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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
学祭奔走編
271/518

・サチコ対南 前編

・サチコ対南 前編


※この前後編は三人称視点でお送りします。



 運動部貸し出しの柔道着に着替えたサチコと南は、同部の延清に審判を任せ試合用の一画にて対峙した。


 両手にグローブ、頭部にヘッドギア。防具を装備しているが、足は裸足のまま。


 眼鏡は斎が預かっている。


 並べば二人の女子の体格差は一目瞭然だった。南の身長は170cmの手前なのに対しサチコは既に180cm台を終えようとしている。


 20cmはある身長の差。そして幅。サチコは南の1.5倍はあろうかという程で、厚みも十分。一見して細身の南と、ともすれば太いのではというサチコ。


 実寸はそうでもないがこの二人を並べれば、倍は違うのではないかと、見る者に思わせるくらいに、かけ離れていた。


「……やっぱサチコってでっかいよね」

「うん、怪物染みてるよ。それがまた良いんだけど」


 横から実況と解説気取りで喋るのは、北斎と運動部の部長。斎はこの二人の姿を、脳内で原稿に起こしていた。


 惜しむらくはサチコの髪が、短くなっていることであるが、そこは想像力で補えばいいと、斎は自身に言い聞かせる。


 一方で運動部部長はといえば、二人の衝突に心躍らせていた。自分から見れば未熟な二人だが、それ故にぶつけ合うのは心と心。これから始まるのは語らいである。


「ではここでルールを確認します。顔面及び金的への攻撃あり。間接技には窒息の恐れのある場合のみ止めに入ります。凶器の使用無し。技有り等による技術的決着無し。試合場を示す赤線を出た場合は中断、一度中央に戻ってから試合を再開とします。決着は失神、降参のみ。よろしいですね」


「応」

「よろしいです」


 審判となった延清の確認に、両者は答えた。あたかもいつも通りの、二人であるかのように。


「では互いに拳を合わせて、よろしい。用意始め!」


 南とサチコが中央へと腕を伸ばして、拳を触れ合わせると、審判の試合開始の声が柔道場へと響き渡る。


 両者が一度距離を取り、それぞれの構えを取る。

 実況席から向って左がサチコ、右が南である。


「さあとうとう始まりました。実況はわたくし愛同研部長の北斎と」


「解説は運動部部長、風祭萌(かざまつりもえ)でお送りします」


 そしてもう一つの何かが始まった。


「いやあまさかこの二人の試合を見る日が来るとは、思いませんでした」


「そうだね。サチコも強くなったけど、どこまで食らい付けるかな」


「みなみんってそんな強いの」


「化粧で隠してるけど、あの子の肌のハリは、筋肉のそれだよ」


 南は右の拳を上向かせ、浅く伸ばすと、その下に閂をかけるように左腕を通した。対してサチコは体を横に向けて右側面を相手側に、左拳を腰溜めにして見えないようした。


 南が音も無くサチコへにじり寄ると、サチコもそれに合わせて、南の左側へと回りこもうとする。


 これを嫌ったのか、南は丁寧に何度もサチコと向きを合わせた。


「相手の側面を取りたいようですが、お互い距離を詰めません」


「サチコは左に左を合わせたいんだ。左利きは数が少ないからね。仮に相手が左利きでも、左利きの選手とばかり戦ってきたことを、意味し無い」


「右対右のように行くだけなのでは」


「理屈の上じゃね、そう上手く行くほど、左の相手がいたかは、おっと」


 サチコが大股でこれ見よがしに近付く。右腕を少しだけ持ち上げながら、しかし構えを崩さず、南の拳足が届く距離に入って動かさない。


「大胆」


 隠していた左拳を見せびらかすように伸ばし、南の胸へと突き進む。その瞬間。


 南が弾かれたように動き出した。


「あ! え!?」


 サチコの左拳は南の閂の下。左腕に切り落とされ、そのまま押さえられた。


 直後に繰り出した、否、繰り出そうとした右腕は、南の右拳を受けることになり、流れるように左側面に回りこんだ南の下段蹴りが、サチコの足を強かに打ち付ける。


 響くは重い打撃音。


 南が両手を前方で交差し構え直す。はためく胴着からは、空を制圧するような破裂音が上がる。


 およそ空手を元にした動き。練度がそのまま威風となる。


「左対左、出来てるね」


 サチコの巨体が揺らぐ。しかしどちらとも、詰めた距離を離そうとしない。南は追撃せず、その場で円を描くように間合いを取り合う。


「えっと、今のはサチコが反撃を食らって、右を打たれて左を蹴られた、のかな」


「その際にサチコは咄嗟に南の軸足を蹴ってる」

「そうなの」


 サチコは体重というものが、持つ力を知っている。攻撃を防がれた際に、何処まで決められるのかを予想できていた彼女は、苦し紛れの蹴りを放っていた。


 自分の女子らしからぬ体重、その重さ。


 そんなものを押し付けられれば、痛くなくとも邪魔である。真横に足を振った程度だが、まともに食らっていれば足が縺れ、尻餅を搗いていたであろう蹴りの威力を、弱める程度の役には立った。


