・斎 前編
長くなったので分割しました。
・斎 前編
「お呼びですか部長」
南が緊急で飛ばしたメールによって、総勢十二名の軍オタが、即座に部室へとやってきた。早い。三十分経たない内に全員が集まった。
四人ずつの集まりが、微妙に距離を取っているのが気になるが、今はそれどころではない。
「なんで部活蹴ったの!」
顔中に不満と書かれた面々に、思わぬ冷や水を浴びせかけたのは、他ならぬ先輩の怒声だ。
小柄な体を精一杯伸ばして、前のめりに訴える。相当に焦りを含んでおり、表情にも非難の色が浮かんでいる。
「あ、その件でしたか。報告が遅れて申し訳ありません部長。しかし我々は軍事という名を頂いておりますが、主旨も系列も異なる会派でして、これを一括りにされるという、これこの一点に対しては、三者皆不本意であるという意見の一致を見ました。その結果がこれであります」
一歩前に出て答えたのは、中肉中背のやや神経質そうなぼっちゃん。同年代と比べても若い、いや、幼い?
見た目のせいか頭が固そう。少し緊張しているようにも見えるが。
「いいから今すぐ部活の取り消しを撤回してきて! これ今すっごい大事な問題なの!」
「大事な問題、ですか」
「サチコ説明!」
「え、俺すか」
「この中で汚い話をさせると、一番説得力が出るのがサチコだから」
「後で覚えてろよこの野郎」
ごほんと咳払いを一つして、俺は軍事部の連中へと向き直る。
若干名女子がいるものの、共通して地に足が付いてないような印象を受ける。そしてやたらと鍛えこまれた体をしている。
自信がある人特有の空気の膨らみを感じるけど、その根拠はたぶん、例によって体の強さ故なんだろうな。オタクでしかも体育会系って面倒臭いな。
「ええとな、軍事が部活の発足を蹴ると、都合が悪いんだよ。うちの部に」
「都合が悪い? 愛研同は居場所のない会の、寄る辺となる場所だったはずではありませんか」
話が見えずに狼狽える軍事部部長。他にも二会の部長もいるはずだが、野次を飛ばしたり騒ぎ出したりしない。どうやらこの男にこの場を任せる気らしい。
「落ち着け。そっちが部活を蹴ったことで、うちに顧問が流れそうだってのが問題なんだよ。うちに顧問は要らん。どこだって要らねえけど、言うなりゃ愛研同は大枠だ。そこに勝手に管理者なんて寄越されちゃ困るんだよ」
「ああ、連盟の盟主として、外圧に屈する訳にはいかないと」
たわけと与太者の吹き溜まった長屋ぐらいのポジションだろ何抜かしてんだと言ってやりたかったが、そうすると戦争なので黙っておくことにする。
「で、この問題で三つほど困ったことになる」
「え、そんなに!?」
なんで先輩が驚いてるんだろう。そこは察しが付いても、おかしくないと思うんだけど。
「三つ、と言いますと」
「先ず一つ目が今言った不要な顧問が来る可能性。うちは元々先輩の魅力と、無理解な外部という要素の下で、それぞれの部が緩い連帯と結束を以って、存在している。それで運営されてるところに、明確に外の権力なんて拘束力を、持ち込まれたくない。これはいいか」
「改めて見るとうちってチトー在任時のユーゴスラビアみたいね」
「なんだ問題解決に向けて宥和しちゃ都合が悪いってか」
「そこちょっと黙って」
オタクの好みは多様性の塊で、同好の士以外とは、ほぼ摩擦しか引き起こさない可燃物である。
それが外的圧力に抵抗しようとする動きによって、一つのまとまりとなったのが、この愛研同総合部である。言わば裏路地のユートピア。良くも悪くも燃えるべくして燃え、焼けるべくして焼ける。
「部活と学校との間に出来上がりつつあった、緊張緩和に水を差す、という訳ですな」
「放っておけば関係はまた冷え込むし、制度として出来上がれば排除は厳しい。だから軍事には悪いけど、残りの顧問を捕まえておいて欲しいんだよ」
なんだかんだミリタリーっぽい会話に、なってきてしまったような気がする。このぼっちゃんの顔見て話してると、妙に引きこまれるような空気があるんだ。
「もう一つは軍事の会が元に戻ることによる、学校の警戒促進。これはそっちも言った理由で撤回した訳だけど、むしろ撤回は他の部がするべきで、そっちは部として成立したほうが、外交上はずっといい」
三会一まとめは止めろと抗議したが、ぶっちゃけると一まとめのほうが都合が良い。
「外交上?」
あれ、印象とか風聞って言うつもりだったのに、自然と単語が摩り替わっている。もしかしてこいつらと話してる、自然にこうなっちゃうのか。やだ怖い。
「そうだ。傍目には皆が元の鞘に納まろうという中で、そんな動きをすれば、裏切ったようにも見えるだろう。でも『会』の集まりの中に部があれば、学校側はこちらに一矢報いたように思える。そういう結果を与えてやることができる。少しは効果があったと思わせてやるんだよ」
俺は右手の平を上にして、人差し指と親指で輪っかを作る。それを軽く二度振る。
そんなに嫌な顔して俺を見ないでくれ。
「しかしそれでは他の部に誤解されます。それに部内の序列のこともある」
「それは三学期で輪番制にして、一学期ごとに部長もずらせばいい。顧問が付くけどそれも非常勤だ。おいそれとは出勤しないし、うちの主はこの人だ。悪いようにはならない。誤解もあくまで統合の結果と言い張ってれば、そのうちその通りになるよ」
あたかも連携を一つ切り崩せたかのような幻想を見させてやれば、ちょっとは溜飲が下がるだろう。
こちらとしては、非常勤押し付けられただけでも、敗北したような気分である。しかしそれでも、俺たちは学校側のご機嫌を取る必要がある。
こういうとき何て言うんだろう。避雷針じゃないし、内部分裂に見せかけて相手を油断させること。
「あの、ちょっといい?」
落ち着きを取り戻した先輩が、何やら待ったをかけ、南が応対する。
「なあにいっちゃん」
「なんで負かした相手を、うちらが慰めるようことを、しないといけないの」
「だって警戒されたら動き難いでしょう。元はと言えばいっちゃんのせいで目を付けられたんだし。要は軽く見させて自由を買い戻すのよ」
「うーん、ヘイト管理ってことかなあ。なんか納得いかないなあ」
後ろで先輩と南の会話が聞こえる。
まあ不条理から始まったこの騒ぎだけど、不条理を人に押し付ける側って、真っ向からメタクソにやられると、その後付きまとってくるからな。ケチを付けさせて止め時を設けてやらないと、いつまでも話が終わらない。
「勝ったら敵に講和の機会を与えよ、ということですか」
「一応身内だからこの場合は、議会に反論の余地を残す、と言ったほうが正しい」
自分で言ってて何だけど、凄い馬鹿になってるような気がする。そんな大事じゃないのに、例えの規模だけが一人歩きして大きくなる。
もしかするとこういうアレコレの膨張が、軍オタにとっては楽しいのかもしれない。
早いとこ話を切り上げよう。あまり長時間こいつらと話すのは危険だ。
オタクとの会話では気を強く持って、精神を汚染されないよう、注意しなければならない。
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