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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
見捨てられた地編
253/518

・白い偽物

・白い偽物



「で、お前が杉田なんだな」

「そう、だけど」


 目の前にいる人物は、俺のことをかなり警戒しつつそう言った。頭の天辺からつま先まで、胡乱なものを見るような目で見て来る。


 それはそうだろう。突然見ず知らずのデカい女が、これまたデカい刀を引っ下げて訪ねて来たとなれば、すわ強盗の類かと思うのが自然だろう。


 ここにまだハニートラップとか美人局みたいな可能性を残せるのなら、それは現実逃避という外ない。


「あの、えっと、ちょっと待ってくれ」


 ぼさぼさ頭に瓶底眼鏡、小太りでやさぐれた中年男が杉田だった。髭だけは口元に整えている。こうして見ると異世界に転生した連中は、皆同じ顔をそれぞれアレンジしたような感じだったが、なるほど思い出すと確かに面影がある。


「悪いけどもう一回言ってくれる」

「この辺にいる杉田はお前だけか」


「そうだな。少なくとも近所にはいない。他の地域にはいるだろうけど」


「だが肝心の避難所には、杉田が一人もいなかった。たぶんここだけだろう」


「そうか。で、あんた最初何て言った」

「この辺でもうじき死ぬ杉田っていう男を捜してる」

「杉田がオレしかいないならオレだけど、え、何」


 時を遡ること二十分ほど前、小走りでほぼ無人の街へと乗り込んだ俺は、人がいないことを確認して魔物を召還した。とはいっても呼び出したのは、ゴーストくらいだが。


 俺が表札を見てゴーストが中を確認するという作業を繰り返した。外れが重なり、人も全然いないことが分かったので、残りも呼び出そうかと言う頃に、見つけてしまった。


 運が良いといえば良いけど、俺から他の皆に連絡は取れないので、最短でも東条班の捜索が終わるまで、俺は一人ということになる。


 作業が一番遅くまで掛かり、地域そのものが外れの場合もあったのに、まさかこっちが当たりで、しかもこんなに早く見つかってしまうとは。


「なにオレ死ぬの」


 俺は見つけた杉田家のチャイムを押して、ゴーストにより居留守を使っているのを確認し、中から鍵を開けさせて乗り込んだ。


 周辺は人だけが、忽然と消えたかのように静かで、穏やかで、特に傷らしい傷もない、整然とした綺麗な町並みだった。


 この家も庭付き一戸建て二階有り、玄関の外を少し歩けば、小さなアーチ付きの門があるという、かなり裕福そうな見た目だった。


 玄関横には自転車、道路側に車庫はあるものの車は中に無い。古びてはいるが、あまり傷んではいないみたいだ。


 で、当の杉田はといえば、家の鍵を開けてそのまま上がり込んできた侵入者に対し、悲鳴を上げた。


 俺は刀を抜きながら静かにするように言って、この話し合いを始めたのだった。今思うと最初に『杉田というもうじき死ぬ男を捜している』と切り出したのは良くなかったな。


「そうらしいぞ」

「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ」

「うむ、順を追って説明しよう」


 当たり前だが理解が追いつかない杉田に、俺はここまでの経緯を、脚色したり設定を捏造したりしながら説明した。


 どうして話を盛るのかと聞かれれば、正直に全てを話すよりは説得力があり、話を円滑に進ませるためである。


 杉田の部屋は二階の道路側に面した角部屋で、窓が二箇所ある。夏は暑く冬は寒い、致命的な日本的建築構造。


「つまりあんたは妖怪で、異世界の魔物と手を組み、この歴史改変された世界を、そのままにしておくのが目的で、そのためには死んで異世界転生する、オレを含めた男たちを死なせない必要が、あると」


 一頻り話を聞き終えた杉田はそう言った。


 一つ一つ丁寧に話を纏めて合ってる辺り、頭は悪くないらしい。


「そいうことだな」


 余談だが俺が人間ではないという設定を信じてもらうために、巨大化もしてみせた。文字通り一肌脱ぐのは恥ずかしかったが、こいつは鼻の下を伸ばすどころか再度悲鳴を上げた。


