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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
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・警戒網を編め

・警戒網を編め



 生徒指導室に斎がやられたと怒鳴り込み、自主させたアガタを泣き付かせてから戻った愛同研には、見慣れた面々が集結して、非常に狭っ苦しいことになっていた。


 彼らは事態の報告を受けて、召集の要請に応えてくれたのだ。ありがたいことだが表情は硬く、空気も重苦しい。故に息苦しいの三重苦の状況である。


 俺の顔を見るなり栄と南が、事前に指示したことの進捗を報告してきた。しかし。


「それで、被害に遭った奴はこれで全員か」

「分からないけど、自己申告は現状これだけみたい」


 俺は溜息を吐いた。斎の気を逸らすために吐いた、出任せだったのに、まさか本当に他にも被害者がいるとはなあ。


 計画では他に被害者がいなくて、斎から文句を言われつつ、場の空気や気持ちを切り替えさせようって、寸法だったのだが。


 部室の中には、それぞれの部の集まりとは別の一画に分けられた、生徒たちがいた。斎と同じく学校内や登下校の際に、輩に絡まれた人たちのようだ。


「園芸部と電機部、それと衣装部と漫研にいっちゃんを加えて、やられたのはこの五つの部ね」


「オカルト、軍事、運動は分かるが、料理とバイクが手付かずなのはなんでだ」


 オカルト部とは部長以外に、部員の姿を見た者がおらず、それなのに誰も存続について口を挟まない、謎の部である。


 それなのに存続できてるんだから、きっと職員に洗脳の一つもしているに違いない。


 軍事部は全員体を鍛えているし、勉強もしている。普通に強いのでまともな友人以外に、からかう人間はまずいない。


 運動部はモテる。バイク部よりは賢く、ほどほどに馬鹿で、軍事部とは別方向で体を鍛えている。全体的に顔も良い。


 嫉妬もあろうが、それを差し引いても生物として、非常に魅力的なんだな。


「料理部は生徒の胃袋掴んでるし、バイク部は馬鹿だけど滅茶苦茶に体が強いから」


 言われて見れば、料理部は美味い飯を作って自分たちで売っている。学食とは別に固定客が付くほどで、愛嬌もある。生徒の中で知名度も高めだ。


 バイク部の奴らは『スタントマンってバイクに乗って事故ってもいいんだぜ!』とか真顔で言うような馬鹿だけど、最近は原付を乗り回したり、弄り倒してるからな。死ぬほどタフだ。


 案の定やられたのは暴力面に適正の無い奴らだな。


「攻撃し易いから攻撃されたんだな」

「教室でいじめに遭ってる子はその延長みたいね」

「ああ、やっぱりそういうのもいるのか」


 可視化されたな。頑張って登校して、うちに来てくれた連中は、ありがたい限りだ。


「不登校にもならず良く堪えてくれたもんだな。それもここまで我慢して」


「それがね、私が被害に遭ったことで自分のせいなんじゃないかって」


「思い詰めてるのか」


 ああ、今まで隠して来たけど他の子に危害を加えられたことで、自分のいじめが飛び火してしまったのかと思ったんだな。可哀想に。


「先輩、これからどうしましょう」


 栄が弱った顔で問いかけてくる。先輩もその場限りのことで済ませたかったのだろうが、アガタが既に思いきり手を出してるし、もっと言うなら、そんなことしても他の部員は助からない。


 彼らは部活とは別の場所で、既に手を出されているからだ。


「うちの生徒ってこと以外に相手について分かってることは」


「いじめのほうはクラスも生徒も割れてます」


「住所も可能な限り割り出せ。祖父母に至るまでだ。他には」


「推薦の終わった三年生らしいです。他の先輩方からある程度のことは」


「人相と住所と受かった大学を照会しろ。推薦合格者の名前は職員室の壁に貼り出してある」


「ねえサチコ、それ調べてどうすんの」


「鈍いわねいっちゃん。こういうのは世の中で叩くものよ」


「そういうこと。親や受かった学校に問い合わせて、訴えかけるんだ。それで推薦取り消しや家庭が崩壊してくれるなら、儲けたもんだぜ」


「分かりました。出来る限り調べます。それとこれが愛同研と連盟部員の住所をまとめた地図になります。それとこちらが、現在判明している敵の住所です」


 栄はしっかりと頷くと、言いつけ通り作成した二種類の地図を提出した。俺がアガタと部室を出て戻るまでに一時間は経っていない。


 やはりこいつも相当に優秀である。


「でかした。お前はもう俺より出来るな」

「あ、えっと、はい、ありがとうございます」


 褒められ慣れていないが、褒められることはまだ、受け入れられるようだな。


「元から、というかずっと前からあった問題が斎の件で表面化した。思えばここは学校で、俺たちは屑共に目を付けられ易い。こういうことが起きないほうが、不自然だった。だがこれは見ようによっては好機だ。今からでも改善していこう」


