夜桜と初恋と
あの桜の下に先客がいた
春の木漏れ日の心地好さの中で樹にもたれて眠っている
ふわふわ風に舞うウェーブのかかった軽やかな髪
桜色のワンピースから伸びる足や手は白くて酷く華奢に見えた
大学生にもなって桜の妖精か何かだろうか?なんて思ってしまった自分が恥ずかしくなっていると彼女が目を開けて此方を見上げた
目を開けたら予想よりももっと可愛いくてドギマギしながら其処を退け的な言葉をかけてしまった
何をやってるんだ俺は…
気分を害しただろうな~と思っていたら彼女はスケッチブックなんて全く俺の予期せぬ事を言い出した
自分のだと?嘘だろ?だってこれは12年前此処で出逢ったあの少年に投げつけられたスケッチブックである
否まさか…少年じゃなかった?
確かに凛と通る声はあの時の耳に残った音とよく似ていてあの頃はてっきり声変わりもしてないものかと思ったのだけど少女だったと云われた方が妙に納得出来る自分がいる
俺に謝りに来たのか?今更なんで?
しかもどうやら彼女も勘違いしてしまっている
あの頃の俺は確かに髪も長かったけれど女の子と思われているらしい
だから姉さんに逢いたい等とお門違いな事を言い出した彼女が少し憎らしく思えた
姉さんに逢うなんてそれこそ今更だ
姉さんはもう何処にも居ないのだという現実を彼女に告げたら予想よりももっと絶望の表情で此方を見た
「貴方が殺した本当に?」
「あの日に姉さんは帰りが遅い俺を心配して急に外に出てしまったんだ…病弱でずっと家の中に居たのに…無理だったんだ…体調が悪化して…それで…だから俺のせいで…」
小刻みに震え涙が溢れだした俺をふわっと抱き締めた彼女も泣いていた
「あの…なんて云ったらいいか…ごめんなさい…私辛い事を思い出させてしまって…もっともっと早く謝りに来るべきでした」
抱き締めてくれた手を振り払いながら俺は彼女を睨みつけた
そうだお前が悪いんだよ?
あの日お前に逢いにさえ行かなかったらよかったんだ
今更何を云われたって遅い…
違う…だってあの時の少女は俺だ
俺だって云いたいのに言葉が出ない
「許してなんて云いませんから…お姉さんのお墓に御挨拶出来ませんか?謝らせて下さいお願いします」
彼女の両目に涙が溢れている
「べっ…つに…それでアンタの気が済むなら…今更遅いけどね…」
姉さんの墓は公園の桜が一望出来る丘の上にある
歩きながらおれば彼女と何を話したらいいやら分からず困った気まずい
姉さんの墓に挨拶するまでの辛抱だ
姉さんに勝手に謝ってさっさと俺の前から消えて欲しい
「あの…弟さんの御名前は?」
おずおずと此方を見て急に名前なんか訊いてきて何なんだ?
中々上手く点かない線香の火にも苛立っていた
「咲良…」
線香を半分渡して仕方なしに答えてやった
周りの墓にも供え終わって一先ず彼女の気も済んだかと思っていたのに最後に腕を掴まれたので反射的にそちらを見てしまった
「咲良さん…あの…私…あの日…貴方に酷いことをしました…スケッチブックまで投げつけて…そのままで12年もずっと…私本当にごめんなさい」
深々と下げられた頭を信じられないものを見た気分で見つめた
気が付いていた?どこで?
急に胸が痛くなってきた
嗚呼思い出したあの時も妙に胸が苦しかった
俺はコイツが嫌いだ
「頭を上げてよ…覚えてないからそんな昔の事…姉さんは初恋みたいだったよアンタが好きだったんだ…ちゃんと挨拶してやってよ?」
その後やっと彼女は涙を止めて随分長い間其処にいた気がする
帰り道に辺りはすっかり夕焼け空だった
「私もお姉さんにお逢いしてみたかったです
きっと咲良さんとそっくりな美人さんだったんでしょうね?」
美人さんなんて云われたって嬉しくないからな
「姉さんの方が何倍も美人だったよ絶対に」
ぶっきらぼうに答えたら彼女はフフフッと笑っている
初めて見せてくれた笑顔だった
「咲良さん私またお姉さんに逢いにきても良いですか?初恋だったんですよ私も…」
初恋って…誰が?誰に?姉さんが?彼女が?俺は?
思考回路がグルグルして俺の顔が夕焼け色に染まった
「べっ…つに…勝手にくれば?アンタにまだ桜の色を訊いてなかったし…ね?」
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべている
「御安い御用ですサクラが大好きですから今なら何色でも色をのせられますよ?」
桜が大好きだなんて知ってるのになんでドキドキしているんだったか?
何だろうこの想いはなんと伝えるものであったか?
俺は深呼吸をして彼女をみつめた
「名前を教えてくれない?」
彼女はクスクス笑いながら此方を見ている
「今夜は満月なんです
オバサンって呼ばないで夜桜も一緒に見てくれたら教えてあげても良いですよ?」
「なにソレ…ワケわからない」
確かに日が暮れた空に現れたそれは満月で桜はちょっと幻想的でも俺は云わないからな?
中学生や高校生の恋愛ごっこじゃあるまいし彼女も何を考えているのかさっぱりだし云えるわけない
「月が綺麗ですよ?」
君の方が綺麗だ
なんて云えるものか
「桜の方が綺麗だし…」
云えるものか
桜より君が気になって仕方ない等と云ってなるものかと空を仰いだ
スケッチブックの桜に色がつくのと彼女の名前を呼べる日がくるのは少し未来の話




