・西との遭遇
・西との遭遇
結論から言えば、サチコの体重は落とせる。実を言うと僕のかけた不老不死の呪いと、『なまけ無効』の体質の効果で、彼女の体の維持費は、完全に棚上げされている。
ぶっちゃけると、飲まず食わずでも全然平気なのだ。
それどころか、食事等の摂取した栄養は、全て余計ともとれる。とれるけど、それと彼女が最初から持っている、優に3kgはある余計なお肉は別問題だ。
それは強化された分、筋肉に置換された分を差し引いて、なお余っている完全なお荷物である。
『過剰栄養変換』は、本来脂肪に変わるところを成長点にして、これ以上太らないようにするものであり、枠の外に初めから乗っかっているものまで、減らしてくれるような新設設計はしていない。
これはまさに、宙ぶらりんの状態となっている、真の贅肉なのである。
これを減らす都合の良いパネルはない。敷いて言えば、将来的には筋肉を強化すれば、腹筋が割れて引っ込んだり、腕の筋肉が付いたりして、二の腕のたるみが解消される可能性は、あるにはある。
けどそれは痩せたことを意味しない。
全然全く意味しない。
消さないから残ってるというだけの存在なので、消せば消える。痩せれば痩せられるのである。さて、そんなことを僕は今朝方サチコに説明したら、返って来た反応はこうだ。
『じゃあ飯食わないで部分的に痩せれば二度と太らないってことだな』
間違っちゃいないけど、何が違うような気もする。とにかく、サチコはしばらくの間、具体的に言うと自分が痩せるまでは、食事を摂らないと決めて生活するつもりのようだ。
僕のご飯は作ってくれるみたいだけど、それだと不公平だから、その分僕も何かしてあげないと、いけないよなぁ。
そう思って日課も兼ねて、近場の図書館に来たけれど、いい方法は見つからない。
贈り物の文化はいつの時代も僕らを試す。溜め息を吐きながら、色んな棚を漁るけど、人によくしてあげるような、知恵をまとめた本は見つからない。
道徳が体形として成立していない辺り、この世界の文化は、文明に反比例しているのかもしれないな。そんな馬鹿なことってあるかなあ。
ともあれ、その辺の机を借りて、興味のある本を広げてみる。先ずは服飾。
うーん。仕立て屋さんみたいな芸当は、僕には出来ないから、服を繕っては上げられない。まあこれからこつこつ練習して、冬にはセーターが編めるくらいにはなりたいかな。
駅前のデパートにある、手芸のコーナーで必要な物を買い揃えよう。次。
靴は、材料も工具もないしなあ。ああ、群魔にいたときは皆がいて、こういうときに知恵を授けてくれたし、頼もしかったんだけどなあ。
とくにバスキーさんのことが思い出される。あの人は女性に貢ぎ慣れていたから。
※バスキー
前シリーズのキャラ。初登場は『魔物が祭りを開くには』から。元魔王軍四天王の一人。『欲望にだけ』忠実かつ真摯なドラゴン。付き合いは良いが身内からは嫌われている。
職人たちのように宝飾品も作れないし、僕から行政職と暴力を取り上げたら、出来ることなんて幾らもないんだなあ。ああ、無力だ……。
思えばサチコのことも、最初は奴隷階級だなんて酷い勘違いをしていたし。
彼女は強ち間違ってないと、無理の有る擁護をしてくれたけど、どうも僕の推量は当たった試しがない。
やっぱりいつも通り料理のレシピをコピーして、元の世界で活用できる知識や、農作物の情報収集をして、他の魔物たちの誘致を検討するくらいしかないかなあ。
千年、二千年の歴史に耐える、郷土料理の数々は、長期的な幸福の追求には欠かせない。そしてその料理に必要な食材を、取り揃えることもまた、併せて考えなければいけない。
神無側では加工食品が、今のところ乳製品しかないから、大豆製品も何とか取り入れたい。
生産できる農作物を考慮して農家を配して、土地を出来る限り有効利用しないといけないのも、行政職の役目だ。
そして、そのための理由付けに料理が欠かせない。商品にもなるし、口に上がって美味しければ、農家の方々もこっちが要求する作物を、作ってやろうという気になってくれる。
相手が望むものを与えなければ、己の望むものを得られないというのが、難しいところだ。
その点サチコが欲しがるものなんて、僕くらいだしなあ。
「でへへ」
はっ。いけないいけない。自分でも今ものすごくだらしない顔をしていたことが分かる。
顔を揉んで表情を取り繕う。うーん。いざ自分が何かをしてあげたくなったときに、無欲な相手っていうのが、こんなにも手強いものだとは。
振り返ってみれば、サチコはアレが欲しいコレが欲しいなんて言わなかったな。
新しいテレビゲームが買えないか、なんて言わないで、古いものやフリーなもので十分って言って。
服は似合わないからって、いつもだらしない格好をして。縁日でだって、自分が欲しかったふうを装って、僕の服も買ってきてくれるし。
アレ、僕家事やってるだけで、これじゃヒモじゃない?
