・もしもプレイヤーがいたなら
・もしもプレイヤーがいたなら
俺たちは引き続き、学校内を散策していた。今の所それらしい報告は上がってこない。
誰だって食中毒が起きるなんて嫌だし、それでなくても毒キノコは一目見てみたいという、物見高い奴は一定数いる。
「まだ来てないのかな」
「気にし過ぎよ、いないならそれでいいじゃない」
楽観とはまた少し違う南の言い種に、少しだけ不安になる。俺たちは現在四階にある料理部の部室に来ていた。
家庭科室を使わせて貰えなかったので、自前で寸胴鍋を持ってきたらしい。電機部特性の頑丈な電気コンロと併せて調理するそうな。美しきコラボレーションである。
規模は小さいのに既に行列が出来ている。日頃の活動の成果だな。メニューはおにぎりと、豚汁だけだというのに。
「この分なら大丈夫かな。仮にOBが来ても変な物を捻じ込まれる、なんてこともあるまい」
「今の部長さんなら喧嘩になってもお断りでしょ」
料理部の前部長は大仏のような人だったのに対し、今は鬼瓦のような顔をした人である。天然パーマで雷様と見紛うような風貌である。
「はいどっさり豚汁お待ちどうさま!」
先頭の男子生徒が豚汁を受け取ると、ほくほく顔で列を離れていく。見ればプラスチックの安い器には、確かに具沢山の豚汁が。
「ちょっと多いわね」
「俺はアレくらいが丁度いいけど」
「サチコと男子はそうだろうね」
なんだ失礼な連中だな。
人を大食いみたいに言いやがって。
これでも異世界から帰って今日まで、それなりに節制してるんだ。おかわりなんかしたことないわ。
「料理部の今の部長さんってさ、好き嫌いがはっきり分かれる味付けとか、量が好きだよね」
「万人受けを狙ってないのを狭量と見るか、方向性が定まっていると見るか」
「善悪と功罪は分けて論じようねサチコ」
先輩は何の話をしてるんだろう。
ともあれ俺たちはそのまま行列に、五分以上十分未満くらいの時間を並んで、豚汁とおにぎりを買った。
「はーいどうぞめしあがれー」
「いつもお世話になりまーす」
ああ凄い。汁に具が点在してるとか浮いているとかそんなんじゃない。具の隙間を埋めるように汁があるような状態だ。野菜も豚肉もたっぷりだ。俺んちよりずっと豪勢だ。
『いただきます』
そのまま三人とも無言で飯を食う。昼にはまだ早いはずだが、そんなことはどうでもいい。美味い。材料はこの辺で買える物のはずなのに。
汁の部分も野菜の水と豚の油が溶け合い、絵に描いたような盛りで、そして旨味のある塩味、即ち味噌の味がする。
豚肉もちょっとした歯応えがあり、これがおにぎりと善く合う。焚きたてのご飯をさっと握って、コンロの火でさっと炙った海苔で包んだだけなのに。とても美味い。
味覚は大半が嗅覚に依存しているというのは、こういうことなのかも知れない。
舌の根にまで染みる具と汁の味、鼻の奥まで清める米と海苔と豚汁の香り。
俺は人間、取り分け日本人なんか、特に嫌いなはずなのに、今この瞬間だけは、自分も人間で良かったと思える。ああ、人生は業腹である。
俺たちは互いの顔を見るような真似はしなかった。美味しいご飯に夢中になっている、その横顔ははしたない。しかし咎めるのは野暮、無粋の類。
だからこそ、俺たちは黙って飯を平らげた。
南と先輩が食べ終えたであろう、一呼吸をしたのを合図に、俺たちは恐る恐る相手の状態を確認した。
「どうやら、もういいみたいだね」
「そうね、美味しいものを食べるのってヤバイわね」
「ああ、でも幸せだ」
美味しいご飯は美味しいからずるい。
そんなことを考えながら、今しがた並んでいた行列を眺めると、一般客に紛れて、知った顔があることに気が付く。
「あ、こんちわ」
「ん、ああ、久しぶり!」
それはつい先月救助したばかりの、異世界転生青年団予備軍の杉田だった。
髪の毛も短く刈り込んで、服装も無難なジーパンと白トレーナー。会ったときの厭世的というか、ささくれていた雰囲気は、大分柔らかくなっている。
「こっちに引っ越したって」
「ああ、検査も異常なかったし」
「誰?」
「ほら、前に話した半魚人の」
「ああ、あの本当にあった奴!」
南と先輩に簡単に杉田を紹介する。先月の修学旅行の一件で、保護した人物である。
異世界では死因が、病死のように言われていたが、この世界ではそうでもないようだ。
やはり半魚人たちに何かされて、病死っぽい死に方をするのか、或いは歴史が変わって、死因も変わったということなのか。
何にせよ、彼は今生きている。
「人を芸人みたいに言わないでくれ。俺はもう荷物を運び込んだら、あんな街には戻らん」
「だろうな。でもどうやって荷物を運び出すんだ」
「駅に何でも屋を呼んで、家の鍵を渡して、指定した荷物を配送するように頼むよ」
