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59 生物の生命を尊重するなら食わなければいい

命は循環している事をご存知だろうか?

土や水に含まれている微生物は植物に取り込まれ、植物は動物や魚介類に、動物や魚介類は人類に取り込まれ、人は輩出を行い地球に帰る。

大雑把に言えば、そんな感じ。

体質的に食べられないならばともかく、個人的には誰かに食べちゃ駄目だと言われる程度で食べないと言うのは食物に対する冒涜ではないだろうか?


 状況は、あっさりと解決した。

 レインは戻ってこなかったが言われたのか、幾つかの軽食を持って現れたメイド達が器用に書類を避けてテーブルをセッティングして行く……のに、何故かキャシーを見て「ぎょっ!」とした顔をするメイド達も何人か居てたりするのは良いのだが……この緊張感漂う空気は何事だろうかと言う気がする。

「ほら、食え」

 ぽーんと手の中の毛布の塊……もとい、職人都市レイニアス・シティの最高権力者。通称「親方」を放り投げたイル=スには罪悪感とかいったものは存在しないらしい。放り投げられた方も慣れているのか、くるくると放物線を描きながら回転して「ちょこん」と言った感じで長椅子に座った。

 どうやら、今さっきまでの意識を失っていた状態ならばともかく今の意識を取り戻した状態ならば扱いが荒くなっても良いと言う事なのか。それとも、単に慣れの問題か……嫌な慣れだな、と誰かは思った。誰とは不明にしておくが。

「……嫌だ」

「なんだとぉっ!」

 ちらりと秋水がキャシーに視線を向けると、心得たとばかりに一歩前に出る。

「お待ち下さい、イル=ス様。

 いかに貴方が竜種の呑んだくれ外交官とは言っても、この様なゲテモノにも劣るものを食材として提供するとは……職人都市のメイドも地に落ちたと言うものであると判断出来ます」

「……どう言う事でぃ」

「イル=ス様でしたらともかく、普通の肉体を所持している方にこちらの品々を『召し上がれ』などと言う無作法な真似をするメイドは。とりあえず、学園都市所属のメイドにはおりませんとだけ申し上げます」

 あまりにも遠まわしな言い方ではあるが、それだけでイル=スには十分理解できたのだろう。

 ただでさえ凶悪な顔が、今度は更に凶悪になる……ああ、まだ凶悪な顔が出来たんですね、などとふざけた事を言いたくなるのだから不思議なものだ。

「おい、親方! なんだって手前ぇはそんなもんを無造作に放って置く!」

「だって食べたくないんだもん」


 ぷい


 大きさからすると、人の子供サイズだ。

 下手をすれば、5歳児かお前は。などと突っ込みたくなる。

 礼儀に反すると途中で気が付いたのか「ぽむ」と片手の拳を平手に置くと「申し送れました」といいながら、被っていた長衣のフード部分を外す。

 誰かの「ほう」と言う声が聞こえたかも知れないが、そんな事はどうでも良い瑣末な事だと思わせる程度の価値はあっただろう。


 滑らかな白い肌は、引きこもりだと言った。

 絹糸の様な銀の髪は、種族的に普通だといった。

 可愛らしくも神々しさすら感じる顔立ちは、これでも実家ではそうでもないと言った。


「え、なんなのこの後ろ向き……」

「シュースイ、そんなはっきり言っちゃ……アレでも職人都市の親方なんだから……」

 空気をあえて読まない発言の秋水とアインスのコンビは、稀に凍りついた周囲の空気を溶かしてくれる作用があるのだと言う事を始めて知った。否、この場合は熱過ぎてがこーがこーと騒いでいるイル=スを冷却してくれたと言うべきかも知れない。

 ……あんまりにも冷たすぎるものの後に、ほどほど冷たいものを口に入れると温いのと同じである。

 そうなると、結局は冷たいだけだと言う話はあるが……それはそれで。

「可愛いって言ってるんだから、そのまま受け止めてもいいんじゃなのかな?」

「良い年をして『可愛い』なんて喜ぶわけないじゃないですか、女の子じゃあるまいし!」


 ぴしり


「どうでも良いから飯を食え! 何はともあれ飯を食え! そして寝ろ!」

「いや、寝ちゃまずいんじゃ……」

 一人だけ、秋水やアインスより尚もあえて空気を読まない外交官のおかげで、長い間氷付けにならなかったアインスはぼそりと言ったが、誰にも返されなかったのは良かったと見るべきか。

