女王戦挑戦者決定戦
3月上旬
本日は女王戦挑戦者決定戦。
連盟の特別対局室で行われる。
私は30分前から待機する。
慣れない正座も今日は関係無い。
ただそうしたかった。
10分前、姉弟子が部屋に入って来る。
・・・ああ、姉弟子もそうしたんだ。
両者、袴で時を待つ。
タイトル戦でも無いのに、私達は正装を選んだ。
お互い、示し合わせた訳でも無いのに。
私はただそうしたかった。
いつも優しい姉弟子に敬意を表したかった。
姉弟子が何故袴を選んで着て来たのかは解らない。
対局が始まる。
私は深々と礼をする。
いつもよりも丁寧に、思いを込めて。
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(姉弟子、強いよ。こんなに強かったの?)
研究はしてきた。
時間も棋譜もたっぷりあった。
だが姉弟子は新しい戦型を出して来た。
(負けてる。戦況はかなり不利だ)
評価値にしたら1000位は離されただろうか。
未だ打開策は見当たらない。
ただ持ち時間を消費するばかり。
どこかで、姉弟子の優しさから手加減されるのではないかと思っていた。
勝負の世界で生きるには優しすぎるのだ。そんな心配をしている自分が居た。
でもそんな心配は一瞬で吹き飛ばされる事となる。
本気どころか未知の戦型を出して来たのだから。
私との対戦に合わせて、それを出して来たのだから。
ここで姉弟子の更に厳しい一手。
辛い、確実に勝利を手にする為の一手。
だが同時に妙な違和感を感じた。
私の玉を確実に詰ませる為の一手。
でも何かが・・・
姉弟子の攻め駒が動いた隙間に何かを感じた。
一瞬だけど、細い糸が見えたような・・・
なんだろう?違和感の正体は見つからない。
何かを見落としてるのか?
何度も盤面を確認する。
・・・駄目だ、見つからない。
ここで仕掛けないと、次の次で確実な詰めろがかかるのに。
もう、諦めるしかないのか・・・
取りあえず詰めろ逃れの手を探す。
ここは駄目。ここも長くなるだけで結局詰まされる。ここも・・・
あ・・・ここ。
ここならギリギリ行けるの?
玉がかなり飛びだす形になるけど・・・え?
・・・違う。これは、詰めろ逃れの詰めろだ。
手数は長いが相手に反撃ののろしを上げる一手。
でも、もし気付かれたら・・・
もう残り時間が少ない。迷ってる暇はない。
思いついた手を指す。
凛さんにはどう見えているだろう。
只の詰めろ逃れの一手か。
それとも詰めろ逃れの詰めろだと気づいてしまうかな。
凛さんが少し長考する。
今の手をどう思っているかな?
私の往生際の悪い手?それともその先にある物に気付く?
ここで凛さんが私の玉に迫るか、受けの一手を指すかで戦況は一変する。
凛さんの顔に自信が満ちた。
そして指した手は・・・・・・・・・私の玉に迫る手。
しめた。即座に詰めろをかける。
大駒を切っての王手。
ここからは詰将棋のように王手ラッシュが続く。
凛さんも気づいた。
ビックリしているとハッキリ解かる。
まったく警戒して無かった一手に込められた意味が凛さんに刺さって行く。
それでも凛さんは諦めない。
どこに逃げるのが最善か。
どこなら難しくなるか。
どこなら私がミスをするか、探し続ける。
大丈夫、一本道では無いが、どこに枝別れしても必ず詰ませる事が出来る。
持ち駒はギリギリだけど、足りなくはない。
手が進んでいく。
私が詰めろをかけてから23手目。
「負けました」
凛さんの声を初めて聴いた。
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感想戦
ここ ここ「・・・」
「そこは始めから決めていて・・・」
ここは?「・・・」
「どこですか?もうさっきみたいに話してくださいよ」
いやいや「・・・」
「なんで?!可愛い声なのにぃ!」
か細くて透き通る、抱きしめたくなるような声だったのに。
はぁ、凛さんの内に秘めたる可憐な声!
