・サチコの気持ち・南の気持ち
・サチコの気持ち・南の気持ち
受話器を置いて一息入れる。先輩も海さんも賛成してくれた。次は四人の予定を合わせるだけだ。
とはいえ俺は夏休みの予定が、バイトか先輩の手伝いしかない。流され系女子の俺は、バイトの日以外は都合が付くし、夜に限れば全日大丈夫だ。
先輩も学校が開いている日は、エアコンを求めて学校の部室に寄生しに来る。部活の名目をこんなことに使うのも、この人くらいだろう。
言い換えれば予定はほぼ無い。
消去法で残るのは、四人の中では真っ当な人間の海さんである。彼女は家の手伝いがある。
しかし仕事を早めに切り上げるか、或いはこちらが休みの日に合わせればいいだけだ。当然だが実家の仕事とはいえ休日が無い訳ではない。
実質的にこのスケジュール調整は、南と海さんの擦り合わせになる。なのでこれから、南の家に電話をするのだが。
「流石に一時間も電話するのって疲れるだろうな」
他の二人に呼びかけて、話しをすること約二十分余り。南が帰ってすぐに行動を起こしたので、まだ二時前である。相手からすれば、さっきの今で何を考えているのかと、不審に思っても不思議はない。
でもそんなの俺の知ったことではないね。失礼があっても問題のない奴だし。
再度受話器を取ってボタンを押す。あまり聞き心地の良くないコール音が数回、そして。
――ただいま留守にしております。御用の方は発信音の後にメッセージをお願いします。
「あ、もしもし臼居です。海さんと先輩と俺でお前の送別会やるから。都合の良い日を」
『っもしもし南です』
お、出た。こいつさては居留守使ってたな。或いは荷造りでもしてたか。
「おお、聞いてたと思うけど、お前の見送りすっから。予定合わせたいんだけど、他に確認することとかもあるし」
連絡事項を簡潔に伝えると、向こう側からやや乱れた呼吸音が聞こえてくる。機嫌を損ねていることは分かる。携帯をかなり顔に押し付けているに違いない。
『あなたね、さっき私がどういう反応したか分かってないの!?』
「寂しいから引き止めて欲しいって感じだったな」
『はあ!? 違いますけど! あなたみたいな粋がってるのが心配で放っておけないって、そういうの分からないの!』
珍しくムキになっている。夏の暑さもあってか、かなり苛立っているようだ。生憎俺はお前のために入れたエアコンで、体が冷えててちょっと肌寒いぜ。
「お前が責任を感じたり、俺たちを心配してるってことと、俺たちに愛着とか友情みたいなものを、少しでも持ってて、名残惜しくなってるってことくらいしか、俺には分からん」
ややくどい言い方をすると、舌打ちが聞こえた。
『あなたたちが寂しがるんじゃないかって思ってたわ』
「誤解が解けたな。それで? 何時にするんだ」
人の強がりに取り合っても意味が無い。いや、意味のある問答のほうが少ないものだけど。俺と南は別にお喋りを楽しむような間柄じゃない。趣味が合わない。
『……あなた、もうちょっと女の子らしい言い方ってできないの』
「したところで何にもならなかったからな。俺は俺が楽な話し方をすることにしたんだ。もう何年も前からそうしてる」
コミュニケーションのために用意したもの、おべっか、ぶりっこ、話し方、人並み以上の努力に見せかける努力。全ては徒労だった。この家に残っているのは俺だけだ。
『……悪かったわ』
「過ぎたことだから。それで何時にするんだ。それとも辞めるか」
『三十一日。それまでにはこっちも、準備を全て終わらせるわ』
溜め息が聞こえた。
お互いに何をやっているのか、分からなくなりそうな空気の中で、まるで仕事だけは忘れないでいるかのように、そのやりとりだけは進めて、終わらせた。
「分かった。他の二人にも伝えておく。それと、プレゼントってのは、やっぱり未来に持って帰ったらいけないのか」