「え……」

「そういえば、親方様は長寿族の出身でいらっしゃいましたね」

 さらりと告げたのは、ある意味で通常運行のキャシーだ。

「長寿族って事は、長生きする人って事だよね?」

「……ええ、まあそうですね」

 あまりにも単純な物言いの為に反応に困るのは、ままある事だ。

「長生きするってのは、何か理由でもあるの?」

「あると言えばございますし、ないと言えばございません。

 長寿な一族と呼ばれる方々は、現在大部分に存在しておられる人類とは異なる種別とも少ししか違いがないとも言われております」

「神代の時代の影響を受けているって奴?」

「アインス様……情報ギルド所属の貴方様が、その様な夢物語をおっしゃられるとは……」

 なんて嘆かわしい! とばかりの態度を取られてしまうと、いかに下位とは言え情報ギルド所属のプライドに傷がつく。だが、同時にアインスは気持ちを切り替える。このあたりの切り替えのよさは、アインスの良い点と言えるだろう。

「あと……イル=ス様、私の発言を耳に入れても脳に留めておいていただかなければ困ります。

 宜しいですか? 私は先ほどメイドの質を問う発言を致しました。その意味をよく考えていただければ幸いであると発言いたします」

 見てみると、軽食は肉や魚を使ったものだ。野菜もある。片手でつまめる系統のもので、子供のおやつだといわれても納得してしまいそうになる。

「……一口で食える?」

「「「違う」」」

 ざくりと言い切られた少年三人の台詞に、流石にイル=スも少しばかり怯んでみる。

「まあまあ皆様……体質的な問題もございますから、一概にイル=ス様を責めるのもお可哀想ではないかと」

 丈夫なんだなあ、とか誰かが言ったがガン無視だ。

 先ほど、判ったんじゃなかったのかなと誰かが思ったが聞こえなければ不敬には当たらないだろう。

「仕込まれているのは軽微とは言え、メイドとしてあるまじき事でございます。

 この様な事実が外部に漏れればメイド協会としても動かざるを得ないと言う事は、先に述べさせていただくとして……」

「ちょっと待て! メイド協会って……!」

 先ほどまでは、どう見ても右から左への超スルーだったが。

 メイド協会と言う単語が出てきたら一気に顔色が真っ青になる。

 どうでも良いが、先ほどから赤くなったり青くなったり忙しい人だ。

「どう言う事?」

「ああ、シュースイは知らないか……ギルドとは少し違った所でメイド協会ってあるんだけど」

「うちも絡んでるから、その当たりは把握しておきたいんだけどなあ」

「え、そうなの?」

「うん、まあ……僕って言うより、僕の家って言うか、僕の家の人達と言うか……」

「騒ぐだけでございましたら、お仕置きに走っても構いませんが。皆様」


「「「すみません」」」


 イル=スはともかく、キャシーはこそこそと少年三人が話し込んでいるのが気に入らないのか、それとも単純に会話の邪魔だと思ったのか何れかだろうと思う。何しろ、どういう性能をしているのか声に出しては勿論、たまに声に出さなくてもこちらの台詞を拾い上げてくる事など普通にあるのだから困ったものだ。

 ちなみに、この場合のお仕置きとは「この状況を作り出した方々を見つけ出して一ひねりしてきていただいても構いませんよ、秋水様は置いていっていただきますけど」の略である。

「……頼む。メイド協会にだけは内緒にして置いてくれ」

「この様な事態になるまで放置しておかれたのは、職人都市の皆様の怠惰と言わざるを得ませんが?」

 放っておけば、がたいの良いイル=スが身分がはるかに低いだろうメイドに土下座でもしそうな勢いで秋水としては内心はらはらしている。同じ様な顔をしていると思われるアインスも似たような事を考えているのだろうが……レンについてはよく判らない。

