・消去法でいこう
・消去法でいこう
「あの、あなたって確か、あのときの未来人の人ですよね」
「未来人でよくね。しかも現代人だし。未来人はあいつだけだよ。俺は単なる用心棒」
西日こと西ちゃんは、俺のことを思い出してくれた。彼女は俺と同じく、歴史改変時より前の歴史を持っている人間だ。以前ミトラスと仲良くなってから、ちょくちょく遊んでくれているようで、ありがたい存在である。
俺とミトラスのことは秘密なので、お礼をしたくても黙っていないといけないのが歯痒い。
「で、お前たちはなんでこんな場所に来たんだ」
「あ、僕たちは夏休みの自由研究で」
「この旧校舎での怪談と、大昔の失踪事件との関連を、調べに来たの」
「僕は付き添いで。危なそうだったから」
狐目の少年こと恭介と、西ちゃんが言う。アグレッシブな自由研究ですこと。ここって失踪事件なんて起きてるのか。火のない所に煙は立たないとは言うけども。
そしてミトラス。やはりそういうことなのか。間違いなく、男女二人の過ち的な意味じゃないんだろうな。
「昔ここに通っていた人たちが、相次いで行方不明になることが、あったみたいなんです。でもその事件は迷宮入りしたそうで」
「それで、その後の怪談との関連性があるのではと思い、ここを訪れたんです。一応夜に来ないと手がかりは得られそうもない、という結論を用意してあるから、特に収穫がなくても大丈夫です」
結論有りきで調査に来るなよ悪質だなあ。この狐目容姿は良いけど、将来絶対ろくな大人にならんぞ。
「しかしな、もう少し備えをしてから来いよ。見たところほとんど手ぶらじゃないか」
「ほら見なやっぱり言われたじゃないか」
ミトラスが便乗する。全員半袖半ズボン。手荷物らしいものは水筒とポーチくらいか。
「傘は」
「台風の日にびしょ濡れだったら、頑張った感が出せると思ったので」
「お前ら馬鹿だろう」
体を張ったあざとさを、褒めるべきか貶すべきか迷ったが、貶すことにする。良くないぞ。こういうのは。
「それで、お前さんはどんな用事だ」
隣に座っていた浮浪者然とした幽霊が聞いてくる。うん、幽霊、だよな。生きてない。それは分かる。最近分かるようになった。随分としっかりした霊だけど。言わないほうがいいなこれな。
「俺は学校の友だちが、肝試ししたいとか馬鹿言い出してな。危なくないか下見に来たんだ。ほらお供え物」
持って着ておいたペットボトルの水と、饅頭を一つずつ渡す。爺はそれを遠慮なく食い始めた。幽霊、だよな?
「それで」
「怪しいやつが屯してたり、中があんまり荒れ果ててたら、止めるか追い払うかするつもりでいた。爺さんは、ここのヌシか何かかい」
「せめて管理人さんって言いましょうよ」
狐目の少年こと、恭介からやんわりと非難される。俺の爺さんへの態度を、失礼だと感じたのだろう。いいことだ。礼節を弁えてるのに、やることと考えてることがアレだけど。
聞く所によれば、彼は物騒な名前の古本屋にお住いの子らしい。色白の長髪で滑らかな肢体、顔にも独特の愛嬌がある。眼福だ。
「儂はもう長いことここにおる。これからも、ここにおるじゃろう。お前らはこの後どうするんじゃ。用が済んだら帰るのか」
おっといかん。爺さんの問いに意識を話へと戻す。用は済んでないけどもう帰りたいよ。
「わ、私たちはここを、ぐるっと見て回ったら帰ります。写真を撮って、昔の資料とかあったらそれも、それで帰ります。新聞も作らなくちゃいけないし」
そう言って西ちゃんと恭介が頷きあう。学級新聞的なものを作るんだろうな。そこだけ見ると微笑ましい。過程には目を瞑ろう。
「そっちは」
「俺も似たようなもんだな。何事もなければ、夜にもっかい来て、同じように見て回って帰るよ。正直止めたいけど、言い出したら聞かない奴でさ」
「夜、か」
爺さんは口元を押さえて、何やら考え込んでしまった。俺が戦った幽霊は、時間を選ばずに出没する類のものだったけど、やはり出没しやすいのは夜だ。その時間帯での訓練だけは、ミトラスもずっと姿を現していた。
「やっぱり危ない」
「そうさな、だが先ずは、そこの小僧どもをとっととおっ帰そう。付いて来い、案内する」
爺さんはそう言うと、徐に立ち上がって教室を出て行った。俺も他の三人を促して立ち上がる。まだ座って間もないので、もっと休憩したかったが、そうのんびりもできないか。
「いいのかい」
「用が済んだら帰るんだろ。なら急いで終わらせれば、話も早くなる」
「あ、ありがとうございます!」
こうして俺たち五人は図らずもパーティを結成して旧校舎を探索することとなったのだ。
隊列は先頭から爺さん、俺、西ちゃん、狐目、ミトラス。長いこと放置されていた、旧校舎の中は妙な匂いがする。
