・番外編 彼女のおしごと
・番外編 彼女のおしごと
風の無い寝苦しい夜。所は公立米神高等学校から少し離れた安アパート。二階の角に位置する一室。卓袱台の上に置かれたノートパソコンをタイプする音が、室内に木霊する。
この部屋の現在の住人は、薄いクッションを敷いた座椅子に座りながら、この一か月での活動内容と、伝えるべき収穫をまとめた、報告書の作成に取り掛かっていた。
室内には未だ蛍光灯の光が、時間を弁えない明かるさで、室内を満たしている。
「えーと、二十一世紀の不正歴史へ現着直後、正規歴史の記憶の持ち主が行動を起こしたことで、いち早く発見と保護を果たし、また、保護した同現地人の協力により、他に二人の記憶保持者を確認、同じく保護することとなった」
彼女は風呂上りの、未だ湿り気の残る亜麻色の髪をかき上げると、次の文面を考えた。
表の顔は女子高校生だが、その正体は『時空アメリカ警察嘱託公安部』という、未来の秘密組織、のような何かに所属する派遣社員である。要するに捨て駒。
報告内容についても、本当に保護している訳ではないが、発見だけでは体裁が整わないので、独自に加えたエッセンスである。
改変された歴史の調査と修正が、彼女の主な業務だが、後者にはついてはほぼ不可能である。
彼女に渡された職場からの情報には、この時代から変化が始まっているとあった。どうしてそんなことが分かるのかといえば、改変された時点から、順番に歴史が塗り替っていくからだ。
言い換えれば、変更があった時点よりも、前の歴史はそのままということである。
例えるなら元の歴史に比べ、選挙の結果が変わったとしても、改変時点より前の歴史は、そのまま残るのである。
故にこそ、未来から見て乱れ出した過去に、職員を送り込み調査をさせるのだが、この時代と一口に言っても、どこからどこまでを指してのものなのかは、中々断定が出来ない。
歴史区分といっても単に一世紀なのか、それとも教科書に分けられるような、数百年という期間なのか。いずれにせよ、彼女一人で調べきれるものではない。
仮に十分な人数がいたとしても、それこそ気の遠くなるような時間が必要なのである。とはいえ、それには現代以外の時間が使われるので、あまり意味の無いことではあるが。
そんな訳で、彼女に出来ることは調査のみに留まっている。
「現地で確認した記憶の保持者(以下保持者)たち全員に共通することは、全員が女子高生であるという点と、何れも歴史改変の影響を受けた者たちに比べ、一人でいる時間が多く、それが日常的になっているという点である」
口に出して文章を確認しつつ、次の段落に移る。室内に時計はなく、最早香りも色褪せた畳の上で身じろぎをすれば、僅かにいぐさの擦れる音がするばかり。私物も殆どなく、生活感もない。
そんな中で黙々と、いや、独り言と共に、自分がタイプした文字を読み上げながら、彼女は作業を続けた。
「保護した保持者たちについての詳細は、現状で次の通りである。随時更新の予定、用紙は添付された写真を参照されたしっと」
そう呟いて、彼女はうーんと唸った。四月からのこの短期間に出会った、三人のことを思い返しながら、文字を足したり消したりして、形にしていく。
自分で書くと、実際そうだったような気がしてくるので、注意が必要だ。文章に起こすことで、その時はそこまででもなかった気持ちが、後から湧いてくることもある。
『今思い出すと腹が立つ』というやつでもあり、その感情によって、今後の人物評が一気に傾いて、戻らないということがある。
それぞれの名前を入力すると、彼女は一度、深呼吸をした。
『北斎 年齢:16 身長:146 体重:44kg 血液型:B』
『小田原市内在住、米神高等学校二年生、兄弟姉妹の有無:保護時に二つ下の妹がいることを確認。両親と同居。家庭環境に異常はなし。姉妹揃ってギークとナードの境を往復する、サブカルチャーフリーク。歴史改変時は自室で漫画を描いていた』
『廃止予定にあった部活未満の集まりを組織化し、存続を図る。自分の現状を漫画にして発信するなど、小柄な外見と日和見がちな態度に反して、非常に活動的。三人の内で最も裕福な環境にあるが、そのせいか緊張感や警戒心が薄く、多少軽率な面が見られる。能力や容姿にそぐわない人望の持ち主でもある』
『やや性的嗜好に倒錯のきらいが見られるものの、概ね善良な市民である。余談だが、北を発見する直接の要因である漫画は、アップロードこそ取り下げたものの、作品自体は続いており、今は第二部を製作中である。必殺技はカルトブラスターと三千世界ミサイル』
先ず一人目、あっさりとこちらの指示に従い、恭順の意を示した女生徒の姿を思い出す。
こけしのように平らかな外見に、最大の特徴である大きな目と、殊更それを強調するような眼鏡。どこか後少しでも崩したら、一気にグロテスクなものに分類されるような、ギリギリのバランスの上に成り立つ愛嬌のある顔は、一度見たら忘れられそうも無い。
漫画から抜け出してきたような風貌、そう形容するのが相応しいような気がしたが、彼女はそれを記載することは避けた。そして二人目の記事に移る。
