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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
見捨てられた地編
251/518

・いつからか

今回長めです。

・いつからか



 夜になった。二時からありがたいお話が三十分。

 小学生たちとの交流が一時間。

 そこから大掃除が一時間。

 体育館や多目的室から布団を運び込むこと三十分。

 間に挟まるトイレ休憩がそれぞれ十分の計四十分。


 六時から団体行動で近所の健康ランドに移動。


 クラス毎から班行動へと細分化され、時間制限付きの入浴時間を過ごす。体か頭の片方しか洗う時間がない中で、後が閊える。


 女子の中にはメイクが落ちることや、他の子の入った湯船に浸かるのを嫌がる者が出るなど、早くも地獄の様相を呈してきた。


 全員が全員そんな有様なので、修学旅行時の女子は中途半端に汚い。問題の渦中に放り込まれれば、問題行動は起こせないかもしれないが、このやり方に問題が無いかといえば、また別問題である。


 そしてそんな芋洗いの後に待っているのは、楽しい食事の時間、ではない。給食センターから運び込まれた残り物のような飯が、一日最後の苦行だ。


 どう見ても他の客の食ってるものとは、もっと言うと店が提供する飯とは、一線も二線も画した食料。


 食事ではない、食料だ。


 犬や猫だって専用のご飯か、飼い主が用意したご飯を食べる。『ご飯』を食べる。

 

 しかしこれはどうだろう。


 冷たくなって、そもそも解凍したかどうかも怪しいウインナー、温くて色が薄い味噌汁。ろくに調味料もないのに、山ほどある千切りキャベツ。すっかり衣が萎びたフライのあれこれ。小学生が野菜を嫌いになる理由の第一位ことおひたし。

 

 そしてこれでもかと出される白米。なんでこんなに米だけ余ってるのか。


 誰も彼もが一日の疲れを倍にする、不味くて冷たい飯を前に閉口した。


 或る者は危機感を抱いて箸を付けず、或る者は食事の時間を何とか会話で過ごそうと、頑張って話し続けることを選んだ。


 俺は不味い飯を食っても腹は壊さないがお米で被爆するのは嫌だ。付け合わせのキャベツだってもしかしたら農薬たっぷりかもしれない。側面に農薬が溜まって脳みそが萎縮したり硬化したりするのも嫌だ。


 ここは元の歴史とは違うんだ。


 他の連中が『お前体大きいだろ』みたいに擦り寄って来ようが、教師が話しかけて来ようが関係無い。俺は水とお茶と葱しか入ってない、豆腐もわかめも何故か入っていない味噌汁にだけ手を付けて、ご馳走様をした。


 そして今、一年を通して口を利かないクラスメートと共に、部屋へ引き上げた俺はというと。


「出前を取ろう」


 こんなこともあろうかと、持ち込んでおいたこの辺の飲食店のチラシを広げていた。ネットの力により、現地の出前可能な店のチラシや、電話番号を手に入れていたのだ。


「ピザでいいかな。割り感で」


 これには誰も異論を唱えなかった。風紀上良くないが俺の学校生活における内申は低い。気にする必要は無かった。


 愛同研の二年生たちにも声をかけ、最終的に十枚以上のピザを注文することになった。


 後はもう寝るだけの外出禁止となっている状態だったので、校門まで受け取りに行くのは、難しいかとこのときは思ったが、見張りの教師おらず、それどころか『うちが頼んだのは別の奴です』とか言ってる現場に遭遇したので、正直に名乗り出て受け取ってきた。


 先生たちは寿司頼んでました。私たちは沈黙でもって和平協定を結んで差し上げたのです。


 ――そして今。


「勇敢ってあなたのためにある言葉ね」

「本当に柔軟な発想ですよ」


 九時前だというのに、俺の部屋にはオカルト部部長こと蓮乗寺桜子と、軍事部部長こと東条がいて、代わりに他の女子たちは、皆別の部屋へピザを持って出て行った。


 ここにいるのはパジャマ代わりに、ジャージに身を包んだ三人の学生である。


 二人とも大事そうに、自分の取り分であるピザを頬張っている。少し距離があり片手にコーラを握り締めている辺り、笑顔の裏に『絶対に渡さないぞ』という強い意思を感じる。


「もぐもぐ今日といい、この前といいもぐもぐ、手間をかけさせてもぐもぐごめんなさい。でもありがとうもぐもぐ」


「もぐもぐご飯が美味しいって大事なんだもぐもぐ。軍隊が糧食にもぐもぐ、拘る理由が分かるもぐもぐ」


 もぐもぐ言うの止めてくれない?

 一旦食べる手を止めてくれない?


