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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
ミトラスの遊学編
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・真っ直ぐにうろついて

・真っ直ぐにうろついて



 どうやらサチコたちは、ちゃんと付いて来ているようだ。隣で何だか嬉しそうにしている西も、気付いている様子は無い。このまま目的地に行ってしまおう。


「でも意外だったなあ。臼居くんて自転車乗れないんだね」


 急に西が脈絡もなく嫌な事を言ってくる。そう、僕はあの妙な乗り物に乗れない。曲芸みたいな真似を、よくもまあ皆してこなすものだ。


「土日は学校ないから、自転車があったほうが楽だと思ったんだけど」


「悪かったね。僕はあんなのが無くたって十分走れるよ。そっちこそ乗ってくれば良かったじゃないか」


 そう、少なくとも僕は人間の成人男性が、全力で自転車を漕ぐよりも速く走ることができる。勿論、魔法抜きで。


 僕からすると自転車に乗った際の速さっていうのが、なんていうのかなあ。すごい中途半端で気持ち悪いんだよなあ。


 遅いんだけど、そこまで遅くないというか、わざわざ道具に頼ってまで出す速度じゃないというか、だからかな、一向に慣れないし乗れるようにならない。ペダルも軽すぎるし。


 簡単に言えば合わないんだよね。


「でも私、今日はスカートだし」


 西が裾を摘んで言う。上下共に水色と白のチェックで揃えてある。半袖シャツとミニスカート。髪留めも赤とか黄色だったのが今日は黒だ。これは後でアリスっぽいって褒めないといけないんだろうなあ。


「別にいいじゃない。下に半ズボンも穿いてるんだし」

「これはスパッツっていうんだよ。ん」


 西が分かってないなというふうに目を細めた。この服飾って本当に面倒。口語並みに短い間隔で代わるから、興味もない身としては、数が多い分余計に覚えづらい。


「どうしたの」

「いや、変じゃないかなって」


 彼女は急に自分の服装を見直して、こちらに問いかけてくる。ああ、試されてるなあ。すごい露骨。


「ちゃんとアリスっぽいと思うけど」

「あ、そう? やっぱりそう思う?」


 運動靴以外は。でも西は期待していたのか結構嬉しそうだった。このくらいならまだ可愛いものだし、いいけどね。


「そりゃねえ。でもなんでまた急にそんな格好してきたの。もっとさっぱりした服装のが好きだと思ったけど」


 自分の言ったことを覚えている人なら、意味のない質問ではある。この前僕が彼女に対し、アリスじゃないって言ったことが琴線に触れたんだろう。それが何故かまでは知らないけれども。


「う? えっとそれはそうなんだけど、そのほら、この間言われてから、ちょっとね」


「何? アリスじゃないってのが気に障ったから逆に言わせたくなったの?」

「臼居くん、そうやって人の事を見透かすの、あんまりよくないと思うよ」


 思ったことをそのまま口にすると、西の機嫌にケチがついたみたいだった。君が年齢に反して単純過ぎるんだ。でもこれは言わないことにする。


「……私ね、君に言われるまでちょっとだけ、本当にそんなつもりでいたんだ」


 そっぽを向いていた西が、ぽつりと呟いた。


「不思議の国の?」

「そう」


 歩き続けているのに街並みは、何も変わっていないかのように似たような姿を映し続ける。


 道行く間に擦れ違う人々も、何もかもが同じであるかのように映る。まるでトランプみたいに。擦りかえられても分からないかもしれない。


「だから臼居くんに違うって言われたとき、すごい焦った。気持ちを読まれたっていうのと、しかも否定されたって感じで」


  そんなつもりはなかったんだけど、言われたほうはそうは感じなかったみたいだ。図書館を離れて、今は駅と住宅街の間。この先、車が沢山走っているほうに行くと、国道という場所に出るけど、用が無いから行かない。


