CM
7月初旬 都内某スタジオ
「こうですか?」
「いいですよー、目線こっちください。笑顔で!」パシャパシャパシャシャ
今日は新しいグッズの為の写真撮影に来ている。
生写真やらポストカードやら、来年のカレンダーやらクリアファイルやら。
缶バッチなんてのも作るらしい。
「缶バッチなんて今時売れるんですか?」
「今の君島さんなら何でも売れますよ」
私は旬。
実用性皆無の物でも売れるには売れるらしい。
でも、正直ラインナップが古いと言うか・・・
もっとお洒落な物作らないのかな。
「名前の入ったタオルや、女流棋士はしおりなんてのも作ってますよ」
「しおり?」
本に挟むあれか。
え?4枚で500円なの?
な、なんて高い・・・
「次は着物に着替えてください」
「はーい」
ママが見立てたお洒落な普段着を何種類か、そして次は着物。
随分たくさん撮られた。
「アイドルみたいに団扇も作りますか?」
「ええ?いえ、いいです・・・」
「勿体ない、何でも売れるのに」
何でも売れるって言ってもあんまり節操無いのもな。
どうせ転売ヤーを喜ばせるだけだし。
グッズは品薄くらいでいいですよ。その方が人気が続いてると思って貰える。
次の日
今日はCM撮影だ。
本当はCMは自粛するつもりだったんだけど、将棋にも関係の深い企業からの依頼だったので受けた。
ペガサスという飲料メーカーの純茶という商品。
将棋の放送でよく見かける飲み物。
プロになり、勝ち星を上げる中で話が来た。
女がやって行けるのか懐疑的だったのだろう。
話題性の他にも実力を評価されての抜擢らしい。
そう聞いた時は素直に嬉しかった。
「うわ・・・ここ都内ですか?」
「一応都内ですよ。商品イメージを考え清流の中での撮影です」
すんごい山奥に連れて来られたな。
天気が良いから今日中に撮ってしまいたいみたい。
「これに着替えるんですか?」
随分短いデニムパンツだ。
お尻の下部が見えてしまいそう。
「岩に座って足を川に浸してください。お尻は映さないので安心を」
横向きでの撮影か。
あれか、完全にパンツが見える体勢なのに、片足で見えなくするあのドキドキ効果に近い気がする。
「君島さんの脚を最大限魅力的に撮りますからね!」
監督さんが張り切ってる。
私は顔も綺麗でしょ?
・・・脚フェチらしい。本人の前で言うかなぁ。
衣装に着替え、川に入る・・・冷た!!
も、もう夏なのに、川の水って冷たいんだね。
「表情は気だるげの中に涼しげを混ぜたような感じで」
「は、はあ」
「純茶を一口、そして穏やかな時間が流れる感じで」
「は、はあ」
む、難しそうだな。
女優さんなら今ので理解するんだろうけど。
私はちょっとパニックだ。
「違います!もっと潤うように!」
「う、潤う?」
「違うって!飲んだ瞬間満たされて!」
「満たされる?」
「違うっつってんだろ!この大根が!」
勿論脚の事では無い。
演技が酷いらしい。
「すみません。脚が冷たくなって来ちゃって・・・」
「じゃあちょっと休憩しまーす」
良かった。駄目って言われるかと思った。
監督さんも一発で終わるとは思ってなかったようだ。
女性スタッフさんが私の脚をバスタオルで拭き、ブランケットをかけてくれた。
うーん、本当に女優さんみたいな扱いだ。
「すみません無理言って、でも素材が良いので良い物にしたいんです」
将棋の棋士がCMに出る事はあるけど、ほとんどが大根だ。
私は高いクォリティを求められているみたい。
「今日撮って、いつからCMが流れるんですか?」
「すぐですよ?夏は特に売れる商品なので」
そ、そっか、じゃあ頑張らないと。
撮りなおしには出来ないな。
「もっと愁いを帯びた表情でお願いしまーす」
「は、はい」
「例えるなら、恋に傷ついたけど、時間と共に心が癒されて来た時の表情です」
「は、はあ」
む、難しいよお。
家で色んな表情練習しておくんだったな。
・・・ちょっと集中しよう。
川の流れに耳を澄ませる。
水が流れる音って落ち着くな。
自然の中の心休まるBGM。
「・・・いいですね、良くなりましたよ」
川の流れに晒される私の脚。
水面が変化する中でクリアに見えるのはよほど水が綺麗だからだろうか。
浄化される気分。
「いいぞ・・・そこで純茶に口を付けて」
喉を通り抜けて行く少し渋みのある冷たい液体。
体の中に染み渡る。
「・・・はい、カット!急に良くなりましたね!」
シュチュエーションに入り込む事が大事なんだな。
この後もシュチュエーションを変え何パターンか撮るらしい。
最期には腰まで川に浸された。
「うう、寒い」
「良かったですよ?おい!風邪ひかないようにしてあげてー!」
はあ、棋士なのになんでこんな事してんだろ。
まあCMはギャラが良いし、普及にも効果大だからいいけどさ。
でも本当に風邪ひかないようにしないと。
対局に響いてしまったのでは馬鹿みたいだ。
「いやあ、お陰様で良いものが出来ました。ところで君島さんはフリーなんですか?」
「はい?・・・えーと、CMの契約条項の中に、スキャンダル禁止がありましたけど」
「そ、そうでしたね、忘れてください」
なんなのよ、若い監督さんに告白されるところだった。
仕事と私情を絡めるんじゃないわよ。
私は商品イメージを守りますからね。
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7月上旬
