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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
稟議にかけろ!編
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・これまでのまとめ

今回長めです。

・これまでのまとめ



「通った」


 徹夜明けの北斎の口から漏れ出た呟きは、火線と策謀が渦巻く密林を、生き延びた兵の響きを帯びていた。昨日から一転して雨模様となった火曜日。今は昼休みである。


俺が深夜二時にかけた電話の内容、異世界の魔物から授かった入れ知恵を話し、夜通し書類を整え登校してくる部員たちから、同意と署名を集めた。


 代表者である各部の部長たちを引き連れ、朝一番の攻勢を職員室へとかけた、その結果がこの言葉である。


 書式を複数用意して、律儀にもそれら全部に記名してくれた皆にも、頭が下がる。


 いい加減うんざりして来ている者も出始め、何時誰が脱落しても、おかしくない状況だった。


 それでもここまで漕ぎ着けられたのは、偏に今日までの時間を作ってきた、先輩の人徳なのだろう。


 学校側からすれば、用意しておいた正論を引っくり返された形だ。面白いはずがないのだが、意外なほど大人しかったのだそうな。


 そして今は放課後いつもの部室。


「職員会議にかけるって」

「じゃあまだもう一波乱あるな」

「ここが正念場ね」


 先日よりも血色の良くなった南が、亜麻色の髪をかき上げる。ここで形勢を顧みて、体調を戻しておくのが何とも冷静でありがたい。


 普段なら憎々しく思えただろうが、今のこいつを見てると、俺たちが途中でへばっても、まだ戦えそうな気がしてくる。


 長期戦にはローテーションが不可欠なんだな。俺たちが疲れたら南、南が疲れたら俺たちと、順番に戦えばいいのだ。


「それにしても、まさかこんな玉砕同然の突撃が決まるなんてねえ」


「綺麗ごとを言う仕事である以上、プロレスをしないといけない場面があんだな」


「真正面から来たものを避けたらいけないってことだーね」


『これまで皆でやって来れたから、これからも皆でやっていきたい』という、小細工をかなぐり捨てた、熱血路線をぶつけてやったのである。


 薮蛇とか窮鼠猫を噛むとかそういう奴。


「一波乱といえば例の不穏な部ってどうなったんです」

「それなんだけどねえ。怖いことになったんだよお」


 なんだその言い方。わざわざ待ってましたみたいにこっち見ないでください。


 不穏な部というのは、愛研同内部において、一つの部として独立したがっていた奴ら、のことだったのだが、現状では特に動きはない。


 ていうか何だ、怖いことって。


「とりあえずここまでの流れを一旦整理しよう。みなみんお願い」


「なんで南?」

「みなみんのが説明上手だから」


 納得。俺が頷くと南も相槌を打って話し始めた。


「事の発端は覚えてるかしら」


「肝試しの件で目を付けられたせいで、先輩が部活の申請を学校から蹴られた」


「私がやった悪いことは、立ち入り禁止の施設に入ったことだけですー」


 そうだね。二度とやらないようにしようね。


「そして申請をしたければ、連盟書を出せと言われた」


「部内の所属してる全会に、部活申請をさせた上で、全会の連盟を得る必要があるっていう無茶ぶりな。先輩が教育委員会に泣き付いて、それは撤回されたが」


 むくれた先輩は放っておいて時系列を整理する。


 ここまでろくに間も挟まずに行動していたから、俺も何がどうしてどうなっているのか、正直よく分かんなかったのだ。


「で、部活と同好会とかの選択が、出来るようになったってことだけど」


「四人でも部活を興せるようになったってことよね」

「部員足りてないよな」


「その辺は少子化がどうこうとか言って、条件を緩和したみたい」


