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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
学祭奔走編
269/518

・ミトラスみっけ

今回長いです。

・ミトラスみっけ



 俺たちは昼食を取った後に、軽く状況を確認した。愛同研と連盟しているクラブ及び、南と先輩の個人的な知り合いの輪からは、OB及び怪しげなキノコ持参の来客を見た者は、いないとのこと。


 もしかすると歴史が変わり、異世界転生する連中が助かったことで、ここも変化したのかも知れない。


 このまま流れで助かってくれるなら何よりだ。


「じゃあ一時半に集合しようか」

「はいはい」

「うっす」


 そして俺たちは一度解散した。何かを出来るような時間でもなかったが、少し校内をぶらついてみることにする。


 こうして見ると、文化祭の日っていうものは時間の区別がない。始まったら後は、終わりが来るまでの間ずっと祭りをしている。


 帰りのホームルームは午後四時からだ。そう考えるともう余り時間がない。


 だいたいのお祭りは、実際には二十四時間中その三分の一もやればいいとこなのだ。連日やろうが短いと感じる理由は、このせいだろう。


 一時から先はあっという間に日が落ちる。廊下を行き交う生徒や保護者が、時を忘れて遊んでいる。


 不毛な毎日を送っていながら、こんなときには楽しそうにしてるんだから、人間という生き物はよく分からん。


 することもないし食堂にでも行くか。

 弁当も食べ足りなかったし。


 俺はポケットの財布から小銭を取り出すと、衣ばっかりで体に良く無いからあげを買うべく、階段を下り出した。


 他のメンチやコロッケといった既製品はちゃんとしてるのに、学校で調理する揚げ物は、どうしてあんなにも、ヤケクソ感溢れる作りをしているんだろう。


 そんなことを考えながら、一階の片隅にある食堂、その券売機に並ぶ列の、最後尾に着いた。


 普段より人は少ない。抜け出して外で家族仲良く飯を食いに行ったり、飲食店をやってる教室で買ったりするからだ。


 そもそもの話として、学食はあまり美味しく無い。


 にも関わらず学園祭の日に、わざわざ食堂に並ぶような昼飯弱者も、いることはいるのだ。そしてそんな貧困層に、興味本位で首を突っ込む者もいる。


 例えば前のほうにいる、三人組の中学生くらいの子たちがそう。


 一人は見慣れたネコ耳に、ファンタスティックな緑髪の男子。しかし尻尾は生えてない。なぜか正体を現しながら、存在しているあいつは。


「分かってたけど野菜のメニューって全然ないのね」

「ジュースだけだね。あのから揚げ凄く大きいよ」

「衣だけじゃない。全然美味しそうじゃないよ」


 見かけるのは久方ぶりの小学生、今は中学生か。


 確か西名前はと恭介だったはず。おでこの広いボーイッシュな女の子が西、長髪線目の少年が恭介だ。


 恭介がジーンズにワイシャツ、狐色のベスト。西が半ズボンと、プリントの半袖トレーナー。この時期に半袖半ズボンとか、まるで小学生だ。


 前は同じくらいだったのに、今では男子と女子の身長差だ。月日が経つのは早い。しかしそれにしても。


「臼居君、そのコスプレ脱いで来たら。列とっといてあげるから、着替えてきなよ」


「うん、なんか、ごめんね。滑っちゃって」

「謝ることじゃないよ、誤ってはいるけど」


 確かに仮装している連中も、ちらほらと見かける。後先考えずに髪を染めてる奴や、ハロウィンだってもう少しマシな仮装をするだろうという、格好の連中もいる。


 何を勘違いしたのか、保護者会の参加者が用意した縁日紛いの出店も多い。


 お面にカツラ、ヘッドバンド、マントなどなど。


 なるほど。確かにミトラスが正体を現しても、言い訳できそうではある。


 コミケには本性を現した連中が、コスプレイヤーに混ざって参加するという都市伝説があるが、こういうことなんだろうな。


「外してるんじゃなくて、似合い過ぎるっていうか」

「学芸会の中で君だけ本職っぽい空気というか」

「気合い入れてやったのが、よくないってこと」


「そうね」

「カラーコンタクトまでするのはやり過ぎだと思う」


 ミトラスはがっくりと肩を落とした。それはそうだろうな。似合うも何もそっちが本当の姿なんだから。


 フィット率100%でこれからも上昇していくよ。

 かわいい。


 そうこうした後に、俺たちは自分の食券を購入して食堂へと入る。中は調理器具の稼動する音と、人々が発する雑音により、非常にうるさい。これで普段よりも人が少ないっていうんだからな。