ああ~異世界に来て立場が逆転してる! サチコが猫になった僕のことを、周りに居候と紹介していたのはカチンと来たけど、なんてことはない! 現状その通りだからだ!
元の世界じゃ僕が保護者だったのに。今ではサチコが僕の保護者か。年齢的にはまだ奥さんのほうだけど、保護者ってことはつまりはお母さん、それはそれで悪くないけど……。
「でへへへ」
はっ。いけないいけない。最近気がつけば、事ある毎に内心で惚気てしまう。良くないな。
こういうとき友だちの一人もいれば、存分にサチコの話ができるのに。この世界にはパンドラたちはいないしなあ。
誰も彼も惚気が長引くと、とても嫌そうな顔になるけど。
仕方がない、今日も小説でも読むか。とはいえこの世界は現在、アメリカもイギリスも無いから、古典の詩や小説が、ごっそり無くなっているのが辛いところだ。
海外の名作コミックもない。サチコに曰く『二十一世紀なのに未だにミリタリーものが幅を利かせているのは辟易する』である。
そうして席を立って本を戻し、小説のコーナーへ向かう。ふとそんな折、途中で地理の棚に目が留まる。子どもだ。人間の子ども。
真昼間から人間の子どもに化けて、図書館に出入りしている僕が言うのもなんだけど、こんなお昼前から女の子が、一人で図書館にいる。
親は何をしているんだろう。学校はどうしたんだろうか。
見たところ、えーと、人間ってだいたいの人が十年そこらで、けっこう背が伸びるんだよな。知能に反して肉体の個体差が激しくて、鑑定が難しいんだよね。
だいたい十二、三歳くらいかな。うん、それくらいの気がする。制服は着てないからたぶん小学生かな。
いや、学校を休んでるのに、わざわざ制服を来て過ごす馬鹿がいるかな。いや、学校をずる休みしてる人間の子って、だいたい学校の制服着てるな。
いやいや、だからといって、いやいやいやいや……。
「あの」
「え? 僕?」
「うん、ずっとこっち見てるから、何かなって」
ああ、しまった勘付かれてしまった。明らかに不審者を見る目を向けられている。しかしこうなっては仕方がない。逃げるのも良くないし、そもそも逃げる理由がない。ここは言葉を選んでっと。
「いや、今日は祝日じゃないなって」
ちなみにこの世界の六月に、祝日があることをサチコは驚いていた。祝日のない月があるなんて、そんなのある訳ないと思ったけど、どうやら本当のことらしい。
「ああ、いいの。こっちは、その、来たくて来てるから」
ぎくりとした様子で女の子は目を逸らすと、そう言って書架から手を離す。でもこの場所から離れる様子はない。
「そ。ならいいや」
とはいえ深入りする事情は僕にはない。早いとこ面白そうな活字を見つけないと、図書館の意味が失われてしまう。だけどその場を後にしようとして。
「ねえ」
呼び止められてしまった。
「なに」
「君は、どうなの?」
お前こそどうしたんだ。そう言われているのだ。これは困った。正直に話すことはできない、自分が聞き返されることは想定してなかったな。
「んー、とりあえず、立ち話もなんだから」
そう言って机のほうを指差して、来た道を戻ることにする。言い訳はその間に考えよう。歩き出すと、後から少女は付いてきた。
「僕は臼居。君は」
咄嗟にサチコの苗字を借りた。まだ婿入りはしていない。
「あ、えっと」
「別に言わなくてもいいよ」
「え、あ、に、西です」
「そ」
西という少女を連れて、僕は立ってから十分も経ってない席へと帰って来た。
「どうぞ」
「あ、はい」
西を隣の席に座るよう促してから、視線を窓の外へと移す。曇天の下、強めの風が、並木を揺らしているのが見えた。さて、ここからどう誤魔化したものか。
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文章と行間を修正しました。