 なんでこの国は戦争に負けてないのに、また先細ってるんだ。それはそれで気になる。


「で、学校が各会を強引に部活として成立、発足させてしまったのよね」


「連盟書は効果を失い、生徒の行き場がないって理由でうちの部を作れなくなった」


「そこでその連盟書を元に稟議書を作った後、知っての通り正面からぶつかったら、案外いい線行ってると」


 愛研同の大義名分を消す為に、方々を部活として召し上げたところ、思いも寄らぬ団結を見せたと、こういうことである。


 梯子を外したつもりが、逆に自分の元へ攻め入る橋渡しをしてしまったのである。こう書くと大河ドラマっぽい。


「そういえば最初はうちの部を潰すために、敢えて成立させるかも、なんて話も出てたけど、アレは結局どうなったんだ」


「うちの分まで非常勤を雇えなかったんじゃないかしら」


「顧問一人付けて駄目でしたってほうが、潰しやすいしコスパいいと思うんだけど」


「潰れるときに不祥事があれば、評判がまた悪くなるし、目を付けてるのはいっちゃんだけだし、他の会のことも、一応は考えてたんじゃないかしら」


「で、色々と安全策を採ったら裏目に出た訳か」


 と、ここまでが今日までの経緯である。俺たちは先生じゃないから、本当のことは知らないから、憶測でものを言うしかない。それも終わったので話を戻すべく先輩を見る。


「で、何が怖いんです」


「うちって全員で三十九人いるんだよ。各同好会等が四人×九グループで三十六人。そこに無所属の我々三人で三十九人」


 やっぱり多いな。俺は部の数を指折り数えてみた。


「バイク部、衣装部、園芸部、料理部、オカルト部、電機部、運動部、軍部、漫研で九つ」


 バイク部はバイク大好きボーイたちが、バイクの勉強をしたりバイクに乗ったり、作ったり改造したりする集まりだ。旧式名称はバイク研究会。


 衣装部は古今東西の被服を捕まえては、その時々で気に入ったり興味を抱いたりした、身に着けるもの(装備含む)を製作する集まりである。旧式名称は衣装等愛好会。


 園芸部は美化の美の字も機能しない美化委員に代わり、校内の美化を請け負う緑化集団である。校内の花壇や木々の手入れをしている。旧式名称は園芸同好会。


 料理部は料理が趣味で、料理が好きで好きで堪らないという、それだけの生徒の集まりだ。しかしレパートリーは豊富で普通に美味い。うちで最も健全。旧式名称は料理愛好会。


 オカルト部は先輩曰く『異能集団』。ここだけおかしい。オカルト部の部長を始め、部員は何らかの超能力を持っているらしいが、全容は謎に包まれている。旧式名称は超常現象研究会。


 電機部。古式ゆかしき機械いじりが好きな連中。自分で基盤を作ってはコミケ等で発表したりする。うちの壊れたオーブンも直してもらった。旧式名称電気機械同好会。


 運動部。特定の分野に囚われず、体を思うまま動かしたいという、日本に生まれたのが可哀想な集団。部内全一の身体能力を誇る。旧式名称は運動愛好会。


 軍事部。旧式名称ミリタリー愛好会。歴史改変で英語圏が壊滅したのでこうなった。兵隊被れの反抗期が趣味を拗らせているので、先輩が外に出さないために囲い込んだ。


 漫研。ずばり漫画研究会。部になってからも漫画部と名乗らずにいる。部員同士で協力し合うし、技術交換も頻繁に行うが、衝突回避のためか好きな作品の話だけは、絶対にしない人々。


 こんな個性的な連中を一か所に集めて、居場所となった枠こそ我らが愛同研、今は愛研同総合部である。あるのだが。


「これがねえ、知らぬ間に増えてたんだねえ」

『増えてた?』


「稟議書に書いてもらった数が四十七名いるんだねえ、怖いねえ!」


 まるで怪談話をする人みたいに、小声で勢いよく喋り始める先輩。似てないけど本人は気分良さそうにしてるから、そのままにしとこう。


「おかしいな、怖いなって思ってね。よく思い出してみたの、そしたらね。あるはずのない記憶っていうのかなあ、元の歴史のときにはいなかった人たちの記憶がね、頭の中に急に蘇るんです!」


