・第二拠点解放
今回長めです。
・第二拠点解放
「なあ南、お前ってどうやって足と腰細くしてんの」
「お! ようやく自分の体型がおかしいことに気が付いたのね!」
放課後の部室にて訪ねたところ、ゆるふわ空手クソ女が勢い良く振り向いた。すこぶる嬉しそうなのが、またムカつく。殴りたいけどぐっと我慢。
「やっぱり足も伸ばしたいなと、あと腹も」
挑発をスルーして相槌を打つと、南は指先をアゴに当てて小首を傾げた。
「うーん、伸び盛りって訳じゃないから、今から足を伸ばすのは厳しいと思うわ。足を伸ばすってことは、足を引っ張る運動をさせることだから、垂直跳びとか乗馬とか、水泳とかかしら。太股を上下に伸ばしていくことで、筋肉を発達させて、大腿骨を長さの方面で発達させるのよ」
「お前もそうしたの」
「私は生まれつきだから」
このトレーニング法は当てにならないな。
「腰のくびれは」
「くびれって捻れとも言えるのよ。横腹のほうの腹筋を鍛えれば嫌でも引き締まるわよ。継続していけば、必ずそうなるわ」
南はそう言うとおもむろに席を外した。しばらくして戻ってくると、俺にプリントの束を渡してくる。
「それを根気良く続けていくことね」
「これやったら腹筋割れるのでは」
「そこはまあ必要経費ね、くびれがあって筋肉見えないってかなり難しいのよ。ガリガリに痩せてる人とかもいるし、元からそういう体型の人もいるけど、大多数はそうじゃないわ」
なるほど、世の中のモデルが希少人種である訳だ。腰を細くするとちょっと鍛えちゃうんだな。腹の肉がないと、ミトラスが嫌がるから、これは見送りだな。
「お前もそうしたの」
「私は生まれつきだから」
このトレーニング法は当てにならないな。
「てっとり早い方法もあるけどお勧めしないわ」
「どんなのだ」
「脚と太股をそれぞれ上下に引っ張ってテーピングするのよ。縛って絞るの」
「それかなり無理があるんじゃないのか、大陸的というか」
纏足の系譜じゃないのかそれは。
「そうね。しかも一時的なことだから継続しないと、戻るでしょうね」
「生まれつき美人は特ということだなあ」
「遺伝子の時点で美人ってことだからね」
そういえばレベルアップのパネルに整形ってなかったな。キャラクタークリエイトみたいな項目が存在してもおかしくないが、顔面の美醜は主観と時世に依るからだろうか。
それとも美容整形は純粋に文明の力ということか。発達した科学は魔法と区別が付かないというが、魔法でブスから美人へと変身した顔を、整形手術後の写真とルビを振ったら、方々からクレームが来そうだ。
「お前との組手を考えると鍛錬の時間が増えるな」
「基礎練習だけの日があってもいいじゃない」
俺はバイトが無い日は南に稽古を付けてもらうようになった。俺も南の動きを覚えているはずなのだが、このところ負ける日が続いている。
単純に打たれ強い体を作るため、構えの状態から全身打ったり蹴ったりされて、肌に結構ハリが出るようになった。これがもう少し続くと固くなって、鋭さが出るようになるんだろう。
爪を研ぐ方法の勉強や、突き指と隣り合わせの手刀練習、間接技に抗う力技の数々。
何がどれだけ役に立つか分からないが、それなりに充実した年末となりつつある。
「一般的な女子校生の生活じゃないよね」
「でも全日本級の学生はもっと毎日鍛えてるわよ」
そう考えると全国クラスの体育会系は、学生の時点でも異世界でも割りと、戦っていけるくらいの力はあるってことだな。
異世界転移ものの主人公に、学生が多かったのは、生き物としてのポテンシャルが、高いというのもあったんだろう。
逆にそういうのが無いのに、異世界に行きたいとなると、転生みたいなキャラの作り直しが必要になるんだな。才能も能力もない社会人、その次が地位や才能や能力のある社会人。
段々と転生も転移もしなくていいだろうという人種が増えて行くのを見るに、現代社会にヒーローという職業がないから、異世界に転職するような感覚なんだろうな。
転職という名のサクセスか。
「どうしたのサチコ」
「いや、そこまではしたくないなと」
「私もあんたに熊みたいになって欲しいとは、思ってないわよ」
安心しなさい、と南がはにかんだ。そうして二人で話していると、一年生の後輩である栄とアガタが、部室に入ってきた。
この二人の行動パターンは美術部にいるか、校外にスケッチに出かけるか、資料を漁りに部室に来るかのどれかだ。ただ休みに来ることもある。
なのでこの二人が、画材とスケッチブックを手にしたまま、やってくることはあまりない。しかも今日は表情を曇らせている。
「お、どうした二人とも」
「なにかあったの」
アガタは完全に気分を害しており、無言のまま自分の席にどっかと座りこむ。切れ長の目の中華系美人なので怒ると顔のパーツが、釣り上がるのが怖い。
反対に特徴が無いのが特徴という栄は、疲れたような顔をしている。
「実はアパートに浮浪者が住み付いたらしくて」
「アパートって、うちで使ってるアパートか」
「はい、絵を描いてる途中で、管理人さんが誰かと話しているのを聞いて」