ご飯三杯はいける。
あ、やば、涎が・・・
ぽんぽん「・・・」
「え?次も頑張れですか?」
うんうん「・・・」
「凛さん。凛さんだってタイトル挑戦かかってたのに」
いいの「・・・」
「凛さん・・・」
優しい姉弟子に励まされ、私は女王への挑戦権を手に入れた。
あ、凛さんがどうして袴だったのか聞き忘れた。
『凛はね、流歌は必ず棋士になるから、もう二度と公式戦で会えないかもしれないと考えて対局に挑むと言っていたよ』
師匠に電話してみた。
タイトル挑戦の報告と、姉弟子の袴の意味が知りたくて。
「それで袴を?」
『ああ、凛なりの敬意だろうね。厳しい世界に立ち向かおうとしている妹弟子を、姉弟子の立場でありながら尊敬していると言ってたよ』
涙が出た。
止めどなくあふれる涙。
最後になるかもしれないと思って、全力で迎え撃ってくれた。
最後になるかもしれないと思って、全てを尽くしてくれた。
『そして流歌はそれに勝った。気にする事は無いんだよ。強い者が勝つのが将棋なんだから』
「・・・はい」
そう返事するだけで精一杯だった。
ありがとうございます。姉弟子。
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3月中旬 大学
「オー!ルカ!A級順位戦ミター?」
「見たよ。と言うか、連盟で検討してたよ」
サークルに行ったらシャリーがやたらテンションが高かった。
A級順位戦からもう10日くらい経ってるのに。
私も立て込んでてなかなか来れなかった。
「シャリーさんは衝撃を受けたようですわ」
「無理もないよ。凄かったもんね。タイトルホルダーの降格には私も驚いたよ」
「・・・それも、仲の悪い人に負けてなんてね」
ああ、知ってるの遥?連盟で聞いたの?
将棋ファンの間では有名?そうなんだ。
「今日頼子と那由は?」
「記録のお仕事ですわ」
そっか、お陰で私に記録が回って来なくて助かってるよ。
今は春休みだから皆、記録係を頑張ってるらしい。
「ほら、映ってますわ」
「え?あ!」
ネット放送で棋玉戦の予選をやってる。
記録係が頼子だ。
「さっきから可愛い可愛いとコメントが」
「だ、大丈夫なの?マスクするとか」
「片瀬さんは気にしないみたいですわよ」
片瀬さん・・・ああ、頼子の苗字か。
やばい、忘れてたとバレたらまた村八分にされる。
「ソレヨリ!ルカ、シャリーをキタエテヨ!」
「え?うん、良いけど」
「シャリーも強くナリタインダヨー」
今回はやたらやる気だ。
いいよ、じゃあ何枚落ちにしようかな。
「君島さん、5枚落ちで大丈夫ですわ」
「え?」
そうなの?前は9枚落ちだったのに。
オール学生個人戦でやる気を出して、更にA級順位戦でブーストし、シャリーは今メキメキと実力をつけているらしい。
新入生に負けたくないと言う気持ちも強い。
「君島さんが全然来ない間にわたくし達も変わってますのよ」
「ぐう」
ぶ、部室も変わってるもんね。スルーしてたけど。
大盤やら将棋ソフトやら対局時計やら将棋の本が増えてた。
「今日はトコトン付き合ってモラウヨー」
はいはい、皆が強くなってくれれば私も嬉しいよ。
この日は部員達とトコトン指した。
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3月第二例会
この間にも例会が2回あった。
結果は3勝1敗。
二段に上がってから●○●○○
まだまだ道のりは長い。
でも、A級順位戦観戦と女王戦挑戦者を決めたブーストで調子がいい。
4月にはその女王戦五番勝負を控えている。
女王は現在奨励会三段。
だが今期で遂に年齢リミットを迎えてしまう。
まだ最終節が残ってるが、すでに勝敗数で四段への道は閉ざされていた。
これでまた一人、女が棋士への道を諦めなければならない。
4月の戦いは女流として迎え撃って来る事になるのだろう。
棋士を目指す私と、棋士になれなかった女王との戦い。
多分モチベ―ションが全然違うだろうな。
私はこの日、2勝を挙げた。
そして3月末、君島 流歌 は19歳になった