「歴史改変で生じた変化ってことですかね」


「気付いたのが今年のこととはいえ、よく今まで気付かずにいられたわね」


「びっくりしましたねえ、知らない思い出がねえ、勝手に思い出されるんですよー! こんなことはなかったはずなのに!」


 何かを抱えて唸るように喋る先輩。心なしか眼鏡が光っているような気がする。自分の身に起きた異変なのに、やたらと楽しそう。


「それで何処が増えてたんすか」

「確認したら軍事部が二つ増えてたんだねえ」

「二つ? 同じのが?」


 南の疑問と恐らく全く同じものを、俺も感じていた。軍事愛好会が三つ。陸海空で宗旨でも異なるのだろうか。負けてない軍隊のファンが増えてるのは、分からんでもないけど。


「軍事愛好会以外にねえ、軍事同好会と軍事研究会が出来てたんだねえ」


「それって部に昇格するとき名前で困らねえか」


「三つ分けて出された申請を、単に数枚で出しただけと思ったのか、学校は同じ会だと判断したみたい。それで十二人所属の一つの部になったんだけど」


 そこで先輩が沈黙した。


 思い出して頂きたいのは、愛研同には最早部活申請に特別な条件は必要なく、いや、審議中だから必要になるかもしれないが、少なくともこれまでに所属していた全部の連盟というものは、必要ないのである。


『別に一緒にやりたい訳じゃないよ』という部の一つや二つが、稟議書に名前を書かなくても、構わないのである。あくまでも大事なのは、複数の部にまたがって活動できる、愛研同が欲しいという声があることで。


 また愛研同の部活の目的であるが、これは『各部会が自らの枠に囚われず、各分野にも挑戦し、協力と努力に遺憾なく励むことが、出来るようになるための集まりである』ということになった。


 ざっくり言うと、うちの部に加入している部同士は、互いの部で練習できるというものだ。これの良い所は兼部と違って、煩わしい大会などを回避できる点にある。もっとも、大会やコンクールといったものが、存在しないとこも多いんだけど。


それで稟議書に同意した部は、前提としてうちの部となり、特定の部を発足させればいいだろうという、分断を乗り越えて、再び集結互助が可能となったのである。


端的に表せば『テナントを奪い返してやったぜげっへへ』ということである!


 そして軍事のこれは、三つの似た名前を、一つの店舗と見なしてしまったということである。


「違う会を一まとめにして部にしてしまった。これ要するに不手際だよな。苦情出るだろ」


「当然出たよ。顧問をあと二人寄越すか三つに戻せって。それでここからが泥沼だったんだ。雇った非常勤教師の数は九人。総合部にまでは回らない。学校側が三つを一つと誤認して発注かけたもんだから、当然足りない手が足りない」


 下手に非正規を雇うことは、常勤一人より費用と労力が嵩む場合があるので、慎重になるのは無理からぬことではある。


「結局は例外的にここだけ会に戻れたんだけど、一人だけ残って先生を、何処の顧問にするかの処遇で揉めてね。お互いをけん制し合っている内に、顧問は何処にも付かなかった」


 追加で発注かけてくれなかったんだな。結果論だけど、学校側は採算を度外視して、後三人ほど雇って、他の二部とうちとに割り当てて、順次潰していくのが次善だったんじゃねえかな。


「指揮官の不手際で足並みが揃わないのか、足並みが揃わないから不手際が発生するのか」


「何か変なとこで軍隊っぽいわね」


 そこは一つの部活という組織を立ち上げてから、生徒たちを部門ごとに住み分けさせて、顧問という責任者の下に管理したら良かったのでは。


 止そう済んだ話だ。


「勢力が増したことでまとまりが無くなったんだな」 


「それで本来なら、こっちで起こるかも知れなかった内輪揉めが、軍事に移ったのね」


 歴史が変わると勝敗が覆っていたりもするが、負ける理由が変わるだけという事例もあるんだなあ。世の中って何がどう転ぶか分からないものだなあ。


「でもそうなると、そのこぼれた非常勤の先生は、どうなるんですかね」


「どうなるって、そりゃあまた軍事に置いたら不満が出るから、出ないとこに就かせるんじゃない」


「じゃあ消去法でうちに来るんじゃないかしら」



 ……………………………………………………。



『あ』

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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