・初日はつつがなく
今回長めです。
・初日はつつがなく
校内が華やぎ賑わっている。生徒たちは他の教室を巡り、一日遊び回っている。中には学校を抜け出す者もいるが、それはそれ、ご愛嬌。
今日は我らが米神高等学校学園祭の一日目。学園祭は二日行われるのだが、一日目は生徒と保護者、学校関係者のみの解放であり、二日目からは一般客もやって来る。
意外なことに愛同研も参加している。
連盟しているそれぞれの部はまだ分かるが、取り立ててこれといった具体的な、特定の何かといった活動をしていないうちが、何をやるのかといえば。
「うちだけ物販ブースというか、サークルみたくなってんですけど」
「そうだね」
「いいんですかこれで」
「逆に聞くけど、どこか悪いことある」
机に座って基盤の製作をしている北斎先輩が、事も無げに言う。
自分の行動や現状に疑問を挟む事のない、頑健この上無いメンタルの持ち主である。
「うちはね『他の部にこれだけ参加してました』っていうのと『学校と関係ないことこんなにできます』っていうのを、アピールすればいいの」
「むしろその行間が分からない子ばっかり増えても、活動の邪魔になるだけでしょ」
そういって部内で奇妙なコスプレをしているのは、亜麻色の髪のゆるふわ系女子の南である。
今はヘルメットで頭部が隠されているが。
「お前その格好なんだよ」
「衣装部で作った自衛隊用強化鎧よ」
陸上自衛隊の迷彩服の所々に、西洋甲冑の具足を付けたり、ヘルメットの下に面頬を当てたりと、外見から抱くイメージは『パワードスーツもどき』といった所か。
機能的な感じはしないが、見た目はちょっとだけ格好いい。ああ、だからこんな格好してるのか。
「格好いいでしょ」
「うん、格好はいいよ。でもいいのかなあ」
「逆に聞くけど何か悪いことある」
こいつもすっかり面の皮が厚くなったなあ。
元からか。
「いや、それでこう、集客とか考えなくていいのか」
「それは栄とカトちゃんに、ビラ配りさせてるから」
「中身に触れず見に来てくれっていいのかそれ」
「百聞は一見に如かず。興味のない奴にあれこれ説明するより、可愛い女子高生を宛がったほうが、遥かに釣れる。ズボン下を制する者は世界を制すだ」
うーん、分かってて間違った言い方をしてくるな。しかしこれがまた正しいのか、去年よりも来る人が、多くなってんだよなあ。
「それにそれ言ったらサチコも展示物がアレじゃん」
「アレとか言うなただの飴玉だぞ」
俺の展示物、というか製作物は脳がとろける玉露成分配合窒素たっぷりキャンディだ。嘘は吐いてない。
これが麻薬に手を出している探偵ものの小説の世界にあったら、その探偵はきっと、げっ歯類の如くこれを口一杯に頬張っていたに違いない。
「とまあこんなふうにだね、まとまりのつかないことをしていても、許されるのがこの部ですよと、見る人に分かって頂ければいいんだよ」
「なるほど、ああ、そうだな、ここってそういう場所だったわ」
この変な方向にダラダラした空気、なんだか随分と久しぶりのような気がする。
「先輩はそれ何作ってるんですか」
「プラグイン用の基盤さ。電子機器、取り分けデータで作曲をする昨今では同じソフト、同じプラグインでも処理の順番によって、機能の有無や音響の良し悪しが変わってくるからね。でもこの処理順について知っている人は少ないし、その処理順の意味や任意で並べ替えができる人は、もっと少ない」
先輩は机に置かれた工具箱の中から、何に使うか分からないチップやら端子やらを取り出すと、それを静かにシリコン基盤に半田ごてで溶接していく。エナメル線で余分に溶かした部分を、吸い取って行く。
「ソフトが発展しても、基本的には人間が置いてきぼりになるだけだからね。ハードで分かり易い形にして動かせるようにしないと、使えるようにはならない。これはその第一歩ってやつだね」
「他にやってる人いるでしょ」
「それを言ったら皆呼吸してるじゃん」
南のそれとない嫌味に顔も上げずに返す先輩。この二人もなんだかんだ、二年の付き会いなんだな。奇妙なもんだ。同じ高校に通っているのに、二年の付き合いで終わる三人か。
「知識としてのコピ本は刷ったしプラモも作り終えたからね、他にすることも今はないし」
「一人一つくらいのところを、できるだけやってしまおうというのが、如何にもいっちゃんよね」
「頼もしいっちゃあ頼もしい」
こいつらと一緒にいるのも三月までなんだな。寂しくなるな。口に出してはやらんけど。
「ごめんください」
などと考えていると、誰かが部室のドアを叩いた。もさもさの長髪と目が隠れるくらいの前髪。好感度が上がらない系女子こと、オカルト部部長である。
「よう」
「こんにちは。髪、まだ戻らないんだね」
「当面はな、頭洗うの楽で助かってるよ」
「ごめんなさいね」
「いいって、謝られても困るよ」
俺は先月の修学旅行で、異世界でもないのに半魚人とかいう、古典的なモンスターと死闘を繰り広げた。
その結果大怪我して、髪の毛も腰まであったのが、肩の辺りまでとだいぶ短くなった。
