・斎 後編
・斎 後編
残暑の熱気と雨の湿気が立ち込める室内は息苦しい。
勝手につけたエアコン(時代によりクーラー、冷房など)もさして効果が無い。とっとと帰りたいけど話は続く。
「それで次だけど、軍事部が独立の機会を逃す。これが三つ目の困り事」
南と俺が気付いたのはここだ。これは本来の懸案事項への対策でもある。
この場合の独立というのは、部としての成立ではなく、愛研同の枠に入らない、一般の部活になるということを意味する。
「愛好会、研究会、同好会が正式に部として独立することは、制度的な面で正しい。正しいも正しい正しいといわざるを得ない。さっきの話にも繋がるが、軍事が部として独立することは、学校側が望んでいたことだ。だけど先輩の望みでもあるんだよ」
「そうよねいっちゃん」
「え? あっああうんそう!」
微妙に口裏が合わねえ。こんの大根こけし。元はと言えばお前が、不穏な部がどうこう言ってたんだから忘れるなよ。
「部長が、ですか」
「そうだよーめっちゃ望んでたよー」
大丈夫だろうか。先輩は勢いに乗って話し始めた。南と目が合うが、向こうは苦笑いと共に肩をすくめた。知らないじゃないよ!
「こんなどさくさ紛れだけど、学校に正式な部として認められて、独立できたとあればさ、他の部だって自分たちもなろうと思えば、部活になれるんだって手本になるじゃないか。そりゃあ寂しい気持ちはあるけど、やっぱり応援したいよそこは」
正直に申せば、大所帯となった軍事関連を、外に放逐する最大の好機なのである。
以前先輩は少数だった彼らが、暴走しないよううちの部へと囲ったが、今は他の会と顧問が付いて、自分たちで見張る必要が薄れたのだ。
なんとかして出てって頂きたい! というここもまた一つの正念場なのである。
「私たちはこうして寄り添って意地を張っているけど、やっぱりそれぞれが一人前の部として巣立って、うち無しで協力し合えるのが一番だからね。この機会に軍事には一抜けして欲しいんだ。恥ずかしい話、そうなればそっちに部費も出るようになるし、あんまり窮屈な思いだってさせずに済むかなって」
市内でサバゲーやってるミリタリーな部活なんて他にないけどな。
「うちの協力が必要なら言ってくれればいいよ。いつでも手伝うから。でも独立だけは今しかないんだ。頼むよ部長。これを逃したら、次はないかも知れないんだ。この通り、皆を助けると思って、どうか一抜けして欲しい」
「ついでにいらん顧問も引き取って」
「先生たちにもいい顔してね」
「ちょっと今いい話してるんだからそういうのやめて!」
そんなこと言われても最初に説明しちゃったし。そして見れば軍事の、どの部かは分からないけど、部長は既にこちらを見ておらず、腕を組んで考え込んでしまった。
彼はしばらくの間俯いていたが、やがて顔を上げると、口を開いた。
「北部長。皆と相談をさせてください。今日中に答えを出しますので」
「うん。ここからはもう口を出せる立場じゃないし。出ようか。行こう二人共」
促された俺たちは何でだろうか、机を会議でもするみたいに整列させてから、退出した。
そこまでの指示は出てないんだけど、何故かそうしといたほうが、良い気がしたというか。たぶん空気を読んだのかな。
「部長」
ぼっちゃんが先輩を呼び止める。心なしかさっきより顔が赤い。もしかして怒ってるんだろうか。
やはり仲良くも無い先輩に対して、タメ口は駄目だったか。だがそうではないようだ。
「そこまで我々のことを気にかけてくださっていて、ありがとうございます。自分と幾らも違わない年頃の女子に、そこまで気を揉ませて気付かなかったこと、今の今、恥ずべき仕打ちをしていたと、思い知らされました。申し訳ありませんでした」
軍事部の部長は、先輩に向けて真っ赤になった顔に、なんとも言えない笑みを浮かべて頭を下げた。それに倣って、他の十一名も頭を下げる。
「自分の部だけでなく、他の部のことにも注意を払う。あなたは紛うこと無き愛研同の部長でありました。……今まで、お世話になりました」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
先輩はそう返して、部室の扉を閉めた。
――少し廊下を歩いてから。
「一時はどうなるかと思いましたよ」
「結構純朴なとこあるのねえ」
「そりゃそうよ。あれで一年生だもん、多感な思春期だよ」
へえ一年生かあ、大変だなあ。え、一年生?
「アレで!?」
「もしかしてサチコ、知らずにタメ口きいてたの」
「危ないことするわね」
「いや普段敬語使う相手って限られてるから。命拾いしたなあ。しかし一年生で部長って大変ですね」
「言っちゃなんだけどね、足並みが揃わなかったのは、あの子が立派過ぎて、他が嫉妬したんじゃないかってフシもあるんだ」
「見るからにエリートっぽい顔してたもんねえ」
「え、じゃあ結局この話は無駄ってことですか」
非モテの妬みが年下の上司を襲う。古参兵のいじめが横行したり、男色が流行したり、日本の軍警関連の歴史はろくなことがないな。
「そこは大丈夫だと思うよ。他は意気地なしだから」
「どういうことですか」
「あいつらは問題の解決は好きだけど、挑戦はしないんだ。摩擦も人一倍嫌がる。だから人間関係だって限定したがる。私と東条の話に、誰も割り込んでこなかったでしょ」
あのお坊ちゃん東条っつーのか。下の名前を聞きたいような、聞きたくないような。
「色んな人がいるよ。大した奴もそうでない子も」
遠い目をして語る先輩は、楽しそうでも有り、淋しそうでもあった。俺はふと気になって、質問をしてみることにした。
「先輩」
「ん、なあにサチコ」
「先輩ってもしかして、部員全員のこと覚えてるんですか」
隣で南が苦笑した。そんな訳ないだろうと。俺もそう思う。流石にそんなことあるわけが。
「覚えてるよ」
「たったの四十七人くらい。全員ちゃんと覚えてるよ」
安心してって。そう言った先輩は屈託なく笑う。軽い足取りで帰路に着く。再び南と視線を交わす。たぶんお互いに、全く同じ表情をしてると思う。
「おーい、帰ろー!」
先のほうで先輩が手を振っている。俺たちは我に帰ると、慌てて後を追った。
並んで歩いていて、なんとなく思う。たぶん俺はこの人の前を、行くことはないだろうって。
うちの部長って、結構大した人間なのかも知れない。
ちょっとだけ加筆。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




