60 譲れないものは存在する
世の中や人生には努力やら根性やらでどうにかなる事と、ならない事って言うものがある。
例えば、運。
運命とか大きなことでなくても良い、歩いていたら信号機が赤ばっかりな時に限って急いでいるとか、そう言うのでも良い。
もし、それが意にそう状況であるなら誰かが何かをしてくれてるんだと感謝しても良いだろう。もし、それが阻まれる事ばかりならば誰かに心配されてるのだと思えば良い。
世の中や世界と言うものは、沢山のモノが寄り集まって出来ているのだから。
「ここまで来れば一種の芸術ですが、かと言って見逃すわけには参りません……一メイドとして、一ギルド上位者として、一人の女、一つの生命体、一つの意志として!」
「「そこまでっ?」」
「こんなものが一日三食におやつ、夜食とまで続くんだ……ノイローゼになるくらいなら空腹を忘れるほど仕事をして死んで行ってしまいたい」
「洒落にならない台詞は却下だ!」
問題の親方の食事だが……毒性はそこまで高くはないとは言っても、解毒出来ない人物が口に入れたら生命の危機に瀕するほどのえらい代物だ。しかも、それぞれの料理にはそれぞれ別の症状が出る毒が仕込まれている。
その上、まずい。
不味いと言うか、戦場とか旅人が固形食を口に入れる程度には美味しくない。と言うより、味がないに近い。
見た目が普通に見えるだけに、性質が悪い意地の悪さだ。
「ま、私どもに影響がないのでしたら問題は皆無ですが……」
「勘弁して!」
「おいおい……今の勢いはどこに行った?」
「通り過ぎました。どちらにせよ、私が報告をしなくてもすでに情報は流れている事でしょう」
キャシーもまた切り替えが早い……つい今さっきまであんなに態度が怒っていたのに、この切り替えのよさはなんだろうかと言う気がしてならない。
「私の怒りポイントは、毒を仕込んだことではなくメイドとしての仕事をきちんと果たさぬ根性の問題でございますので」
え、そっち?
と思った所で、それは責められる事ではないだろう。
「ちなみに……どういう事か聞いてもいいか?」
「はい、メイド協会には対になる執事協会と言うものがございまして。
ちなみに、その筆頭名誉会長はとある執事とメイドでございます。その名誉会長お二人はレン・ブランドン様の本宅の執事長とメイド長のお二人でいらっしゃいまして……」
この時点で口から泡を吹いていると言う事は、恐らくレンがこの場に居る事で監視役兼護衛役兼観察者が子と細かくこの状況をリアルタイムで報告している事が判ったのだろう。となれば、残念ながらキャシーには「その名誉会長ご夫婦のお子様であるドーン様が関わっておいでになる此度の一件が耳に入らないと思う方がどうかしていると判断出来るわけでございます」とは、流石に言うのは可哀想だと思って口をつぐむ事にした。
「……終わりだ、いや、終わる……かも?」
「イル=ス、どう言う事?」
「お前ぇなあ……メイド協会に執事協会にまで話が通ってるんだぞ?」
しかも、現在進行形の実況中継がなされていると覚悟されると宜しいですよ……利点は何一つございませんが。
と言う事も、キャシーは言わなかった。
出来るメイドは主人以外の相手にも止めをさっくり刺す様な真似は控えるものだ、と言うのをよく知っている。
「それが?」
「あのなあ……「それが?」じゃねえよ」
「恐れ入りますが、イル=ス様。親方様の真似をされても可愛くありません」
「判ってるよっ!」
言ってくれるなよ、と誰がが言ったかもしれないが聞こえない言葉は記憶に留めないのも良いメイドの条件である。
「メイド協会と執事協会って奴が、この世界のあらゆるメイドと執事を統括してるのは知ってるよな? 幾らなんでもな? で、そいつらがやたら滅多ら超優秀なのを片っ端から排出してるのも知ってるよな?」
「ギルドとは違うんだっけ?」
「そっからかよ! ギルドは有料だけど、協会は基本は無料だ。ただ、箔の着き方が全然違ぇ。
協会に所属してる奴らは半狂信者が多いからな、会長の品位を落とす事は命を賭けてもやらねえのが基本だ……どこでも大きな団体なら一人や二人は協会の奴らが居るもんだが……」
