第3話:アンサー7
その二人の目に―――アカネとアオイのファントムが、動き出す姿が映る。
―――さあ、どんな策を打ってくる。どんな手でこようと、必ず追い詰めて、その獣の本能を引き出してみせる。
アカネとアオイを見定めると決めた、リンとミユウはその動きに警戒するどころか、心躍らせた。
「動きました!」
模擬戦を見守るギャラリーの中、真っ先に声を上げたのはシオンだった。
「やはり先に動くのはアカネだったのですよ。さあ、どんな手を打つのか楽しみなのですよ!」
チトセも動き出した戦局に期待を込めて、歓声を上げる。
(動いた!―――何かリン様を破る策が見つかったというの、コダマ=アオイ?)
動かない選択を、内心支持していたカノンは、それでも先手を打つ姿勢にまわったアカネたちを心配する様に、身を乗り出した。
「カノンはー、いったいリン大佐とアカネ―――どっちの味方なのです?」
カノンの微妙な心理を見抜いたチトセが、すかさず冷やかしを入れる。
「も、もちろんリン様ですわ!私があんなバカ女など……」
慌ててチトセの勘ぐりを否定するカノンだったが、その顔は分かりやすい程に真っ赤に染まっていた。
そんな会話がかわされている間に、アカネのファントムの動き―――その狙いが明確になってきた。
アカネはリンのファントムとの、八十メートルの距離を保ったまま、ホイールドライブでコンパスの様に左右の旋回を繰り返している。
どうやら動きはしたものの接近はせず、引き続き相手の出方を窺う策と、カノンをはじめ皆は判断した。
だがアカネだけに、それだけでは終わらない。
「じゃあ、そろそろ始めよっか」
隣のアオイが促すと、
「いくわ!踊りなさい、ファントム!」
叫びを上げながら、アカネはアクセルをさらに踏み込んだ。
そしてアカネのファントムは、ヒューマンモードのままランウェイを舞台に演舞を始める。
「踊って……ます?」
「踊ってるのですよ……」
ランウェイをドリフト、スピンターン、傾斜を利用したジャンプでもって、踊り始めたアカネに、シオンとチトセは呆気に取られてしまった。いや二人だけではなく、ギャラリー全員も同様の反応であったが、カノンだけは別の感想を抱いた。
(これは面白い手かもしれませんわ。攻めないとはいえ、ヒビキ=アカネは動いている。対してリン様がこのまま動かなければ、次第に消極的姿勢なのはリン様の方だと、皆の目に映る……)
そしてアカネのファントムは、さらにそのダンスに激しさを加え、八十メートルの距離を保ったまま、ランウェイいっぱいに跳ね回り、動かぬリンを挑発し続けた。
「さあ、クスノキ=リン!かかってらっしゃい!一緒に踊らせてあげるわ!」
興が乗ってきたとばかりに、意気消沈した先程とは打って変わって、アカネは声を張り上げた。
「アカネ、それでいいよ!これで動かなければいけないのは、リン大佐の方になったからね」
アカネ得意のダンス走行で、一定の距離を保ったまま挑発を続け、追ってきたら逃げて、逃げて、逃げまくり、そこで生まれた一瞬の隙を突いて逆襲する―――授けた策の初手が順調な事に、アオイも声を弾ませる。
「こうきましたか……どうする、リン?」
動き出したアカネ組に対するミユウも、楽しそうにリンに問いかける。その口元の薄ら笑いは、『どう狩りましょうか?』という意味を含んでいる。
それを十分理解しているリンも、
「言った通り―――追い詰めるまでだ」
静かにそう言うと、コクピットのレバーをひねった。
するとリンのファントムは、戦車部が二足の脚部へ変形しながら立ち上がる―――遂にリンは開戦時からのタンクモードを、近接戦用のヒューマンモードへシフトした。アカネとアオイを追い詰め、狩るために。
「で、リン……トランスミッションはどうするの?セミオートマ?マニュアル?」
あえてミユウは問うた―――アカネは、機体制御が困難なため現行ではタブーとされている、ヒューマンモードのマニュアル走行を武器としている。そのアカネを狩るのだ―――リンの答えは決まっている。
「マニュアルだ!―――出るぞ!」
答えを受けてミユウが、トランスミッションをマニュアルに設定した瞬間、リンは脚部車輪を降ろしたファントムの回転数をピークまで上げ、素早くクラッチとシフト操作を行うと、その場でアクセルターンを決め、その反動も利用しつつ、アカネのファントム目指して突進を開始した。
「動きました!リン大佐が!」
またもや、真っ先に叫んだのはシオンだった。
「あのアクセルターン……まるでアカネの動きなのですよ!」
まるでアカネの操縦が乗り移ったかの様な、リンの動きにチトセも息をのむ。
(という事は……リン様もマニュアル走行……?)
リンの操縦技術は信頼しているが、それにしてもアカネに合わせた様なマニュアルシフトの選択に、カノンは危惧を抱き、今度はリンを心配して身を乗り出した。
「アカネ、リン大佐が来るよ!」
「フン!かわしてみせるわ!」
アオイの報告に、アカネは高ぶった気持ちそのままに、余裕の返答を投げた。そして打ち合わせ通り、リンが迫ってくる方角と逆方向に、弧を描く様に走り出す。
逃げながらもダンス走行を織り交ぜ、リンへの挑発行動も継続するアカネは、策が順調に進んでいるという実感に得意満面だったが、隣のアオイは現実に気付き愕然とした。
「アカネ……リン大佐のファントムを見て……」
明らかに焦燥を帯びたアオイの声に、不審を抱きながらも、アカネはサブモニターに映るリンのファントム見た瞬間、息を詰まらせた。
「なっ、なっ、なによ……これ」
振り絞る様に、やっとそれだけ言うと、アカネは音が鳴るほどに奥歯を噛みしめた。
リンの動き―――それは、アカネの操縦を完璧にトレースした走行だった。
アカネのファントムがスピンを決めれば、リンのファントムもまた同じスピンを決める。ドリフト、ジャンプ、すべてしかり。
それは、周回軌道での逃走を続けるアカネに対して、あえて等間隔をキープしたまま、まるでメリーゴーランドの様に、二機でクルクルとランウェイを回る、一種のダンスショーを見る様であった。
逃げているどころか、逃がされている。挑発どころか、遊ばれている。
それを自覚したアオイ、そしてアカネの心は掻き乱される―――リンとミユウの狩りは始まったのだ。




