Lv.107 撤収
[Ⅰ]
ザーリアルが息絶えたのを見届けたところで、俺は魔光の剣を仕舞い、女性に視線を向けた。
すると女性は、胸と股間を手で隠しながら、ザーリアルの亡骸と俺を交互に見詰め、何が何やらわからないといった感じであった。
まぁこういう反応になるのも当然だろう。
この施設の特性上、ここに魔物や俺みたいな男がいること自体、有り得ないのだから。
とはいえ、このまま黙っているのも気まずい。
おまけに、全裸の女性をジロジロと見るのも失礼であった。
その為、俺はクルリと女性に背を向け、それから話を切り出したのである。
「あのぉ、お怪我はありませんでしたか?」
「え? は、はい……ありがとうございました」
怪我は無いようだ。
目的は達成である。
これ以上ここにいると面倒な事になりそうなので、俺は撤収する事にした。
「それはよかった。では、私はこれにて失礼します」
「ま、待ってください。あ、貴方は一体、誰なのですか?」
俺は後ろを振り返らず、簡単に答えておいた。
「名乗るほどの者じゃありませんよ、お嬢さん。ただの通りすがりの親切な魔法使いだとでも思っておいて下さい。では、アディオス」
意味もなく、スペイン語で別れを告げた俺は、逃げるように入口へと向かい歩き出す。
だがその時であった。
「お~い、コタロー! 誰かこっちに来るで!」
なんとラティが、俺の名前を呼びながら、ここに現れたのである。
この予想外の展開に、俺は思わず額に手をやり、アチャーという仕草をした。
背後から女性の声が聞こえてくる。
「バートン便の配達員がなぜここに? いえ、それよりも……今、その配達員がコタローと言いましたが……それが貴方の名前ですか?」
とりあえず、俺は適当に誤魔化すことにした。
「いえ、違いますよ。彼は今、お~い、向こうからー、と言っていたのです」
ちと苦しいが、発音によっては、そう聞こえん事もない。これで押し切ろう。
などと考えていると、ラティが全てを台無しにしてくれた。
「何言うてんねん。コタローは自分の名前やがな」
はい、終了です。
どうやらこのバートンは、空気を読むという芸当は出来んみたいだ。♯ガッデム!
と、そこで、ラティが驚きの声を上げた。
「おお! さっきの黒い奴はコイツやったんか。しかし、またエライ強そうな奴っちゃなぁ。ワイもこんなん初めて見るわ」
「実際、強かったぞ。俺も倒すのに、結構苦労したからな」
「しかし、ようこんな厳つい奴を倒せたな。感心するわぁ。って感心してる場合やないわ。それより、向こうから誰か来てるで、どないする?」
そうだ。
これを利用してトンズラしよう。
俺は女性に言った。
「向こうから誰か来ているみたいなので、とりあえず、外の様子を見てきますね」
「ちょっと待ってくださいッ。まだ話が」
まぁ確かにこのまま去るのもアレだ。
最後に、助言くらいはしておくか。
ついでに、もう一度、この子の身体を拝ませてもらうとしよう。
こんな綺麗な子の裸なんて、中々見れないだろうし……。
というわけで、俺は女性に振り返って人差し指を立てると、そこで忠告をした。
「あ、そうだ。1つ言っておく事があります」
「え? 言っておく事……。なんですか一体?」
「この建物の外にいる3名の騎士と、この隣にいる女性神官以外は、気を許さない方が良いですよ。誰が敵かわからないですからね」
「ど、どういう意味ですか?」
俺はそこで、泉に浮かぶザーリアルの亡骸を指さした。
「今は説明してる時間がありませんが、簡単に言うと、その魔物が1体でここに来たという事が理由です」
「魔物が1体でここに来たという事……それはどういう……」
女性は恐る恐るザーリアルに目を向けた。
俺は構わず続ける。
