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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
ミトラスの遊学編
38/518

・予定狂い

・予定狂い


「そこの二人、ちょっとお話いいかしら?」


 南さんは靴が浮いている以外は、普通にお洒落で可愛いかった。


 一方でサチコの服装はというと、ワイシャツに黒ズボン、黒いネクタイ。パンドラがくれたゴム紐で髪を後ろで一本にまとめている。


 茶色い革靴に傷んだコート。コートの背中には糸で鳥の羽模様が縫われている。


 僕からすれば予定通り、西からすれば突然の事態。


 焚書堂から出てきた二人は待ちくたびれたせいか既に機嫌を損なっているようで、特に喧嘩もせず無言のまま睨み合った後、南さんのほうがそう切り出した。


「……何か御用ですか」


 僕は西を背に庇ってそう尋ねる。これは僕が間に立つ形で話を進めるためである。そこのサチコ、茶化して口笛を吹かない!


「あらあハンサムじゃない。この辺の男ってバタ臭い醤油顔で、反吐が出そうな毎日だったけど、ようやく運が向いてきたかしら」


 機嫌が直ったのか明るい表情を浮かべる南さん。


 自信はありますが、お好みの少年は店内にいると思いますので、そちらをお召し上がりください。


 そんな言葉が口蓋垂の辺りまで登ってきたけど、黙っておく。話しを逸らしてはいけない。


「お前らがさっき店内と、ここで話してたSFっぽい奴のことで聞きたいことがある」

「え、さっきのって」


 サチコが南さんを無視して話すと、西が戸惑いの声を上げる。


「改変前の歴史の記憶持ちだろ。これで四人、いや二人だから五人目か」

「え、そんなにいるんですか!?」


 サチコの告げる内容に驚愕する西。


 何気にここまで月一のペースで見つかっているので、西を見つけたとき、僕たちの気持ちとしては『またか』だったけど。


「たぶん探せばもっといるだろ。取りあえずお前らの身柄を保護する。本当はもっと早く声をかけたかったんだけど、思いの外遅くなっちゃって」


 すいません立ち読みに夢中になってました。


「保護って何処かに連れて行くんですか……」


「あー違うわよ。この時代にそんな拠点ないから。あなたたちの連絡先を登録して、これまでのことを聞いたら帰っていいわ」


 そう言って南さんは、携帯電話をポケットから取り出した。


 たぶん未来的な機械なんだろうけど、馴染みがないから、僕には概ね同じに見える。


 こういうのの区別が付くようになるってことは、たぶん良くないことが、起こったときなんだろうなあ。嫌だなあ。


「あなたたちは、いったい、なんなんですか」


 西の警戒する声に意識が戻る。危ない危ない。緊張感が勝手に薄れていってしまう。


 最後までちゃんと少年臼居をやり遂げなくては。


「よくぞ聞いたわね! 私は時空アメリカ警察嘱託公安部日本支部勤務! 南号!」


「現地協力者のサチコでーす」


 これではまるで子どもの遊びに付き合う、気のいいお姉さんだ。


 言えた立場じゃないけど、この人ちゃんと仕事してくれないかな。


「あの、構ってくれるのは嬉しいんですけど。そろそろ暗くなるし、家に帰らないと」


「だからこうなる前に話を済ませたかったの。俺たちも」


 サチコの視線が痛い。眼鏡に夕焼けが差し込んで光っている。隣の西はというと、突如現れたこの二人組に対して、態度を決めかねている。


「話すと、どうなるんですか」


「あなたみたいな人の情報をまとめて、上に報告するの。せいぜい家の地図と名簿、連絡網の一つも作って終わりね。で、犯人とか容疑者がいたら当たる感じ?」


 もうちょっと仕事中の公職を、意識した態度を心掛けて頂きたい。


 このままではすんなり話が進んでも、消化不良になってしまう。


「ええと、店長の知り合いで、ちょっかいかけて来たとかそういう訳では」


「ないわ。その証拠にアメリカ国家を歌ったげる!」

「ふんふふんふんふんふーんふんふふんふんふんふーん」


 相方の鼻歌を伴奏代わりに南さんが歌う。流暢な英語、なんだろうたぶん。


 たまに横を通り過ぎる市民の目がつらい。段々こっちが恥ずかしくなってきた。


「あの、もう分かったんで、いいです」

「そう、で、どうなの? 来るの来ないの? あ、一人ずつ中でね」


 何でこの人がこんなに張り切っているのか分からないけど、全体的に煩わしい。


 それは西も同じだったのか、さっきまでの興奮もしらけたようで、はい、と普通に返事をした。


「行きます」

「じゃいきましょ。サチコは人が来ないよう見張ってて」