『臼居祥子 年齢:15 身長:170 体重:70g 血液型:A』
『小田原市内在住、米神高等学校一年生、兄弟の有無:無し。保護した三人の内で最も体力的に優れ、それと同時に危険な人物でもある。一言で表すなら『タフガイ』。歴史改変時は自室でネットゲームをしていた』
『内偵の結果分かったことは、臼居は貧困層に位置する人間であり、家庭は父親のDVにより崩壊。離婚の末に一家は離散、父方の祖母に引き取られる。現在は祖母も逝去し、残された家に一人、正確には野良猫と一緒に住んでいる』
内偵と言っても、単に学校のお昼休みに聞いた、当人の身の上話をまとめただけである。
『三人目の人物と同じく、擬似部落内における土人による慣習的私刑を、継続的に受けた経験があるものの、臼居はこれに反抗し続けており、これらの経験から自身に危害が加えられる、またはその可能性がある場合には躊躇なく暴力に訴える面があり、前述の北とは対照的である』
『特筆すべき点は意外に理性的であり、反社会的行為を行っていないことである。社交的とは言えないまでも、北女子や三人目との会話に支障は無く、日常生活も携帯電話を持っていないこと以外、事欠くものはない』
『ただ、北女子が無警戒に私を味方だと思い、出迎えたのに対し、臼居は真っ先に攻撃に出た。誤解が解けた際は素直に謝罪をしたが、敵対者に容赦を見せた様子は今のところない。自衛のためとはいえ、同性に遠慮なく投石を行う彼女を見ていると、ここが二十一世紀であるか疑わしくなった』
厳密には謝罪をしたのは、先日の東海の件で敵対したことであり、初回については誤ってはいない。
彼女はパソコンから、少し離れた位置に置いておいたカップに手を伸ばす。中に注がれている珈琲は、サチコからのお礼とお詫びの品だった。
――お前はもう少し善玉だと信じてやりたかったがな。
口の中に広がる苦味に顔をしかめる。一旦席を立ち、冷蔵庫から買っておいた牛乳を取り出して混ぜる。
『それでも、決して見境と教養の無い猛獣という訳ではないので、臼居に対しては、思わせぶりな態度を取らず、簡潔なコミュニケーションを心がければ安全である』
黒から灰色、ではなく茶色に変化した液体を一口する。砂糖は入っていないので甘くない。今度からは練乳を混ぜることにして、彼女は三人目の作成に取り掛かる。
『東海 年齢:16 身長:158 体重:53g 血液型:O』
『小田原市内在住、麦仏女子高等学校二年生、兄弟の有無:無し。保護した三人のうちの三人目。喫茶店の自営業主である両親と共に、店を切り盛りしている。家庭環境は良好。歴史改変時は既に自室で寝ていたという』
『前述の臼居と同じく、擬似部落内における土人による慣習的私刑を受けており、こちらは特に抵抗も出来ず、将来的に見て高い可能性で生命の危機に瀕していたため、やむを得ずインスタント洗脳機及び、脳保護コンタクトレンズを貸与した。これにより劣等日本人たちは、現在東の家の喫茶店の客として、鎮静化が図られることとなった』
『東は学校から帰っても家の手伝いで、一日の残りの時間の大半を費やす。その中でも一人になる機会も度々ある。あらゆる物事に対し全体的に関心が無く、自分と家のことを第一に考えているようだ』
「以上が三人についての報告であり、今後も調査と彼女たちの観察を、並行して継続することとする。差し当たってはこれ以上の保護と、広域への活動は、人員及び安全確保のための装備が不足しているため、これを要請する。南、と。うー、終わったー!」
大きく伸びをして解放の叫びを上げると、彼女はこの世界にはまだ存在していないアドレスへ、たった今書き終えたばかりの報告書を送信した。
南はこの歴史改変の調査と修正のうち、修正は別に放置していても良いのでは、ということは伏せたままにした。
何故なら、それで自分の置かれた境遇が、悪化するのではないかと、危惧したからである。給料を始めとした諸々の待遇が悪くなるのは、自分が退職してからでいい。
「なんかもう、正直面倒臭いしとっとと帰りたいわ。我ながらなんで、一度はくらい社会経験をしておこうなんて、馬鹿な使命感を燃やしてたのかしら」
そんな向上心の欠片もないことを言うと、南は時間が経ち、少しばかり冷えた体を、布団へと潜り込ませた。どこにでもある煎餅蒲団である。
「あー、早く七月にならないかしら……もうつらいわ……」
そんなことを言いながら、携帯電話に来ていた東と北からのメッセージを返信しつつ、彼女はうつらうつらと眠りの縁へ滑り落ちていった。
ここは米神高等学校から少し離れた安アパート。二階の角に位置する一室で、未来から来た少女が、静かに寝息を立てているなどということは、この世界では誰も知らない。
<了>
これにて第二章は終了です。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
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誤字脱字を修正しました。




