Lv.63 カーンの鍵
[Ⅰ]
宿を出た俺とアーシャさんは、リジャールさんの家へと向かい歩を進めた。
入口にあった案内板の地図を描き写しておいたので、それを頼りに移動である。
「コタローさん、お師匠様から、何を頼まれているのですか?」
アーシャさんが小声で訊いてくる。
だが、俺は言うべきかどうかを悩んだ。
なぜなら、ヴァロムさんからは、他言無用みたいに言われているからだ。
とは言うものの、アーシャさんはヴァロムさんの弟子である上、ソーンのオッサンの事も知っているので、それほど秘密にする必要はないように思えたのである。
(まぁいいか……他言しないよう釘を刺しておきさえすれば大丈夫だろう。それに、ここまで来た以上、簡単に引き下がるとは思えないし……)
というわけで、俺は話すことにした。
「アーシャさん……他言は無用ですよ」
「勿論、そのつもりです」
「お師匠様は……ここに住むリジャールさんという魔法銀の錬成技師の方に、何かを作ってもらうよう依頼をしたそうなんです。で、それを今から受け取りに行くのですよ」
アーシャさんは目を大きくした。
「魔法銀の錬成技師ですって……という事はただの依頼ではなさそうですね」
「でしょうね。とりあえず、俺が知ってるのはこれだけです」
「へぇ、それは気になりますね。ですが……今はこの辺にしておきましょう」
アーシャさんはそう言って、周囲をチラッと見た。
一応、警戒はしてくれてるようだ。
「ええ、その方が良いです」
俺達はそんなやり取りをしつつ、リジャールさんの家へと向かい、歩を進めた。
周囲に目を向けると、畑やログハウス調の家屋が並んでいた。
長閑な田舎の風景であったが、今が夕刻という事もあってか、少し寂しい感じであった。
日の高い時間帯ならば、もう少し違った印象を受けたに違いない。
だが、進むにつれ、俺はこの村に違和感を覚えた。
なぜなら、村内は物々しい格好をした冒険者達が、何組か闊歩していたからだ。
重装備をした戦士や魔法使いのような者、そして、盗賊風の軽い武装をした者等、それは様々であった。
(にしても……この物々しい格好をした冒険者達は、なんなんだ一体……この村で何かあったのか?)
来る途中に会った冒険者達は、魔物が増えてきたので村の警護をしていると言っていた。
だが、俺達が道中で遭遇した魔物の強さを考えると、これは少し過剰な気がしたのだ。
「コタローさん……何かあったのでしょうか? この冒険者の数は、少し多い気がするのですが……」
アーシャさんも怪訝に思ったようだ。
「俺もそう思って見ているところです。何か、嫌な予感がしますね。早いとこ用事を済ませまて、明日の朝には、この村を後にした方が良いかもしれません」
「そうですわね」
それから暫く進むと、道の終点が見えてきた。
突き当たりにはログハウス調の家屋が鎮座している。
村の入り口にあった見取り図だと、この道の突き当たった場所にリジャールさんの名前が書かれていたので、恐らく、あれがそうなのだろう。
家屋に目を向けると、今は夕刻というのもあってか、窓から明かりが漏れていた。
どうやら、人はいるみたいである。
程なくして、俺達はその家に到着した。
俺は玄関扉を開き、中に向かって呼びかけた。
「ごめんください。すいませんが、誰かおられますか?」
明かりが見える奥の部屋から、男の声が聞こえてきた。
「おるぞ。何の用じゃ」
「あの、リジャールさんという方にお会いしたいのですが、こちらがリジャールさんのお宅で間違いないでしょうか?」
「儂に会いたい?」
奥の部屋の扉が開き、灰色のローブを纏う年経た男が現れた。
歳はヴァロムさんと同じか、少し上の年齢であろうか。
頭髪は5分刈りくらいの坊主頭で、髪は全て真っ白だ。
また、顎と口元に伊藤博文のような白い髭を生やしており、妙に威厳が漂う老人であった。
男はこちらへとやってくる。
そして、眉を寄せた。
「ン、アマツの民に若い女子か……まぁいい。で、今、儂に用があると言っておったが、一体何の用じゃ? 儂も今忙しいのでな、手短に頼むぞ」
どうやらこの人物がリジャールさんのようだ。
俺はオルドラン家の紋章を道具袋から取り出し、老人に見せた。
「私はヴァロムさんの使いでやってきた、コタローと申します」
リジャールさんはそれを見るや否や、目を見開いた。
「お、お主……ヴァルの使いの者か」