「あいつの体やらしいなあ」

「ああ、サチコはエロイと思う」


「そうじゃなくて、あいつ腕が長くて、上半身が大きいんだよ。体も柔らかい。最後に上体を、ぬっと前に出してたんだよ。南はそれで距離感を見誤った。本来あるべき場所より、下半身の位置が少し下がっていたから、蹴りが浅くなった。南は足が長いが、至近距離だとそれが災いして威力を乗せられない。だから足を伸ばせるように間合いを測ったが、今度は逆に遠い。いっそのこと膝で飛び込んだほうが良かった」


 南の足が威力を発揮するには、鞭のようにしならせることが必要だった。


「はあ、なるほど」


「でも避けるときの足の動きは綺麗だった。スッスッと滑らかだ」


 被弾状況はサチコが二発、南は一発。

 しかし焦ったのは南のほうだった。


 自分の体は見た目こそ美しいが、格闘に際しては、あまり向いていない。正確には、望む動きに対して。足の長さに対して腕が伸びないのだ。


 勝ちや向き不向きを考えるなら、蹴り技主体の格闘技を修めるべきだったが、自分が威勢に欠けることを自覚していた南は、その道を選ばなかった。


「お、サチコがまた手を出して今度も左、右、返されてんんん!」


「あいつのタフさを考えると、頭を二十回くらい殴られても、へこたれないんじゃない」


 またも仕掛けるのはサチコ。今度は体を正面にしての平凡なワンツー。それを当然のように防がれて顔に反撃の右拳が刺さる。かに見えた。


 サチコは首を捻りながら強引に頭を押し込み、南の拳を食らう。その腕を、自分の片腕で押し上げ再びのワンツー。


 加えて蹴りを放つがこれも南が間に合った。両手で包みこむように受け止め、押し戻す。


 反撃に南が拳を繰り出すと、そこに待っていたのは先程の南と同じ構えを取ったサチコの姿だった。蹴りを入れるときには、既に体勢を整えていた。


 南にされた捌きを全く同様に真似して返す。


 左対左。右対右。側面に回り込み、しかし先ほどとは異なる光景が広がる。


 サチコが押さえつけていた南の腕を掴み上げ、南が腕を振り解く直前に、右拳で脇下を軽く叩いた。


 速さの乗った一撃にグローブが鳴く。


「刺さった!」

「良くやる」


 顔に攻撃を受けながら、それを承知の上で前に出る蛮勇。即座に相手の業を真似する技量、今の自分が相手より上回っているものを、即座に活用する判断力。紛れも無くサチコの成長が、南を捉えた証であった。


「……みなみんめっちゃ怒ってない」

「プライドが傷ついたって顔してんねえ」


 南がサチコの腕を振り解こうとしたとき、サチコは何よりも速さを優先し、身を引きながら拳を放った。それが命中した。


 そのことに怒りと屈辱を覚えたのが南なら、同時に驚愕と喜びを感じたのもまた、南であった。


 彼女は構え直して、目の前の対戦相手を見た。


 汗を流しながらも息を切らせず、ひたと自分を見つめる、元同い年の後輩。


 道行く人を見るときは、決まってどこか濁りや翳りを浮かべていた双眸が、今は月光に底を見せた峡谷のように澄んでいる。


 自分の存在が、友人の目を覚まさせている。自分を見るとき、この女は目を覚ます。その事実が季節のように押し寄せて、胸中を埋めていく。


 時は正に万感であった。


 南は一度目を閉じて、深呼吸をした。


 殴られてもいいと思ったが、サチコは何も言わず、ただ黙って待っていた。


 自分ではいけないと分かりながらも、南は自分の顔に笑みが浮かぶのを、止められなかった。


「構えを、変えた……」

「色気出すねえ」


 南は先ほどの、腕の下に腕を通す閂のような構えから一転、腰を少し落とし、左手を顔よりやや高く持ち上げ、右手は体の中線、腹のやや下にそっと掌を広げて、握手を申し出るかのように置いた。


 奇妙な構えだった。頭上の左拳は親指以外を指二本ずつでまとめており、あたかも三本の鉤爪のように主張している。


 サチコもまた両腕を翼のように広げつつ、腰を深く落として、顔の前で打ち合わせた。叩きつける音が空に響く。両の拳を握り、体は山の如き形を取る。


「こいつら本当に女子高生か」


 斎の呟きに答える者はいない。今や柔道場に立つ、一組の女子の気炎は、熱を帯びる一方であった。


 取っ組み合うは二人だけ。祥子と南、二人だけ。

 いざいざいざや、八卦良し。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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