加古川激流戦の3回戦があった。
清流の後は激流か、人生いろいろある物ね。
撮影の時の影響か、心研ぎ澄まされて指す事が出来た。
結果は勝利
同時期、宇宙戦が始まった。
ちょっと特殊な一般棋戦。
本戦がパラマストーナメントなんだよね。
段位の低い人が一番下になって、どんどん上の人と対局していく。
最大11戦になるのかな。
でも途中で負けてもそのブロックで一番連勝した人も決勝トーナメントに出れると言う特殊ルール。
しかしまずは予選だ。
2勝出来れば本戦出場決定。
持ち時間が25分と短い。
本戦、決勝は15分とさらに短くなる。
この辺も他の棋戦とは真逆だ。
持ち時間の短い棋戦は私にもチャンスがあると思ってる。
本当はタイトル戦を頑張りたいんだけど、棋精戦と永王戦以外はどれも持ち時間が長すぎるんだよね。
今の私の体では本来の力を出し切れず終わってしまう。
椅子対局程じゃないけど、持ち時間の短い棋戦なら・・・
宇宙戦は全棋士参加だから甘くないんだけどね。
予選は何とか通る事が出来た。
私は新四段だから本戦は一番下から始まると思う。
15分の早指しかぁ。
若さも有利になるから出来るだけ上に行きたい。
7月中旬、MADAYA挑戦杯の準々決勝が行われた。
・・・負けてしまった。
相手は小橋五段、激流戦で優勝経験もある勝率7割5分の強い人。
頑張りたかったけど、簡単に勝てる相手では無い。
でも次は勝ちたいと思った。
さて、プロ入りしてからここまで11勝3敗。
凄く調子が良いけど持ち時間の短い棋戦が多かったからだと思う。
この先、持ち時間の長い棋戦が増えて来る。
勝率を維持したいけど、厳しいだろうな。
結果だけ見て最初だけだったなと思われないようにしたいけど・・・
はあ、取りあえずは7月後半の順位戦2戦目。
持ち時間6時間のこの対局を乗り切らねば。
幸い相手は強い人では無い。
昇格に希望を残す為にも負けられない。
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大学 サークル
「純茶ブームなの?」
「何をおっしゃいますの君島さん、貴方が宣伝してるくせに」
部室に入ったら皆が純茶のペットボトルを小脇に対局してた。
私まだCM見てないんだよね。
「シャリーは苦手デース。ルカゴメンヨー」
「しょうがないよ緑茶なんだから」
「YO!TUBEにも上がってたよぉ」
企業のチャンネルかな。
個人が私の動画乗っけて金儲けしてるのは、なんか釈然としないんだよね。
まあいいや、見てみよ。
川の流れの音と、緩やかな音楽が流れ始める。
お、このアングルは橋の上から撮ってたのかな。
カメラが切り替わると物凄い美人が。
お茶を一口、別撮りの私の声のナレーションが入る。
「・・・わあ、この女優さん誰?」
「君島先輩、突っ込んだ方がええの?」
あ、当たり前じゃないの織華ちゃん。
突っ込んで貰えないと逆に恥ずかしいよ。
「でも、本当に綺麗ですわ?景色が良いからでしょうか」
「素直に褒めなさいよ」
「これってどこなんですか?」
「都内だよ、木葉ちゃん」
「へえ、都内にこんなとこあるッスか」
あるんだよ呉波ちゃん。
あれ?那由は?
「那由先輩は就職活動ッス」
「そっか、そうだったね」
遥と那由は来ていない。
今頃二人も純茶を飲みながら頑張っている事だろう。
「でも良いCMで良かったよ。苦労したんだから」
「花音は2リットルすぐ無くなるのだ。差し入れが欲しいのだ」チラッ
運動部の男子かあんたは。
女子が2リットルがぶ飲みしちゃいけません。
一応、家に送られてきた商品があるけどさ。
てか2リットルなんて重いから持って来るの嫌だよ。
「そうだったのだ。君島先輩は将棋盤を置いて行こうとした鬼畜だと聞いたのだ」
「う!」
「思い出しましたわ。あの頃から君島さんは薄情で・・・」
解りましたよ、持ってくればいいんでしょ?
はあ、一本って訳にはいかないよね。
部室が最上階だから辛いよぉ。
「でも夏だし冷えたの買った方が良くない?」
「冷蔵庫ならあるよぉ」
「い、いつの間に」
部室の隅っこに冷蔵庫が置いてあった。
次に引っ越す事になったらあれを運ぶの?
・・・なるべく関わらない事にしよう。
「それより、今8月の夏合宿の事を話していたんですのよ」
「へえ、今年はどこに行くの?」
「ハワイですわ!」
ええ?遂に外国になったの?
私、行けるのかな。
お金は問題ないけど、対局を縫って時間作れるかな。
事前に言えば結構融通聞かせてくれるんだっけ。
今の内に言っておかないと。
「例によって三ノ宮家の別荘なので宿泊費はただですわよ」
「そうは言っても旅費はみんな大丈夫なの?」
格安便なら大丈夫らしい。
それでも8月なら結構すると思うんだけど・・・
「エコノミーって石垣島の時に初めて乗りましたけど、狭くて楽しいですわよね」
「そ、そう?私四国行った時に足が収まらなくてさ・・・」
「遠回しの自慢だぁ」「感じワルイヨー」
何でよ、こんなに長いんだよ?
CMでもこれでもかってくらい強調してたでしょ。
天然の爽やかな色気を演出した良いCMだったなぁ・・・
こういうCMならもっと受けたいかも
取りあえず私も行けるよう工面するよ。
だから仲間外れにしないでね。




