93 異能警察予備隊 訓練4
「本当に……何かの間違いじゃないんですか? こいつらが訓練の『本番』って」
俺は何度目かわからない質問をサツキ先生にぶつけていた。
俺の目の前にはいつもの学校のように、モヤシ野郎と変態がいる。
奴らは先ほどから突っ立ってニヤニヤとこちらを見ているのだが……さっきのサツキ先生とのやり取りが準備運動で、こいつらが本番?
逆ならわかるんだけど……。
「ええ、そうよ。あなたにとって私は……最高の相性の相手なの」
さ、最高の相性……?
な、なんかそう言われると、す、すごく………………いや。いやいや!
いかん! 俺には霧島さんがいるんだぞ!?
そ、そんな誘惑には1ミリもなびかないから!!!
「動きの見える剣術。目に見える斬撃。あなたはそれに対応するのはとても得意みたいね……まあ、あそこまでとは思ってなかったんだけどね」
「あ、はい」
ええ……当然そっちの話ですよね。
もちろん俺は最初から知ってましたけど…………何か?
「一方で彼らはある意味、君と相性が最悪よ。だから呼んだの」
「相性が最悪、ですか……?」
俺はそのまま植木と御堂の顔を見る。
二人ともなにやらニヤニヤと笑ってやがる。
……その表情、非常にイラっとくるんですけど?
「そう。なぜなら――御堂くん、アレ、やってくれるかしら?」
「フッ……わかったよ」
御堂はそう言って無駄に自慢のサラサラヘアーを搔き上げると、フッと消えた。
文字通り、消えた。
気配も何もない。
「……へ?」
……マジか? ここまで何にも無くなるのか?
やはりコイツは……危険すぎる。
奴は俺の知る中学時代、まともに使ったら一流のスポーツ選手になれるんじゃないかってぐらい異常な身体能力を発揮して、無駄にアクロバティックな変態行為を繰り返していた過去がある。もしそんな奴が、こんな能力を持ったら?
……寒気しか覚えない。
……神様? 異能を与える対象、もう一回だけ見直しません? だめ?
「こうなれば彼を補足するのは困難よ。そして彼は手段を選ばない。例えば……」
『……フフ、こういう時、キミはどうする?』
どこからか声がして、突然御堂が姿を現した。
奴はいつのまにかサツキ先生の後ろに回り込み、どこからか取り出したナイフを彼女の首筋に当てていた。
「……は?」
その状態のままで、サツキ先生はにこやかに話を続ける。
「大事な人を人質に取られ、盾にされる。この状況であなたはどう動くかしら?」
「えーと、それは……?」
俺は少し考え込んだ。
フツーのガチンコバトルでは俺はもう結構、強くなっている気がする。というか、そんじょそこらのチンピラ異能者ならなんとか出来ると思う。
だが、確かにこの状況では俺の異能だと何もできなくなる可能性がある。
……こういう時、俺は一体どうすればいいんだ?
俺がしばらく沈黙していると、サツキ先生がにこやかに声をかけてくる。
「ふふ、迷ってるみたいね? 答えは何でもいいのよ? 例えば……状況によっては『人質ごとぶっ飛ばす』。それも一つの正解よ」
綺麗な笑顔で怖いことを言うサツキ先生。本気で言ってそうで怖い。
「さ、さすがにそれは」
「即座に判断して行動できないなら、貴方も人質もどちらも死ぬ……そういう状況もあるわよ」
「…………」
確かにいずれ、そう言う状況もあるかもしれないが……俺はその時どう言う行動をとるんだろう?
いざ選択肢を突きつけられた時に……どうする?
……わからん。
その時になってみないと、やっぱり全然わからないな。
「御堂くんは学生だけどそういう方面ではプロフェッショナルよ。学ぶところが大きいと思うわ」
「フフ、特殊な家系に生まれたから多少はね」
まあ、御堂は……百歩譲って訓練相手として認めてもいい。
俺は中学時代から奴が周囲を巻き込み、自分の望んだ状況に軽々と持っていく凄まじい策士っぷりを発揮しているのは何度も目にしているからだ。まあ、異様にハイスペックな能力が変態行為に使われてるのしか見たことがないが……確かに敵として考えたら脅威でしかない。
だが、その隣のこいつは……なんだ?
異能でモヤシ栽培するだけだぜ?
「そっちはわかりました。……でも、コイツが? 俺の「教官」ですか? このモヤシ野郎が??」
「そうね。植木くんだけど……あなた、彼に何度かやられてるわね?」
言われて額が少し、ピクリとした。言われてみればコイツとの俺の対戦成績は二戦して二戦とも負けている……とも言えなくもない。あんな不意打ち、俺は負けとは認めねえけどな!!!
「そ、それは、あの時は油断してただけで……!!」
「そう、油断。それも一つの理由よ」
「え?」
「植木くんは天性の人にナメられる素質があるわ。ある意味、天才的と言ってもいい」
「…………へへッ……!」
サツキ先生の言葉に割と本気で照れる植木。
……お前、それ全然褒められてないからな?
「それに、植木くんは御堂くんと能力の相性が抜群にいいの。だから組んで芹澤くんの相手をしてもらうのがいいと思ったのよ」
御堂と植木はいつの間にか肩を組んで、俺の前で相変わらずニヤニヤしてやがる。
……うん、やっぱ非常にイラっとする光景だ。
「怖いなら……一対一でもいいんだぜ? 芹澤」
…………ピキピキピキィイン。……こんのモヤシ野郎ッ……!
俺の額にとても太い青筋が浮かんでくるのを感じる。
「どうする、芹澤くん? もし不安ならとりあえず一人ずつってやり方もあるけど……」
俺の顔を脇から覗き込みながら、優しい笑顔で聞いてくるサツキ先生。
一人ずつだって?
当然。俺の答えは決まっている。
「はっ……構いませんよ。こんな雑魚ども……二人一緒でも俺の足元にも及びませんから」
「ふふ……随分自信がありそうね。いいわ、じゃあ早速始めてちょうだい」
モヤシ野郎と変態がゆっくりと互いの肩から手を離し、距離をとって俺に向き直る。
「フフッ、じゃあ遠慮なく行かせてもらうよ、芹澤くん」
「ヘッ……あとで後悔するなよ、芹澤? 怖くて泣いても知らねえからな?」
…………ピキィイン。
ああ……確かに、こいつの人をおちょくるセンスは天才的だな。
完全に計算ナシの天然だろうけど。
なあ、俺とお前の異能のレベル差のこと、分かってるんだよな?
「おい、モヤシ野郎…………お前、覚悟はできてるんだろうな?」
「ヘッ……そんなにビビるなよ、あっため野郎。最初は手加減してやるからさ……あんまりあっけなく倒してもつまらねえからな?」
…………ピキピキピキィイン。
……よ〜し、俺、完全に怒った。
俺、大人気なく本気でやっちゃうもんね。
「フッ……じゃあいくよ。芹澤くん」
その瞬間、奴らは同時に姿を消した。
「ああ……どっからでもかかって来いやッ!! モヤシ野郎供ッ!!」