「でも、意地悪で言ったんじゃないってのは分かるし、そこまで頭悪くないし、でもなんかちょっとこう、いらいらするところはあったの」


 繰り返しになるけどそんなつもりはなかった。でも言われたほうは図星を突かれたような気分だったのか。自分を励ます一環だったとしても、内心で浸ってたってのがイタイ。


「ああ、それで」

「そう、それで」


 わざわざアリスをあしらった格好をして来たのか。僕にそうだと言わせたくて。西は頷いて、そこで会話がぷっつりと途切れた。


「呆れた」

「い、いいじゃん別に! ちょっと仕返ししたかったの!」


 道理の上ではそんなことをされる謂れは無いと、僕は固く信じる。


「まあいいや。気は済んだの」

「少し」


 溜飲は下がっているようだ。面倒臭いなあ。その辺の同年代の子と、カバディめいて可愛いとか連呼しててくれないかなあ、いやダメだ。余計煩わしい。


 こうして見ると人間の普通の子どもって手間かかるなあ。考えてること自体は分かり易いんだけど、腑に落ちないとか理解しかねるということが少なくない。


 そう考えるとうちのサチコは凄い早熟なんだな。あの年でもう酸いも甘いも噛み分けて。これを喜ぶべきか哀れむべきか。個人的にはあの子の性格や考え方は、僕によく合うから嬉しい。


 しかし苦労しているということは歓迎したくない。


 こっちの世界に帰ってきてから、大分日常生活が荒んだし、この前だって様子見に学校に忍び込んだら、いや止そう。つらいこともあるけど、幸せなこともあるんだから、今はそれでいいじゃないか。僕とサチコが幸せなうちはそれでいいんだ。


「あ、ほらアレ」

「え」


 西の声に意識を現実に向け直してみると、少し先を歩いていた彼女は立ち止まり、一つの建物を指差していた。そこには素朴な二階建て木造建築の一軒家があった。


 ここが目的の古本屋。その名も『焚書堂』である。


「何度見ても見間違いじゃないなあ」

「何考えてこんな名前付けたんだろうね」


 道に迷わないよう事前に何度か下見をしたものの、店先に掲げられた看板に載っている文字は、どう工夫しても焚書堂である。今にも燃えそうで入店が躊躇われる。


「本当にここ入るの?」


 西に訪ねて見ると、彼女も些か腰が引けているようだった。今回の作戦は彼女の立てた今日の探検計画に乗っかったものである。ものではあるのだが。


「そりゃあ、まあ。ほら、こういうところも調べておかないといけなし。街の変わってるところと、変わってないところを比べてみれば、分かることもあるかもしれないし」


 理由を何とか並べ立てているものの、嫌そうなのには変わりがない。一目見てイマイチそうなものを避けたがるのは、どこの世界の人も同じみたいだ。


「それでここはどういう場所なの?」


「えっとね、元の世界だと戦争があって、この国の人口が半分くらい死んだらしいんだけど、その戦争がこの世界では起こってないみたいなの。だから人が沢山いて、街も大分変ったのよ」


 たまにテレビで振り返る奴かな。この国の人口ってサチコから聞くと一億二千万とか言ってたな。それの半分となれば、またすごい数が死んでるけど、何やったらそんなに殺されるんだろ。


「人の名前もそうだけど、駅やホームセンター、ご近所さんの家、色んなものが違ってる。むしろそれは当然なんだけど、でも中には何故か変わってない場所があるの。ここもその一つ。変わった人が店主さんで、あんまり好きじゃないんだけど、何か手がかりがあればなって」


「なるほどね」


 僕はこの店の場所は確かめても入ったことはない。西が先に調べないでと釘をさしてきたからだ。それを律儀に守っているせいで、赤本を隠すということができなかった。


 そう、あの赤本である。


「じゃ、いくわよ」


 こちらを見て頷いてから、西は大きく一つ深呼吸をして、店の扉の取っ手を掴んで中へと押し込んだ。


 扉の上部に付いた鈴が、僕たちの入店を中へと報せた。それとほぼ同時に、どこからともなく男の声が聞こえてくる。


「いらっしゃい」


 声の主が姿を見せるまでの間、何故だか西はずっと竦み上がっていた。

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