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・消えた宿直室

・消えた宿直室


「とまあ、こんなとこだあな」

「概ね出ないことが分かって良かったな」


 図書館から出て次は職員室と事務室。移動と作業の間に爺さんが話してくれた、この学校の怪談は、例によってありがちなものだった。


 ただ十三階段については、ここの階段が一段一段高くなっており、十一段しかない。ピアノ、銅像、肖像画、模型等々は、既に新校舎に持って行かれており、仮に本物の怪異であったとしても、引越し済みとのこと。


 体育館も当時はまだ、バスケやバレーが無かったので、やることといったらマットを敷いて、柔道をするか剣道をするか。完全にグラウンドが使えないときの場所、という位置付けでしかなく、事故も起きたことがないらしい。


『つまんなーい』


 露骨にがっかりする恭介と西ちゃん。折角気分が盛り上がってきたところに、実は出ませんと種明かしをされて、表情がどんよりとしている。


「いいじゃないか出ないんだから。どうしたいんだい君たちは」


「そんなのなるべく安全の範疇で、怖い目に遭いたいに決まってるじゃないか」

「ねー」


 あ、ミトラスが怒っている。顔に『何それ』と書いてある。こういう身勝手をやられると、頭にくるのはよく分かる。


「職員室も空だな。壁に鍵がかかってるけど、ここまでの教室は全部空いてたしな」


「盗む物なんかないんだから、戸締りなんぞしたってな。窓と玄関だけ閉めてりゃいい」


「え、でも下駄箱は空いてましたけど」


 懐中電灯で照らされた職員室は、やはり何もかもが、新校舎へと移された後であり、広々とした空室が残されているだけだ。


「ありゃ儂が開けたんだ。体育館へ行くには、回り込まないといかん」


「そういえば、一階の突き当たりから、体育館へ繋がる道ってないですね。行き止まりだ」


 ミトラスが壁に掛けられたままの、学校の見取り図を眺めて言う。確かに目と鼻の先にあるのに、繋がってない。間の空白は野晒しの地面だ。


 この職員室は凹の字の左側である。その先には駐輪場と、校長と来客用のものと思しき、駐車場と車庫。


 わざわざ分けてある辺りが嫌味ったらしいなあ。成金趣味というかなんというか。なお一階正面の下駄箱を除けば、残りは教室である。


 そして一階右端の先に、要するに駐車場の反対側には体育館がある。ところが一階の壁は通路になっていない。わざわざ下駄箱から出て、回り込まないといけない構造になっている。如何にも怪しい。


「え、じゃあ体育館に行くとずぶ濡れになっちゃうね」

「最初から濡れるつもりだったけど、最後にしたかったな」


 嫌そうに言う狐目と西ちゃんだが、俺たちはそれに取り合わず、探索を続ける。正直に言うともう、彼らには帰ってもらったほうがいいのだが、外は強風と土砂降りの雨で危ない。


 タクシーを呼ぶべきだが、俺が怖いのでもう少し一緒にいてもらおう。


「じゃあ、お前らは隣の事務室を見てきてくれ。俺はこっちの校長室を、爺さんと見てくる」

『はーい』


 今や暗くなり、興味も止め時も見失った小学生二人を、ミトラスが引率する。事務室はこの部屋の隣、学生たちが職員室の行く手前で、差し掛かる場所である。机や引き出しの多くは、室内に据え付けられており、持ち出されるてはいない。


 何か得る物があるならそこと、この先だろう。一応壁に掛かっている鍵の中から、校長室とまだ見ていない体育館、体育倉庫、そして宿直室のものだけを拝借する。


「小さいのがいなくなって、漸く二人で話せるな」

「なんだ、まだ何かあるのか」

「怖い話だけ言うのを避けたろ」


 沈黙。爺さんはさっき『くだらんことから、恐ろしいことまで』と言った。でも、恐ろしい話はなかったように思える。単に全部が怖くなかっただけではない。


「子どもに聞かせる話じゃない」


 爺さんがドアノブを回して校長室へ。中には枯れた観葉植物の他、殆どのものが残っていた。悪趣味なことに、鋼鉄製の金庫がある。


「もっといいのを買うから要らないとよ」

「笑ってねえでいいから続き」


 そう、笑っていた。爺さんは皮肉げな笑みを浮かべていた。彼は校長の机の後ろに、これ見よがしに置かれた金庫へと近付いた。施錠されてないのか、中身は既にないことが、開示される。


