・通算21回目のレベルアップ
新章開始です。
今回長いです。
・通算21回目のレベルアップ
寝る前の夜。いつものリビングのテーブルに、俺とミトラスが腰かけて、テレビのほうを向いている。
安っぽい液晶テレビの画面が、リモコンから飛んでくる指令によって、チャンネルを変える。
正月三ヶ日も今日で終わり。結局いつもと変わらなかった。やったことと言えば初詣と、オカルト部部長とのアップデートだ。
今回も殺傷力の高い攻撃魔法を増やされたが、恐らく使い道はないだろう。
俺の周りの女子って総じて戦意が高くて、その内半数近くが殺意も高いから、勘弁して欲しい。生活にも余裕があるんだし、もっと大人しくできないものか。
あと他にやったことと言えば、俺がミトラスにお年賀を上げて、ミトラスからはお年玉を貰ったことくらいか。これには本当にびっくりした。
去年色々とやらかした反省からか、ミトラスは自分でもお金を稼ぐ手段を探したらしく、俺のパソコンでアカウントを作っては、フリーマーケットに色々出品していたんだそうだ。
原材料の購入は俺からのお小遣いで、手芸作品やら野菜の花の押し花やら、見れば結構な数の、取り扱い品目であった。
どれも小額ながら通年やっていたので、お年玉にできるくらいには、稼げたそうだ。
大人目線なら少ない稼ぎだが、学生目線なら大金である。他人の苦労を慮るときこそ、若い感性を失ってはいけない。この不意打ちには思わず涙も出た。
そうして先月の何ともやり切れないクリスマスから気持ちも立て直し、三学期に臨むことができる。
たかが二週間に出す量ではない、宿題も片付けた。残すはこのレベルアップ作業だけである。
「あー休みが終わってしまうー」
「いいじゃない別に。学校行けるし働けるんだよ」
「先月は精神的にキツかったからもっと休みたい」
「そんなこと言って休めるなら一生休むでしょ君は」
いやいやミトラス君。
本当に先月は大変だったんだ。
君も知ってるだろう。
バイト先の常連と化しつつあった新顔の客がまさかの殺人犯で、しかもひそかに自殺しようとしていて、そんな奴を助けたり記憶を読んだりしたものだから、俺の気持ちは荒れに荒れたんじゃないか。
そんな俺自身を、ミトラスや知人に連絡して鎮圧してもらった。
日を追う毎に相手の気持ちも、薄れていったから良かったものの、もしも引き摺っていたらと考えると、顔を覆いたくなる。
他人の痛みなど分かるものじゃない。そんな言葉がある。
まあ、敢えて反論はせんけども。
それにしてもまさかあの犯人が、異世界転生青年団の最後の一人だったとは。
後でオカルト部部長が、非常にばつが悪そうな顔をして、スケッチブックを持ってきたときには驚いた。中には工場の一画で雪に埋もれた男の姿。
言い訳を聞いたところ、身内や他の部員たちとの、クリスマスパーティに夢中だったそうだ。描いたことを忘れていたというか、提出した気になっていたというか、何にせよ危なかったのだ。
まさかまさかの連発だったが、重要なのは偵察とか観測する側にとって、相手が自分の中で重要ではない存在だった場合、失念することがあるということだ。
他人の命だの世界の命運だの言われても『うっかりしてた』は当たり前に起こり得るのである。
とても重たく苦い一夜ではあったが、奇跡が起きてくれて助かった。その後どうなったかは知らないが、病院を脱走していなければ、恐らく未だに入院中なんじゃないかな。
「一生休むって言うけど、それを言うならお前は働き過ぎなんだよ。もっとのびのびしろ」
そしてもっと俺といちゃいちゃしろ。この頃性欲が戻って来なくて、困ってるんだから。
「のびのびと自由に家事や勉強やお仕事に励んでいるじゃないか」
だ、だめだ。こいつの中には根本的に無駄がない。相手と一緒に楽しむということまでは、生産的なことに含まれるが、ミトラス個人が、自分のためだけに、何かをするというのは全然ない。
あれ、でもそうなると俺と夜営するときは、俺のためを思ってシてくれてるんだろうか。それはそれで嬉しいような、ムカつくような。