 再び焚書堂に消える二人の人影。残された僕らは、顔を見合わせることもなく、まんじりともせず時が移ろうのを待った。


「ごめんなさい」

「いや、俺がイラついてるのは、概ねあいつのせいだから。面倒臭がってたのに、来たら来たで妙にはしゃいでるし」


 それから一時間ほど経過して、完全に日が落ちた。お店も閉まる時間になり、追い出されるような形で二人が出てくる。


 ちらりと見えた若旦那の、うんざりとした顔を見るに、南さんは真面目に仕事をしなかったようだ。


「大丈夫? 西さん。先帰ってていいよ。親御さん心配するよ」

「うん、今から帰るってメール入れとく」


 店から出てきた彼女は、一日の終わりを台無しにされた人の顔をしており、見ていて気の毒だった。

 南さんの対応がもう少し大人だったらなあ。


「もう六時半回ったから続きは明日でいいだろ」

「何よあなたが言い出したんでしょ! しっかりしてよねえ」


 南さんの非難を受けてサチコの顔から表情が消える。かなり怒っているときの状態だ。でもその怒りはすぐに消えることになった。


「大丈夫よ。住所は貰ってるから転送できるわ。ほら」

「え?」


 その言葉の後に南さんが携帯電話を操作すると、西の足元が白く光った。

 そして次の瞬間には、彼女姿はもう無くなっていた。


「ほらね、今頃は家に着いてるわよ」

「お前その住所が本当かどうか確かめたか」

「え? どうして?」

「あの子が嘘の住所を教えてたらとんでもないことになってますよ!」


 あっという声。広がる沈黙。


「だ、大丈夫よ。アドレスも確認したから、連絡すれば無事も確認できるわ」


 僕たちが見つめる中、迂闊な少女がメールを送信し、失敗したことを告げる。当然ながら嘘のアドレス!


 こんなときこんな相手に自分の個人情報を馬鹿正直に渡す奴はいない!


 転移魔法だって正しく位置情報を定めておかないと大変なことになるというのになんだって今の今疑いもせずにやったんだこの人!


「聞いた連絡先を見せて下さい! 知ってるとこなら迎えに行けます」

「あ、えと、これなんだけど」


 この住所は、図書館の所在地。


「分かる。今すぐ迎えに行ってきます。僕の番は明日でいいですね」

「いいぞ。急げ。今日は悪かったな」

「え!? ちょっと!」


 サチコの許可を得て僕は走った。南さんの視界を外れて、周りに人がいないことを確認し、呪文を詠唱する。


「ぬばたまの檻よ、我を捕えて望みの地へと引きずり出すがいい。転牢船」


 全身が光に包まれて、僕が望む場所へと移動する。この世界でも魔法は問題なく使える。光が消えた後には、既に閉館を迎えようとしている図書館があった。


「もう閉館ですよ」

「すいません、友だちがまだ残ってるんです」


 慌てて中へ入ると職員から迷惑そうに言われるが、そんなことに頓着している場合ではない。


「日! いたら返事をして! 日!」


 呼びかけても返事はない。二階か。階段を駆け上って周囲を見回す。いない。視聴覚室や談話室も見たけれどいない。残るは屋上か。


 そう思い、引き続き呼びかけながら、非常階段に向かったとき。


「声が大きい!」


 振り向くと、そこにはさっきまでと変わらない姿の彼女がいた。


「無事かい、良かった。どこも怪我はない、ね。本当に良かった……」

「ありがと、心配してくれて」


 何処にいたの。そう口にしかけて、僕は言葉を飲み込んだ。彼女が出てきた場所、その一室の入口の上部には、女性を現す赤い人型。


『女子トイレ』


「……僕もう帰るね」

「うん……なんかごめんね……折角いい雰囲気だったのに」


 何も言うまい。今日はもう何も。僕は疲れた。この子は無事だった。それで全部にする。


 ――閉館の時間になりました。館内に残っている方は速やかに退出してください。繰り返します――


 図書館の終わりを告げるアナウンス。


 僕らもまた、達成感とは程遠い絞めでもって、本日の探検を終わらせた。帰り道、日を途中まで送る間も僕らは無言だった。


 家に帰ると少ししてサチコが帰って来た。


 色々とミスはあったけど、反省会なんてする気は起きなかった。


 前日まで嫌々だったくせに、当日はしゃぐ共通の知人が、色々とぶち壊しにする。


 どこにでもある一幕だ。色々と企てて、それなりに慌ただしかった今日に降ろされたのは、そんな幕だった。


 元気と口数がめっきり減った僕たちは、敢えて話をせずに、一日の残りを済ませた。


「疲れた……」


 そして布団に潜ったときに込み上げてきたのは、言いようのない徒労感だった。

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