二人の出会い 前編
ベルナールが10歳になったある日のことだ。
春のある日、母へレーネが言った。
「ベルナール、お前ももう10歳だ。
ある程度の礼儀を身につけて隣国語も話せるようになった。
婚約者候補たちとの顔合わせを兼ねて、飛頭蛮の都に行ってみないか?」
「はい!行ってみたいです!」
(東の隣国にある飛頭蛮の都。楽しみだな。だけど婚約者か。女の子だよな。ベタベタ触ったりすぐ泣く子じゃなきゃいいな)
当時のベルナールは、今以上に色恋に興味がなかった。むしろ婚約者を作らないといけないと思うと憂鬱である。
(叔母上たちの故郷に行けることは楽しみだ。懐かしいだろうからお土産も買って帰ろう)
オプスキュリテ辺境伯領では、飛頭蛮は珍しい存在ではない。特にオプスキュリテ辺境伯一族は、積極的に彼らと婚姻を結んでいるので親族も多い。
その一人である叔母に飛頭蛮の都に行くと伝えた。
黒髪黒目。常に柔和な笑みを絶やさない叔母が、心配そうな顔になった。
「ベルナール様。飛頭蛮たち妖怪と、王国の歴史は学んでいますね?」
「はい」
この世は東の果てに近づくほど、魔獣だけでなく妖怪が増えていく。そして、魔獣と妖怪を討伐するのが使命の者たちも増えていく。
中でも、海を越えた東の果てにある【最果ての島国】は特に多い。彼らは陰陽師や妖怪退治人などと名乗り、それぞれ流派と思想があるという。
その中に、わざわざ東の隣国まで渡って魔獣と妖怪を討伐しようとする妖怪退治人一族がいた。
彼らにとっては、魔獣も妖怪も同じ人間の敵だ。
その土地に根差している善良な妖怪まで退治し、妖怪と人間の対立を煽った。
狙われた妖怪の一つが飛頭蛮たちだ。
飛頭蛮たちは攻撃され怒り狂い、彼らを返り討ちにした。
妖怪退治人の大半は東の果てに帰ったが、一部は王国まで逃げた。
そこでも魔獣と妖怪退治に勤しみ、権力者からの信頼を得たのである。
そして妖怪退治人たちは、妖怪飛頭蛮の悪名を広めた。
飛頭蛮は【最果ての島国】の言葉では、飛頭蛮となる。
それが王国風に訛ってヒトゥーヴァとなったのである。
長い時が経ち、西方では妖怪がほとんど存在しなくなった。元から少なかったこと、妖怪退治人たちに悪意を吹き込まれた人間たちから迫害を受けたことが原因だ。
彼らの多くは東へ渡るか絶滅した。
西方にかつて存在していた妖怪は、魔獣の一種かそれに準じた化け物とされ、お伽話の存在となっていく。
王国の中央でも詳しい歴史は語り継がれず、【ヒトゥーヴァは、魔獣の血を引く凶暴な不死身の化け物だ】というお伽話だけが残ったのだ。
しかし、飛頭蛮は魔獣の血など引いていない。凶暴でも不死身でもない。もちろん、化け物でもない。理性のある人間に近い種族だ。
体だって、夜間に頭部が外れる以外は他の人間と変わらない。普通に怪我や病気や老いで死ぬ。
戦闘能力も高いと言われているが、それも人によるのだ。
王国の東の守護者、オプスキュリテ辺境伯家は長い時間をかけて飛頭蛮および東の隣国と和解した。
そして共存の道を歩んでいるのだが……。
「ベルナール様、彼らに対する敬意と警戒をお忘れなきように。
へレーネ様や護衛から離れてはいけませんよ」
「はい。わかりました」
(飛頭蛮とは仲良く魔獣討伐しているのに変なの。叔母様だって、飛頭蛮だけど人間と変わらない。
ああ、東の隣国は王国よりも魔獣が多いらしいからかな?俺は魔獣を倒せるから心配ないのに)
ベルナールは、魔法も武術も才能豊かだ。幼い身でありながら、すでに魔獣退治に参加している。
だが、自分一人で倒せるのは小型魔獣だけだ。経験不足かつ幼い。人の機微にも疎い未熟者だ。
なのに、完全に自分の力を過信していた。
そして事件が起きた。
「ガオオオオーン!オオン!ガウ!」
今、ベルナールは大きな木の上から逃げれなくなっていた。足元には虎に似た中型魔獣がいる。
ここは竹林の中だ。
竹に混じって椿やクヌギが生えている。魔獣に追われたベルナールは、そのなかの一つに登ったのだ。
(あ、あんな大きな魔獣、倒したことない!武器もない!俺の魔法じゃ倒しきれない!周りに誰もいないのにどうしよう!)
