指し直し
9月初旬、聖霊戦のタイトル第三局目があった。
結果は姉弟子が『橘流』で快勝、これで2勝1敗か。
なんだか、次で決まる気がする。
当日は、私も師匠と一緒に将棋会館の検討室で検討しよう。
9月中旬
本日は女流玉座戦の挑戦者決定戦。
相手は伊東 沙織女流二段。
タイトル挑戦は5回あるんだけど、取れた事は無い。
実力的には獲っててもおかしくないんだけどね。
印象としては静かな人。
感情の起伏が少ないと言うか・・・
聞き手とかやってるのかな?見たこと無い。
アイドル要素が強い女流の中で、ちょっと他と一線を画す感じ。
この人も私が入る前に奨励会に居たんだよね。
それも10年。
1級までしか上がれなかったけど、奨励会で揉まれた10年はこの人の血肉になっているはず。
そして1年9カ月で三段まで上がった私をどう思っているかな。
10年か、長いね。
それだけ費やして、なれなかった時の気持ちは私には解らない。
しょうがない、女流で頑張ろうと、切り替えられるものなのかな。
モヤモヤしたものが残ってるんじゃないかな。
面白くはないと思う。
一時は自分が棋士を目指していたんだ。
女として初めて棋士になるのは自分だと思っていただろう。
それが叶わず、後から目指す者を見るのは複雑なんじゃないかな。
一泡吹かせてやりたいと思うもんじゃないかな。
おっと、対戦前から勝手な想像で身構えてしまった。
呑まれるのは良くない。
いつもと同じ気持ちで挑まないと。
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勝負は私優位のまま終盤へ。
だがここで、伊東さんが撹乱の手を指して来る。
困ったな、私は前半時間を使い過ぎた。
平常心で挑んだつもりだったけど、やはり意識して慎重になってしまった。
残り時間が少ない中で、間違わないよう進まなくては。
って、あ!!ま、間違えた。
やばい、顔に出さないようにしないと。
と言っても、このミスは・・・
形勢は一気に逆転したと思う。
伊東さんの反撃が来る。
撹乱したいけど、一直線で歩み寄られる形だしなぁ。
これはもう・・・
―――投了
つまんないミスで負けてしまった。
自滅だ。悔いの残る勝負だ。
はあ、女流玉座はまた挑戦者決定戦止まりだったか。
勝ち続けるのは難しいとはいえ、今日のは勿体ない。
ミスしない人間なんて居ないけどさ。
三段リーグには、もっと精度を高めて挑まないと。
二日後に、夕日杯オープン戦の一次予選2回戦。
勝てばそのまま本日中に3回戦が行われる。
女流玉座戦の敗戦を引きずらないよう挑もうと思う程考えてしまう。
ふう、私は本当にメンタルが弱いのかも知れない。
プロになれば負けてもすぐ次の棋戦が待っている。
凹んでる暇なんて無いのに。
次を頑張れば良いと切り換えられる人は凄いな。
でも負け方が負け方だったし・・・
実力で負けたのならまだしも・・・
いや、実力で負ける方が困るか。
私は棋士を目指しているんだ。
言ってはなんだが、女流に実力で負けるようなら諦めた方が良い。
自分のミスで負ける事もあれば、相手のミスで勝つ事だってあるんだ。
今回は前者が回って来ただけ。
そうだね、私は実力で負けた訳じゃ無い。
よし、今度は勝って弾みをつけたい。
何しろ得意な椅子対局なんだから、正座の時とは一味違う私を見せたい。
相手が男性棋士であろうと、勝ちに行く。
勝った。それも2勝。
しかも3回戦は順位戦B2の人だったのに。
高揚感が凄い。女で3回戦勝った人居たっけ?
たしか一次を突破した女はいなかったはず。
次の一次決勝を突破出来れば快挙になるのかな?
「君島さん、女性初の1次予選決勝進出おめでとうございます」
取材があった。
やっぱり初めてなのか。
「女性は初かも知れませんが、確かアマの方は1次を突破したことありましたよね?」
「はい、第三回と第九回の大会で一名ずつ、双方とも二次の1回戦で負けています」
「・・・そうですか。では私はまだプロでは無いので、それを塗り替える事が出来れば嬉しいです」
「おお、それでは次の一次決勝も勝ちに行くと?」
「はい、出場させて貰う以上、少しでも上に勝ち進みたいと思っています」
やはり自分は椅子対局に強い。今回もそう思えた。
読みの速さ、鋭さが格段に上がる気がする。
正座で痛くなった脚を気にしないだけで、こんなに変わる物なの?