あれ、でもそうなると逆に俺のこと全く考えずにミトラスが単純に俺と夜営シたいだけだったとしたら、それはそれで嬉しいような、ムカつくような。
止そう。レベルを上げよう。
テレビのスイッチオン。
「あ、気分を害したな。無言でテレビを付けたぞ」
「うるせー」
見慣れたテレビの左上。『サチコ』の文字と数々のパネル。最終的にはこれらを全て、取得する日がいつかやって来るんだろうか。
少なくとも高校生活で全部終わるとは思えないが、それなら異世界に戻って、続きをすればいいか。
「とりあえず今回はコレ」
『精力絶倫』:心身の活力を更に底上げします。
「あ、それ取るんだ。前は取らなかったのに」
「手っ取り早く元気になるにはな、固定値を足すのが良いんだよ」
俺の現状では回復を待つよりも、成長して増えた分を加算したほうが、回復したと言える。
例えば体力や気力が、最大値の三割以下のときを、危機的状態に陥っているとものとしたとき、技能とか装備の固定値で、そこに数値を足したとする。
それで体力や気力が三割以上になれば、危機的状態を免れたと言えるだろう。
具体的には100の三割は30だ。これを下回って25だったとする。
これに何らかの力で20を足すと45。最大値が100の場合から見て三割の30を超えているし、最大値を120に再計算した場合でも、その三割に当たる36を超える。どちらにせよ危機を脱している、
最大値が増えるだけだと、何の解決にもならないどころか、却って事態が深刻になる危険性があるので、最大値を増やす際には、必ず実際の数値にも足されないといかんのだが、ともあれ3,000点で取得。
「お、すごい。自分でも明らかに、さっきより元気になってるのが分かる」
「君がいいならいいけど、何か思ってたのと違う」
そりゃ気持ちが沈んで復調しないのを、強制的に回復させるって目的だからな、この前はスケベ目的で取得を促された訳だし。
でもおかげ様でかなり気分が良くなった。
「次は知能か、何気に俺の脳みそもちょこちょこ進歩してるんだな」
「生涯学習で生涯現役!」
「何だその通信教育のキャッチコピーみたいなの」
どうしてこいつはこういつも、やる気に満ち溢れているんだ。そこんとこが欠点だよなあ。
『おおばか』
「ちょっと待って」
「どうしたの」
「このテレビやっぱり誰か入ってねえか」
「そんなことはないよ」
「本当に」
「この文章は自動的に出るものなんだ。何を基準にしてこうなるかは、分からないけど」
何時か開けてみないと駄目だな。
俺にもちょっとプライドってもんがあるからよ。
「いいから説明を見てみようよ」
「他人に自分の馬鹿の説明を見せるってのも、かなり屈辱的なんだけど」
『おおばか』:不動の心、精神的な苦痛、負担を軽減し立ち直りが早くなります。
今までにこんな『ばか』の上位スキルは無かった。間違いなく経験の産物。理由は分かる。先月の殺人犯の記憶を読んで、かなり気持ちがまいってしまったからだろう。
「取るのに抵抗があるな」
「どうして」
「これ要するに共感性が低くなっていくってことじゃないのか」
他人から受ける精神的なストレスが、軽くなるってことは、重大なことでも大した事ないって、思うようになってしまうって、ことなのでは。
流石にそれはちょっと。
「世の中というか、人生、軽くしてはいけない痛みとか苦労って、あるんじゃないかな」
「うん、まあ、親しい人のお葬式とかで、ケロっとされてたら嫌かな」
なので取るのはこっちにする。
『速度差適応』:物体の速度の変化への適応力が向上します。『音感』と相乗効果があります。
『音感』:規則性のある音の発生に気付いてタイミングを合わせられるようになります。『速度差適応』と相乗効果あります。
「速度差は、たぶん相手が急に速くなったり、走ってる相手に物をぶつけたりするときとかに、役立ちそうだな。俺はスピードに欠けるし、おつむも付いていけないから、大事だと思う」
「え、いや、それって知能の使い道なの」
「他に何かある」
「歌が上手くなるとか……」
間。
