Lv.139 ラヴァナ執政院
[Ⅰ]
西の空が赤く染まり始めた頃、俺はルグエンさんと共に、ラヴァナ執政院へと向かった。
ルグエンさんの話によると、今回の協議は早めに終わったらしく、もう既にクラウス執政官は戻っているとの事であった。
まぁそんなわけで、ルグエンさんの事務所について早々に、俺は出掛ける事となったのである。
ラヴァナ執政院は、環状通り交差点をアリシュナ側に暫く進むと見えてくるようになる。
建物の形状はイシュラナ神殿に少し似ているが、俺からすると、日本の国会議事堂みたいな造りの建造物であった。
だが、よくよく考えてみると、あれも若干古代ローマ風の建物なので、仮に、この国に存在してたとしてもそれほど違和感なかっただろう。
それはさておき、ラヴァナ執政院の庭は、青々とした芝生が広がる美しい庭園となっていた。
執政院へと続く石畳の道には、女神イシュラナの石像に加え、剣を掲げた厳かな人物の石像等が飾られている。
そして、執政院の入り口には、剣や槍を装備した衛兵が何十人もおり、今は出入りする者を静かに監視しているところだ。
見るからに厳戒体制といった感じである。
もしかすると、ミロン君が言っていた、イシュマリア魔導連盟とかいう団体に目を光らせているのかもしれない。
執政院の敷地内に入ったところで、ルグエンさんは立ち止まり、俺に振り返った。
「では、少々お待ちいただけますかな。クラウス様の秘書に話を通して参りますので」
「わかりました」――
それから約20分後、ルグエンさんは白いローブ姿の若い男と共に、俺の前へとやって来た。
歳は20代半ばといったところで、眼鏡をかけている事以外、取り立てて特徴のない男であった。
恐らくこの男が秘書なのだろう。
「この方がクリーストの件について相談に来られた方でございます」
ルグエンさんが男に言った。
男はそこで、俺に質問をしてきた。
「不躾な質問をさせて頂きますが、貴殿は真実を見抜く神を御存じであろうか?」
俺は指南書の通り答えておいた。
「古の太陽神の事ですかな」
すると男は、そこでルグエンさんに振り返り、白い巾着袋を差し出したのである。
ジャラッという金属音が聞こえてきたので、多分、中身はゴルだろう。
謝礼ってやつに違いない。
「ご苦労でした。これはクラウス様からです」
ルグエンさんはその袋を受け取ると、男に深々と頭を下げる。
そして役目は終えたとばかりに、
「私はこれで」
とだけ告げ、この場から足早に立ち去ったのだった。
ルグエンさんの姿が見えなくなったところで、男は着衣を正し、俺に向き直った。
「……では参りましょう。こちらです」
男は執政院の表の入り口ではなく、裏にある勝手口へと俺を案内した。
ちなみにそこは、警備の衛兵がいない所であった。
その勝手口から、俺は執政院の中へと入ったのだ。
今の俺はフードを深く被る怪しい姿なので、流石に表から堂々と入るわけにはいかなかったのだろう。
俺は男の後に続き、人通りのない赤い絨毯が敷かれた通路を無言で進んで行く。
男は程なくして、イシュマリア王家の紋章が彫りこまれた厳かな扉の前で立ち止まった。
扉の雰囲気的に、ここがクラウス執政官のいる執務室なのかもしれない。
だが、そう思うと同時に、俺は少し違和感を覚えた。
なぜなら、こういう立派な扉につきものの、ある存在が見当たらないからだ。
俺はそこで床へ視線を向ける。
すると思った通りであった。
床に敷かれた柔らかい絨毯の上には、2人分の足跡が残っていたからだ。
足跡は扉の両脇に立つような感じであった。
ここから推察するに、恐らく、警備する衛兵のモノだろう。
ついさっきまで、ここに立って警備していたに違いない。
(途中、誰とも擦れ違わなかったので不思議だったんだよな。多分、人払いをしたんだろう……)