ちらりと、イル=スがキャシーを見たがどこ吹く風と言った感じである。
「違ってたら悪いんだけど、キャシー」
「はい、御用でしょうか? 秋水様」
「もしかして、あの……ええと、外交官の人? キャシーに助けてもらいたがってたりしない?」
「はい、その様ではないかと言う態度に見せかけて契約中の他人にあからさまに面倒をかけたがっている様ですので。外交官の人などと超丁寧な物言いではなく、でくの坊やら役立たずやら駄目親父とでもフレンドリーに呼びかけて差し上げれば宜しいかと……」
「それ、フレンドリー?」
「どこがだ!」
「駄目親父」
「よりにもよってそれで呼ぶな、親方ぁっ!」
なんだか騒がしくなってきてしまい、思わず秋水は耳に痛みを感じて指を突っ込んでふさいで見る。
よく見れば、アインスもレンも同じ様に耳をふさいでいるし、親方と呼ばれた少年も耳を塞いでいる。
どうやら、この部屋の中で本人以外の心は一つになった様だ。
「喧しいでございますよ、年中浮浪してやがる育児放棄親父が生意気にも叫ぶなど……秋水様の鼓膜が破れでもしたら責任を取らせる方法はどれに致しましょう?」
「その場合は、イル=スの個人負担で頼む」
「おい!」
「判定の考慮に加えさせていただきます」
「流石に厳しいな」
「契約の対象者をお守りし、お世話をさせていただく事が私の仕事でございますれば」
「人を置いていくな!」
流石に、これ以上は吼えられると困るなあと誰かが思った所。
「いい加減にしていただきましょう、呑んだくれて浮浪で育児放棄の良い大人の癖に生意気であると申し上げました」
ひたりと喉元に突きつけられているのは、すっぽんだ。
ちなみに、トイレが詰まった場合に使う清掃用具である。乾いているから大丈夫……かどうかは不明だが、匂いは漂ってこない。とりあえず「あんなものまで装備してるんだあ……」程度の感想を持っているのは現実逃避と言えるかも知れない。
「……一つだけ訂正しろ、浮浪して育児放棄状態なのは俺のせいじゃない」
よく見れば、キャシーの首筋にも細く長いものが触れるか触れないかのぎりぎりの位置で止まっている。
どうやら、それは一本だけ長く伸びたイル=スの爪の様だ。しかも剣の様に細く長く鋭い状態になっている。
「失礼を致しました、確かに他に役に立つような子飼いを育てる事も出来ないイル=ス様の不手際とは言え。イル=ス様に新人をお預けすると言う愚行を起こさない判断をした親方様の判断は間違ってはおられないわけですから、一概にイル=ス様を責めるというのであれば新人教育に失敗してからと言うのが正しいあり方でございましたね」
すっぽんを無造作に引いて、瞬く間に消す。
実際には、何やら収納する為の手段があるらしいのだが瞬間は誰も見た事がないのではないらしい。
念のために、秋水は魔法の話が出た時に色々と話を聴いてみたのだが……空間や時間と言った魔法に関しては「あるかも知れないしないかも知れない」とだけ言われたのでよく判らない。アインスも驚いているので、もしかしたら無いのかもしれない。
「褒めてるつもりか?」
「これが褒め言葉だと感じるのであれば、人生はすでに終焉を迎えておられる事かと」
「やっぱりかよ!」
「どちらにしても、一人じゃ人事なんて動かす気にもならないからな。だから放っておいた」
優秀であると言う話はあったが、本当に職人都市を一人でまわしているのではないかと言う気がする。
だが、そうなると周囲の反応は両極端に二分されるものだ。
狂信的かつ盲目的に純粋な崇拝を向けるものと、逆の嫌悪を向けるもの。
すでに親方がレイニアス・シティの長と勤め上げて幾年月……レイニアス・シティの初期の頃からトップに座ったままで一度も親方の座を明け渡した事がない。そう言う意味では信頼されているが、長年座り続けた為に野心を持っている者からすれば目の上のたんこぶでしかない。
「自業自得ですね」
レン。
「自業自得だな」
イル=ス。
「自業自得って言うもんだと思うよ」
秋水。
「自業自得でございます」
キャシー。
「自業自得」
ドーン。
ん? ドーン?