3,000点を消費しパネルを取得して、魔法のタブに移る。音感は来月だな。
『触媒化』:自分の触れている物を魔法系技能の発動を補助する道具として、加工できるようになります。また物品に魔法を蓄えておくことが可能になります。
「今まで杖とか使ったことないから今更感がすごい」
「いや、それでも凄い能力なんだよこれ!」
立ち直ったミトラスが食いついてくる。確かにな。使うと魔法の効果のあるアイテムは、それだけでゴリ押しができるくらい、強かったりするゲームもある。
オカルト部部長の攻撃魔法とかを、石に込めて投げれば、かなりの威力になるだろう。
「回復系をさ、覚えていけば、いざってときにお守りにもなるし、包帯やガーゼに込めておけば、魔法を使えないような怪我をしたときにも役立つでしょ、ね」
必死に説得してくるミトラス。
置き薬的な使い方か。
それは確かに考えてなかったな。
「なるほど、俺以外に人間相手にしたり、数が必要な際に使えるな。転ばぬ先の杖と思って、取っておくことにするか」
「やったー!」
取得。そういえば最近は、ミトラスから魔法を教えてもらってないから、これを期に回復魔法でも教わるとするか。
「最後に特技だけど、これだな」
『後ろの目』:視覚外の物体の動きをより正確に察知できます。
「いわゆる『そこか!』ってやつだね!」
「分かってるじゃないか、使う機会は無いが、できるようになっておきたくてさ」
「分かる。真剣なときにも出来ると決まった!って、内心感動するんだ」
止せ。お前の実戦経験なんて聞きたくないよ。俺は開くまで趣味として取るんだからな。
お前と遊んで見たくて取るんだから、あんまり生々しい話はせんでくれ。
で、フリーの成長点は12,000点に戻りましたとさ。脂肪の追加取得や、身体伸長のパネルを取得するときにでも、また使うだろうたぶん。
「ふう、終わった」
「お疲れ様」
「思えば遠くに来たもんだ。もうじきお前と会って、五年になるのか、早いなあ」
「それ去年も言ってなかった」
「そうかも」
あの頃の俺は体は弛みきってたし、力も無いわで何処にでもいる一般人だった。でもそれは平和な暮らしがあって、お前たちに守ってもらえてたから、俺のままでいられたんだな。
こうして嫌々とはいえ自分を強化していく日々で、それがどれだけ、ありがたいことだったか、段々と分かってきた気がする。
「なあミトラス」
「なあにサチウス」
「俺さ、この世界に戻って来て、結構強くなっちゃったけど、大丈夫かな」
「どういうこと」
「皆の知ってる俺とか、お前の好みの俺からは、どんどん遠ざかってないかって」
「大丈夫。もしも君の見た目が、どうしても無理ってことになったら、魔法をかけるから」
「そうか、良かった」
「君は君だよ。心境や肉体の変化があっても。それを見誤る皆じゃないし、僕だってそう易々と心変わりはしない自信がある。だから大丈夫」
彼は心配ないとばかりに涼しい笑みを浮かべた。
こうして不安になる度に、ミトラスに自分は大丈夫かって尋ねてる。俺はこれから後何回、こいつに同じことを尋ねるだろう。どれだけ幸せでも、何かの拍子に不安になってしまう。
「なんだよそれ、自分は変わらないから俺が変わっても平気って。ちょっと酷くないか」
「駄目?」
「いや、安心したよ」
もしも俺が俺だから駄目だって日が来ても、そのときはミトラスが変えてくれるだろう。
もしも他の人が聞いたら、怒るか呆れるかするかも知れない。
でも俺にとってはこれでいい。
これがいいんだ。
「よし、じゃあ寝るか。明日からまた学校だよ」
「うん、また行ってらっしゃいって言ってあげるね」
二人で席を立つとき、俺はミトラスの初夏の草原のような髪を撫でた。彼は大人びた仕草で、肩を竦めて見せる。もうすっかり俺の保護者になっちまってさ。
「おやすみ、ミトラス」
「おやすみ、サチウス」
お前がいるから、俺は俺の弱さが怖くないし、強くなっても、大丈夫だって思えるんだ。
ありがとうな、ミトラス。
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