・外部講師招致
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「えーではこれより、召喚術の授業を始めます」
『よろしくお願いします』
時は放課後っていうか夜。俺の家にはオカルト部部長こと、蓮乗寺桜子とその御付きの天狗が来ていた。
今回の修学旅行での人探しにおいて、人手も時間も圧倒的に足りていない。よって召喚術で探索人数を、増やしてことに当たろうと思ったのだ。
二人を講師として招いたものの、夜間学校というよりは家庭教師のような状況だ。ミトラスは自分が授業を受けられるのが嬉しいのか、傍目から見ても分かるくらいワクワクしている。
「あの、私までお邪魔しちゃってよかったのかしら」
先日久しぶりに記憶の交換をし、先月のことからも一応の和解はした、オカルト部部長が控え目に聞いてくる。
「俺がわがままを聞いてもらってる以上その辺はなんとも」
来てはいけない理由は無い。しかし来てほしかったかと聞かれると、首をどの方向にも振り難い。
この言い方では本当は来て欲しくなかったかのように聞こえるが、正直に言うとどちらとも言えないのである。
悪意があって俺たちに手を出した訳ではないことは分かっているし、何がとは言わないけど、勝ったのは俺だ。
だったら根に持つのは止めたほうがいいんだけど、こればっかりは気持ちの問題なので、中々風化してくれない。
罪には罰と償いと許しが必要である。
あわやミトラスを寝取られるかも知れなかった件については、償いは刀を打って貰ったり誕生日プレゼントを貰ったりしたことで、済んでいる。
そして敗北を罰ということに俺がすれば、後は許すだけだ。いや、まだ正式にごめんなさいは、言われてないから、それも要るな。
だが言い替えれば後はもう、彼女が俺に謝ればこの件は終わりにしていいだろう。そしてそれは時間の問題だと思う。ならば今すべきことは何か、この講義をちゃんと受けることだ。
「とはいえ、先ず皆様がどの程度召喚術を使えるのかを私にお教えください」
「はい」
「はいサチコさん」
「やり方が分かりません。 使えるはずだけど使ったことないです」
「そういえば君って覚えた魔法を殆ど使わないよね」
「使う機会が無いからな」
隠す必要が無い肉体の力と、周りに比べて足りないおつむは問題ないが、俺は出自が現代人なので、魔法を使うという行為には躊躇いを覚える価値感なのだ。
そしてその傾向は二十歳を迎えて、余計に拍車が掛かっている。
「もうちょっと使って見ようとは思わなかったの」
「興味が無かったからな、理不尽に対抗するときくらいしか用が無いし」
この反応にウルカ爺さんとオカルト部部長は、困惑するような顔を見せた。
「たまには自分が理不尽そのものとなって誰かに襲いかかり支配してやろうとかそういう気持ちにはならなかったの」
「お前は何を言っているんだ」
もしかしてお前の所の姿の見えない部員って。
「ミトラス殿、サチコ殿は本当に使えないのですか」
「使えるようにはなりましたが教えてはいないです。うっかり事故を起こしたら危ないし、サチコに呼び出したいものができるまでは、却ってそのままのほうが安全だと思って」
ミトラスの目の届かない時と場所と状況で、うっかり召還した何かを、街の中に解き放ってしまったらことだ。
なので使えない、使い方を知らないままでいさせるということは、別に誤った判断ではない。
これは彼が俺という人間が、自分から使い方を調べようという自発性とは、縁遠い性格であることを熟知した上でのことだ。
現に俺の召還術に関する知識や技術は、空白のままである。
「なるほど分かりました。では初級者用に触媒を用意するところから、始めましょう」
ウルカ爺さんはそう言うと、自分の鞄の中から白紙のプリント用紙を数枚と、分度器やらコンパスやら、図形が書ける定規やらの文房具を、テーブルの上に撒いた。
そして自身は予めリビングに運び込んだ、ホワイトボードの前に立つ。天狗の神隠しって便利だ。個人的にはむしろこれを教えて欲しい。
「触媒?」
「魔方陣とか生贄のこと。たまに怪しげな儀式って、あるじゃない」
『たまにあるじゃない』が俺の中ではゲームや映画の話だけど、こいつの場合はたぶん違うんだろうな。
「本来は呪文一つで呼び出せるものを、力の無い人でも呼び出すために、魔方陣を描いたり生贄を捧げたりするの」
「アレ自体が召還に必要な手順じゃないんだ」
「そういう場合もありますが、基本的には『そら』でできない人のための手段ですな」
ゲーム的に考えるなら、装備品や儀式でステータスやレベルを水増しして本来なら使えない、呼び出せない者を呼び出すんだな。
人類は本当あの手この手で、身の丈に合わないことをするな。
「それでサチコはいったい何を召還したいの」
「ああ、それなんだがな」
ミトラスの質問に、俺は自分の考えていることを、伝えた。そのことを聞いたウルカ爺さんは、非常に興味深そうに頷いてくれる。
