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【完結】ヒトゥーヴァの娘〜斬首からはじまる因果応報譚〜  作者: 花房いちご
番外編

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20/26

紅芳と美花の縁談 ②

(初対面で気に入られて婚約者になるか……。オプスキュリテは飛頭蛮(フェイトゥマン)への差別が少ないと聞くけれど、本当かな)


 今は夜だ。紅芳(ホンファン)は、昼間のお茶会での会話を思い出しつつ、竹林の中を散歩していた。

 頭を飛ばして竹の間をひらひらと飛び、胴体を歩かせているのだ。

 庭園の方には行かない。他の飛頭蛮(フェイトゥマン)たちも同じように頭部で空中散歩しているが、紅芳を見ると怯えて萎縮してしまうのだ。

 広大な竹林の中は、わずかな月明かりのみで暗い。紅芳は胴体の手のひらから火の玉を飛ばして灯りとした。

 蝶のように舞う頭の中を占めるのは、見合いの計画とまだ見ぬベルナールについてだった。


(人の心はそんなに単純じゃない。同じ飛頭蛮同士でも差別やいがみ合いはある。私が同族から畏怖されているみたいに。

 もっと小さい範囲でいうなら、(フェイ)家内でも私の扱いをどうするか意見が分かれてるみたいだし)


 美花(メイファ)黒狼(ヘイラン)たちは何も言わないが、自分の存在が両親の悩みの種なのは知っている。

 それに引きこもる前は、噂や話し合いを聞く機会はいくらでもあった。そこから推察するのは容易い。


(私が引きこもれているのは、まだ意見がまとまってないからだろうな。

 養子に出して遠方の妖怪の街に移住させるか、生き神のような扱いにしてこのまま邸に留めるか、飛家の娘として他家に嫁がせるか、あるいは武官として国境防衛に使い潰すか……。

 私は、このまま邸に留まる以外ならどれでもいい。

 でも、山脈の向こうには行ってみたい)


 オプスキュリテ辺境伯領に想いを馳せる。書物と噂話でしか知らない、山脈の向こうにある西方世界の入り口。

 そして、不器用そうなベルナールを思った。


(それに、オプスキュリテ辺境伯令息って、なんとなく面白い人な気がするんだよね。魔獣討伐や魔法の話も出来そうだし、会ってみたい。話してみたい。

 ……仲良くなれたら、いいな)


 竹林に風が吹く。幹がしなり、ザラザラ、ザワザワと枯れた葉が擦れ火の玉が揺れる。

 期待と不安に揺れる心のように。



 ◆◆◆◆



 時は流れ、見合いの日が近づいていく。

 紅芳は、王国語や政治について熱心に学んだ。簡単な日常会話ならできるようになったし、当日に着る衣装も用意してもらった。

 美花や黒珠(ヘイジュ)たちとも打ち合わせを重ねた。

 後は時を待つばかりとなったのだが……状況が変化した。


 まず、見合い一カ月前に美花の護衛の一部が変更された。

 そして半月前。黒狼が用事を言いつけられて邸を離れた。遠方への使いなので一ヶ月は帰って来れない。


 どちらも飛家嫡男である泰竜(タイロン)の指示だ。

 泰竜は15歳。後継者教育の一環として、見合い期間の警備と人員の配置を任されている。


 泰竜は、美花に対して過干渉で過保護な兄だ。

 以前から己が選んだ者を護衛に当てがおうとしていたし、美花と黒狼が親しく話すのを快く思っていなかった。

 だから、この機会に己の考えを実現したのだろう。

 もちろん『オプスキュリテ辺境伯令息との見合いを万全な状態にするため』という理由も本当だろうが。


 見合い七日前のお茶会にて。

 美花は八宝茶をあおってまくしたてた。


「迷惑な話よ。急に護衛を変えられても困るわ。

 大体、黒狼との関係を邪推するなんて筋違いもいいところよ。黒狼は兄みたいなもので、異性としては見ていないのに」


(そうやって、実の兄よりも親しく頼りにしているからだろうな)


