95 異能警察予備隊 訓練6
「どうやらこの辺りが訓練地みたいだね。早速、始めるかい?」
「……ああ……そうだな……」
第一チームの赤井と氷川は、最初の集合場所からかなり離れた場所に来ていた。
「どうする……キミ? 霧島教官はああ言ってたけど、手加減は出来るよ?」
指導教官、霧島サツキ教官からは一言、
『訓練地まで全力で走って、全力で戦い終わったら日没までに全力で戻って来なさい。ズルしても分かるからね?』
そうとだけ言われ、訓練場所の地図を手渡された。
指定されたのは大体20キロ離れたところになる土地。
片道だけでハーフマラソンの距離。往復で丁度フルマラソンだ。
赤井は氷川とは違って異能での移動手段が無いので、一時間超走って来た。
息を切らしている赤井と、涼しい顔をしている氷川。
そこからして二人の差はあった。
「キミ、大丈夫かい? 随分、息が上がっているようだけど。少し休んでからやろうか?」
「……いや、このままで頼む。じゃねえと、意味ねェから」
以前神楽がさらわれた時、赤井は最後の最後でバテて劣勢になった。それを反省して地道な普段からの走り込み。異能所持者からすると、殆ど誤差とも言えるような毎日の筋トレ。そんな地味な体力づくりを赤井は欠かさずやっていた。そのおかげで体力だけはついたと自負している。
だが、最近成長を実感したのはそれだけだとも言える。
「わかったよ。……降参するなら早めに言って欲しいけどね。『絶対零度』」
氷川がそう言うと、そこから半径5キロの気温が一気に下がった。
周囲の木々は凍りつき、草花は一瞬で沈黙した。
赤井と氷川の周りに出現したのは絶対零度の氷原。
空中に氷の塵が煌めき、その場だけ幻想的な異世界のようだった。
(チッ……やっぱりコイツも化け物かよ)
レベル4の異能者。以前、対峙したことのある白衣の男もレベル4だと言っていた。
その男には手も足も出ず、ただ立ち尽くすだけで何も出来なかったことを思い出す。
「ふふ、さすがに言うだけあって、ちゃんと立っていられるみたいだね。それぐらいやってもらわないとね」
「……そりゃあ、どうも」
赤井は今、体の周りを強烈な炎で覆い体温の低下を防いでいる。
これならば極低温下でも、動けなくなることはない。少し、動きづらいと言うのはあるが。
「ハハ、ちょっと楽しみになってきたよ……キミ、名前なんて言ったけ?」
「……赤井だ。覚えてねえのかよ」
「赤井くんだね。ハハ、君の名前は覚えるようにするよ」
◇◇◇
「どういう神経してるのかしら、あの教官。離れた場所から「音威君たちを撃て」だなんて。訓練とはいえ、やり過ぎよ」
弓野ミハルはそう言いながら、手にしたライフルの引き金を引く。火薬の反動はあるが、全く発射音がないまま、ライフル弾は弓野が狙った通りの場所へと飛んでいく。
【音を消す者】の音無サヤカが弓野の持つスナイパーライフルに手を当てて異能を使っているためだ。
「まあ、それも弓野さんなら危なくないように撃てるってことじゃない?」
「私の異能にそれを期待されてるのはわかるわ。それでも……本当に狂ってるとしか思えないわ」
自分が撃ったライフルの弾が風戸リエの風で逸らされることも、音威ツトムの衝撃波で迎撃されることも、【見えないものを見る者】の弓野には『視えて』いる。だからこそ、弓野は狙った場所に的確に弾を撃ち込むことができる。
だが、教官から言い渡された訓練の評価基準は「弾丸が的に掠ったら」『得点』。「まともに当てたら」『減点』。「殺したら」『大減点』だ。
その基準からして、おかしいとしか言いようがない。
ちなみに得点最下位のチームには連帯責任での『素敵な罰ゲーム』が待っているという。そんな条件を出すのもまた、非常にタチが悪い。チームの他のメンバーを盾に取られて、訓練に手を抜けないように非常に狡猾に仕組まれている。
「火打さん、次は「破裂」お願い」
「ええ、わかったわ」
「行くわ。3、2、1……」
「……『破裂』ッ!」
メガネを掛け、後ろ髪を三つ編みにしている火打ユミコは神経を研ぎ澄ませ、飛んでいくライフルの弾に意識を集中し、絶妙なタイミングで「破裂」させる。凄まじい動体視力と集中力を要求される離れ業だが、彼女はそれをやってのけることができる。
弾丸は音威ツトムの近くで爆発し、音威はまた吹き飛んだ。
先ほどから3回連続で音威を狙い爆風を当てている。
「それにしても……なんで、さっきから音威君ばっかり?」
「なんでって………………狙いやすいからよ」
あまり答えになっていない答えで火打ユミコへ返事をした後、また弓野は通常ライフル弾の射撃に移る。
「……本当に、気に入らないわ」
教官の指示への反発を口にしながらも、弓野はライフルの引き金を引き続ける。そんな彼女の様子を尻目に、音無サヤカは苦笑いしながらもう一人のチームメンバーに声をかける。
「あはは…………平賀君、バッテリーの充電はできた?」
「…………はあ、俺の役目はただの充電器かよ」
【電気を発する者】の異能者、平賀ゲンイチロウは彼の能力でレーザー砲を使う為のバッテリーの端子をつまみ、充電しているところだった。
「この充電、やる必要あるのか? 別に、弓野さんがライフルだけ撃ってればいいじゃねえかよ……そうなると、俺の存在意義そのものなくなるけどさ」
ふてくされながら、少々自虐的なことを言い始める平賀。その言葉に、ライフルのスコープを覗き込んだまま、弓野が冷ややかに声をかける。
「平賀君……教官の説明を聞いてなかったようだけど。それぞれの武器にはノルマが設定されてるわ。レーザー砲はそのバッテリー充電10回分。日没までに撃ち切らなきゃ、減点対象よ」
「……はぁ!? 10回!? ちょ……コレ、容量幾つあると思ってんだよ!? 火力発電所一基を丸一日稼働させたぐらいの電気を余裕で溜められる代物だぞ!?」
弓野は冷静に引き金を引きながら、平賀と会話を続ける。
「そう思うなら死ぬ気で充電することね…………あの教官考案の『罰ゲーム』をやりたくなかったらね」
「ちくしょう!! あの鬼教官……!! 無茶振りしやがって……!!」
平賀はそう言ってバッテリーの充電作業に戻る。
先ほどより少しは真剣味が増したようだった。
『氷川君減点1……平賀君減点2……っと』





