馬鹿となんとかは
8月下旬
玉位戦と玉座戦の予選が同時期に始まる。
持ち時間はそれぞれ4時間と5時間。
考えた結果、私は持ち時間が5時間の玉座戦を諦める事にした。
棋士としては失格の判断なのかもしれないが、同時期に始まる持ち時間の長い2つのタイトル戦を両方頑張る自信が無かった。
どちらかに集中した方が良い、それで王位戦を選んだ。
持ち時間が1時間短いし、賞金が高い方に集中する事にした。
結果、玉座戦は予選1回戦負け、玉位戦は予選の1回戦を勝つ事が出来た。
手を抜くのは少し罪悪感があったな・・・
諦めてしまった事を残念に思う気持ちもあるけど、今の私には全てを頑張る体力が無い。
賢明な判断だったと思いたい。
加古川激流戦の準々決勝が行われた。
勝てれば同日に準決勝なのだが・・・
何と千日手、互いに引かなかった。
持ち時間が長い対局なら私も諦めて回避したけど激流戦は1時間だからね。
指し直しは嫌だけど、次なら勝てると思えたので回避しなかった。
結果勝利し準決勝へと進む。
さて、でも消耗しちゃったな。
準決勝を戦う体力残ってるかな。
しかも相手は佐々森四段だよ。
私が龍王戦6組決勝で負けた相手。
あの時はまともに勝負できる状態では無かった。
でも負けたと言うイメージは残ってる。
今度は勝ちたいけど・・・
対局が始まった。
ん?あれ?龍王戦の時ほど手が鋭くないような。
・・・あれ?ひょっとして、持ち時間の短い棋戦では、そこまで力を発揮出来ないとか?
私が椅子対局を得意としてるように、佐々森四段は持ち時間の長い対局が得意のようだ。
そっか、ならば勝てるかもしれない。私は俄然やる気を出す。
勝負は終盤、形勢有利。
佐々森四段の持ち時間が無くなる。
ここから一気に佐々森四段が崩れ始める。
勝負は私が勝った。
持ち時間が無くなると誰でも焦る。
1分しか猶予が無くなる、読み切れなくて当然。
でも悔しそうだな、途中相手の有利な局面にもなりかけたもんな。
でもそれを防ぐことが出来た。今回は私の完璧な勝ちだ。
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と言うか・・・次は決勝じゃないの。
決勝は3番勝負。やった、タイトル戦じゃないけど1年目から棋戦優勝出来るかも。
若手ばかりの、段位が下の者達ばかりの棋戦だけど。
相手は・・・奨励会員だ。
前期の三段リーグで3位だった人だ。
もう少しでプロになれなかった人か。
私ともう一人に阻まれ、次点に甘んじた人。
この人今期の三段リーグの成績はどうなんだろ。
三段リーグは4月~9月、10月~3月と1年に2回行われる。
・・・むう、最終節がまだ行われてないけど、3位につけてるね。
激流戦の決勝は10月、その頃にこの人はプロになってるのか、それとも来期の三段リーグに舞台を移しているのか。
随分大変な状況の時に決勝まで上がって来たんだね。
希望の中で決勝を迎えるか、失意の中で迎えるかはこの人次第だ。
私にとってはどっちが嫌かな。
タイトル戦を一つ諦めた私と、大変な中で諦めずに来た相手と・・・
気持ちではどちらが上なのだろうか?
なんだかプロとしての自分を試される気がした。
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9月上旬 宇宙戦の本戦パラマストーナメントが始まる。
持ち時間25分の一般棋戦。
私はDブロックの一番下から、ブロック優勝は流石に無理だと思うので、ブロック最多勝ち抜きで決勝トーナメントを狙いたい。
6連勝出来れば決定的だけど・・・全棋士参加の棋戦だから甘くないよね。
でも同日に行われた1回戦と2回戦は勝つ事が出来た。
そして順位戦の第四回戦が行われる。
うーん、対局ラッシュが続く・・・
夏休みだからこの時期に集中してくれた方が助かるんだけどさ。
今日は楽勝だった。
ここまで順位戦では苦労させられたからこういう時も無いとね。身が持たないよ。
これで2勝2敗か、残り6戦で何位になれるかな。
既に今期の昇級は絶望的。来期の為に、少しでも順位を上げておきたいところだけど・・・
はあ、目指す物が定まらない中でのモチベーションの意地か。
リーグ戦だとこういう感じになるのか。
あれ?次の相手は現在C2一位だ。
おやおや?その次の相手は現在二位に付けてるね?