愛同研の活動拠点には学校外のアパートがある。
というか最近増えた。
それというのもこの頃、全国展開のとあるアパートで施工会社が、手抜き工事をしていたことが、全国的にすっぱ抜かれたのだ。
株価は暴落、入居者続々退去、管理人の破産や自殺が相次ぎ、系列の家賃が軒並み値下がりする、という事態が発生した。
うちの学校の近所にもそんな物件が一つあった。
改修工事をして、別の学校の学生寮となるはずだったそこは、スキャンダルのせいで予定は白紙となり、管理人が生きている以外は、廃墟同然の有様だった。
この弱みに目を付けたのが先輩で、管理人の方に話を付けて、有料で一般解放させたのである。表向きはアパート兼簡易宿泊所。
中途半端に入った工事のおかげで、用途地域が住居専用でなくなったのが、怪我の功名になったらしい。
かくして愛同研一同は、お金を出してご休憩で使うも良し、泊まるも良しの場所を、手に入れたという訳である。我々以外に利用者がいないのが、最大の利点だったのだが。
「そうなんです。浮浪者っぽい男の人なんですけど」
「失礼だぞアガタ。入居者だろ、風体については言ってやるな」
値崩れした破産間近の賃貸には、どこから嗅ぎ付けて来るのか、携帯も持ってないくせに、宿無しに近い連中が集まってくることがあるとは、軍事部の言葉である。
「そうなんですけどほら、私たちだけだと危ないから戻ってきたんです」
「そうね、他の空き室に力尽くで連れ込まれたりしたらねえ」
殺されなければアガタが殺すな。
「折角冬の夕暮れで気分が乗ってたのに」
「半分くらい描き残しになっちゃって」
そこでアガタと栄が沈黙する。なるほど事情については分かった。第二の活動拠点の部屋を借り、恐らく二人は風景画を描いていたのだろう。
そこに流れてきた、自分たち以外の人の話し声に、聞き耳を立てたと。
そして男の人が住むようだからと、渋々帰ってきたのか。別に気にせず描いてりゃいいとは思うが、それでもっと遅い時間に、目を付けられでもしたら、色々と危ないか。
隣の入居者が自分の殺人犯になるなんて、珍しくもない話だからな。
「割とよく描けてたから仕上げたかったんですが」
「俺が付き沿ってやろうか」
「いえ、一度場所を切っているからそれは駄目です」
アガタは片手を挙げて断った。
「絵を描く以上その場に居続けなくてはいけません。風景画はそうやって一枚の絵が描けるんです。時間の流れが、いつまでも同じ色の景色を映さないことで、絵の中に描き続けていた時間の流れが現れるんです。朝に描いて昼に終われば、終わりのほうには昼の色彩が浮かんでいる。だから途中で止めた以上、この絵は風景画になりません。他の題材を添えて別の絵にしないといけないんです」
小難しい顔をして言うアガタの瞳の中には、既に何がしかの世界があるようで、厳し目の口調には彼女の意思が、はっきりと込められている。
「お前って性格良くないけど、そういう信念みたいなのがあるのは、良いと思うよ」
「ありがとうございます。ついでに何かアイディアを下さい」
「え、アイディア」
「ああ、創作の専門用語で発想とか着想っていう意味です」
栄がフォローを入れてくれる。俺はアガタに歴史改変前の記憶があるのかとも思ったが、そうか一部の英語は専門用語となって、現代に生き延びていたのか。
「丁度二人で同じ景色を見ていた絵があるんだから、残った半分を飾り立てて恋人感を出したらいいんじゃないか、今十二月だし旬だろ」
「野菜みたいに言うんじゃないの」
しかしこの提案は意外に受けたらしく、栄とアガタは自分たちの絵を見比べ、何やら考え込んだ末に打ち合わせをし始めた。
「同じものを見ている時間、ということは違うものを見ている時間も」
「同じ場所で同じものを見ていない時間ってことね」
栄がちょっと皮肉っぽい言い回しをする。企画としてはそこまで珍しいものではないが、それでも二人には新鮮だったようだ。
「面白いかもしれませんね」
「ちょっとやってみようか、アガっさん」
お前アガっさんって呼ばれてるのか。栄の奴、姉とはまた別のセンスしてんな。
ともあれ二人は来たばかりというのに、また画材とスケッチブックを持って出、て行ってしまった。活動的な連中である。
「しかしそうか、欠陥住宅に住みたい奴なんかおらんと思ったが、これから冬だもんな。夜中だけでもって浮浪者が小金を持って集まり、ジュウシマツの巣の様に越冬を目論んでもおかしくはないのか」
「そうね、むしろ彼らにとっては、天の恵みのような世相なのよね。人災だけど」
当事者たちがそんなニュースを知っているかどうかは知らないが、可能性を考えると無くは無い。冬休みに合宿を考えていた会も、あったはずだ。
「安全を考えて、注意喚起のお知らせを出しとくか」
「そうね、いっちゃんには私から報告しとくわ」
住居の価格が下がると安い人間が集まる。冬の寒さに頭が冷えれば、当然のことが浮かび上がる。
中々全ての人間にとって、都合の良い季節ってないもんだな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