「空だぞ」

「下だ」


 下。金庫の下。床に隠し扉でもあるのか。災害時に校長だけ脱出できるような、地下への秘密通路。空の鉄塊を頑張って押し倒して検めてみるがしかしそんな訳もなく。


「それだ」


 爺さんが指差したのは、床と金庫の間に敷かれていた分厚い紙だった。四角く畳まれたそれは、随分と厚みがあった。色褪せてはいたが、他の紙類と異なり、まだまだしっかりとした手触りを残している。


「それが、ここの恐さの根っこだよ」

「爺さん」


 振り替えれば、爺さんの顔は、一層酷くくたびれていた。生きているうちに、人生が先に死んでしまったかのように。今にも顔が崩れ落ちてしまいそうだった。


「あけてみな」


 何重にも畳まれた紙を広げれば、ゆうに一メートルほどはある。そこに書かれていたものは、一つの図形。長さを示す直線と曲線、細かな数字、幾つも書き込まれた注意。工期の日程。これは。


「図面か。旧校舎の。随分昔だ。」


 全部で四枚。四階建てってことか。待てよ。


『四階建て』?


 この建物は確か三階建てのはず。四階は中止になったのか、いや、違う。


「四枚目だけ部屋の図面だ。四階でも地下でもない。『宿直室』って書いてある」


 まだ回ってない所。何処にあるか分からない、最後の場所。間取りだけが漠然と記してある。何処にあるのか、何処に繋がっているのかが、何処にも書かれていない。冷静に考えれば、この校舎のどこかのはずだ。


「おーい!」


 ミトラスの声だ。向こうも探索が済んだみたいだ。四枚の図面を持って職員室へと戻ると、三人とも無事だった。


 しかし興奮気味のミトラスとは別に、西ちゃんと狐目君は呆然としている。何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな顔。


「どうした、不意打ち食らって全滅した挙句、体を乗っ取られたような顔して」


「エライ物を見つけてしまった」

「これ絶対見たらいけなかったよね」


 小学生二人がそう言い、差し出して来たのは一冊の黒い台帳。薄い割に外側の装丁は厚い。表紙に貼られたシールにはこう書かれている。


『宿直簿』


「こいつは」

「いい? 気を付けてね」


 心なしか毛が逆立っているミトラスの言葉に、気を引き締めて台帳を開く。随分昔のことのようだが、中には長方形のマス目が、規則正しく並んでいる。月と日が毎日欠かさず記録されている。


 毎日、欠かさず。土日も。そしてその下に必ず『1』と書かれている。一日に一人は宿直していることになる。当直ってのがあるにしても、ちょっとおかしい。


「これは、来るんじゃなかったかもな」


 もっとおかしいのは、毎日一人、夏休みや正月も欠かさず365日宿直がいて、延べ365人が宿直室に泊まっているはずなのだが、途中から『2』、ときには『3』などと、人が増えている日があること。


 違和感を覚えたのは、俺の中の恐怖心が理解したのは、二冊目からだ。人数の記載が最初から『2』。ミトラスの三冊目に至っては、数字の部分が書き殴るように塗りつぶされ、頁が途中から破り取られていた。


「何かあったが、何があったかは、探らんほうが身の為っぽいな」


「もう五時過ぎたし帰った方がいいかなって」

「親も心配してると思うし」


 日和り出した西ちゃんと恭介だったが、この場はそれが正しい。もう帰したほうがいいだろう。ただし、その前にすることがある。


「西ちゃん。悪いけど携帯貸してくれ。俺も知り合いにSOSを掛けておきたい」


 そう。流石に南と北先輩には、このことを告げて来ないよう、言っておかなければならない。携帯電話は持ってないけど、友だちの番号は覚えているんだ。でも俺は携帯電話持ってないから、他人から借りないといけないんだ。クソ!


「あれ、そういえばさっきのお爺さんは」

『え』


 ミトラスに言われて、俺たちは同時に声を上げた。言われてみれば、さっきまでいた爺さんの姿は無く、代わりに窓が一つだけ開いていた。


 開いた窓からは、雨と、風と、雷の音が中へと入り込んできていた。

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