質問に対して帰ってきた答えは、未来の物を過去に置いて来るのはいけないが、過去の物を未来に持って行くのは、別に構わないとのことだった。
消える予定の世界があったと、逆に確かな存在にしちゃいそうだ。たがだかそれっぱかしで、何もかもが残るほど、上手い話もないと思うが。
「そうか。良かった。流石に飯だけじゃ味気ないからな。じゃあ、三十一日な」
『待って』
「どうした」
安心できる返事を貰い、用件も済んだので別れの言葉を言って、電話を切ろうとすると、南がはっきりと聞こえる大きさで言った。
『……ありがとう』
「こっちはお前の気持ちを無視してやるんだ。礼を言うこっちゃないぞ」
『そうね。でも、言いたかったから』
受話器の向こうの南の声は、柔らかくなっていた。心なしか、音が少し遠くなったような気がする。本当にお前は、いつも妙なところで育ちの良さが出るな。
「そうか。ありがとな」
『あなたがお礼を言う筋合いじゃないわ』
「言いたかったんだ」
小さく笑う声が響く。そこから少しの間沈黙が続いた。やがてどちらからともなく、電話を切った。後にはつーつーという音が繰り返されるだけだ。
時計を見る。二時を回って少し。また先輩と海さんに、電話をかけなくちゃいけないな。人一人送り出すだけなのに、随分と手間がかかるものだ。言いだしっぺは俺だから、文句を言える立場じゃない。
そう。南は未来に帰るのだ。別に信じてない訳じゃない。まあ俺としては嘘で外国に帰るのでも、はたまた日本のどこか、地方に引っ越すのでも構わないが。
今日までの三か月。なんだかんだで色々とあった。四月に最悪の出会い方をして、五月に海さんを助けようとして鉢合わせして、六月は小学生を二人で追いかけた。
職務怠慢でつべこべ言うあいつは、他の二人とは仲良くなって、俺とはよく揉める。そういう奴になっていた。それももう終わりか。嫌いな奴だけど、いなくなってせいせいするような奴でもなくなった。
本当に、面倒臭い奴だな。
「おいミトラス。何時まで猫でいるつもりだ。そろそろ戻りな」
「この姿って思いの外楽だから、つい」
壁に寄りかかりながら、いつの間にか足元に来ていたミトラスを、わしゃわしゃと揉んだり撫でたりする。彼は一度、大きな欠伸をしてから元に戻った。戻ったと言っても、部屋に入った後に、元の姿で出てきただけだ。
煙もエフェクトも何もない、一瞬の出来事であんまり味気ないから、せめて何か工夫をするように言い渡したのだが、その結果がこれである。
「聞いての通りだからさ、しばらく忙しくなると思う」
「分かってるよ。難なら、西も連れて行こうか」
「いや、止しとこう。この間の出会いでもうサヨナラとか、完全にギャグになってしまう」
ほとぼりが冷めた頃に、それとなく知らせるくらいでいいだろう。
「お前には、プレゼントの作成を手伝ってもらいたいんだ」
「いいけど、僕はサチコが喜ぶ物以外のことは、そんなに分からないよ?」
「恥ずかしいことを言うんじゃない。大丈夫、そんな難しいことじゃないから」
贈り物。この世で最も人の知恵と良心が試される瞬間である。
つまり、俺にとっても非常に困難な取り組みになるであろうことは想像に難くない。
故にこそ、自分一人でことに当たる訳にはいかないのだ。
「まあ、こういうのは気持ちが大事だからな」
よし。最初に言い訳もしたことだし、先輩と海さんに連絡したら、早速作業に取り掛かるとしよう。そう、こういうのは気持ちの問題のはずだ。
とりあえず心さえ込めておけば、少しくらい不出来何プレゼントでも、南だって少しくらいは喜んでくれるだろう。
必ず。きっと。たぶん。
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