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駒唄  作者: 無二エル
46/93

エール

 2月中旬 8回目の三段リーグ


 君島 流歌 現在12勝2敗で6位。


 さて、気持ちを改めとにかく勝つだけ。

 犠牲になったFカップとHカップの為にも絶対に負けられない。


 残り例会は2回で4局。正念場だ。

 回りだって気合が入ってる。気持ちは同じなのだろう。

 だったら実力で勝つだけ。


 私には夕日杯でベスト8に入った実力がある。

 それは、椅子対局で得た結果だが、正座では絶対に出ない結果だろうか?


 痛くても我慢しろ。むしろ痛みなんて感じないくらい集中しろ。

 終わった後にいくらでも痛がればいいじゃないか。


 思えば最初からその姿勢で挑めば、もっと早く奨励会を駆け上がれたのかも知れない。

 私には、必死さが足りなかった。


 人より早く駆け上がったつもりだった。

 でもそれより上があったんだね。


 弱かった私には無理だったんだ。

 でも今はもう違う。


 必ず勝つ。相手が会心譜を出してきても必ず勝つ。

 今この時だけは、誰にも負ける気は無い。



-----------------



 2勝した。

 これで、14勝2敗。

 普段なら合格ラインを越えてる

 14勝で四段になれなかったのは過去5人しか居ない。


 それなのにまだ5位か。

 一人しか崩れなかったか。


 ・・・仕方ない。

 今日は引きずる気は無い。

 最終日を頑張るだけ。

 後悔しないようそれに備えたい。



--------------



 3月初旬 最後の三段リーグの一日前



 そうか、今日って将棋界の一番長い日だっけ。

 A級棋士の順位戦最終日。


 見ようかな・・・

 勉強はもう十分した。

 それよりエネルギーを貰った方が良い気がする。


 49生を試聴する。

 今年も派手だな。去年は連盟の対局室で見たっけ。

 あれからもう一年経ったんだ。


 神妙な面持ちのモニターの中の棋士たち。

 今年もタイトル挑戦を賭け、残留を賭け、長く熱い最後の戦いに望むんだね。


 私達も必死だよ。

 日の当たらない場所だけど、もがいているよ。


『A級順位戦も佳境ですが、今三段リーグも物凄い事になってますね』

『14勝2敗が5人ですか。そんなに勝ってるのに上がれないかもしれないなんて・・・』


 残酷だよね。

 誰が決めたルールなんだろうね。

 ここまでの事を想定して作ったのかな?


 今まで15勝3敗で上がれなかった人は居ない。

 でも多分、今回はその前例を覆すだろう

 16勝2敗でも上がれない例を作ってしまう気がする。


『今回は余りにも過酷です。上がれなかった人にもう一度頑張れと言うのも・・・』

『もう一度、這い上がる気力が湧きますかね?』


 何度でも這い上がるよ。

 パパに土下座してね。


『せめて今回だけ次点ポイントを与える範囲を増やすとか・・・』

『はい、16勝でプロになれない可能性があるのは余りにも可哀そうです』


 次点ポイントとは。

 四段に上がれるのは上位二人だけだが、3位には次点ポイントが与えられる。

 次点ポイントを二つ溜めると、救済処置で制限はあるがプロになれる。


『かく言う私なんて12勝6敗でプロになりましたからね』

『今14勝の子達は先生より強いのは間違いないですね』

『なんだとー』


 コメ欄に草が生えまくってる。

 さすがに私は笑う余裕までは無いな。うん。


『夕日杯のベスト8まで行った女の子も頑張っていますね』

『君島女王ですね。僕ファンなんですよー』

『綺麗ですもんねw』


 草が生えまくってる。

 ん?


『おやおや?コメントでも応援する声が多いですね』

『皆さん綺麗な人が好きなんでしょうね』

『綺麗なだけじゃないですよ?渡邊棋玉に勝った将棋は畏怖の念すら感じましたもん。ボク』

『あれは確かに・・・私もあんな将棋を一度でいいから指してみたいです』

『今年の名局賞に選ばれてもおかしくない内容でしたよ』


 はは・・・褒められてる。

 あれは憎悪から来た神がかり的な将棋だったんだけどね。

 普段の自分からは想像できないような・・・


――君島流歌、がんばれ!――

――君島さん、諦めないで!――

――君島応援してるぞ――

――君島ぁ!結婚してくれー――


 あ、あれ?