「あそうだ。さっき北さんからメールがあったわよ」

「自分もありました」


 この中で俺だけが携帯電話を持ってないので、先輩たちからのサポートは、この二人を通してでないと、受けられない。


「この辺の地図の写真が沢山送られてきたわ」

「それって今見られるか」

「こちらになります」


 そういって東条が、続いて蓮乗寺が自分の携帯電話を取り出す。違うな。これは『すまほ』という奴だ。知ってるぞ。確か新しい奴。


 東条がいる手前魔法は使いたくない。そうなると、無駄になってしまうこの時間で、写真を確認することにより、一緒に街の状態を把握できる。


 先輩もいいタイミングで情報を寄越したくれたな。


「携帯電話よりちょっと画面が大きいな」


「こういうのを持っててもお咎めが無いのが、修学旅行の利点ですね」


 学業への専念より生活の利便性や安全や連絡手段という諸々が詰まっているものを、常日頃から携行できないのは頭がおかしい。


「ここが現在我々の宿泊している学校です」

「それで周辺の写真がこっち」


 プリントして繋げることで、簡易な地図にしたかったが、残念ながらそれはできない。続けて写真を見て行く。


「明日の自由見学で行ける範囲に、スケブの場所があればいいが」


「先ずは消去法で行き先を消していきましょ」


 瓦礫が積まれて、未だに復興の予感さえしない光景には、市区町村の名前が振られている。


 それを旅のしおりと、前もって印刷しておいたF県の地図の両方と見比べる。


「我々の現在地はここ。地図上では県に入って中ほどの高さですが端にあります。そして明日バスに乗って田村市の中央まで、行く事になっていて、そこから奥には入らないようにしての自由見学となります」


「で、送られてきた写真の地名を排除していくと」

「小奇麗なままの避難区域が三箇所」


「もしも県の奥に目的の人物がいないのなら、この中のどこかということですね」


 前の歴史じゃ、制限が解除されてたはずの場所が、軒並み入れなくなっている。


 これが政治の変動のとばっちりということか。非常に迷惑。点数による政治的な判断が、状況の改善を年単位で遅らせるんだな。


「三手に分かれるしかねえな」

「それは危険です」


 俺の提案に東条は渋い顔をした。いつの間にかピザを食い終わっている。


「これは写真に添付されていた南先輩の言葉なのですが『街が綺麗なのは天災の被害を直接受けていないということだから、場所が県の中央に寄っているはずだけど、写真の家屋は手付かずの荒れ方をしていない』というんです」


「人が入ってるってことね」


「避難生活だって、たまには家に帰るだろう。そんな職員に厳重に閉じ込められてる訳じゃ、あるまいし。ないよな」


「そこまではなんとも」


 もしも本当に何年も、避難所に押し込められているなら、それはそれでまた問題だな。頭でっかちと言わざるを得ない。


 というかこのままだと後年帰宅した際に、家主気取りになった誰かと鉢合わせて惨劇が起き兼ねないぞ。


「もしも浮浪者がいたとして、そいつらのせいで捜索は滞るようであれば、か」


「一応自分は防具を持ってきてあります。しおりにも各自用意しておくようありましたし」


 そういう危険があるって分かっててこの旅行を断行する辺りが、いかにも日本の学校って感じだ。ちなみに俺も刀を持って来ている。


 重いので部屋に置きっ放しにしてたから盗まれるんじゃないかとも思ったが、幸いにして誰も持って行かなかった。


「杉田ってやつのことは分からなかったのか」


「避難所に問い合わせたけど登録はないそうだから、たぶん自宅住まいじゃないかって」


 となるとさっきの写真にあった綺麗な家には、避難所入りしなかった人々が、住んでるってことじゃないのか。


「なんだ。それじゃ他の家にも同じような人が住んでるんじゃないか」


「あ、そ、そうですよ! 浮浪者よりよっぽど可能性があります!」


 東条が慌てたように体を動かす。こいつ映画の青年みたいに、行動に動きが伴ってるの何とかならんのか鬱陶しい。


「私たちのすることはあくまで人探しよ。それを忘れないでね」


「ん、近日中に死ぬ奴を病院にぶちこむんだろ」

「間違ってはいませんが端折り過ぎです……」


 そうして俺たちは、それから繰り返し地図と写真を確認し、装備や荷物を検めて明日の行動を決めた。


 最初から不審者と遭遇すると決まったわけではないという、考えてみれば当たり前のことに気付けたおかげで、精神的な余裕がやっと生まれそうだった。


「よしこんな所だろ。後は明日に備えて寝るだけだ」


「そうですね。それではお二人とも、今日はおやすみなさい、また明日」


 安心したのか、東条は明るい笑みを浮かべて去って行った。良くも悪くも単純で、大きなはずの背中が、いまいち小さく見える。悪い奴ではないのだが。


「私も部屋に戻るわ。人海戦術も有りだと思うから、子飼いの二年生にも支持を出しておくわね」


「頼むよ」


 蓮乗寺も退出した。部屋には俺一人とピザの食べかすが残された。俺は溜め息を一つ吐いてから、ゴミを処分し、歯を磨いて、寝巻に着替える。


 最後に床に敷かれた、薄いマットの上に横になり、寝る体勢に入る。他にルームメイトも帰って来ないが構うものか。


 マットの上には長いタオルケットがシーツ代わりに巻かれている。微妙に硬くやや臭いが、絶妙に疲労感を煽るので眠気はやってくる。これならちゃんと寝られそうだ。



 でも考えてみりゃそうだよな。


 昼間は見かけなかっただけで、ちゃんと人が住んでるんだよな。その証拠に。


 ――外には人の気配が沢山増えているんだから。


 さ、明日に備えてもう寝よう。


 体力は余ってるけど、気を遣う状況のせいか、随分疲れたからな。後は杉田を見つけ出して、病院送りにするだけだ。


「だったら楽なんだけど」


 そんな訳ないよな。


 それだと黒い線は何だよってことになっちゃうもんなあ。気が重いなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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