「「「ドーンがしゃべったぁっ!」」」
アインスと秋水とレンの心は一つにまとまった。
「ドーン様がツッコミを入れる姿を始めて拝見いたしました……」
言葉に若干の微妙さかげんが入るのは、それが肉声だったからなのだろうか?
「お前ぇ……しゃべれたんだな」
と言う事は、イル=スは今までドーンとの意思疎通を図った事がないと言う事だろうか?
「まさか『夜明のクリムゾン』に言われるとはあ……一番堪えた」
ぐったりとした様子になった親方は、これまでにないほどの疲れを見せている。
この様子では、一体何日休んでいないと言うのか判ったものではない。
「親方、貴方はこの都市をご自分お一人だけでまわしておられるのですか?」
「ああ……他人に任せるのが面倒なんでな」
レンの言葉に応えたのは、力無き声だった。
まさしく、仕事に疲れたサラリーマンの親父さながらである。
「今回の怪異、もしかしたらそれが原因かも知れません」
「……貴殿、名は?」
「レン・ブランドンと申します」
「ああ……東宝の時期公爵か、貴殿はギルドの関係者ではない筈だが?」
親方の言葉に、内心では怯む。
この長寿族の老人には、どうやら嘘やごまかしは利かないだろうと言うのはよく判る。
「はい、ギルドには所属しておりません。ですが……!」
「構わぬ、ギルドの内部での許可が出ているのならば問題がないと言う事だろう。
だが、例え知らなくてもギルド臨時職員的な立場として随行してもらう。東宝の時期公爵がこんな時期に職人都市に来ているなどと知られ、ましてや怪異に巻き込まれでもすればレイニアス・シティの存在意義にまで関わってくる事を理解してもらう」
「……承知しました、寛大なるお言葉に厚く御礼申し上げます」
「良い、ところで今の台詞の意味を問おう」
時間がないと言うのは本当らしく、ほとんど手を付けなかった軽食を横目に自身の机に戻った小さな親方は。書類を見てはガリガリと何かを書き込んではぺったんと判子を押している……なんでも、地位が高い組織の長は各々で魔法のかかった判子を所持し魔法のかかったインクで書類に判子を押すのが正式な書類だと言う。
「はい、その前に……キャシー、君がシュースイ君の側を離れたくないのはよく判っているが我々にも軽食と飲み物を用意して貰えないだろうか? シュースイ君、君も一息入れないかい?」
誰が見ても「ついでにさくっと問題解決してきて」と言っている様にしか見えず、キャシーは若干渋い態度を取っているが内心のため息は微塵も出さずに「承りました、レン・ブランドン様」と最後の言葉を言ったか言わないかのタイミングでキャシーは消えた。
文字通り、消えた。
「すさまじいな……最近のメイドは……」
「「「いや、あれと一緒にしないで」」」
イル=スとレンとアインスの言葉が重なったが、秋水が入っていないのは単に比較が出来ないからに過ぎないしドーンが参加しなかったのはいつもの事だ。先ほどの「自業自得」と言う台詞だけでも大変珍しい。
レンはプライベートで、アインスは研究室で割りと話はすると思っているが。外では本当に滅多に口を開かないので、あまりの珍しさにアインスは何かを勝手に悩み始めたようだ。
「けどよお、さっきは親方が言っても渋ってたのに……」
「ああ、それならシュースイ君の信頼した瞳でキャシーを見つめたからでしょう」
「左様でございます、レン・ブランドン様」
「「「「え?」」」」
ちなみに、この部屋の中での立場は親方>イル=ス>アインス>ドーン>キャシー(秋水)>レンと言う順番になっているのですが。一皮向けば。
ドーン>>>(越えられない壁)>>>親方>>>イル=ス>>>(超えちゃいけない壁)>>>キャシー>レン、アインスとなっています。
超えられない壁と超えちゃいけない壁って言うのは、微妙に違ったりします。
では次回予告。
「何かしてきたのキャシーさん!何を言ってるのキャシーさん!何をしようとしてるのキャシーさん!の以上三本でお送りしたいと思います」
サブタイトルは作者の心の叫びです。