 コメントが・・・


――君島、ナベをやっつけてくれてありがとう――

――明日は念を送るぞ!――

――君島見てるか?お前が手紙を読んで泣いた日を忘れない――

――早く棋士になってもっと足を見せてくれ――


 み、みんな、応援してくれて。


――負けたらウナギ食わすぞ!――

――また聞き手やってくれよ――

――俺も大好き!ローンソのイエカフェスィーツ――

――君島さん!勝って!女性初の棋士になって!――


 こ、こんなに。

 素っ頓狂なのも多いけど・・・


――三段リーグも中継してくれよ――

――君島流歌!歴史を塗り変えろ!――

――その節は連盟に問い合わせてごめんなさい――

――写真集は出すなよ!――


 解ったよ。

 もう解ったから・・・


――君島!将棋会を変えてくれ!――

――今の地位で満足してる女流共の目を覚まさせてやってくれよ――

――あぐらかいてる男性棋士にも危機感くれてやれ!――

――君島!泣き虫るかたんの奇跡を見せてくれ!――




 ・・・最初は、A級棋士の頑張ってる姿にパワーを貰うつもりだった。

 でもこんなに応援してくれてる人が居たなんて。


『す、凄い人気ですね。君島流歌さん』

『み、見た目が良いですもんね』

『・・・お前見た目に拘り過ぎだよ。そーじゃねえって』

『な!先生どうしたんですか?生中継ですよ?』

『絶望的な状況なのに食らいついてるんだぞ?カッコ良いじゃないかよ』

『せ、先生・・・』

『強い者に憧れるんだよ!勝手に夢を託したくなるんだよ!』

 

 ・・・見ててくれてる人が居るんだ。

 そして、私の活躍に期待してくれてるんだ・・・


『王太の時もそうだったろうが!最初はそうでもなかったのに負けねえからどんどん・・・』

『先生!落ち着いてください!』

『女だてらに男だらけの厳しい世界に飛び込もうとしてんだぞ!お前にそんな根性あんのか!!』

『せ、せんせ~!』『一端CM入りまーす』


 あ、放送事故になっちゃった。

 すんごい草生えてる。

 ま、まあいいか。


 ありがとう。皆さんの期待を背負います。

 女性初の棋士への期待を背負います。

 その他もろもろ、色んな重圧も背負います。

 ・・・だから見ててね。



-----------------



 翌日 最後の三段リーグ



 私は今、連盟の廊下に居る。

 すでに最後の対局を終え、他が終わるのを待っている。


 今日の私は2連勝。

 成績を16勝2敗で終える事が出来た。

 やるだけの事はやった。食いは無い。


 1局目の対局が終わった後、上位は誰も崩れてなかった。

 15勝2敗が5人のまま、勝負は最終局へと向かって行った。

 

 上位4人の内、3人が負けないと私は上がれない状況になった。

 私はおそらく四段になれないだろう。

 ここまで来て、上位が崩れるとは思えない。それに・・・


 上位4人の最後の対局相手を見た。

 4人共下位の人達が相手、しかも、その内の2人はすでに降段点が付いてる人だった。

 すでに、頑張る意味合いを無くした人達だった。


 ここで勝っても降段点は消えない。

 しかもそのうちの一人は私が最初に戦ったキモオタ君だった。

 私の為に頑張りはしないだろう。


 ふう、パパをなんて言って説得するか考えておくかな。

 もう少しだったんだから、もうちょっと猶予をください。

 許してくれないなら家出する!非行少女になってやる!

 あ、私も大学院に行こうかな。学費は自分で払うからって、女王の賞金も殆んど手つかずだし・・・

 だからあと2年猶予をくださいって・・・


 ・・・まだかな。

 駄目でも良いから早く終わって欲しいよ。

 次に向けての準備を始めたい。

 今度こそは、プロになってやるんだから。

 その為には1分1秒でも早く・・・


 ・・・奨励会幹事が来た。

 やっと終わったのか。

 姿勢を正し、気持ちを落ち着ける。



「君島さんおめでとう。1位通過だよ」


 私はおったまげた。

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