先輩と南には半魚人たちとの戦いがあったことだけは教え、髪はサメ人間に食いちぎられたと告げた。
この二人にはその辺の怪現象を、隠さずに話せるのが助かる。もっとも、それはそれで非常に心配され、南からは叱られてしまったが。
「お、部長どしたの」
「予知夢を見たから見せに来たのよ」
「おかしいって思わないその言葉」
南が警戒しながらオカルト部部長に異論を唱える。異論のほうが正しいんだから、正論で良いんじゃなかろうか。
「ていうか今日じゃないのか」
「見てもらうと分かるんだけど、明日だと思うの」
そう言って彼女は、手にしていた鞄から、スケッチブックを取り出して、机に広げて見せた。四人でそれを覗き込む。
以前に見たものよりも周囲の光景がより鮮明になっている。倒れている人の周囲に、生徒以外の人間が明らかに多いのだ。
「保護者とか学校の人間だけじゃなさそうだな」
「ということは二日目だから、明日だよね」
「これお味噌汁よね、お味噌汁を出すクラスとか部って何処だったかしら」
床にぶちまけられた具材には、キノコではあるが、何のキノコかは分からないものが混じっている。
ここから推察するに、OBの誰かが持ってきたキノコを味噌汁の具にするように、生徒にゴリ押しして、結果毒キノコ入り味噌汁を食って、大勢が死ぬということだろう。
『は?死ねば?』と言わんばかりの内容であり、放置すれば実際に死んでくれるのだが、残念ながらうちで死なれたら困る。
こんな奴でも死なせずに、異世界転生を妨げれば、この改変された世界が、より安定するらしいってんだから、世の中はままならない。
「学園祭のパンフレットによると、飲食の出店でお味噌汁をやってるのは、えーと、三階と四階で合計四箇所が豚汁出すわね、その内一軒が料理部」
「多くねえか」
「ちなみに料理部は四階、他一軒も四階、残りが家庭科室と別のクラスで三階、あとはそうねえ。一応食堂も平常運転だから、そこでもお味噌汁は作れるわね」
場所は三階と四階に二箇所、そして一階の片隅に食堂の合計五箇所。
「とはいえ五箇所だし、一応うちらで戒厳令出しとけばいいでしょ。料理部もそうだけど、他のクラスにもうちに連盟してる部の子はいるしね」
先輩が眼鏡をクイっとする。言うことを聞くほうとしては眉唾ものだが、警戒網を敷けるというのはとても頼もしい。とてもとても頼もしい。
この際『網にかかった』という台詞も言いたい。
「さて、それはそれでいいとして、どう連絡するか」
「そのままでいいんじゃないかしら。OBが山菜とかキノコを採って向っているから、手を出さないように言っておけば」
「いや、それだけじゃ不安が残る。大抵の人間は圧力とか流れに押されてしまうから、こういうのは実働を以て止められる人数を配置しないと。うちの関係者って言っても所詮はクラスに一人や二人。それでストップをかけられるかっていうと」
言われて見れば確かに。周りとかいうのは基本的に止めないからな。自分がやるしかないという状況になる以上、一人ではあまりにも心細い。
「サチコやいっちゃんみたいに、相手にノーを言うことに対して、忌避感のない人間は決して多くないわ」
「おい南、人を無頼の輩みたいに言うのはやめろ」
「割とそうだと思うんだけど」
オカルト部の部長も、顔を合わせずにそんなことを言う。別に俺も先輩も、反体制側の人間という訳じゃない。体制が一々突っかかってこなければ、少なくとも俺は、波風を蹴立てようとは思わん。
「否定はしないけどそこは今どうでもいいよ。大事なのはじゃあ、どうしようかっていうことなんだ。OBなんて要するに、もう生徒でさえなくなった人間に過ぎないけど、生徒にはなんだか偉そうに感じられる人のことだ、それが厄介なんだなあ」
「こういうまやかしに対して敵を作る可能性を厭わず待ったをかけられる人間っていうと」
おい、なんだ。どうしてそこで俺を見るんだ。
「お願いね、サチコ」
「一応他にも候補を見繕っておくからさ」
「よろしくおねがいします」
何をお願いするっていうんだよ。言って見ろよ。
「今回の件が上手く行ったら有料同人ゲームが入った私のHDを貸してあげるから」
「やります。お任せください」
学園祭の最中に、学校の平和と人命を守ることに、全力を尽くす。そんな人間が一人くらいいても良い。
「ところで」
「何サチコ」
「お前らは俺に報酬ないのか」
「じゃあこれからお昼いきましょ。何食べたい」
「三百円までなら出してあげる」
地獄に落ちろ糞ったれども。
なんて染みったれた連中なんだ。
今日の昼飯は食堂でオプションが付いて、ちょっと豪華になるからそれで勘弁するしかない。
知らぬとはいえ人命と世界の安定の値段が、これっぱかしというのが泣ける。大勢の人が生きているからといって、価値がある訳じゃないとは分かっているんだが。
「600円分何食ってやろうかな」
「野菜ジュース買い貯めしておいたら」
人命と世界の時価は現在、野菜ジュース数本分と、なっております。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




