忙しい日々
9月下旬
玉位戦の予選2回戦を戦う。
快勝、棋士になって一番の会心譜が出たかも。
気持ちいい、こう言う将棋がいつも指せればいいんだけど。
そうは言っても相手がある話だ。いつも上手く行くとは限らない。
10月、夏休みが終わり、大学が始まる。
「君島さん、棋士になって半年ですが、学校の成績はどうなんですの?」
「悪くないよ玲奈、むしろプロになる前の方が余裕無かったかも」
プロになれた事で精神的に余裕が出来た。
棋士と学業の両立は出来ていると思う。
「こうやってサークルに顔を出す機会も増えたでしょ?」
「微増ですが増えましたわよね」
微増なんだ。
一々気にしてないから自分では解らないや。
「あれ?この表は?」
「部内ランキングですのよ。今月から始めようと思いまして」
ああ、ランキング戦始めるんだ。
そうだね、31人も居るもんね。
「取りあえずA級を5名、B級を10名、残りはC級、これを短いスパンで入れ替え式で争おうと思いまして」
「へえ・・・」
私は当然入ってない。
遥と那由も不参加か。
就職活動で忙しいもんね。
「最初は総当たりで勝率順にランクを決めようかと」
「一人27戦って事?大変そうだね」
持ち時間短くして1日に何戦もするらしい。
そうでなきゃ回らないか。
「A級を狙うのだ」
「花音ちゃん、相変わらず向上心が凄いね」
まあ遥と那由が居ない今の状況なら・・・
A級は玲奈、織華ちゃん、研修会員の木葉ちゃん・・・
残りの2席を頼子、シャリー、花音ちゃんで争う事になると思う。
「霧ヶ峰さんも伸びてますわよ」
「しゃッス」
1年生の呉波ちゃんか。
他の1年生の子はどうなの?
「ボチボチですわね。ですがこのところサークルへの参加率が増えて来ているので喜ばしいですわ」
大学のサークルなんてモチベーションは人それぞれだ。
もちろん学業が本業なんだから無理に出ろとも言えない。
でも私や先輩たちの活躍、それに将棋部がテレビに注目された事で全体的にやる気が上がってるらしい。
『将棋って地味なイメージあったけど面白いよねー』
『私、なれるなら女流になりたいかもー』
おやおや、そんな意見まで出始めたか。
最近は将棋の世界も華やかになって来たからかな。
でもさすがに女流だってそんなに簡単になれるわけじゃあない。
アマチュア四段くらいの実力が必要と言われている。
『あ、アマ四段だってぇー』
『あーあ、もっと早くから将棋始めるんだったなー』
そうだね、そうやって後悔する子を減らす為にももっと普及を頑張らないと。
裾野を広げ、将棋人口自体を増やしていかないと。
若くから興味を持つような魅力的な将棋界を作るのは、私達棋士の役割だと思う。
「流歌ちゃんはもう十分貢献してると思うよぉ」
「頼子」
「だって女性の競技人口が爆発的に増えてるってぇ、連盟で言ってたよぉ」
今年の奨励会入会試験では、女子の受験者が増えた。
その他にも、将棋教室や道場への入会者が爆発的に増えているらしい。
一過性で終わらないと良いんだけどね。
「まあ君島さんがタイトルの一つでも獲れば、女性の将棋人気も一過性にはならないですわよ」
「うっ、簡単に言うけどさ」
「流歌ちゃん頑張ってぇー」
獲れるものなら獲りたいよ。
全ての棋士が望むもの、一個獲るだけでも数々の困難が待ち受けている。
「王太君ですらやっと挑戦者として・・・」
「そう言えば玉座戦の第三戦が明日でしたわね」
9月から始まっている玉座タイトル五番勝負。
斉上玉座に王太君が挑んでいる。
現在1勝1敗、互いに一歩も引かない状況だ。
「第五戦までもつれ込みそうな気がするんだよね」
「それが一番面白い展開なのだ」
「いや、実は私、第五戦の日は他に仕事が入ったから見れないんだよね。同日に行われる女流玉将戦の現地大盤解説する事になっちゃってさ」
「まあ、聞き手じゃなくて解説なんですか?」
もちろん、私は棋士ですから。
ただ、聞き手が水上 咲子なんだよね。
私なんであの子と組まされる事が多いんだろう。
「凄い事じゃないですか」
「うん、女流とは言え大盤解説に抜擢されたのは嬉しいんだけどさ」
でもリアルタイムで注目の対局を見たかった。
女流のタイトル戦だって大事だけどさ。
しかしハッキリ言ってしまうと注目度が段違いだ。
「今の女流玉将は里理さんでしたわよね?」
「挑戦者は誰なのぉ?」
ほら、こんな感じだし。
あーあ、玉座戦の方を大盤解説したかったなー。
なんて、新四段にそんな大役来る訳も無いんだけど。
女流の方で経験を積ませてもらえるだけでもありがたいんだけどね。
