・明るい救助計画
今回長めです。
・明るい救助計画
思い出したように夏日を出したり、一足早く20℃を下回る日を出したりする十月の初旬。俺は久しぶりのような気がする、愛同研の部室にいた。
「廃墟探索における要人捜索と救助についての会議を始めたいと思います」
そんなことを言うのはオカルト部部長である。今日は自分の巣ではなくこちらに来ている。
部室には他に俺と南と先輩のいつもの三人に加え、たまたま居合わせた、軍事部の部長こと東条、そしてそれを遠巻きに見ている、有象無象である。
「何、また肝試しみたいなことをするの。私は嫌よ」
開口一番にノーを唱えたのは南だ。人の話を聞く前に主張をするのが、アメリカ人の悪い癖だが、相手をしても意味がないので、話を続ける。
「今回は修学旅行先のF県で、死人が出るという予知夢を見てしまった私のために、皆さんには知恵を貸して頂きたく、こうしてやってきた次第です。どうぞよろしく」
「またとんでもないことに巻き込んでくれるなあ」
先輩が受験するつもりのない、大学の過去問から顔を上げて苦笑する。この人の推薦だかAOだかが決まるのは、今月の終わりか来月だったか。
「今回は建物内の探索ではなく、街の中から特定の人物及び住所を、割り出すのが目的となります」
今回の修学旅行先はF県である。
数年前に津波という天災と原発爆発という人災で壊滅した県だ。広島県はHで始まるのに、どうしてこの県はFから始まるんだろう。
「あの、予知夢というのは」
軍事部部長現在二年生の東条が、おずおずと手を挙げる。この場では数少ない男性である。
軍事オタクの集まりの中で、一年生の頃から部長を押し付けられた苦労人だ。サバゲーが好きで体も相当に鍛えているのか、更に体格がよくなっている。
同じ苗字のおっさんは、小さいおっさんだったのになあ。
「私のです」
「いえ、誰が見たかということではなくてですね」
「ただの予知夢だ。狼狽えるんじゃない」
俺がそう言うと南と東条は嫌そうな顔をした。東条はともかく南、お前はこっち側だろ。
「そこではどうも、引き篭っている杉田という人が、臓器不全で孤独死するみたいなの」
「それを助けたいということなのか」
「だって寝覚めが悪いじゃない」
俺とオカルト部部長のやり取りは、ある程度事前に打ち合わせ済みである。ちなみに杉田というのは異世界に転生した者たちの内の一人だ。
俺は完全に名前を忘れていたのだが、彼女はすんなりと出した。
俺の中では古い記憶も、それを呼んだ彼女の中ではまだ新しい記憶ということだろう。数年前に書かれた頁でも、最近読んだという読者にとっては、最近の記憶という訳だ。
「念の為占ってみたけど、助けないとこの先災いを招くとも出ているのよね」
「具体的には」
「そこまでは、でも分かったときには遅いと思うの」
本当は異世界に転生して他の連中と一悶着を起こすのだが、杉田自体は自分のノートパソコン内で、自殺を企てるという無害さなので、放っておいてもいい。
死んでもいいから、死んでもらってもいいのだが、歴史改変後のこの世界を、確たるものにするという活動の一環ではあるので、これこそ念の為に助けておこうということだ。
「あの、さっきから、あの、何て言ったらいいのか、根拠のないことを確定事項のように言って、その対策を練ろうと言っているようにしか、聞こえませんが」
発言内容を疑っているのか正気を疑っているのか、はたまたその両方か、東条はこれしきのことで酷く動揺しているようで、顔中に『まいった』という感想を浮かべている。
「そうだぞ。お前も来年で三年生なんだからいい加減慣れろ」
「サチコ無茶言わないの。オカルト部は他の部と殆ど交流がないんだから」
ああ、じゃあこの反応は新鮮な訳だ。
羨ましい限りだな。
「ともかく話を進めよう、修学旅行先はF県だね。しおりはもう貰ってるの」
「はい、これっす」
俺とオカルト部部長は、予め数部コピーしておいた修学旅行の旅のしおりを配った。東条は自分の鞄から自分のしおりを取り出している。
「いいなあ。うちらは日光だったよ。小学生じゃあるまいし」
「いっちゃんは二回目になったのよね」
「行き先で一回分損してる」
修学旅行あるあるの一つを実際に経験している先輩はそう言う。
だからといって今回みたいな行き先が、本当に良いかと聞かれると、たぶん首を横に振るだろう。