 失礼な奴だと思ったが、もしかしたら男って、それほどスケベじゃないのか。


 生き物は身の危険を感じると、子孫を残そうという本能が刺激されるらしいが、人間の男ってあんまり、そういうの無いよな。


 ビビッたらビビりっ放しというか、先ず危機を脱すること以外は、考えられなくなるというか。


「なるほどな、オレの頭がおかしくなった訳じゃないのか。やはりか」


「もしかして前の世界の記憶があるのか」


「北米版のゲームが消滅してて、頭がおかしくなりそうだった」


 杉田は自分のパソコンをぽんぽんと叩いた。

 艶が無く黒い長方形の重量感たっぷりな箱。


 都市伝説かと思っていたが実在したそれは、紛れも無くゲーミングPC。


 ゲームを遊んだり作ったりすることに特化した攻撃力極振りのアイテム。重そう。


「お前ゲーマーだったのか」


「今じゃオレのパソコンの中にあるだけだよ。作ったMODが無駄にならなくて良かったけど、あんま喜べない」


 お前のパソコンの中にインストールされたゲームはそのままなのか。歴史から消えているんだから、インストールした事実も無くなるはずじゃないのか。


 機械やデータも歴史改変の影響を免れている場合があるんだな。


「だからお前はああいう能力になったんだな」


 見れば確かに室内には所狭しとゲームソフトとハードが並んでいる。点けっ放しのディスプレイには『CivilizationⅣ』が。


 ケーブルの配線過多で火事になりそうだ。ブラウザゲームが主流の昨今で珍しい、っていうかこいつ何歳なんだ。


「ああ、パソコンの中に入れる能力か、案外この状況に絶望して死んだからって、線はないのか」


「それでパソコンのない世界に生まれ変わるって悪意が過ぎるだろ」


 ミトラスの異世界は文明レベルが恐らく世界史的な中世にあり、産業革命もそのうち起こりそうな雰囲気だったので、杉田が生まれ変わるのは早過ぎた。


 杉田だけに。


「今何か失礼なことを考えなかったか」

「いきなり何を言い出すんだお前は」

「あ、いや、すまん」


 流石に突然のことばかりで気が立ってるみたいだ。自分が死ぬとか不法侵入とか。


 異世界にいたときは、もっと低姿勢だったんだが、もしかすると俺たちと会うまでに、心が折れるようなことがあったのかも知れない。


 それとも相手が俺だから、今はこういう態度なんだろうか。


「それでだ、こっちとしては病院の精密検査の一つも受けて、それ入院して欲しいんだよ。たぶん緊急入院から手術しないといかんような、病気の一つや二つは見つかると思うんだよな。何かそういう兆候って心当たりないか」


「地震からこっち不摂生な暮らししかしてないしな。たぶん病気になってると言われれば、そうかもなって思うけど、内臓が痛んだり鼻血が出たり目がどうとかは無いな」


 杉田は腕を組んで考える。自覚症状があってずっと堪えているという、分かり易い状態ではないようだ。


「何も死ぬなとは言わないよ、ちょっとだけ死ぬ時期ズラして欲しいってだけでさ」


「うーん、そうだなあ。死ぬ時期ズラしても転生することは変わらないみたいだし、それならもうちょいこの世にしがみついてもいいかな、でもなあ」


 何故か杉田が渋る。いや、希望があるというなら、早めに死んでさっさと次の人生を、手にしたほうがいいんじゃないかという、至極もっともなことを考えているのかも知れない。


 長生きなどするものではないというのは、いつの時代も先人の教えだ。


「もしかして元の歴史に戻したいのか、そりゃ俺だってsteamが無いのは痛いし、アメリカの映画が無いのも寂しいし、ラブソングが減りすぎてしんどいけど、それにしたって今のほうが住み良いんだ」


「いや、そこは大丈夫だよ。俺のパソコンには残ってるし、この世界はこの世界で面白がれるしな。要は歴史を元に戻せなくするだけで、俺が異世界転生できるのは変わらないんだ。そこに不満はないよ。だがな」


 杉田は腕を組んで髭を弄る。苛立たしげにしながら散らかっているベッドの上を片付け始める。


 床に置きっ放しの攻略本やら、検証データをまとめたメモ等もまとめる。机はあるがプラモがあるから、置けないようだが。


「なんだ、やっぱり誰かか何かに未練があるのか」


「まさか。NHKだって自作のディスプレイを作って、追っ払ったんだ。もう誰もいないよ」


「身内は」


 問えば杉田は肩を竦めて『死んだ』と言った。

 とてもそうは思えないほど軽い響きだった。


「オレん家さ、元はずっとあっち側だったんだ」


 あっちと言って杉田が指差した先は、避難所のある方角。


「昔さ、地震あったときにな、皆先に逃げたんだよ。オレを置いて。そしたら皆死んだよ。天罰ってあるんだなって思ってさあ。こうして祖父母の家に荷物運び込んで、住んでるんだ」


 彼は更に言葉を続けた。疲れた横顔をしていたが、目だけは冷たく鋭い光を灯している。


「犠牲者が沢山出たなんて言うけどさ、オレにしたらあの街の連中なんか、嫌な奴ばっかりだった。全滅は流石に無理だったけど、でも死んで当然って奴らだらけだったから、はっきり言ってすごいスッキリした。神様っているんだなって、救われた気持ちだった」


 杉田は誰かに言いたくて堪らなかったとばかりに、その暗い感動を吐露した。


「おめえ人間にしとくの勿体ねえな。でもそれじゃ、何でだ」


「……来た。アレだよ」


 何かに気付いたのか、杉田は窓に近寄ると、俺を手招きした。アゴをしゃくって見ろという仕草をしたのでそっと外を覗く。


 すると来た時には無かった、白いワゴン車が一台、家の前に停まっている。中から一人の男が出てきて、門の前まで来るのが見えた。


 白い制服に身を包んだ、色白の、鰓が張った男。


「なんだ、あれか。アレがどうかしたのか」

「あいつら、この辺りを見張ってるんだ」


 ――どういうことだ。


 彼にそう尋ねようとした瞬間、玄関のチャイムが、下から鳴り響いた。

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文章と行間を修正しました。

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