 少し離れた席に着いて、引き続き三人を観察していると、ミトラスがこちらに気付いた。他の二人には分からないよう、それとなくウインクしてくる。


 俺に男性器があったら、トイレに連れ込んでいたに違いない。


「この後どうする」

「僕は愛同研っていう部を見て回ろうと思ってる」

「あの変わり者集団」


 なんということだろう。近所の中学生にまで、奇人変人の集まりと目されているのか。良くも悪くもストイックなだけなんだけど。


「そうそう。もし僕が三年になっても、まだちゃんと部が残ってたら、ここに入るのもいいかなって考えてるんだ。そうでなかったら他所に行くけど」


「恭介はどうせ(ひかる)と同じ学校行くんでしょ」

「やだもうそうだけど!」


 ミトラスが背中を叩かれる。どうやらあの二人は付き合っているようだ。しばらく見ない間に仲が進展している。どこまで進んでいるのか。


「でも君たちがその部活に入るときには、今の一年生が卒業した後で、正しく新一年生ってことじゃない。一番最初の空気の中には、入れないんだよ」


「それは残念だけどね、こればっかりはどうしもうないよ。後一年早く生まれてたらって、思わなくもないけどさ、そんなのは何処も同じだし。僕の代で空気が変わっていくっていうなら、その方向性を決めることは出来そうじゃない」


「恭介って妙な所で前向きよね」

「最善より次善を尽くすと輝くんだよね、この前も」


 などと彼らはお喋りに花を咲かせていく。


 痘痕も笑窪とは良く言ったもので、人の話し声なんて幻聴でなくても、ノイズにしか感じられなかったはずが、見知った悪党ではない人々と分かると、そうは聞こえなくなる。

 

「じゃあ、後でまた落ち会おうね」

「うん、じゃまたあとで」

「いってきまーす!」


 先にトレーを片付けると、恭介と西の二人は食堂を出て行った。俺はそれを見計らって、ミトラスの隣に座る。


「そわそわしてたでしょ。あの二人、実は付き合ってるんだ」


「途中からチラチラしてたな、どこまで行ってんだ」

「卒業までに妊娠と結婚以外全部済ますんじゃない」

 

 たぶん廊下では手を繋いでいることだろう。


 いいな、俺もバイトがあったり知り合いと鉢合わせる可能性を考えて、中々ミトラスと出かけられない。

 

 かと言って、遠くへ遊びに行きたい訳じゃないし、ミトラスの分の自転車も買おうかと考えたが、本人は頑なに嫌がるし、中々上手くいかないものだ。


「あ、そうそう、言い忘れてたけど、今回のキノコの件は手を打っておいたよ」


「え、マジで」

「マジマジ」


 ミトラスは頼んでいた蕎麦の残りを食べ終えると、口をハンカチで拭う。ちゃんとごちそうさまも言えて偉いぞ。


「それで」


「ほら、毒キノコがどうこうって、言ってたでしょ。だから僕は自分のお小遣いから、食用のキノコを沢山買って、飲食系の出店の材料にそっと忍ばせて来たんだよ。だから仮に毒キノコを差し入れされても、自分から使わない限りは、大丈夫じゃないかな」


 うーん、今すぐこれでやってくれって迫られたら分からないけど、そのための人員は割いているし、食材不足からいいや使ってしまえって場合は、これで潰せてる訳だから、無駄ではない。


