味深い状況であると認識しています。
興味深い、などと言いますと職人都市の皆様には不愉快かも知れませんが……」
あんた誰?
そう言いたくなるほど、先ほどの己の言動を忘れたらしいアインスは丁寧な物腰で親方に応える。
親方としては誰が応えても気にしない所なのだろう、何しろ部下も似た様な事をしているのだから慣れているのかも知れない。
「いや、物事に対する好奇心は大切だ。その感覚は大事にしたまえ」
「ありがとうございます、我々が決定を下した場合はどなたに告げればよろしいですか?」
「余程の愚か者でもない限りは敵対する者も少ないだろう……通りすがりの者に伝言をして貰えれば会おう」
「承知しました、では失礼を致します」
「ああ、よろしく頼む」
ぺったん、がりがり、ばさばさ、ぺったん、がりがり、ぺったん、がさがさ……。
会話の最中も、印鑑を押したり何かを書き込んだり、別の書類を持ち出したりして中身を確認していたりする。
時間がないと言うのも、ほぼ一人で職人都市を運営しているというのも本当なのだろう、けれど今回の事で少し懲りたのだろうか……流石に口に合わない食生活を続けるのは忍耐が必要だ。
言い換えれば、親方には身近な人の中で味方はなく孤立無援という状態だったとも言える。
「あいつも悪い奴じゃないんだけどなあ……下手に自力で出来るだろう?」
部屋まで送る、と勝手について来た呑んだくれ外交官は、手にしている瓶をラッパ飲みしながら一緒に歩く。
これって送るとは言わないんじゃないかなと思ったが、誰も気にしていないから口にする必要はなさそうだ。
「最初のうちはなあ……大きくなかったし、俺も間に入ってとりなしたりも出来たんだが……」
けれど、職人都市に人が集まり物が集まり思惑が集まるようになると、どうしても外の世界で交わすやり取りが増えてくると言うもの。早急に手を打たなくてはならなかった事情も踏まえて、最初にイル=スが顔を出したのが運のつき、そのまま外交官としてあちこちを飛び回る羽目になった。
「そうなると、暇な奴等、勘違いする奴等、思い込みの激しい奴らも居れば、とりあえず言われた事だけやる奴も居る。世の中ってモンは、大抵がそう言う奴らの集まりで出来てるんだって判ってはいるんだがなあ……」
ここが、例えば古代種の隠れ里とかならば話は簡単だったとイル=スは語る。
それも機密事項ではないかと問いかければ「おう、だから外部には内緒にな」と笑いながら酒をくらうのだからどこまで本気なのか判ったものではない。
「他にも色んな奴等が足元に居るって言う事を紙の上で知ってるって感じなんだよなあ……あいつの妹と結婚して妹が居るって事で変な方向に走りやがってなあ……都市を守る事については完璧主義になっちまいやがった。
何度か鎖国する羽目になりかけたから、今でも肝が冷える」
この竜の御仁の肝を冷やすのだから、見た目ロリ長寿な野郎は変な意味で一筋縄では行かないと言う事になる。
「ま、今のお前さん達にとっては話半分に聞いといてくれや」
そう言ったイル=スの表情も、少し寂しげで。けれど読めない表情をしていた。
「イル=ス様が呑んだくれておいでなのは、竜の気性の問題もございます」
だから、なのだろう。後で夕食前にラーカイルが一同を集めるといわれたので、一休みをしに部屋に戻った秋水にキャシーが語り始めたのは。
「竜の……気性?」
「はい、竜と言っても古代種とは異なり完全な竜になれる者はすでに希少です。イル=ス様が変体を行う事が出来るかと問われれば拝見したと言う記録もなければ拝見した事がないので、不明としか申し上げる事が出来かねます。
ただ、竜という存在は本来は人の中にあると言う環境にはございませんでした。竜はそれぞれの領域を守り、または隠れ里にあり、人とは然程関わらぬ生活をしておりました。ですが、世界は動き竜の中にも人とかかわりを持つ者が増えてまいりました」
理由の一つとして、人がそれだけの力を持ってきたと言うのもある。
時折きな臭い話は竜の間ですら聞こえてくるのだろう。中には、竜を使役しようとする動きもある程だ。
今でこそ竜人と言う種族と言う認定を受けているが、それでもイル=スの様な存在は遠目で見られて普通。まともな会話をしようにも侮られる事も多いので腕力を抑制しない方向性を保っている部分もある。
「先ほども申し上げましたが、元来の竜は人とは関わらぬ生物。そして、人とは構造も何もかも異なる生物でございます。ましてや、異種族と子供を設けると言う事も非常に稀な出来事……色々な意味でとなりますが、検証事例が増加しているとは言っても、まだまだ研究対象として魅力的なのでしょう。イル=ス様のご家族は現在進行形で様々な方々から狙われておいでです。その事を踏まえて、イル=ス様は外交官としての地位を拝命いたしました。それが家族を守る為の最善であると信じて」
困った事に、竜の中にも性格というものはある。
中には、人の世に積極的に手を出して小火を大火災にまで発展させた竜も居るので、人だけに問題があるわけでもない。
「イル=ス様が常時飲んで折られるのは、『魔滅』と呼ばれる非常にアルコール濃度の高いお酒でございます。原材料、作成方法の全てが不明とされている、マニア礼賛の幻の酒と言われておりまして、一口飲めばあの世行きといわれております」
「死んじゃうじゃん!」
構造的に、人とは違うから毒程度では死なないらしい。
だとしても、聞いていて楽しいとは思えない。毒を体内で浄化したりするわけではなく、単に毒として利かないだけで実際の所は下剤とか痛み止めなんかは利くらしい。そのあたりの区別はよく判らないが、そういうものだと思えば良いのだといわれた。
親方は見た目が8歳前後ですが、親方の妹は16~18歳くらいだと想像していただけると宜しいかと。一般的なエルフの容姿を連想してください。
イル=スは外見が本気で工事系の外見なので、一見すると「ヤク○系のイケメン(事実)親父と女子高生」の絵面になります。はっきり言って犯罪ですかね?中身はともかく。
そんな背景もあったりするので、イル=スの妻と子供達は超人気者です。親方はここ十数年は表に出てこないので知ってる人は知ってるという感じですね。外見に引きずられるのか長寿の特性か、たまに「面倒だからぽーい」な性格が出る事もあります。お、今回は裏設定が長い。
と言うわけで、次回予告。
「ラーカイル先生の不思議講座開幕、意外じゃなく説明好きな所が実は二人の険悪な理由だったのか?と言うか拾い食いは真似しちゃ駄目ですよ!」
普通の人には難しいかもー?