「自分の家に空き巣を頼むようなものね」
杉田の家のある県は、現在異形の者共の支配化にあるので、可能であれば近付かないのが、正解だろう。
「家の中にあいつらが住んでたらどうする」
「その場合は一応通報して、それから考えるよ」
空き屋にした自宅に、家主面した魚顔が居座っていたら、さぞかし腹が立つだろう。
念のためミトラスにも、何をか頼んでおいだほうが良さそうだ。そのミトラスはといえば、今日は二人で学祭りを歩こうと誘ったのだが、断られてしまった。
一般客に紛れて来るとは言っていたから、何処かで会うとは思うんだが。
「あ、そうだ。付かぬ事をお聞きしたいんですが」
「何」
「キノコ持った奴見かけませんでしたか」
唐突な上にその聞き方はどうなんだ先輩。初対面の人に頭のおかしい奴と思われてしまうぞ。そんなことを気にする先輩でもないが。
「おう、見た見た」
「見たのかよ」
「なんかその辺にいっぱいいそうなニュアンスなのが怖いわ」
本当に有りそうだから困る。達人の動きが一般人の想像を絶することは珍しくもないが『そんなことある訳ねえだろ』というふざけた事態が、自分の身に降り掛かるのが人生である。
「ここの生徒だろ。キノコの入った袋持って、さっき走っていくのを見たよ」
「あ、じゃあさっきのうどんの奴だ」
「フラグの回収早かったなあ」
人違いというか何というか。両方か。これは果たして良かったのか悪かったのか。
「他にキノコ持ってる奴がいるのか」
「確かOBが山菜のついでに持ってくるって話になっててなあ」
「素人の採ったキノコなんか食えるわきゃないから、学校ぐるみで注意してるんです」
杉田はなるほどなと頷くと、丁度そこで列が進む。彼は豚汁を受け取ると「それじゃ」と一言だけ告げて去って行った。恐らくもう会うこともあるまい。
こういうときに話を合わせてくれる辺り、二人との付き合いというか、これまでの日々があるんだなという実感が湧いてくる。
「もしかしたら歴史が変わって、来なくなったのかもしれないな」
何気にこれまでもそういうケースが、無くはなかったし。悲観的な想像をするなら、学校に来る前に既に毒キノコを食べて死んでいるだろう。
楽観視するなら、きっと今回は採らなかったということだ。
「それなら思う存分学園祭を回れるわね」
「つっても俺たちこれから順に部室の番だぞ」
「午後からだね」
変に虫食いになるよりかは良いのだが、どうせなら全日自由でいたかった。これが少人数制の悲しい所である。
「うちと連盟してる部で午前しかやってないイベントとか有ったっけ」
「安心していっちゃん。マイナーな部はどこも午後からになってるから」
校庭ではチアとかマーチングバンドとか野球部の応援団とか特定のクラスのダンスとか、とにかくそんなふうなものが午前とお昼の終わりまでやってる。
そしてその次に部活の見世物が始まる。
「これが何か強みのある学校だと、その部活がメインに来るんだけどな」
「米神にそんなものはないよサチコ」
田舎の何となく勉強をする箱に、何となくやって来る我々生徒に、進学校みたいな宣伝力のある特色は、ない。愛同研は目の仇にされてるしな。
「あー、じゃあ安心して部室に戻れますねえ」
「午前中したことと言えば、ちょっと気持ち悪くなって豚汁食っただけっていう」
「止して。まだこれからなんだから」
などと言いながら俺たちの足は、来た道を引き返していた。悲しいかな現実。
行列に並ばなければ、もう一箇所くらい巡れたのではなかろうか。いや、それで料理部の豚汁が売り切れてたら、そっちのほうが損だな。
――なんか三組うどん屋やってるらしんだけど。
――あー知ってる。さっき男子が怒られてた。
――なんか買い忘れた具、買って来なかったって。
――え、なにそれ。どいこと。
――だからー、急いで買ってこいって言われてー、買って来なかったの。
――ウケル。超舐めてんじゃん。ガッコに来れなくなんじゃね。
――それがさあ、貰ったキノコ持ってきたって。
――なにそれ、てかえ? 金は?
――持ってないって。
――うわそれガッコ辞めんじゃね?
すれ違う女生徒たちの声が聞こえてくる。三組はもう駄目だな。ていうかうどんの具は、キノコしかないのか。もっと他にも色々あるだろ。
「おーいサチコー」
「置いてくわよ」
「すまんすまん」
後で暇が合ったら三組寄るか。お通夜みたいな空気で素うどんが出てくるかも知れん。
うちの関係者が繁盛してるのはいいけど、できることなら他の所も、ちゃんとして賑わって欲しい。
晴天清風に恵まれた今日の小田原。なるべくなら無粋や事件の起きることなく、過ごしたいものである。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




