34. 新たな課題
(衣装で贅沢を極めるなら、やっぱり高級な生地とレースの装飾よね)
そう考えたリズベットは、仕立屋のモダリを呼ぶ際、できるだけ多様な生地とレースの見本を持ってくるよう伝えておいた。
モダリ親子がモデルのシャイナの採寸をしている間、リズベットは生地の見本を丹念に調べた。
(レースの種類は思ったより豊富ね。この世界にも綿花はあるのかしら? ムスリン、ポプリンに、ローン、コーデュロイ……ベルベットもある。これはリネンね、こっちはヘンプ。ウールにカシミヤまであるわ)
国内産だけでなく輸入ものまで多様な織物があり、品質もなかなかであったが、リズベットはどうしても満足しきれなかった。何か決定的な、一番大切なものが欠けているような、もどかしい感覚。その理由を突き詰めて考え、彼女はようやく答えに辿り着いた。
(シルクだわ! シルク(絹)がないのよ!)
「現在、市場で手に入る生地は、これで全部ですか?」
「はい。奥様のお言葉を受けまして、私の知らないものがないか市場をくまなく回り、手に入るものはすべて揃えてまいりました」
「例えば王都や、他の場所でしか手に入らないような特別な生地はありますか?」
モダリは不思議そうに首をかしげた。
「それはないかと。ここレトナ港で手に入らないものは、内陸部ではなおさら入手困難だと思われます」
(やっぱり、シルクは存在しないのかしら……)
念のため、リズベットはモダリに確認した。
「真珠のように優雅な光沢があって、肌に触れる感触が流れる水のように滑らかな……そんな生地はご存知ないでしょうか?」
「真珠のような光沢に、流れる水のような感触……ですか?」
怪訝そうに聞き返したモダリだったが、すぐに善良そうな笑みを浮かべた。
「もしそんな夢のような織物があるのなら、ぜひ拝見してみたいものですな」
「そうですよね」
リズベットはにっこりと微笑んだ。 これで、リズベットの次の目標が決まった。
『美の錬金術』からシルクに似た生地の製造法を探し出すことだ。織物に関する内容があるのは、以前確認済みだった。
科学技術が発展し、数多くの化学繊維が生み出された現代においてなお、シルクは代替不可能な最高の織物であり続けていた。もしシルクに似た生地を作り出すことができれば、最高級の贅沢を実現できるだけでなく、アルゼンに対する負債感も少しは減らせるはずだ。
(ちょうどカラーコスメの開発も一段落するところだし、次からはこれに取り組もう。シルクといえば、古の時代から人々が困難を乗り越え大陸を横断するきっかけを作った、魔性の織物だもの。
作り出すことさえできれば需要はいくらでもあるはず。魔導炉の建設費だって、すぐに回収できるわ!)
今すぐにでも情報を探しに行きたいが、まずは目の前の仕事を終わらせなければならない。リズベットは自身のデザイン画に生地やレースの種類を指定して書き込み、採寸が終わるのを待った。
リズベットがシャイナのために描き上げた衣装と小物のデザイン画を受け取ると、モダリは唇をすぼめて考え込んだ。隣に座る娘のゾフィーは、興味津々な様子で熱心にスケッチを覗き込んでいる。
それは、膝丈までの短くふんわりとしたスカートに、フリルとリボンとレースがふんだんにあしらわれた衣装だった。
「製作は難しいでしょうか?」
リズベットが尋ねると、モダリは姿勢を正し、意欲に満ちた声で答えた。
「やってみせましょう。いえ、必ずや完璧に仕上げて、奥様の期待にお応えいたします」
一方で、シャイナは納得のいかない表情でスケッチをちらちらと見ていた。
「これ……本当に私に似合うの?」
不満を口にこそ出さないが、あまり気に入っていない様子が透けて見える。
「色はシャイナの希望通りブラックと深いパープルを基調にしたわ。今回は私に任せてくれるって約束したんだから、信じて見守って」
シャイナが大人っぽく見られたがっているのは分かっている。だが、リズベットの目から見れば、それはシャイナの持つ魅力を活かすどころか半減させてしまっていた。
(シャイナの服と小物を作っている間に、『美の錬金術』で生地について調べなきゃ。もしシルクに似た生地が見つかったら、当然それに合う染料も必要になるわよね……)
*** ***
(あったわ……!)