 要は嫉妬だ。難儀な兄だなとは思ったが、口には出さない。

 泰竜の行き過ぎた執着については、美花もわかっている。聞いても気色悪いと嫌悪するだけだ。


(それにしても、美花姉様の見合いに反対しないなんて珍しい。いつも『美花は嫁になんて出さない!』と、言っては父様にぶん殴られてるのに)


 飛頭蛮は男子相続が基本だ。女子は、紅芳のような特殊な理由がない限り嫁に出される。もしも嫡男がいなくても、親戚から養子を迎えるのだ。

 なのに泰竜は本気で美花を嫁に出さないと言っている。

 正直言って、紅芳も怖くて気持ち悪いと思う。もちろんこれも口には出さないが。

 黙っていると、美花はやさぐれた様子で姿勢を崩した。


「やってられないわ。そもそも黒狼は、私ではなく紅芳の従者で護衛よ。他家の者が滞在する時に紅芳から離すだなんて、泰竜兄様はなにを考えているかしらね?」


 果実の砂糖漬けを貪りながら言う。抗議を却下されたので、やけ食いである。


「それに、新しい護衛の一人が嫌な目をしてるの。前妻様と淑月(シュウユエ)姉様の護衛だった人よ」


 早世した前妻は、飛家に次ぐ名家である(ラン)家の出身だ。嫁ぐ際、侍女と護衛をあわせて十五人ほど連れて来ていたそうだ。

 前妻が早世し、彼女の遺した長女淑月と次女雅愛(ヤーアイ)が嫁いだので、大半が飛家から去った。

 話題の護衛は、数少ない残留組の一人だ。


「元藍家の家臣ね。そういえば、藍家からも婚約者候補を出すんだっけ」


「ええ」


 頭の中で情報を整理していると、美花が顔を曇らせた。


「他家出身とはいえ、二十年以上当家に仕えている。これまで問題を起こしたこともない。身元も実力も確かだわ。証拠もなく勘だけで疑うのは良くない。けど……」


「美花姉様は鋭いから、警戒して損はないと思うよ。

 兄様も人を見る目はあるけど、思い込みが激しい人だからね。

 私のことも、いまだに生き神だ、神の化身だ、ご先祖様の生まれ変わりだといって拝むし。ご利益なんてないし、そもそも実の妹なんだけどな……」


 あと、泰竜は紅芳の戦闘力を過剰に評価している。


(兄様には私が化け物に見えてるのかな)


 このことを考えると、ちょっと切ない。


「実を言うと、今回の警備を泰竜兄様が采配すること自体が不安なの。万が一、オプスキュリテとの友好関係にヒビが入るようなことがあったら……」


「流石にそれは言い過ぎだよ。兄様は馬鹿じゃない」


 そう。色々と言ったが、泰竜は妹たちに対する感情こそ厄介だが、それ以外は非常に優秀だ。

 文武両道で落ち着きがあり、家臣からも人望がある。人を育てるのが上手い。問題のある家臣も適切に教育するし、有能な者は出身関係なく取り立てている。

 分家連中からも評判が良く、なにか問題が起きてもうまく解決している。


(なにより、私が生き神に祀りあげられかけた時、私の気持ちを聞いて反対してくれた。兄様は私を神様扱いするけど、気持ちを無視せず聞いてくれる。

 感謝してる。世俗から離れ、山奥の寺院で神様としてあつかわれるなんて絶対嫌だったもの。

 それに)


「兄様は次期当主だよ。オプスキュリテとの関係の重要性はわかっている。きっと問題が起こらないよう配慮するよ」


「……そうね。周辺の魔獣討伐にも力を入れてるし、庭の整備にも力を入れていた。信じてみるわ」


「うん!」


 後に大問題が起こるとは、この時点では想像もしていなかった。


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