 まるで実業家のような台詞だがやることは校内暴力への対応である。


「それは勿論だけど、サチコは何か案があるの」


「うむ、簡単だ。こういう連中はな、体力自慢からは逃げる。なので、うちからそういう連中で、狙われている部の送迎や、警備をしたらいいと思う」


 俺は黒板とホワイトボードに受け取った地図を広げながら、皆に提案した。


 心当たりのある連中が、色々な表情を浮かべているので、見逃さないようにしなければ。こういうことへのやる気の差を見誤ると、問題が拡大するからな。


「運動部、軍事部、バイク部。それと蓮乗寺」

「なんで私だけ名指しなの」

「お前は女子担当だ。お前一人でできるからな」


 皆が声のしたほうを驚いて見ると、そこには今まで存在していなかったように思えた、オカルト部部長の姿があった。


 こいつは色々あって人間辞めてるからな。

 頼もしいといえば頼もしい。


「うちの部員が無事なら他は一切問わない」

「まあいいけど」

「ええ、そこは私じゃないの!」


 顔を隠す前髪を、軽く掻き上げて了承するオカルト部部長に対し、運動部部長こと風祭萌が、抗議の声を上げる。


 この人は自分の進退とか、その辺全く考えてないんだろうな。そしてそれはあまりにも簡単に判明した。


「風祭先輩、喧嘩したい?」

「したい!」


「だからあなたは男子担当です」

「はーい!」


 怖い。敢えて聞かないがこの人はこの状況を生んだ加害者と被害者に感謝して喜んでいるはずだ。満面の笑みを浮かべながら、小さな体とパイナップルの房みたいな髪を、ゆさゆさと揺らしている。


「東条」

「はい」


「軍事部には通学路と校内の巡回を頼みたい。走り込みのついでで構わん。頼めるか」


「無論です。これは自衛であり自治です。人員の配備はどうしましょう」


「ありがとう。学校では部活と関係のない先輩の存在は後輩を萎縮させる。一年の階には二年、二年の階には三年を一人は同伴させてくれ。ババを引かせるが、お前は三年と一緒に三階を頼む。通学路はあくまでも近い奴と、ある程度まで一緒に帰るだけでいい」


「了解しました」


「運動部とバイク部は近くの部員を、部室まで送ってくれればいい。被害に遭った生徒は外出と下校時に、必ず彼らか俺たちに連絡を入れておくこと。一人にならないこと。以上だ。これで少しの間様子を見ようと思う」


「なんかサチコってこういうことに妙に慣れてない」

「荒事とか鉄火場になると何時に無く冴えるのよね」


 俺ももう二十歳だからな。学校の辛い経験だって身に覚えがある。


 集団への指示とかこれが初めてだけど、何だかやれそうな気がするよ。ちょっと悲しい。


「後は居所の判明してる奴のところには俺が話をしに行くから、誰かから何か聞かれても、しらばっくれてくれ。俺から以上だ。何か質問は」


「はい」

「はい風祭先輩」


「私が襲われたらどれくらい殴っていい?」

「足の骨が折れたら卒業までじっとしてるだろ」


 いじめは相手が多数なのが前提。しかも面白半分に人も殺すような連中だ。殺人までは躊躇うが言い替えればペンで刺したり火で炙ったり、怪我の範疇で済むならどうぞというのが、俺の心情である。


「分かった!」

「はい」


「はい栄」

「家まで付きまとわれている場合は」


「必ず他の人間を呼んで家から出ないこと。家族でも学校でも警察でもいい」


 栄が誰かをちらりと見た。そういう奴もいるのか。いるだろうな。解決の優先度も考えないとな。


「他には、ないのか。そうか。部活の邪魔をして申し訳なかった。では解散!」


 号令を下すと皆バラバラと部室を出て行った。時計を見れば早四時前、早速動かないといかんか。


 俺もバイトとか家のこととかあるんだけどな。


「それでサチコ、話をしに行くっていったいどうするつもりなの」


「そうだよ、流石にあんた一人じゃ」


「いや、ひょっとするとこの話は、かなり大事になるかもしれん。話し合いで解決もしないから、なるべく俺たちが有利かつ安全な方向で、暴力を振るっていくしかないだろう。部のことも考えると俺一人で動いたほうがいい」


 とは言え何人も大っぴらに怪我をさせて回ったら、俺の退学だけでは済まない可能性が高い。ではどうするのがベストなのか。


「三年は卒業と進学がある以上時間制限がある。問題は下級生のほうだ。まだ一、二年もいるなら、半端に痛めつけても、何れほとぼりが覚めてしまう」


 影に隠れて半端なく痛めつけるしかない。俺が卒業か退学になっても、悪さできないくらいに、だ。


「仮にそうなったとき、狙いが俺に絞られるなら状況はかなり楽になる。ともかく、いじめの壊滅と敵意の一本化が当面の目標だな」


「だから、それをどうやるんだって聞いてるんでしょうが!」


「どうって言われてもそりゃお前」


 二人の疑問への答えは出ている。

 というか決まり切っている。


 俺は自分の机に向かい鞄を持ちあげると、中に手を入れて柄を掴んだ。ずっしりとした重みの正体は何も教科書だけではない。

 

「後はもう、こうするしかないよな」


 そう言って俺は、自分の鞄から、ずるりと石の斧を取り出した。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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