「無論……その程度のメイドを送り込んでいるメイド協会に非がないとは言いません。

 ですので、悪いようにはしないとだけ申し上げておきましょう」

 完全に悪役の台詞である、悪徳業者の台詞だ。

「良い場面を遮って悪いけど、一つ良いかな」

「……本当に良い場面ですので大変問題ですが、何か御用でしょうか。レン・ブランドン様」

 うわあ、言い切っちゃってるよ。

 などと表情は語っても言語で語らなければ、それを追求される必要はない。

「メイド達がろくに仕事をしないで給料泥棒をして雇い主に毒を盛ってるって事の他、それ以外にも問題ってあるのかな?」

「毒っ?」

「あれ、気が付かなかった?」

「だって、そこの人食べろって!」

 確かな問題として……仕事をサボり、給料を貰い、雇い主に毒を盛る様な人材は問題だ。

 毒を盛る事は人として問題だが、仕事をしないで給料を貰うのは奉公人として問題だ。

「長寿族ともなれば、解毒程度は普通に出来ますので問題はありません。

 問題があるとすれば……」

「すまん、こいつは人の上に立つくせに超偏食児童なんだ」

「誰が児童だ!」

「手前ぇだ」

 テンポの良い会話に対して置いてきぼりを一人食う秋水ではあるが、このまま流されてはいけないと思って脳内で情報の整理を心がけてみる。

「とは言っても、せいぜい下剤やら睡眠剤を仕込まれる程度ではございますが……」

「いや、致死量入ってたらまずいんじゃ?」

「解毒できる範囲でございましたら、問題はまったくございません」

 とは言っても、毒が仕込まれていると承知した上で食べる食事を美味しく感じるようになっては人としておしまいである。

「ならば、お前達も食べてみるといい!」

「秋水様はこちらへお控え下さい、何が起きるか不明ですので」

 流石に言われっぱなしでかんしゃくを起こしたのか、親方は爆発した。

 しかし、見た目からして子供のワガママ程度にしか見えないのは……涙を誘うというものだ。

「……なんだ、これ」

「……問題だな」

「……あれ、キャシーどこへ?」

 仕方なく食べたのは、言った当の本人が推定無自覚で半泣きだったからだ。

 良い年をしているとは言っていたが、恐らくそんじょそこいらの大人など子供に見えるくらいの年齢なのだろう。外見的年齢はさて置き。

 故に、秋水とアインスはキャシーが解毒をした上で口に入れた。

 レンは、何故かドーンを一定のライン以上に近づかせないように見張り番よろしく威嚇状態に入っていて、これもこれで問題だ。

「ええ……少々、この問題について責任者をぽきっと殺りに行こうかと……」

「ヤるっ?」

「ぽきっと?」

「なんでいい笑顔っ?」

 イル=スと親方と秋水の言葉が見事が階段状だ……何かを見てしまったらしいアインスは寒いわけはない筈なのに青い顔をして歯をかちかちと鳴らしている……アインスの分だけ解毒されていなかったとか、そういうオチではない事を祈ろう。

「いいのか、キャシー?」

 威嚇状態はそのままだが、レンが真面目な顔をして問いかけてきた。

「ええ、直ぐに済みますし……アインス様が一度くらいは防御として頑張っていただけると期待しております。ええ、主に物理的な盾としての意味あいで」

「死ぬから! それ普通に死ぬからっ!」

 青から白に変わった顔色を見て、アインスに死亡フラグが立ったことを確信した人物は居たが……。

「大丈夫だ、アインス。ギャグキャラは死なないから」

「死ぬから!」

 やはり、どこか暢気な会話である。


とは言っても、普通の人は仕込まれたものを食べる場合は作った人にも食べさせて差し上げると効能が知れてよいのではないかと。

ところで、親方の正体を想像された方はいらっしゃっただろうか?

少しわくわくと裏切られてくれないかと想像してみます。

良い意味でも、悪い意味でも?


では、次回予告。

「プロローグを除けば60回だよ目出度いけど記念なんぞ何一つない、謎のメイドと執事協会の恐ろしさとは一体!? 次回は久しぶりにドーンがしゃべります」

って、何話ぶりだっけ?

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