・前回分の成長処理
・前回分の成長処理
※このお話は基本的にミトラスの視点で進みます。
六月中旬。梅雨。この世界のこの季節を、この国の人はそう呼ぶらしい。外では雨がしとしとと降っている。
これから夏にかけて高温多湿となって、非常に息苦しくなっていくそうだ。雨は向こう側へと落ちるように振っているので、窓は少しくらい開けておいても大丈夫。
雨粒の間を吹く風は、網戸の隙間を縫って室内へと入り込んでくる。この町の匂いは変わっている。
「でさあ南の奴、俺たちみたいな奴が、際限なく見つかるかも知れないってことは、伏せたらしいんだよ。一応他の時代にも調査員が行ってるはずだから、そのうち分かることだからって」
リビングにあるテーブル、そこの椅子に座り、テレビに映る自分のステータスを見ながら、サチコは言った。最近ちょっとだけ強くなって、前よりも少しキレイになった僕の大切な人。うん、今日も可愛い。
この頃は寝巻きも、肌着にスウェットというのではなく、ちゃんとパジャマを着てくれるようになった。
今日は日曜。もう晩御飯は済ませたので、今は彼女の能力強化の時間だ。前回のアルバイトからそろそろ一ヶ月。人間サプリによる成長点が、再び貯まってきたのでやってみよう、ということになった。
サチコの強化はもっぱら肉体のタブに集中する。油断体質と過剰栄養変換のおかげで、日々の余ったあれこれはフリーの成長点として、結構な量が貯まっている。
言い換えればそれだけ学校での暮らしが、健康とは程遠い生活だってことだけど。
「手に負えないなんてことは、自分の口からは言いたくないだろうからね」
「だいたいさあ、第二次大戦前から変わってるのに、何でこの時代を調べてるんだろう。もう百年は前のことだぞ」
ぼやきながら獲得したのは『内臓強化』と『骨格矯正』。歪んだ骨なんて赤いパネルで出ていそうなものだけど、見当たらなかった。というよりもこのパネルを見て、サチコは自分の骨が歪んでいることを、知ったんだ。
『内臓強化』:各内臓の機能と強度を向上させます。
『骨格矯正』:骨盤を始めとした、諸々の骨の歪みを正します。
「たぶん、南さんが未来から来たのと同じように、誰かがこの時代から過去へ行ったのが、如何にかして分かったんじゃないかな。ほら、アニメや漫画で良くあるじゃない。何々の反応を検知しましたって」
「なるほどなあ。確かにこの時代に、誰も派遣してないにも関わらず、そんなワープ反応みたいなのがあったら、そいつが犯人だってなるもんな」
次に何を取るべきか悩みながら、サチコは相槌を打った。肉体のタブはパネル取得に対して、要する成長点が少ない。その上で効果が分かり易いので、サチコはこれを良く取る。
「神経と血管の強化はまだ先だな。次は魔法行くか」
全要素を解放しただけあって、全てを取得するのに必要な成長点がまるで足りないけど、サチコは迷わず『気合』の一段目を取得した。
余談だけど、彼女はこの画面を見て、庭の石なんか拾わず、土属性の魔法で石を出せばいいことに気付いたのは、最近のことである。
魔法を使い慣れてないと、選択肢そのものが出て来ないんだなあ。
『気合』:精神力全般を大幅に、肉体を僅かに強化します。決して怪我や病気を快方に向かわせたり、運気が開けるといったことはありませんので、ご注意ください。
親切な説明だなあ。後二つくらい取れそうだったけどこれでお終い。次は知能タブ。
「『暗記』でいいか」
『暗記』:二十四時間以内に勉強したことを、次の二十四時間が過ぎるまでの間、正確に思い出せる特技。その後の忘れ方は通常の通りとなります。
知能に関してサチコの態度は本当におざなりだ。自分の頭脳をかなりお見限りしている節がある。それにしても脳の強化が肉体タブの範疇に無いのは不思議だなあ。整理したのは僕だけど。
「特技は『水泳』を取る。うん。やはり体使う特技を取ると全体的に強くなるな」
「そりゃ鍛え上げた体を、使いこなせるだけの頭にはなるからね」
動物の中には、謎としか言いようのない、不思議な自滅の仕方をする者もいるけどね。
