・夏のはじまり
・夏のはじまり
「まさかホームセンターで銃が売ってるとは」
「戦争に負けないとこういうことになるんだねえ」
「でもやっぱり高いわあ」
照りつける灼熱の太陽を逃れた先にあったのは、エアコンのよく利いたホームセンター。分野毎に分けられたコーナーに、所狭しと並べられた商品を見ていると、心が豊かになるような気がする。
特に食品コーナーの出処の知れないお菓子や、今一食欲のそそられない自社ブランド品を見ていると、下手な好奇心が刺激されていくのが分かる。
ここは近所の国道から、ほどなく歩いたホームセンター。俺と海さんは北先輩に誘われて一緒にいるのだが、女三人集まって海にも行かないのはどうかと思う。
「しかしよく期末テストを追試受けずに済んだね私たち」
「外国語が英語じゃなくなってましたからね」
「人間の底力って大したものね」
歴史が変わって英米が無いこの世界だと、外国語の授業内容は英語じゃなくて、スペイン語とかドイツ語とかに置き換わっている。
いきなりそんなことを言われても困るが、何もしないとどうにもならなかった俺たちは、テスト前に可能な限り集まって勉強した。
「南さんの教え方が良かったおかげだよ」
「そういえば来てないっすね」
「何か用事があるんだって」
用事か。そういやあいつは社会人なんだっけか。一応は。夏休みに入った以上、本業に精を出すんだろう。それはそれとして。
「何でまたここ来たんですか」
「私は花壇の手入れのために土を買いに来たの。花や種は花屋さんのほうが安いけど、土はここのが安いから」
流石海さんだ。そういう情報に詳しい上に、店の手伝いの一環として来ているというのも、ポイントが高い。褐色の肌に赤いワンピースが眩しい。
「私は絵の練習材料とネタ探しで」
「夏コミの原稿は上がってたんじゃ」
年内全ての同人イベントに参加する訳ではないから、北先輩の予定には幾らか余裕があるはず。ちなみに名前は変わっても、この世界にコミケは存在する。
流石に世界レベルの出来事は、起こらずにはいられないようだった。
「それはそれこれはこれ」
ある意味流石な答えが返ってくる。俺がジーパンとワイシャツなのに対して、この人は体操着の短パンと肌着のシャツにジャージの上と、何かもうかなぐり捨てている。
そしてよく遊びすぎて絵の練習をサボりがちな人も多いのに、北先輩はそれを怠らない。学校の宿題は忘れても、絵の練習は忘れないと、公言して憚らないだけのことはある。
「私はね、学生の時間というアドバンテージを可能な限り生かしたいんだ」
「じゃ私こっちだから、また後でね」
「うっす。そんじゃまた」
海さんはさっさと園芸用品のコーナーへと行ってしまった。特にオタク趣味を排斥しない彼女だけど、こうも興味が無い、無関心となるといっそ清々しい。
「じゃあ私たちも行こう!」
「ういっす」
北先輩の後に付いて店内を練り歩く。俺たちが知り合ってかれこれ三ヶ月が経った。歴史が変わったということを知ってはいても、それに対して何の目的意識もない俺たちは、普通に学生生活を送り続けていた。
「しかし、このままでいいんですかね」
「何が?」
「いや、何ていうか歴史が変わっても、俺たち特に何もしてないっすよね」
中間テストも実力テストも期末テストも、前の世界の記憶とかいう予備知識のせいで、却ってしんどくなっただけ。体育祭や遠足は体が健康化してチョロくなっただけ。
何もかもが『ふーん』で済んでしまっている。この前の小学生じゃないけど、何だか落ち着かない。この気持ちが夏の暑さのせいだとして、焦るものがある。
「これが物語なら5W1Hが成り立ってないから、文字通り話にならないけど、実際私たちも知ってるだけで、出来ることもしたいこともないからね」
しかし先輩は海さんばりに、この事態から興味を失っているようだった。
「いや、そこは誰が何故、どのようにの部分を追い求めたらいいのでは」
「今時冒険なんて流行らないよ。そこに長尺割いたら打ち切りだって。考えるのが楽しいなんてとっくの昔にマイノリティで、オタクもファッションなんだから」
日頃打ち切りみたいなロボット漫画ばかり描いてるくせに、言うことが妙に辛辣だ。きっと外の熱気がまだ抜けきっていないんだろう。俺はといえば、財布に入ったバスキーの鱗のおかげで、そこまで辛くない。
「それに私はやりたいことが沢山あるからね。悪いけど余程ネタに困りでもしない限り、手は貸せないよ」
言いつつ携帯電話を取り出すと、先輩は奥の白物家電や、工具のコーナーを撮影し始めた。ここがお目当ての場所なんだろう。
「海さんもお店が第一だし。皆しっかりやらない理由があるんすね」
ちなみに先輩のやりたいことというのは、漫画の他に自作でTRPGのシステム作りたいとか、3Dモデル作りたいとか、DTMやってみたいとか、ゲーム作りたいとか、そういうのである。
そしてこの人はその為の勉学ならば、熱心に取り組むという人である。
「そりゃね。私も部長だから、部員を率いている身でもあるし、そろそろ潰れるけど」
俺たちが所属する学園スラムこと『愛同研総合部』は、部活申請を出しているものの顧問不在なので、機嫌切れで休み明けに解散の予定である。
しかしながらまた同じように集まって、同じように申請を出すので、顧問不在であっても名前が違うだけの、以前と全く同じ組織が誕生し蔓延るのである。まるでゾンビだ。
今度の名前は『愛研同総合部』。やればできそうだ。
「そういうサチコはどうなの?」
「やらない理由もやる理由もないんですよねえ」
やらない理由はこっちの歴史のほうが住みよい。やる理由は世間一般の社会的道徳である。なので戻そうと誘われれば歴史の保守派に回り、利益で釣られればリベラル派になる訳だ。何か違う気がする。
「私は漫画が描ける以上どっちだっていいんだけどさ。海さんなんかは明確に反対だし、サチコも自分のスタンスははっきりさせておいたほうがいいよ。私は皆と女の友情なんて育みたくないからね」
それはつまり普通の友情を築きたいということか。嬉しい申し出だけど、結構厳しいことを言うな。珍しく先輩っぽいところを見た気がする。
「スタンスかあ。いっそ敵でも出てくれたら楽なんですけどね」
「止しなって、自分の理由を敵に求めるのは三下がやらかす行為だよ。後で依存症起こしてろくな死に方しないんだから」
どの作品のことを言っているのか知らないし、今回は興味もないからパスするけど、意外と厳しいことを言われてしまった。
「決めるのって面倒くさいですね」
「私からしたら一番簡単なんだけど」
などとそんなことを話しつつ、俺たちのホームセンター探索は続くのであった。
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