男はそこで少し間を置き、扉をノックした。
中から、低い男の声が聞こえてくる。
「誰だ?」
「クラウス様。スロンでございます。クリーストの使者をお連れ致しました」
「お通ししろ」
「ハッ」
男は丁寧な所作で扉を開き、俺に中へ入るよう促してきた。
「さぁどうぞ、中へ」
「では失礼します」――
俺が部屋の中へと入ったところで、扉はゆっくりと閉められた。
そこで俺は室内をサッと見回す。
すると中は青い絨毯が敷かれた、落ち着いた感じの部屋であった。
広さは20畳程度で、壁際には本棚や絵画、壺等の美術品が飾られている。それらは何れも派手さはないが、落ち着いた感じの気品ある品々ばかりであった。
部屋の奥に目を移すと、そこには黒塗りの立派な書斎机があり、その手前には来客用と思われる白いソファー2脚と、磨き抜かれた大理石の四角いテーブルが置かれていた。
書斎机には、青と白の法衣を身に纏う、白髪混じりの長い髪の男が1人おり、今は書類のようなモノに目を通しているところだ。
見た感じだと、歳は50代から60代といったところだろうか。
体型は中肉中背で、口元や顎に白い髭を生やしており、額や目尻には幾つかの皺が刻まれている。
穏やかな目付きをしており、パッと見は、人の良さそうな雰囲気を持つ男であった。
物静かな政治家。それがこの男から受ける、俺の第一印象だ。
俺が執務室の中へと入ったところで、男は手を休め、こちらへと視線を向けた。
「では、まず、そなたの顔を見せてもらおうか。確認をしたいのでな」
俺はローブのフードに手をかけ、ゆっくりと捲り上げた。
素顔を晒したところで、男は上から下へと目を這わす。
そして、男は笑みを浮かべた。
「どうやら間違いないようだ。失礼した」
「どういう意味でございますか?」
「事前に使者の特徴を聞いていたので、それを確認させてもらったのだよ。ヴォルケン法院長からは、アマツの民のような男が、使者として訪れると聞いていたのでな」
「なるほど、そういうことでしたか」
どうやらヴォルケン法院長という方は、ヴァロムさんから粗方の説明は受けているのだろう。
もしかすると、ヴァロムさんが何をしようとしているのか、知っているのかもしれない。
ふとそんな事を考えていると、男は自己紹介をしてきた。
「さて、では名乗らせてもらおう。我が名はクラウス・インバルト・モードヴェン。ラヴァナを統括する執政官である」
「私はコタローと申します。クリーストの使者としてこちらに参りました。よろしくお願い致します、クラウス閣下」
「うむ、こちらこそよろしく頼む。では、そこの長椅子に掛けられよ。私もそこで話すとしよう」
「ではお言葉に甘えまして」
俺はソファーに腰かけた。
続いてクラウス閣下も俺の対面に腰を下ろす。
クラウス閣下は周囲を少し気にしながら、小声で話し始めた。
「さて……では本題に入ろう。まず、クリースト殿の現状だが……非常に不味い事になっている。貴殿も既に聞き及んでいるかもしれぬが、このままいくと、もう刑は免れぬであろう。今はヴォルケン法院長と私で、なんとか採決を遅らしているが、それも次の審議で最後になるかもしれない。10日後にある次の審議では、採択を迫られる可能性が高いのだ。つまり、もう逃げの一手は打てない情勢になりつつあるのだよ」
「そうですか……もう時間がないのですね。では一刻も早く、私はヴォルケン法院長に会わねばなりません。そちらの手筈はどうなってますでしょうか?」
「うむ。そこでだ、貴殿には7日後の夕刻、ヴォルケン法院長に会えるよう、私がこれから調整する。だからその間に、貴殿の方も準備をしておいてもらいたいのだ。もう後戻りは出来ぬ故な……」
「ええ、わかっております……」――




