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駒唄  作者: 無二エル
44/93

嫌いな人

あくまでもフィクションだよ!

 12月下旬


 学生女流名人戦が行われた。

 場所は三重県四日市。

 私も顔を出したかったけど、今回はやめておいた。

 なんか気を使わせちゃいそうだったからね。

 それに龍王戦の予選も近かったし。


 男子が争う学生王将戦と並行して2日間で行われる。

 一日目は予選、二日目が8人で行われる決勝トーナメント。


 白湯女からは那由と頼子、シャリーが出場した。

 開催場所が遠いけど玲奈と遥も応援に行ったらしい。


 結果は頼子が決勝まで進んだけど、惜敗。

 那由とシャリーはベスト8だったそうだ。


 関東女流では優勝したのが那由だったけど、調子悪かったのかな?

 まあ勝負は時の運もある。いつも結果が同じと言う訳では無い。

 元気づけてあげたいけど、今の私じゃ気を使われるだけ。

 はあ、早く楽になりたい。





 龍王戦の6組ランキング戦が行われた。

 エントリーは女流、奨励会員、アマにも10枠割り振られている門戸に広い棋戦。

 持ち時間は5時間、また正座との戦いか。


 将棋界最高タイトルだけあって、下位の棋士も気合が入っている。

 未だ男性棋士以外がランキング戦を制した事は無い。

 奨励会員、アマが3人抜き、女流に至っては2人抜きが最高だ。


 私の第一回戦は40歳で五段の人だった。

 40で五段と言うと・・・将棋に詳しい人なら解ると思うけど、弱い人だ。

 順位戦はC2でC1に上がった事も無いみたい。

 解説でも見たこと無いけど・・・何か副業でもしてるのだろうか。

 でなきゃとてもじゃないけど暮らしていけないような経歴だ。

 そんな事を考えているうちに勝った。

 



--------------------



 年が明けた。

 いよいよ勝負は残り3か月か。

 まずはすぐに5回目の三段リーグがある。


 1月中旬には夕日杯の本戦トーナメント1回戦、2回戦。

 勝てば同日に2局戦う持ち時間の短い椅子対局。


 その後は4回の例会で三段リーグを争う。

 夕日杯は勝ち残れば2月中旬に準決、決勝がある。


 取りあえずはこの2つに集中すればいい。

 1月中旬にはオール学生個人戦があるけど、夕日杯と重なるので見に行けない。

 ごめんねみんな。来年は見に行くから。

 この3カ月は人生で一番頑張らなければならない時なんだ。





 1月上旬 5回目の三段リーグ戦


 現在全勝は私ともう一人。

 1敗が3人、2敗が4人。

 私は順位差で2位。


 はあ、浮足立ってる。

 内容で勝ってない対局も少なくないせいか、今自分の居る位置が凄く変な気分なんだ。

 一歩間違えば、一気に崩れ落ちて行くような、崖の上を歩いている気分。


 上位が詰まっているせいか、下位の成績も酷いんだよね。

 これ、降段点が付く人たくさんいるんじゃ・・・?

 まあまだ解らないか、年明けから心機一転、頑張る人も居るだろう。

 私との対局では頑張らないで欲しいけど・・・


 今日も上位同士の争いがあるみたい。

 私は中位の人と、下位の人。

 願わずにはいられない。どうか潰しあってください。

 私の都合の良い展開になってください。

 浅ましい考えとは解っているけど、その中で自分は2勝して・・・

 1位独走出来ると良いな。




--------------------




 え?何があったの?


 例会が終わり、星取表を見る。

 私は2勝をあげた。これで10連勝だ。

 奨励会に入ってから、ここまでの連勝出来たのは初めて。

 それを三段リーグに持ってこれたのは、もう実力以上の何かがあるとしか思えない。

 そんな不思議な感覚を味わいながら、星取表を見た。


(1位が2敗してる!1敗の人達も・・・みんな負けたんだ)


 全勝は私だけになっていた。

 追う形で2敗が7人、3敗が4人。


 変な気分はいよいよ本格的な物になって来た。

 おかしい、なんか仕組まれてんじゃないの?

 私をプロにする為に怪しい力が働いてるんじゃないの?

 誰がそんな事を?意味不明だ。

 私の預かり知らないところでそんな事をしても、私が負ければそれまでじゃないか。


 はあ、なんだかクラクラする。

 独走出来たのになんだこの感覚は。

 なんだか吐き気が・・・うう、気持ち悪い。

 トイレに行ってみるけど何も出ない。


 ・・・周りの足取りも重い。

 みな、プレッシャーを感じているのだろう。

 これが三段リーグの重圧なのかな・・・


 取材?今だけは本当に勘弁してください。

 まだ三段リーグの途中なんですよ?