「ああ、そうだ。これも言っておきましょう。俺達の事は、あまり詮索しないでください。それがお互いの為です。じゃあ、そういうわけで」
「え? ちょっと待ってくださいッ、コタロー様! 今のはどういう……」
(……ごめん、待てません。コタローはクールに去るぜ)
そして俺は、呼び止める女性を振り切り、この部屋を後にしたのであった。
[Ⅱ]
建物の外へ勢いよく出た俺は、急いで周囲を見回す。
すると、ピュレナ神殿がある方角に、松明の物と思われる揺らめく光が、小さく見えた。
「アレや。どないする? ここで待つか?」
「いや、ここは流石に不味い。とりあえず、この建物の脇に回って、少し様子を見よう。そこなら月明かりが当たらないから、向こうもそう簡単に気付かない筈だ」
「ほな、はよ、隠れよ。もうすぐ来るで」
「ああ」
そうと決まったところで、俺とラティはすぐさま建物の脇へと移動する。
それから俺達は、建物の外壁を背に息を潜め、暫し様子を窺う事にした。
ラティが小声で訊いてくる。
「なぁ、コタロー……あの光、ゆっくりとコッチに来るけど、なんやと思う? 魔物かな?」
「さぁな。でもゆっくりしてるのは、多分、歩いているからだろ。まぁとにかくだ。今はアレが来るまで待とう。倒れている3人の騎士に対する反応を見れば、敵かどうかすぐに分かる」
「ああ、なるほど。ここに隠れたんは、そういう事やったんか。こんな時やのに、コタローは冷静やなぁ」
「まぁ理由はそれだけじゃないけどな。さて、お喋りはここまでにしておこう」
「了解」
それから2分くらい息を潜めたところで、ようやく光の正体が明らかになった。
現れたのは、松明を片手に、煌びやかな箱を脇に抱えた女性騎士であった。
倒れている女性騎士と同じ格好をしているところを見ると、どうやらこの女性も近衛騎士のようだ。
と、その時である。
「ル、ルッシラ隊長ッ! これは一体ッ!」
入口の異変に気付いたのか、その女性騎士は慌ててこちらへと駆けてきたのである。
女性騎士は倒れている騎士の1人に跪き、名前を呼びかけながら身体を揺すった。
「ルッシラ隊長! ルッシラ隊長!」
暫くすると、眠たそうな声が聞こえてくる。
「う……むぅ……ンン……イリサか……どうしたのだ? 朝か……」
「た、隊長。よかった」
「ン、よかった? ……何を言っている」
ルッシラと呼ばれた女性は、そこでムクリと半身を起こすと、周囲に目を向ける。
すると次の瞬間、その女性騎士は目を見開いて驚くと共に、大きな声を上げたのであった。
「……ハッ、これは一体ッ!? そ、そうだ! イリサ、あのローブ姿の者はどこだッ! フィオナ様はご無事かッ!」
「いえ、それが、私も今来たばかりでして、まだ確認をしてはおりません」
「馬鹿者ッ! それでも貴様は近衛騎士かッ! 私ではなく、まずはフィオナ様の安全が先だッ!」
「は、はい、申し訳ありません」
「謝罪はいい! 行くぞッ」
「ハッ」
そして2人の女性騎士は、建物の中へと足早に入って行ったのである。
今のやり取りを見た俺とラティは、そこで互いに顔を見合わせた。
「近衛騎士のようやし、ワイ等は帰った方が良さそうやな。これ以上ここにいると厄介な事になりそうやわ」
「だな。そろそろお暇させて貰おう。だが、その前に……アレをどうにかしないとな」
俺は外壁の奥にある小窓の下に目を向けた。
「ン、あそこになんかあるんか?」
「ああ。さっき戦った魔物が持っていた荷物がな……。ちょっと気になるから、今の内に回収しておくよ」
放っておけばいいのかもしれないが、ソーンのオッサンが言っていた内容が気掛かりであった。
あれが本当ならば、ここに置いておくと、災いの元になるのは間違いないからだ。
「なら、はよした方がええで。さっきのねぇちゃん達が息巻いて、建物の外に来そうやさかい」
「ああ、わかってるよ」――