「なるほど。敢えて下級の魔物を揃えてから合体させ力を増すと、考えましたな」
「それで今の俺のことを考えると、呼び出す魔物側にも一工夫したいんだが」
「先ずは呼び出すとこからやってみましょう」
とまあそんなこんなで講義は始まり、ウルカ爺さんは懐から、一枚の布を取り出して、ホワイトボードに貼り付ける。
「これを模写してください」
「旅行土産のペナントみたいに見えるんだけど」
横にした二等辺三角形は、赤い布地で出来ており、そこにはインド感溢れる曼荼羅が描かれている。
大きな円の中には梵時と、良く分からない図柄に、複数の仏様のお姿。
「いやちょっとレベル高過ぎないか。仏の模写がきついんだけど」
特に中央の大仏は結構な書き込み具合で螺髪が目に痛い。
「ああ違います違いますすいません、模写するのは円や図柄の配置場所までですよ。文字や仏まで別に結構です。むしろ描いたら減点です。ああいう民話から侵蝕していくような概念寄生生物なんか、以ての外ですからね」
俺の目の前で民話の元みたいな存在が何か言ってんだけどコレどういう反応していいか分っかんねえな。
ともあれ要はペナントの円と四角の配置を真似すればいいんだな。一応外側の三角形も書いておくか。
ペナントの細部を測りつつ白紙に定規とコンパスで丁寧に線を引いていく。こういう計算しない作業は楽しいんだけどな。
「粗方書けましたかな。お、サチコ殿は外枠まで書いてくださりましたか。でも今回はそこ使いませんので消して大丈夫ですよ」
授業あるあるだと思うが微妙に恥ずかしい。左右から励ましのお便りが届くのが余計にクる。
「この円の集まりが魔方陣となる訳ですが、ここで思い出して頂きたいのが、先ほどの曼荼羅。中央の大仏の元に他の仏が集まってくるという図です。あれはそのまま中央に自分を、周囲には呼びたい者を配しておけば、自分の元にそれらの者を多数呼び寄せることができる魔法陣となります」
「召還というより召集だな」
「曼荼羅ってそういうものだし」
「教えの割りには中央集権的なんだね」
つまり大仏を俺にすれば俺の所に他の仏、の代わりに配置した魔物たちが、異世界からやってくるという寸法か。
「ここからが大事です。自分と他者の記号を先ず決めなくてはいけませんが、本来それは当事者同士の同意による契約が、必要なのです」
トモダチとして登録しないといけない訳だな。悪魔全書も仲魔にしてない奴は呼び出せないぜ。
「あれ、でもそうなると俺は異世界にいる奴と会いに行くことはできないぞ。詰んでね」
「さっちゃんには僕のを上げるよ」
ミトラスが隣でそんなことを言う。
誰がさっちゃんだ。
まるで図工の授業で絵の具を忘れた子どもみたいに言わんでくれ。でもそうか、ミトラスは元々召還できたな。待てよ。
「あれ、それならどうして、お前の世界は俺を召還できたんだ」
「あれは酷い力技なんだ。召還したい相手の条件を決めて、適合する相手を見つけたら空間を切り取って、世界をこっちに繋げて吸い込むっていうのかな」
画像検索で引っかかったのをダウンロードじゃなくて切り取りしちゃうのか。いやまあダウンロードだと元はそのままである以上、呼ばれた人が、増えちゃうのからいいのか。
「でもこれで何とかなりそうじゃない」
「いえ、大事なのはここからです」
オカルト部部長の言葉に、ウルカ爺さんは厳しい声を上げた。
「召還用の魔法陣一つでまとめて召還するとなれば、それは緻密で複雑な、競合問題を回避した、同時召還用の魔法陣という高度な物を作らないといけません」
「一匹分ずつ用意したらいいじゃないすか」
「想像してごらんなさいサチコ殿、自分の記号が仮に証明写真だったとしましょう。自分の証明写真が中央に貼られた魔法陣を、四つも用意したいんですか!」
その絵面の問題は証明写真が十割悪いんであって、別のにすればいいだけじゃないのか。
ていうか数揃えたらいいことは変わらんし。
「その魔法陣を直ぐ使えるようにするために、何枚も印刷して、シャツの裏地にプリントするなりアップリケで縫い付けるなりしたとしましょう。証明写真四枚の魔法陣! どれだけ自分が好きなんですか!」
だからそれは証明写真を使わなければいいだけのことだろう。
「そういう格好悪さを回避するためにも、できれば一つの魔法陣で、できるよう頑張って頂きたいのです。分かりますかサチコ殿!」
「分かった。証明写真は使わないよ」
「自分を表現するって難しいよね」
かくして、俺たちの魔法の短期集中講義は続いた。
ウルカ爺さんは教える以上、俺にも上達して欲しいと思ってくれての熱弁だったようだが、生憎俺だってツッコミには慣れてるんだ。
勢いではそうそう押し切られんよ。
「それで、サチコさんは、自分をどういう記号にするかは決めたの」
「……まだ」
しかしそれとこれとは話が別である。
俺のマーク、俺のマークかあ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