「挑戦者は香山さんなのだ」
「おお、花音ちゃん勉強してるね」
「将棋界のアイドルの久々のタイトル挑戦なのだ」
それでも将棋界一のイケメンと未来の国民栄誉賞候補の対局と比べてしまうと・・・
なんだか本流から外れて雑務をやらされている気分。
ああ、良くないな、私が女流を軽視してどうするの。
これがもし凛さんが挑戦者だったなら、全力で応援しながら偏った解説するんだけどなぁ。
それも駄目か。
「今回橘女流はどうでしたの?」
「予選敗退だよ。聖麗のタイトル防衛の時期と被ったから、優先順位をつけたのかも」
賞金高い方を優先するのは当たり前。
棋士なら常に全力を出せと思う人も居るだろうけど・・・
理想はそうありたいが、現実的では無い。
今回は女流四段の権利もかかってたしね。
姉弟子は見事防衛して昇段した。
「その前に龍王戦が始まりますわよね」
そう、10月からは龍王のタイトル戦が始まる。
年末に向け将棋界もせわしなくなっていくなぁ。
「そう言えばこの前のお電話の・・・あ!あの時は良くも途中で切ってくれましたわね!」
「え?そ、そんな事あったっけ?」
「とぼけないでくださいまし!もう本当に君島さんと来たら・・・」
忘れてて良い事なのに。
そうだ、私はお礼を言わなければならない相手が居るんだった。
幸い、龍王戦の第一戦のゲスト棋士に選ばれた。
前夜祭で探してキチンとお礼言わないと。
貰った時計は一応持って行こうかな、まだ未使用だ。
高価過ぎて怖くて触ってないんだよね。
貰うにしろ返すにしろ、ハッキリとさせたい。
パパには愛人にでもなったのかって怒られるし、今の所良い事が無い。
「龍王戦の前夜祭には、わたくしと頼子さんも出席しますわよ」
「ええ?なんで?どんなコネ使ったの?」
「人聞きが悪いよぉ、ちゃんと応募して抽選で当たったんだよぉ」
将棋界最大の棋戦、龍王戦。
その前夜祭は文字通りお祭りだ。
各界からお偉方が参加するが、一般客も抽選で少数だけ参加する事が出来る。
「シャリーは外れたんダヨ」
「ウチもです」
「みんな応募してたの?」
記録係を頑張ってるんだから融通してくれてもいいのにね。
女が多い方が華があるし。
「でも玲奈が居てくれたら安心かも、間に入ってくれない?」
「・・・こないだ電話を切ったくせに」
根に持たれていた。
えーん、許してくださいよー。
「しょうがないですわね」
「流石玲奈、愛してるわ」
「調子がいいねぇ」
「頼子は大丈夫なの?オジサンだらけだと思うよ?」
「記録係でもうとっくに慣れてるよぉ」
男が苦手だった頼子はどこへやら。
最近は対局後に食事に連れて行ってもらう事もあるらしい。
変な事してないでしょうね?
「2人きりで行く訳じゃないからねぇ」
そっか、複数で行くのか。
ちょっと待って、2人きりで行く機会があるなら何かあるかもしれないって事?
「斉上玉座なら断れないかもぉ」
そう言って赤くなる頼子。
聞いては見たけど何言ってんだこの子は。
向こうにだって選ぶ権利があるんだからね。
「頼子はぁ、棋士のお嫁さんも悪くないかなぁって、うふふ」
「・・・この子、それ目的で前夜祭に応募したんじゃないでしょうね」
「知りませんわ。でもそういう方も多いと聞きましたが」
玉の輿を狙って参加か。
まあ居るだろうね、身の程を知ってか知らずか。
でも今回斉上玉座は関係無いよ。
龍王は羽月さんだし、挑戦者は千駄ヶ谷の守り師こと森村九段。
ゲストは確か・・・あ。
「佐々本 元気七段を狙ってるんじゃないでしょうね?」
「い、イケメンじゃなぃ?」
イケメンだけど変わり物じゃ無いの。
発言が素っ頓狂な帰国子女。
連盟までスキップで来るらしいし。
男でもなんで帰国子女って言うのかしら凄い違和感を感じるわどうでもいいか。
「まああんまり無茶な事はしちゃ駄目だよ?」
「うぅ、どうせ声もかけられないよぉ」
言ってみただけか。
男に苦手意識は無くなっても、いきなり積極的になれる訳でも無い。
まあパーティに参加しようと思っただけでも前進なのかもね。
「あぁ、私、前夜祭に着て行くドレス取りに行かないとぉ、今日は帰るねぇ」バタン
「・・・新調したのかしら?」
「みたいですわよ」
・・・どこまで本気なんだか。
頼子だって裕福な家のお嬢様、夢見がちな所があるからなぁ。
まあいいや、当日知り合いが多いに越した事は無い。
ああいうパーティって居心地良いもんじゃないからね。
私はお礼を言わなきゃいけない相手が居るし、それを玲奈が助けてくれるだけでもありがたい。
緊張してたけど気が楽になった。