順位戦はすでに最終局まで相手が決まっている。
上位に楽させるのも面白くない、邪魔をする方向に切り替えよう。
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オール学生団体戦に来た。
「今年も暑いわね」
残暑が残る中、今年も天井がガラス張りの直射日光当たりまくりで中は蒸しまくりの会場で大会は行われる。
『焼けちゃうよ~』『なんなのここ?』
本当に何でこんな会場でやるんだろうね?
織華ちゃんは暑さ対策の為かタンクトップだ。
Hカップでタンクトップとか・・・谷間が凄い。
対局者が目のやり場に困りそう。
「今回は遥と那由が居ないけど、チームはどうなるの?」
5人一組のチーム。
去年は2チーム出たんだよね。
「今年は3年生チームに織華さんと木葉さんが入りますわ」
2年の織華ちゃんと1年の木葉ちゃんか。
元研修会員と現研修会員。
ふむ、現在の最強布陣で来たか。
「花音はBチームのエースに抜擢されたのだ」
Bチームは2年と1年の混合チーム。
呉波ちゃんもこっちか。
「チームワークで頑張るッス」
その他実力順に選抜されたらしい。
今年はなんかマジだね。
「優勝を狙ってますのよ」
「おお・・・遂にその言葉が復活するのね」
身の程知らずだった1年の新人戦以来だ
去年は6位だった
そして総合力が上がったと判断した玲奈は団体戦でも優勝を狙うのか
「ただし組み合わせ次第だと思いますわ。この大会は特に組み合わせの影響が大きいので」
そだね、参加64チームのうち、対戦するのは5チームだけ。
強いとこばかりになると、星の食い合いでまず優勝は無理。
でも弱いとこばっかってのもつまんないしなぁ。
程よく手ごたえのある相手と戦って優勝を勝ち取りたいね。
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組み合わせが決まった。
あらら、強いところと当たるね。
それも2チーム。
「うーん、ちょっと優勝は厳しくなりましたわね」
「玲奈も谷間出せば?それで1勝くらい稼げるかもよ」
「はしたないですわ」
「は、はしたないやろか」
いいのよ織華ちゃんは。
ああ、あの谷間に腕を突っ込みたい。
「君島さん、セクハラは許しませんわよ」
「同意があればセクハラにはならないのよ?」
「同意してまへん」
そう、残念。
なんてふざけてないで、対局が始まるみたいよ。
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暑い暑い、ヒマだ。
対局が始まるとやることが無い。
ただ暑さを耐え忍ぶだけって辛いわね。
「あれ?君島さんもゲストだっけ?」
「あ、更屋敷先生、私はサークルの応援です」
今年も何人かプロ棋士がゲストとして呼ばれている。
この大会、ゲストは豪華なんだよね。
更屋敷先生とは初対面だっけ?