 昇段が決まった時には、快く受けさせてもらいますから。

 とてもじゃないけど、今は何か言えるような状況じゃ無いんですよ。


 また吐き気が来た。

 トイレに駆け込むが何も出ない。

 はあ、この苦しみはいつまで続くのか。

 終わった時に、笑っていられるだろうか。



-----------------



 1月中旬 夕日杯


 三段レースの苦しみの中で迎えた本戦。

 なぜだろう、今日はスッキリしている。

 ・・・相手が、倒したい人だからだろうか。


 渡邊 昭 棋玉。

 以前、ある棋士に将棋ソフト不正使用疑惑をかけた人。

 結局は冤罪で、不名誉な汚名を人に擦り付けただけになってしまった人。


 当時の事を私が深く認識している訳では無い。

 内側に居た者にしか解らない事もあるだろう。

 だが本人もブログで釈明してたし、週刊誌にインタビューされた内容を鑑みても、この人が一番の元凶である事は間違いないと思った。


 しかも、当時はその被害者が渡邊が持ってるタイトルに挑戦が決まったタイミングでもあったんだよね。

 そして、直近の直接対局で渡邊はその被害者に黒星を重ねていた。

 事実は知らないけど、外側からは自分のタイトルを守るために言いがかりをつけたように見えた。

 結果的に、挑戦者は変更される事になった訳だし。


 でも結局は第三者委員会が入り、冤罪だと言う事になる。

 渡邊側が言っていた根拠はすべて信憑性の無い物、中には事実と全然違う内容もあった事が明らかとなる。

 将棋界は信用を落とし、当時の会長だった谷山さんは辞任した。


 責任は渡邊だけの物ではないのだろう。

 だが、本人は何のお咎めも無しだった。

 タイトルホルダーの処罰を主催者側に配慮したのかも知れない。

 事実は解らない。


 でも許せない。

 私も冤罪をかけられた事があるからってのもある。

 親が私の将棋界入りを渋った原因の一つだったからと言うのもある。

 将棋界を混乱させておいて、責任を取らなかったコイツが許せない。

 すぐに王太君フィーバーで将棋界の人気は回復したけど、それが無かったら今頃どうなっていただろう?


 ・・・なんで、のうのうとここに居られるんだろう。

 もちろん渡邊だって冤罪を擦り付けたことで色々言われただろう。

 でもそれで済まされるの?

 冤罪をかけられた方は一生汚名を拭い去れない。

 将棋界に詳しい人ばかりでも無いんだ。悪い事ばかりが大々的に報道され、その後間違いであった事はそこまで大きく報道されない。

 それは視聴者の関心度合もあるからだろう。だからソフト不正はあったとだけ認識してる人も居る。


 被害者側にも、確かに問題があったのかも知れない。

 それこそ事実がどうか解らないが、最新の戦型を研究している奨励会員から、苦心して作り上げた戦型を無理に聞き出していたと言う噂もあった。

 元々、一部の棋士からは嫌われてる節があった。

 でもだからって冤罪をかけていいことにはならない。


 そもそもコイツも普段の発言がイタイんだよね。

 ある棋士の奨励会時代にネット対局でカモにして狩ってた、とか。

 自身が主催するフットサル部である棋士を着ている服の色で呼んでたとか。

 自分が負けている時はさっさととどめ指してくれよと思ってるとか。

 負ける局面にしたのはアンタの責任でしょ。相手に何を望んでるの?

 なんか相手に敬意を払ってない、舐めている発言が多くてどうにも鼻につく。


 自分本位なコイツの思い上がりが、不幸な事件を作ってしまったとしか思えない。


 嫌いだ。

 はっきり言ってしまえば、私はコイツが嫌いだ。

 単純に気に食わない。単純に尊敬できない。


 こんな奴でもタイトルを20以上持っていて、強さは間違いない。

 将棋界に名前を残す事が決まってるんだもんな。


 でもだったらもう一つ、名前を残させてあげようじゃないの。

 タイトルを持つ棋士が、在籍時に女に負けたと言う初の称号をね。



-----------



 将棋ファンが私達の回りを囲んでいる。

 公開対局か。変な感じ。

 

 皮肉なものね。知り合いを混じりこませれば、不正し放題なんじゃないの?これ。

 知り合いに、スマホのソフトで指し手を考えさせ、合図を送れば良いだけ。

 咳払いとか体の一部を触るとかで何とでも出来そうな気がする。


 ひょっとしたら私も疑われるのかしら?

 冤罪をかけられてしまうのかしら?

 目の前の男を見下す事しか出来ない自分がそこにいた。


 はあ、そうは言っても、この人の強さは本物だ。

 中学生で棋士になり、タイトル20期以上獲得はまぐれで出来るもんじゃない。

 舐めてかかって勝てる相手じゃない。


 今、一番大切なのは三段リーグ。

 そのはずなんだけど、忘れてしまいそうになる。

 憎しみが支配してしまう。これは良い事なのか悪い事なのか。


 集中しよう。今だけは三段リーグを忘れよう。

 目の前の男を倒す事だけにすべてを注ごう。




---------------------





「ま、負けました」


 どっちの声だと思いますか?



 私じゃない。

 目の前に座っている男の声だ。


 観客達がどよめいている。

 現役タイトルホルダーが、プロでも無い、それも女の子に負けた。

 私が思っていた以上に、衝撃が走ったみたい。


 会心譜だった。

 研ぎ澄まされた私の頭からはいくつもの好手が浮かび上がり、常に相手にダメージを与え続けた。


 読みの深さもいつも以上だった。

 相手の仕掛けた罠が瞬時に解った。

 いつもなら時間がかかる場面ですぐに切り換えす事が出来た。


 焦ったと思う。

 相手の残り時間はどんどん減って行った。

 対して私は持ち時間40分の対局の中で5分しか使わなかった。


 圧倒的な勝利。

 それとともに満足してしまった。

 今目の前でうな垂れている相手を見て満足してしまった。


 もうコイツを許そう。

 この先も尊敬はしないけど、どのみち直接の被害者は私じゃない。

 元々私が判断する事では無い。被害者の意見が重要視されれば良い事だ。


 その後、同日行われた本戦トーナメント2回戦で私はあっさり負けた。

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