・・・これは、ひょっとしたら私の中に眠っているポテンシャルなのではないだろうか。
なんだか、もしも三段リーグが椅子対局なら軽く突破出来る気がした。
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聖麗戦タイトル五番勝負第4局当日。
今日の対局は将棋会館の特別対局室で行われる。
私は将棋会館の検討室に来た。
「師匠、おはようございます」
「やあ流歌、女流玉座戦は残念だったが、夕日杯はおめでとう」
「ありがとうございます」
・・・男性棋戦よりも、棋士や記者の数は少ない。
やはり女流棋戦の注目度の低さを感じる。
でも関係無いか。私にとっては注目棋戦だ。
「第一局の聞き手も急な話で大変だっただろう」
「はい。しかも泣いてしまいました」
「あ、あまり気にしてないようにも見えるが」
可愛かったからね。
ちょっと恥ずかしいけど、無様な姿を晒さなかっただけマシだ。
どうもあれで私の人気はウナギ登りらしい。
動画にあげられた事でたくさんの人が見たんだろうね。
棋士になる前から、連盟に色々問い合わせが来たとか。
まず、TVの仕事が来たらしい。
鬼藤 四五六先生と街ブラロケやら、クイズ番組やら。
あと女性ファッション誌のゲストモデル依頼。
あと良く解らない少年誌のグラビアの依頼まで来た。
他にも、大学の文化祭やら、地方の将棋関連のイベントやら、小さい物まで含めると30以上の問い合わせが来たらしい。
でも、大事な三段リーグを控えているのですべて断って貰っている。
「仕方のない事とは言え、勿体ない気もするねえ。私なんて将棋以外の収入が殆んど無い」
「ふふ、私が棋士になれたら師匠も本を書けば良いじゃないですか。『女性初のプロ棋士を育てた』的な触れ込みで」
「い、いいのかい?でも、殆んど勝手に育ったのに」
別にいいですよ。そのくらいなら。
王太君の師匠や、囲碁の七冠の師匠もやってる事じゃないですか。
是非ベストセラーになるような本を書き上げてください。
「おや、対局が始まったようだよ」
よし、頑張って、姉弟子。
モニター越しに気合を送り続けますからね。
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「おや、凛の今の手は」
「はい、これが2局目の布石だったんですね」
勝負は中盤。
だが凛さんが千日手狙いの手を指した。
千日手とは、双方とも他の手を指すと不利になるので、同じ手順を繰り返して指し続ける事。
今日の対局で、先手番の凛さんは、序盤から相手の駒の動きを受けるように指していた。
普通は逆だ。後手番が先手番の戦法に合わせるのに。
将棋とは先手番がわずかにだが有利だと言われている。
しかし千日手になってしまうと、先後が逆になって指し直し。
だから先手番は千日手を極力回避しようと動くのだが。
「残り時間が雲泥の差だね」
「はい、それに凛さんは後手番だった1、3局目で勝っています」
千日手になると、残り時間も持ち越される。
凛さんはまだ3時間残っている。
相手は1時間半。
「2局目では凛は回避したよね」
「はい」
そう、2局目でも千日手になりそうな手順があった。
だが凛さんはそこでは回避した。
まるで、千日手は嫌とでも言う様に。
そして、2局目の対局の後、凛さんが満足そうで、相手の顔が強張ってた理由も解った。
「凛は、勝ちを諦めてはいたけど、もう一度千日手を作ろうとしていたんだね」
「はい、あの時は偶然かと思いましたが、狙ったんですね」
そして千日手目前まで行った、結局また凛さんは回避したけど。
あの日は凛さんの方が時間を消費していたので無理をしなかったのだろう。
でも相手には意図が解り、何時でも千日手を作る事が出来ると言う心理的なプレッシャーを与えたと思う。
そして今日、自分の持ち時間が有利な状況で、また千日手を作って来たのか。
凄いな、そんな簡単に作れる物なの?
「簡単では無いよ。だがそれを簡単にやる棋士も居る」
長瀬 拓海七段か。
別名千日手名人。
タイトル挑戦も2回ある若手棋士。
自分の作った罠に相手が引っかからなかったら、次は千日手を狙うと言う鬼のような人。
正座が苦手な私としては絶対あたりたくない相手だ。
「凛さん、もう一つの武器を手に入れたんですね」
「いや、凛も体力無いからね。諸刃の剣のような」
そうなんだw
でも今日の姉弟子の顔はやる気に満ちている。
指し直しでも大丈夫だろう。
「・・・思えば女流玉座戦の準決でもやろうとしていたのかもね。盛大に失敗していたが」
ああ、負けてましたね。
私も伊東さんとの対局前に棋譜見ました。
でも姉弟子の指し方が特種だったので、あまり参考にならなかったから他の棋譜を重要視しちゃった。
「千日手が成立したみたいだ。見なさい、相手の棋士が落胆している」
わあ、顔色が変わってるじゃない。
あ、姉弟子、恐るべし。
でもこれも駆け引きなんだろうな。勉強になります。
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指し直しで凛さんが勝った。
・・・勝った・・・勝った、あ、姉弟子が、聖麗になったの?
や・・・やったぁぁあああ!!!
「る、流歌、また泣いているのかい?」
「だ、だって、姉弟子が、タイトルを取ったんですよ?」
あの優しい姉弟子が。
棋士としては優しすぎるんじゃないかと思ってた姉弟子が。
容赦の無い強い将棋でタイトルを取ったんですよ!
「なかなか上位の壁を崩せずにいたが、元々実力はある子だった」
私と闘った時も強かった。
あの時勝てたのはたまたまだ。
内容では負けてたと思う。
「うーん、流歌の時も思ったんだが、こういう時、本当は一門で祝賀会をやりたいんだが、3人じゃな・・・」
「ああ、確かに3人じゃ寂しいですね」
荒木一門には私と姉弟子しか居ない。
以前にも弟子を取ったらしいが、皆棋士になれずやめていった。
「辞めていった人達は来てくれないんですか?」
「私の元弟子達は地方出身者が多くてね。皆辞めた後実家の方に戻ってるんだ」
それじゃあ無理か。
じゃあ仲の良い棋士とかは?
「凛と仲の良い女流は勿論居るけど、同じタイトルを争った者達でもあるからねえ」
「祝うのは複雑ですかね?」
「男性棋士なら来てくれるかもしれないが、男ばかりになると2人が可哀そうだしなぁ」
気を使ってくれてるのか。
取りあえず凛さんに聞いてみては?
「そうするか。まあ凛も疲れているだろうし日を改めて」
そうですね。
今日は指し直しで疲れているだろうし。
記者会見や感想戦もあるだろうし、私達も帰りますか。
一言くらいはおめでとうを言いたかったな・・・