こっちはネット中継で見てるからごっちゃになる時がある。
「プロ棋士になって半年経つけど、どんな感じだい?」
「そうですね・・・反響の大きさにまだ戸惑う事も多いでしょうか」
「そうだね、君島さんは女性初のプロ棋士だもんね」
相変わらず将棋以外の仕事の依頼の問い合わせが多い。
その多くを断ってる状態だ。
「荒木先生の本も随分売れてるんだって?」
「はい、25万部行ったみたいです」
棋士の本で25万部売れるのは異例だ。
しかも本が売れない時代にこの数字を出したのは凄い事らしい。
「他の棋士も仕事が増えて喜んでるよ。これも君島さんのお陰だね」
「いえいえ、私なんて・・・」
テレビで棋士を見かける事が増えた。
王太君フィーバーの頃に戻ったみたい。
「更屋敷先生はテレビには出ないんですか?」
「僕は元々口下手でね。今は少しはマシになったんだけど」
最年少タイトルホルダーの記録を持っている更屋敷 信彦九段。
18歳でタイトル獲得記録を持っている。
いいな・・・私なんて20歳からやっとプロだもんな・・・
「僕だって君島さんの身長が羨ましいよ」
「え?w」
「あ、笑ったでしょ?あと10cmは欲しかったなぁ」
ははは、更屋敷先生は・・・160cmくらいかな。
下から男性に見上げられると、こっちも巨人になった気分なんですけどね。
「そう言えば、藤谷君の玉座戦挑戦が決まったね」
「・・・はい」
ついにタイトル挑戦か。
斉上玉座に挑む藤谷七段。
私より一つ下なのに、随分遠くに行っちゃったな。
「若い子が元気がいいと、将棋界が華やかでいいよ」
「更屋敷先生だって、まだまだ・・・」
「ははは、僕らの年代で元気なのは羽月先生だけだよ」
50歳を越えてなおタイトルを所持続ける羽月龍王。
A級で生き残ってるのも羽月先生だけになっちゃった。
現会長も前期でB1に落ちちゃったし。
「それじゃあ応援頑張ってね」
「はい、更屋敷先生も運営お疲れさまです」
行っちゃった。
またヒマになった。
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「今の所4位か」
「頼子は2敗しちゃったぁ」
4戦終って白湯女は4位。
結構食らいついてると思うけどね。
「でも、次が優勝候補ですわよ?」
うん、5敗してもおかしくない相手。
東京大学Aチームか。
現時点で1位。
「ウチは絶対に勝ちます」
「おお・・・」
ここまで4勝の織華ちゃん。
実力もあるがバストも凄いから鬼に金棒だ。
「花音たちも頑張ってるのだ」
「忘れてないよ」
白湯女Bチームは対戦相手に恵まれた。
さっきは小学生チームに5勝してたね。
ちょっと向こうが可哀そうだった。
「ふう、東大か・・・」
「木葉ちゃん?どうかした?」
「1年生に物凄く強い人が居るんですよ」
へえ、知り合い?
一方的に知ってるだけらしい。
中学生名人戦、高校将棋選手権と、順調に優勝を積み上げてきた猛者らしい。
「春季大会は出てませんでしたけど、新人戦は優勝してましたよ」
「へえ、そんなに強いならプロ目指せばいいのにね」
「興味ないみたいですよ。『正座で将棋なんて馬鹿みたい』と思ってるらしいです」
解かる解かる。
おっと、本音が出てしまった。
「工学科でグルグルの就職を目指してるらしいです」
「木葉ちゃん詳しいんだね」
「ツイートしてたんで」
そっか、グルグル目指してるんなら棋士に興味無いのも頷ける。
新卒の学生に1800万円もの報酬を支払うと言うインターネット関連のアメリカ企業。
アジアの優秀な人材がごっそり引き抜かれている。
「この人の名前は?」
「郡上 智仁 君ですよ」
なるほど、どのくらい強いのかな。
おっと、最後の対戦が始まるみたいだ。
郡上君と戦うのは・・・頼子かw
オーダーも運の内。
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「お、鬼だったよぉ」
「そこまで強いの?私よりも強い?」
「解んないけど、コンピューターみたいぃ」
勝ちが確定的でも辛い手を平気で指して来たらしい。
人間なら『そこまでするか?』と咎められるような露骨な手を指して来るのがコンピューター。
それがコンピューターの強さでもある。
「でも3勝出来たね」
「ですが、優勝には届きませんでしたわ」
「引きずり落とす事が出来たじゃない」
白湯女は玲奈と織華ちゃんとシャリーが勝った。
最終順位は白湯女Aが4位、東大Aが2位。
大金星だねシャリー。
「シャリーのカイシンフがデタヨ。自分でも信じられないくらい上手くサセタヨ」
将棋はそういう事があるからね。
どれだけ強くても、10割勝つのは難しい。
Bチームは33位だったらしい。
もうちょっとで半分より上だったのにね。
「うーむ、不甲斐ないのだ」
「頑張ったじゃない。花音ちゃん4勝したんでしょ?」
「エースとしてチームを引っ張れなかった事を反省するのだ」
そんな事無いよ。
今回は一度も勝てなかった人居ないんでしょ?