「ありがとミトラス、ごめんな気を遣わせちゃって」

「いいんだよ、偶には僕が事件を解決したって」


 それもそうだな。何も毎回毎回俺がやらなきゃいけないなんて、誰が決めたんだ。他の人が俺の知らない所で、話を片付けてくれるなら万々歳だ。


「ところでこれからどうするんだ。一緒に回るか」


「いいや、君はあの二人と過ごしたらいい。僕らは来年もあるんだからさ」


「本当にいいのか」


 本音を言うと、はお前とも学園祭を見て回りたい。それはお前だって同じだと思う。


「もう少し我が侭になるって、言ってたと思うけど」


「そうそう直ぐには変われないよ。だから今日のところはまだ、いつもの僕なの」


 そっか。直ぐには変われ無いか。それもそうか。


「悪い、じゃあお言葉に甘えて行くよ」

「サチコ」


 いつまでも食わずにおいたから揚げを、口に突っ込み席を立つと、咎めるような口調で呼び止められた。見れば金色の瞳が不機嫌そうだ。なんだ、あ。


「ごめん、ありがとう、だな」

「よろしい」


 機嫌を直してくれたのを見るに、今ので合ってたんだろう。お礼とお詫びの使い所を間違えると、彼はこうして直そうとしてくる。


 何度かやっているはずなのに、未だにこういうことがある。確かに、直ぐには変われ無いもんだな。


「あ、サチコ! 丁度良かった」

「なんだ南、お前も昼飯食い足りなかったのか」


「は? デブ?」

「お? 死ぬか?」


 廊下に出るなり遭遇した南は、何か俺に言うことがあったはずなのに、何故かトゲのある言葉を発した。


 デブを動詞のイントネーションで使うんじゃない。するとかやるのdoでデブと言うんじゃない。


「冗談はさておき、さっきいっちゃんから連絡があったんだけど」


「冗談で済むかは俺が決めることなんだよな」


 南が言うには先輩に他の部員から連絡があり、OBが訪問したけど、キノコは持っていなかったそうだ。図らずも既に事件は、起きる前に解決したようだ。


「これで心置きなく残りの時間を楽しめるわー」

「ココに来てサービス期間があるのは正直嬉しいな」


 まるでヒーローに変わって怪獣を退治する、モブの活躍回だ。流れが来ている。


 ん、ということはもしかして。


「あれ、本当に楽しんでいいのか」

「逆に聞くけど、それで悪いことある」


 ないな。


「じゃあ、本当に今日は遊ぶけど、いいな」

「いいわよ。勿論」


 半日残して課題が終わるとか嘘みたいだろ。人生たまには運がいいって感じの幸せもあるんだな。


「じゃあいっちゃんと合流してどんどん回りましょ」

「そうだな!」


 俺たちは並んで廊下を歩き出した。まるでお互いにただの生徒のようだ。


 今日ぐらい一般生徒やったって、お天道様も罰なんか与えまい。


「ところでお前なんで学食来たの」


「それはもういいでしょ。あんたはどうせ丼でも頼んでたんでしょうけど」


「生憎俺は彼氏と会っていたのだ」

「え、嘘!?」


 初めてだよ。こんなに傷付いたお前の顔を見たの。でも今日はこういう迂闊なことをしたい気分なんだ。恐れ慄くがいい。南号!


「うむ、あそこにいるだろう」


 俺は食堂を振り返り指を差そうとしたが、そこにはもうミトラスはいなかった。


「どこどこどこどこどれどれどれどれ!?」

「……そんなに本気で食いつかれると困るんだけど」


「っ、嘘! ア! 嘘、嘘ね! そっかそうよね!」


 必死すぎる。


「脅かさないでよ、心臓が止まるかと思ったわ」

「お前が俺をどう思っているのか理解が深まったよ」


 俺の中で南の点数がちょっと下がり、廊下を並んで歩く俺たちの距離は、少しだけ開くことになった。


 ちなみに先輩はというと。


「え! サチコに彼氏!? どこどこどこどこどれどれどれどれ!?」


 俺の中で先輩の点数がちょっと下がり、廊下を並んで歩く俺たちの距離は、少しだけ開くことになった。


 良いことがあると、悪いことも起こる。

 人生は厳しく、そして悲しい。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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