リズベットは歓喜の声を上げたい衝動を抑え、詳細を確認し始めた。期待通り『美の錬金術』には様々な織物の製法が記されており、その中でも「最も高貴な織物」と紹介されている織物は、シルクに酷似した特徴を持っていた。
『他のいかなる織物とも比肩し得ない、仄かな、かつ高級感あふれる光沢をまとい、肌に触れる感触は真珠の如く滑らか。寒き時は温もりを、暑き時は清涼な触感で身を包む――』
(これは間違いなくシルクだわ! ええと、でも材料が……魔物から採るものなの?
ゲームでは見たことがない魔物ね。もしかして、希少な魔物なのかしら?)
リズベットはこの織物に関する情報をまとめ、すぐにヴィーチェに相談した。
リズベットの説明を聞くと、ヴィーチェは幸いにも興味を示した。
「そんな織物があるのなら、ぜひ作ってみたいね。原料は何だい?」
「主原料は、魔獣『甲殻スパイダー』の糸だと記されています。それを特殊な錬金液で処理して糸にするそうです」
「甲殻スパイダー?」
「はい。かなり恐ろしい姿をしていましたが、やはり危険な魔物なのでしょうか?」
本に描かれていた甲殻スパイダーは、硬い甲羅を持つタランチュラのような姿をした、禍々(まがまが)しい外見の魔獣だった。
「全く。あいつなら、魔物の地でない場所でも比較的よく見かけるよ」
ヴィーチェは手のひらを広げて見せた。
「成体になればこれくらいの大きささ。少し気味は悪いが、そこまで危険な奴じゃない。毒はあるが、二、三回噛まれた程度じゃ死なないからね」
甲殻スパイダーは地面に穴を掘って暮らし、粘着力と弾力のある糸で巣を張り、そこにかかった小動物や昆虫を餌にしている。人々はその糸を利用して接着剤を作ったり、ロープの芯にしたりしていた。
「駆け出しの冒険者や農民が小遣い稼ぎに糸を集めて売っているよ。材料屋に行けば簡単に手に入るはずだ。味はあまり良くないが食用も可能でね、凶作の時には貴重な食料になる、なかなかに使い勝手のいい連中さ」
(恐ろしい魔物じゃなくて良かったわ……)
材料の調達に大きな問題がないと分かり、リズベットはひとまず胸を撫で下ろした。
「錬金液の材料が多少値は張るけれど、調達自体は難しくなさそうだね。むしろ肝心なのは、錬金液で処理したものを糸にする工程だろう」
「効率よく糸を作るには、本に載っている、自動で動く紡績機を使ったほうがいいと思います」
「なるほど、糸を引き出す繰糸の工程と、それを撚る紡績を一つの装置にまとめるわけか。
なら、いっそその魔導紡績機も一緒に作った方が良さそうだ。材料の確保と錬金液の調合はギスカールとシャロナに任せて、私たちはこの装置と紡績機の製作から始めよう」
「ヴィーチェさんが織物に興味を持ってくださるとは思いませんでした」
「これでも本業は造形術師だからね。何かを生み出す喜びを長いこと忘れていたけれど、最近は昔に戻ったような気分だよ。
リズベットの説明通りなら、本当に素晴らしい生地が誕生しそうだ。きっと世界をひっくり返すことになるだろうね。……早速、財務官に話して準備を始めさせよう」
並外れた推進力を持つヴィーチェは、意欲に燃えてすぐに研究室を飛び出して行った。