俺は無言で頷いた。
リジャールさんは鋭い目つきになり、周囲を警戒する。
そして、耳打ちするかのように顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「……中に入るがよい。さ、こっちじゃ」
「では失礼します」――
[Ⅱ]
俺達は明かりが灯る奥の部屋へと案内された。
そこは10畳くらいある部屋で、室内には奇妙な鉱石が沢山並ぶ棚や、大きな木箱、そして魔導器の類が幾つも置かれていた。
変わった道具や、奇妙な色をした石が置かれている事もあってか、好奇心が湧いてくる部屋である。
アーシャさんも俺と同様で、興味津々といった感じだ。
それはさておき、リジャールさんは幾つかある木製の椅子を指さして、そこに座るよう促してきた。
「さて……立ち話もなんじゃし、その辺の椅子にでも掛けてくれ」
「ではお言葉に甘えて」
俺とアーシャさんは、近くにある木製の椅子に腰を下ろした。
リジャールさんもその辺の椅子を引き、腰を下ろす。
まずは自己紹介からいくとしよう。
「リジャールさん、改めて自己紹介させてもらいます。私はヴァロムさんの弟子でコタローといいます」
「私も同じくオルドラン様の弟子で、アーシャと申します」
「儂はリジャールじゃ。昔は王都で魔導器製作の技師をしておったが、今はわけあってこの地で暮らしておる者である」
自己紹介も終えたので、俺は早速本題に入る事にした。
「ではリジャールさん、本題に入りたいと思います。ヴァロムさんから、ある物を受け取ってきてほしいと私は頼まれたのですが、それはもう出来ているのでしょうか?」
「うむ。もう出来ておるぞ」
リジャールさんは頷くと立ち上がり、壁際にある棚へと移動した。
そして、棚から弁当箱くらいの小さな木箱を取り出し、こちらに持ってきたのである。
「これが、ヴァルの奴から制作を依頼された『カーンの鍵』というやつじゃ。中を確認してくれ」
「カーンの鍵?」
「カ、カーンの鍵ですって……」
アーシャさんは知っているのか、目を大きくしていた。
俺はそこで、もう一度確認をした。
「あの……私は受け取ってきてほしいとだけ言われただけで、どういう物かまでは聞いてないのです。ヴァロムさんが依頼したのは、これで間違いないのですね?」
「うむ。頼まれたのはその鍵で間違いないが……ヴァルの奴から何も聞いておらんのか?」
「ええ、ある物を貰ってきてほしいとしか……」
ヴァロムさんは恐らく、情報漏洩を危惧して、俺にすら内緒にしてたんだろう。
「ふむ……用心深い奴の事じゃから、細心の注意を払ったのじゃろう。まぁよい。それはともかく、箱を開けてみよ。盗まれてるなんて事はないとは思うが、一応、確認だけはしておかんとの」
「では拝見させてもらいます」
俺は頷くと、箱を開いて中を確認した。
すると中には、赤い宝石のような物が埋め込まれた銀色の鍵のような物が入っていたのだ。
だがしかし、それは明らかに普通の鍵ではなかった。
なぜなら、鍵というには欠けている部分があったからだ。
このカーンの鍵とやらの先端部には、溝というモノがないのである。
つまり、形状は鍵に似ているが、鍵の部分には何の加工もされていないのだ。
「これは本当に鍵なのですか? 鍵を模した装飾品のように見えるのですが……」
「ああ、それは確かに鍵じゃ。ただし、普通の鍵ではない。これは魔法銀の錬成によって生れた魔法の鍵じゃからな。ヴァルの奴、どこで材料と製法を手に入れたのか知らんが、ヘネスの月に入りかけた頃に、突然、儂の所にやってきてな。これを作れと言ってきたんじゃよ。驚いたわい」
へネスの月ということは、今から2か月ほど前である。
「魔法の鍵……」
「魔法の鍵ですって……」
アーシャさんは目を大きくして、箱の中を覗き込んだ。
この表情を見る限りだと、グリフィンの翼のような逸話があるのかもしれない。
「それはそうとじゃ……お主、コタローとか言ったか。儂も噂で聞いたんじゃが、ヴァルの奴、一体何をやらかしたんじゃ。国王を謀ったなどと言われておるが、儂には信じられんのじゃ。なんでもいい、知っている事があるなら教えてくれ」
「それが、私にもよく分からないのです。ただ1つだけ言えるのは、ヴァロムさんはこうなる事を予想していたみたいなのです」
「予想していたじゃと……。ヴァルの奴、一体何を始めるつもりなんじゃ……」――