去年に比べたら成長したよ。
「さて、次は秋季大会ですわね」
また厳しい大会が控えてるんだね。
玲奈は春季で優勝してるからマークがきつくなりそう。
団体戦は次はB1だったね。
これも厳しい戦いになるだろうな。
「おい、よくも俺達の優勝を阻んでくれたな」
は?
なによ貴方。
郡上君じゃないの。
「何?私たちもう帰るんだけど」
「お前最近チヤホヤされてるからって調子に乗るなよ」
「年下でしょ?お前呼ばわりは無いんじゃないの?あ、ひょっとして浪人?」
「ふ、ふざけんな!俺様は主席合格だぞ?浪人なんかするか!」
知らないわよ。
ふざけてるのは貴方でしょ。
何を言いがかり付けてるのよ。
「ば、馬鹿、郡上、お前何してんだ?」
「馬鹿って何だよ!お前らがこんな奴らに負けるから!」
向こうのチームメイトが止めに来てくれた。
明らかに先輩だと思うけどお前呼ばわりか。
「どうしたの?」
「更屋敷先生」
「関係無い奴は来んなよ!」
「おい!プロだぞ!郡上謝れ!」
プロだし主催者でもある。
問題起こすと出禁になるよ?
「俺は一番じゃ無きゃ気が済まねえんだよ!」
子供だ。
負けて癇癪を起こす子供。
体だけはいっちょ前に大きくなって、頭は良いのかも知れないけど、心が未熟な子供。
「これ以上騒ぎを起こすなら、東大Aチームは失格にするよ」
「おい郡上!大会に出入り出来なくなったらどうするんだ!」
「知るか!俺はこいつらに謝らせなきゃ気が済まないんだよ!」
なんで?w
馬鹿理論だ。
本気で言ってるのが信じられない。
世の中にはいろんな人が居るよね
「多分説明しても理解できないんだろうね?君は頭がいいのか悪いのかどっちなんだろうね?」
「なんだと!」
「まあまあ君島さん、駄々っ子の我儘じゃないですか。大目に見てあげなさいな」
「だ、誰が駄々っ子だ!」
「アンタでしょ!迷惑かけてんのが解らないの?」
白い眼が郡上に集まる。
大勢の軽蔑の眼にさすがに郡上もうろたえる。
「・・・くそ!やってられるか!」
「おい郡上!どこへ行くんだ!」
「うるせえ!もうサークルなんてやめてやる!」
「ちょっと!謝って行きなさいよ!」
「誰が謝るか!俺がグルグルに入ったら人工知能で将棋なんか終わらせてやるからな!」
子供みたいな捨て台詞を吐いて郡上は帰って行った。
他の東大将棋部員が平謝り。
後始末も人任せで・・・
グルグルの人工知能か。
公の場には出て来てないが、すでに最強ソフトを作ってると言われてる。
ベータゼロだっけ?
「騒がしい人でしたわね」
「小学生も居るのに・・・一番の子供だったわね」
小さい子達が怯えちゃったじゃないの。
もう大丈夫だからね。
サインくれ?ちゃっかりしてるわね。
「あんな奴がどんなソフト作った所で私が倒してあげるわよ」
「まあ君島さん、そんな事言って大丈夫なんですの?」
すでにトップ棋士をはるかに超えたと言われているAI将棋ソフト。
その中でも一番強いと言われているグルグルのベータゼロ。
だがまだ進化は続いている。
だとしたら今はまだ最強では無いと言う事だ。
先があるならそこに人間が辿り着いても良いじゃないの。
まあどうせ戯言だ。
子供の戯言に反応するなんて私も大人げなかったな。
よし帰ろう。
みんな、気にしちゃ駄目だよ。
馬鹿な子だったけど、いつかは気づくはず。
彼は成長が遅れてるだけだからね。