『水泳』:泳ぎが得意な体に強化されます。そのために痩せたり萎んだりすることはありません。逆に大きくなることもありません。
親切な説明だなあ。隣の人は額に青筋浮かべてるけど。
サチコがパネルを取得すると、画面の端に並ぶ彼女のざっくりとした能力値が、全体的に向上する。やはりというか、まだまだ取得できそうだけど、温存する方針みたい。
例によって適応されると、一瞬で彼女の体のラインが引き締まり……よかった、おなかは引っ込んでないぞ。
「うーん、あのさミトラス。俺の体重がさ、70kg行っちゃってんだけど。太ってない?」
心なしか怒っているような響きで質問をされた。あまり気にすることでもないと思うんだけどな。
「太ってない。筋肉になったから」
「2キロくらい、落とせない?」
「油断体質を消せば5キロは軽いよ」
でもね。と付け加えると、急いでそれを消しにかかったサチコが動きを止める。ふふふ、こういうときの反応は、確実によくなっている。
「それをやっちゃうと、今みたいにすごい勢いで成長点が入らなくなるよ」
成長点はどんな人でも一日に一点は貯まる。それを帳消しにするような短所が無ければ。貧困層によくいる、元気以外何の取り柄もない人が、体だけは丈夫になるように。
ところが彼女の場合、油断体質と光合成のおかげで、人よりも栄養を持て余し気味であり、それが過剰栄養変換に拍車をかける。
結果、単純に一日を過ごすだけで、彼女にはフリーの成長点が十は入る。それがパンドラのリボンのおかげで、他のタブにも入る。こういうのをきっと、シナジーがあるって言うんだろう。
一日に合計五十の成長点は、優れた人種で才能ある人か、余程効率的な訓練をしている場合でもなければ、手に入らない量だ。
文字通り元の彼女とは、比べ物にならないくらいの成長を、遂げているのである。
「君のレベルが上がりきってないうちは、消さないほうが良いと思うよ。僕は全然嫌じゃないし、毎日のようにしてるけど、太ったなんて思ったことは一度もないよ」
あ、赤くなった。やった。
「うん、止めようか、そういうの。いいけど」
それからサチコはしばらくの間、画面を睨んではカーソルを、未練がましく油断体質の赤パネルの上で、うろうろさせていた。最終的には残す方向で決心したようだ。
「はあ~、となると痩せるにはもう、地道な運動しかないってことか。シノさんのお札ももうないしな。ディーのくれたクリームに、そういう効果もあれば良かったのに」
※ディー
前シリーズのキャラ。初登場は『魔物が祭りを開くには』から。元魔王軍四天王の一人。ミトラスの妹分でウィルトの娘なインテリマッスル。服のセンスが良くない。
「あれでも本人の限界を引き上げるっていう、凄い物なんですよ。限界が来ると成長点が貯まっていても、パネルの取得自体できなくなるんですから、ありがたく思わないと」
サチコは不服そうだけど、渋々納得した様子でテレビを消した。僕は雨戸を、次に窓を閉めた。これで今日の活動は終わりである。
「それじゃあ、寝るか」
「あ、サチウス」
「悪いけど今日は無しで」
断られてしまった。まだ何も言ってないけど、したいことを断られてしまった。うーむ、これが俗に言う薮蛇というやつなのか。
こっちの世界に来てからというもの、僕の世界で使っていた彼女の『サチウス』という呼び名も、最近はご無沙汰だ。
最近はこういうときでもないと使えないのになあ。
「痩せたら」
「え」
「痩せたらまた……しような」
こっちを向かずに言う彼女の声は、今にも消え入りそうで、耳は真っ赤だった。もうこれだけで僕の気分は持ち直している。我ながら単純な男だな、僕!
「……うん! おやすみ、サチウス!」
今日はこの辺にしといてあげよう。さ、今日はもう寝よう。明日からあの子のダイエットを手伝う計画を、練らなくてはいけなくなったからね。
群魔区で仕事に追われていた頃も幸せだったけど、これはこれで悪くないかなあ。
明日も良い日でありますように。
そうお祈りを何かに奉げてから、僕は安らかな眠りに着いたのでした。
新章開始となります。
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