どうしてこうなったのか。
時は半日ほど遡る。
◆◆◆◆◆
飛頭蛮の都に到着したベルナール一行は、飛家の邸に滞在することとなった。
飛家当主は、この都の統治者であり飛頭蛮の長だ。また、オプスキュリテ辺境伯家と最も交友を深めている家である。
邸は、城といって差し障りのない広大さと豪奢さだった。
盛大な出迎えを受け一画で滞在することとなった。婚約者候補たちとの見合いも、この邸内でするという。
へレーネは硬い声で忠告する。
「ベルナール。わかっているとは思うが、この邸にいる間は気を抜くな。
見合い中は特にだ。お前は察しが悪い。特に女心に関しては壊滅的だ。とにかく礼儀正しく、粗相をしないように注意しろ」
「はい。気をつけます」
◆◆◆◆◆
到着翌日の今日から、見合いが始まった。今日は婚約者候補の一人、飛家の令嬢との顔合わせだった。
(母上はこの場にいないから、少し緊張するな)
へレーネは、当主夫妻と何やら相談があるらしく別行動だ。
と言っても一人ではない。ベルナールを守るために護衛が三人ついている。
(しかし、護衛が三人も必要だろうか?)
ベルナールは疑問に思った。
◆◆◆◆◆
飛家の婚約者候補とは、窓から美しい庭園が見える部屋で話をした。
飛家の三女である美花は、黒髪黒目の小柄な少女だ。
ベルナールより二つ年上で、落ち着いていて品がある。ベタベタと触ったり、甘えた声を出すこともない。
好感は持てるが……。
「オプスキュリテ辺境伯領の小麦は、元からあった品種を改良したそうですね。ぜひ、詳しいお話をお聞きしたいです」
「……私もまだ学んだばかりですが、母が西方の書籍と研究論文を取り寄せて……」
美花の関心は、オプスキュリテ辺境伯領の領地経営と王国の政治にあり、ベルナールにとっては興味のない話ばかりだった。
魔法や武術など体を動かすことに関してはからっきしらしい。
「そういったことは、私の妹が得意なのです。私は文章を書いてお手紙で社交をすることと、算術が得意ですね。音楽や踊りはそれなりです」
「ご立派ですね」
(尊敬できる人だ。浮ついたところがないし、オプスキュリテ辺境伯領や王国に興味を持ってくれているのも嬉しい。けど、固苦しくて疲れるな……)
申し訳ないが、早く会話を終わらせて遊びたかった。
やがて庭園を案内されることになった。もちろんお互いの護衛や従者たちと共にだ。
庭園には立派な池と川があり、岩と木々が美しく配置されていた。
「この木は柳と言います。川辺によく生えている木で、西方にも同じ木があると聞きます。
池のあちらに浮かんでいる葉は、睡蓮の葉です。夏になれば美しい花を咲かせますよ」
「初めて見ます。どちらも面白い形をしていますね」
美花は、王国では珍しい草木の名を教えてくれた。
オプスキュリテ辺境伯領と飛頭蛮の都は、間に巨大な山脈があるので文化も環境も全く違う。当然、草木も違う。面白いと素直に思った。
あれこれ話していると、美花は手を伸ばしてある方向を指差した。
「少し歩きますが、あちらにも様々な草木が生えております。参りましょう」
「はい。美花殿、あの森の木はなんという名前でしょうか?あんなにも細長い木は初めて見ます」
美花が指差した方向、庭園の奥にある細長い木々が密集した森だ。手前には、小さいが美しい家がある。
(変わった形の木だ。それに、あの家は東屋には見えない。離れか何かだろうか?)
美花は嬉しそうに微笑んで教えてくれた。
「あれは竹と言って、とても便利な木です。幹は籠や筆などの道具、家具、垣根などになりますし、葉は物を包むのに便利です。しかも若木は食べれるのですよ」
ベルナールは思わず興奮した。
「あれが竹ですか!竹を使われた籠や筆に触れたことはありますが、生えている所を初めて見ました。しかも、若木が食べれるとは知りませんでした」
「まあ!興味を持って頂けて嬉しいですわ。ぜひ近くでご覧になって……」
「ふん。そんな事も知らないのか」
ピリッと空気が強張った。発言したのは美花の護衛の一人だ。白髪混じりの黒髪に、濁った黒い目をしている。
思わず口から出た言葉らしかったが、意を決した様子でベルナールを睨む。
「王国の狗め。我が祖先の敵め。お前など姫様に相応しくない。さっさと帰れ」
ベルナールの護衛三人が殺気立ち、武器に手をかけた。
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