埃と黴、篭った空気、人間がいたであろう雰囲気、気配の類なんだけど、もわっとした生暖かい、無臭の空気とでも言おうか。触覚と嗅覚を不快にする肌触りの。
「ほれ、調べろ」
『え』
歩いて幾らもしないうちに隣の教室へ。そして爺さんが顎をしゃくる。そこは先ほどの場所と同じく、もう机も椅子もない。室内の前と後ろに、黒板と空なったロッカー、いや、棚があるだけ。
一応中に入って物色するも、棚には何も残ってない。得る物が何もない。西ちゃんたちが携帯で写真を撮るが、何も映っていない。俺は内心ほっとしたが、本人たちは不服そうである。
二階も三階も同様。どの教室も空。変わった点があるとするなら、一部の教室の黒板には、廃校後に訪れた誰かが書いたであろう、落書きがあっただけ。
「しかし、びっくりするほど何もないな」
「保健室は掃除用具容れ以外、何も残ってなかったです」
「二つもあった家庭科室には包丁も食器もなかったし」
「音楽室なんかただの広い部屋でしたね」
俺、西ちゃん、狐目、ミトラスの順で発言。一階から一部を除き、順番に見て行った結果である。幸か不幸か、特に何もなかった。
色々な物が既に廃棄されたり、移されたりした後で、旧校舎はほぼもぬけの殻だった。トイレも中を確かめて使用までしたが、水が流れないこと以外は、別に異常はなかった。
「跡形もねえやな。後残ってるのは図書室と職員室、事務室と宿直室、それと体育館か」
爺さんが指折り数える。一、二、三、四、五、ん?
今六を数えようとして小指を戻したな。なんだ。
「放送室が無くて良かったね」
「仮にあったとしても、俺も一人じゃ行きたくねえなあ」
「連絡なんぞ授業のついでにすればいいだけじゃろが」
ミトラス、俺、爺さんの順で話す。
校舎の構造は当然ながら、同じ構造のものが三階分縦に重なっているだけだ。一部の教室は、特定の授業用に改装されていたが。長方形の箱の中身は凹の字になっている。
両端に階段。下側、俺たちから見ると左側のほうに大教室がある。三階は音楽質で、その下に図書室、一階に職員質と事務室。宿直室は、まだ見かけていない。
体育館はここを出て、裏手に少し歩いた場所。教室によっては窓から見える。
「念の為聞いておくけどよ、この学校にも、知らないほうがいいこととか、心霊現象の種みたいなものっては、あんのかい」
二階への階段を下りながら、俺は爺さんに訪ねた。行き先は図書室、その次は職員室と事務室といったところか。残りはその後だ。
「何故それを聞く」
「近寄らないほうがいいなら避けるだろ。常識的に考えて」
「儂が知ってると思うのか」
「知らないなら別にいいよ」
常識的というなら、最初から肝試しなんてやるな、と返されればそれまでだ。俺だってそう思うし、言いたいよ。
でも先輩は絶対言うこと聞かないしな。いや、たぶんちょっとくらい危険が及べば、直ぐ様帰るんだろうけど、それまでは態度を変えないし、ちょっとで済まない危険に、晒される可能性もある。
だからこれは、せめてもの善後策という奴なのだ。
「……ある。くだらんことから、恐ろしいことまで、な」
狭く、それほどの距離もないのに、何故か長く感じられる廊下を歩きながら、爺さんは答えた。
「それってやっぱり事件ですか! 失踪事件と何か関係が」
それまでは周囲を怖がっていたことで、大人しかった西ちゃんが食いついた。そういえばそんなことを言ってたな。
「さっきも聞いたけどそれなんなの」
「昔この辺りで起こったらしいです」
そう言って二人はポーチから、折り畳まれた新聞記事のコピーを取り出した。図書館の資料を漁ったとのこと。探索者してるなあ。
「日ちゃんが何となく肝試ししたいって言い出して、ここを見つけたんです。それで廃校なら何かあるだろって決め付けて、当時の資料を当たって見たら、それが出てきて」
「えへへ」
狐目が言うと何故か照れる西ちゃん。褒めてない。非常に強い既視感。なんで皆そんな好奇心旺盛なんだ。何が君らを衝き動かすんだ。ぶっちゃけはた迷惑。
「で、それってどんなあらましだったの」
「続きは中で。着いたよ」
詳細を尋ねようとしたところ、ミトラスの声によって、それは中断させられた。見れば正面には、鍵のかかった二枚の引き戸。上には字がかすれた室名札。
「まあ、何が残っている訳でもないがな」
爺さんが懐から鍵を取り出すと、図書室に入れるようになった。ここまで全部の教室には、椅子も机もなかったが、窓ガラスも割れておらず、綺麗といえば綺麗な状態だった。
「……急いだ方がいいな」
爺さんが警戒を強めたように言う。果たしてそれが、何を意味するのか。
ふと後ろを振り返ってみると、ミトラスもまた、静かに後ろを睨みつけていた。
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