クレマンの恋 前編
クレマン・ブリュイアール侯爵令息改め、クレマン・ジーク・ブリュイアール第一王子は忙しい。
今日も早朝から、王城の執務室で書類仕事に取り組んでいた。
(これまで不当に搾取されていた民のため、私たちを信じて新王家に任命した貴族……いや、家臣たちに応えるため休んではいられない)
窓から入る朝日が、クレマンの美貌を照らす。
背中で一つくくりにした淡い色の金髪、長いまつ毛に縁取られたアクアマリンの瞳、抜けるように白く端正な顔。
19歳になった今は流石にないが、もう少し幼い頃は美少女に間違えられることも多かった。
腐った王族や高位貴族の中には、そんなクレマンを手込めにしようとする者、アレクサンドラがしたようにアクセサリーのように扱おうとする者が少なくなかった。
(本当に、旧王家もリュミエール公爵家も堕落した人間ばかりだった。物心ついた頃には彼らの尻拭いをして、暴言と暴力を振るわれてきた。
長い苦しみが、ようやく報われようとしている)
クレマンは朝日を浴びながら、これまでについて想いを馳せた。
旧王家は裁かれて、王権はすでに議会に移譲された。
そして、議会によってブリュイアール侯爵家が新王家に指名された。
すでに父は国王で、クレマンは第一王子だ。ただし、立太子の儀が終わるまでは王太子ではない。
国王が戴冠式を行ったのち、立太子の儀を執り行うことで王太子となるのだ。
国内外への告知もそれからになる。
(それが済めば、旧王家による腐敗の一掃と王国の正常化を迅速化できる。
……そして何より、あの方と結ばれることができる。一時は諦めかけた恋が叶うんだ)
クレマンは、書類を捌く手を止めてため息をついた。
万感の思いがこもったそれが合図になったのか、同じく仕事をしていた第一王子付き側近のジャン・ルナール伯爵令息が口を開く。
「クレマン殿下」
「なんだ?」
ジャンは、クレマンの従者から側近に取り立てられた青年だ。茶髪に琥珀色の目で、クレマンより体格がいい。
「本日の裁判開始時刻が迫っております」
「もうそんな時間か。わかった。この書類を終わらせたら行こう」
クレマンは手早く済ませて席を立った。
裁判は最優先で終わらせなければいけない。終わらない限り、戴冠式も立太子の儀もできない。
(なにより、彼の方と結ばれる日が遅れてしまう)
◆◆◆◆◆
クレマンは王城の廊下を歩きながら、現状を整理した。
公的な場に出る際、表向きの事実と裏の真実を再確認するのが癖になりつつある。
(表向きの事実。新王家と、旧王家に対し叛乱を起こしたオプスキュリテ辺境伯家は、正式に和平を結んだ。
議会が旧王家とリュミエール公爵家を断罪し、腐敗を一掃すると宣言したためだ)
旧王家とリュミエール公爵家の悪行を明らかにし、これを打倒せんと王都に向けて進軍していたオプスキュリテ辺境伯は、その鉾を収めた。
議会によって選定された新王家は、叛乱を起こしたオプスキュリテ辺境伯家を許し、貶められた名誉を回復し、待遇を改善すると誓った。
この寛大な処置に、オプスキュリテ辺境伯グレゴワール、その夫人へレーネ、令息ベルナール、そして令息の婚約者である飛紅芳は、新王家への忠誠を誓った。
こうしてオプスキュリテ辺境伯の叛乱は、最小限の犠牲で収束したのである。
以上が民に知らされた、叛乱と王朝交代劇の概略だ。
(真実は違う。叛乱とその原因となった事件は、腐った王侯貴族を一掃して王国を正常化するため、我らブリュイアールとオプスキュリテが描いた計画だ。
無事に計画通り終わった)
オプスキュリテ辺境伯家の目的は、腐敗した王国の正常化と、自家の名誉の回復だ。これまで通り、国政には関わらないそうだ。
事実、辺境伯の名代として王都に滞在している令息と婚約者は『戴冠式と立太子の儀を見届けたら辺境に帰る』と、名言している。
というか、本人たちはもっと早く帰るつもりだった。頼み込んで残ってもらっている状態だ。本気で、中央の政治には関わらないつもりなのだろう。
(だが、私たち新王家および新政権の面々は違う。
旧王家によって疲弊した王国を再建するため、そして運営をつつがなく引き継ぐ為に対処し続けなければならない。
むしろ、叛乱が終わってからが本番だ)
今の王城で、毎日のように行われている裁判と刑の執行もその一つだ。
腐敗した旧王家と高位貴族の処理を済ませなければ、新政権への移行を終わらせられない。
故に、裁判は迅速に行われている。
退位した元国王は、改めて罪を裁かれた。
身分剥奪と財産没収の上、アレクサンドラと共に公開処刑される予定だ。惨たらしい刑になるだろう。
もちろん、他の王侯貴族も犯した罪に応じた罰が下る。
(あれだけ栄えていたのが嘘のようだな)
考えている間に目的地についた。
臨時貴族議会による裁判は、王城の敷地内にある議事堂で行われる。
議会に属する貴族、その名代、従者など合わせて二百人近くが集まり、審議の上で判決を下していた。
クレマンは王族用の席に座り、被告人席を見下ろした。
(そうか。今日は元王太子が裁かれる日だった)
「王太子であるこの私を裁くだと!?身の程知らずの愚民どもめ!馬鹿な真似はやめて私を解放しろ!聞いているのか!?」
金髪碧眼の元王太子は、衆人環視の元で口汚くわめいた。
貴族牢に収容されていたからか、精神的に余裕があるらしい。
(相変わらず、見た目はともかく中身は父親そっくりだな)
この元王太子は、女色に溺れ血税に手を出していた。
他人の婚約者や人妻に手を出すのが何よりも好きで、身分をかさに従わせていたのだ。
いくら浮気や不倫におおらかな王国でも、乱行が過ぎると嫌悪されるほどだった。
人妻や令嬢たちの中には、無理矢理襲われて心身を損なった者もいれば、割り切って愛人に収まる者もいた。
そして元王太子は、愛人たちの強請るままに宝石やドレスを買い与えたり、金を渡していたりしたのだ。
しかも、個人資産や王太子予算からではなく、血税を着服していたのだから救えない。
他にも様々な罪を犯している。
議会による審議ののち、議長が判決を下した。
(身分剥奪と財産没収。断種した上で出家。出家後はラクロワ修道院に入り、奉仕と祈りに従事する。
去勢はしない。改心すれば恩赦を受ける可能性がある。
一見、甘いが……なかなか苛烈な罰が下ったな)
元王太子はラクロワ修道院に送られるまで、地下牢に収容されることとなった。手続きや処置があるので、一カ月ほどかかるだろう。
色々と因縁のある相手に下された判決に、クレマンは溜飲を下げたのだった。
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