「宿泊先は民宿でさえなくなったのね」
「廃校予定の小学校にお泊りだとよ」
教室が部屋の代わりだそうで、学校にお泊りとか小学生じゃあるまいし。
学校の取り組みって小学生を基準にしている節が多々ある。不自然に幼稚と言おうか。
その想定された幼稚さと現実の幼稚な学生との齟齬が圧倒的に不快な生活空間を造り出すことにそろそろ目を向けられないものか。
「繰り返しになるが、今回は廃墟探索ではなくゴーストタウンでの捜索だ。決められた時間の中で手がかりから、相手を見つけなくてはいかん」
「見つけたらどうするの」
「とりあえず事情を話して養生してもらうか、最悪本当に入院させるかだな」
「それが引き金で死ぬんじゃないの」
南が白い目でこちらを見ながら吐き捨てる。それもそうなんだよな。もう近日中に死ぬ奴を入院させたからって死なないとは思えない。
助かる可能性があるとしたら、緊急手術で難を逃れたり、血管の破裂を未然に防いだりといった場合か。
「かも知れん。まあ先ずは見つけてみないことには、始まらないし」
「それもそうだ。東条君、君の意見を聞きたいな」
「あえ、じ、自分でありますか」
いきなり水を向けられて、東条が露骨に狼狽える。自分の腹辺りまでしかない小柄な先輩に、ここまで畏まる所が、こいつの人間性と教育水準の高さを物語っている。
「そうですね、場所が市街というならこれは市街戦、修学旅行は二泊三日で、恐らく捜索が可能な時間は、二日目の自由時間、作戦の期限までごく短期間ですので速攻を挑まざるを得ません。そして潜伏している目標を確保するのに、大規模な人員を導入できないとなれば、これは少人数による特殊な任務、ということになるでしょうか」
「電撃戦とは言わないのかい」
「敵はいませんからね」
東条は席から立ち上がると、今言った条件をホワイトボードに書いて整理していく。
「先ず当日の動きは、何よりも早さが求められます。初めて行く土地とはいえ、移動に割く時間は目標に会う以外、極力省きたいですね。そしてその為には事前の調査をどれだけできているか、相手の居場所が絞り込めているかにかかっています。何か手がかりはありませんか」
「それなら夢のことを描いたスケッチブックが」
オカルト部部長はそう言って、鞄から例のスケッチブックを取り出して、予知夢を描いた頁を、机の上に広げて見せる。
東条や南を含めた数人が呻き、息を飲む。
「落ち着け、深呼吸しろ」
「はい、では失礼して」
東条はスケッチブックを借りると、慎重に絵を検分した。長々と見ていると呪われそうだ。
「人がいないということは、避難区域、立入禁止区域でしょう。外の風景には特徴的な建物が見えないということは、住宅地かも知れない。この絵で一番大きな手がかりは、瓦礫がないということです。つまり瓦礫が出る程の被害は受けていないか、その地域に近く、避難を強いられる立地ということです。これだけでもだいぶ絞り込めそうではあります」
「もう一つある」
「何ですかサチコさん」
「黒い線が気になる。これは浮浪者じゃねえか」
予知夢の絵には不穏な黒い線が幾つも走っている。これがネズミやゴキブリじゃないとするなら、残りは人間しかない。
「今言った区域内で、浮浪者が隠れ住んでいるような場所ってことだな」
「そう、なりますね」
部室内に重い空気が満ちていく。
それもそうだろう。
ここに乗り込むということはつまり、ホームレスを始めとした、およそ堅気に分類できない人種がいる場所に、乗り込むということだ。
特に俺やオカルト部部長からしたら、ここに妖怪や幽霊がいるかもという、余計な危険性が懸案事項に加わるのである。嫌過ぎる。やはり死んでもらったほうがいいんじゃないのか。
「建設的な意見こそ、真面目な奴に言わせるに限る。分かった、調査はこっちでしておこう」
沈黙を気にせず先輩が軽々しく告げる。なぜか何も心配していないというふうだが、不思議と空気が軽くなるのを感じる。
「県や市区町村が発表しているものと、ネット上で報道者気取りがアップしてる写真を拾えるだけ拾おう。それと方々の質問板にもスレを立てて様子を見るよ。サチコたちは乗り込むんだから、突入には備えておきなさい」
先輩は段取りをまとめると、この話はおしまいとばかりに、自分のパソコンを起動し始める。南も心底嫌そうではあったが、自分のスマホを弄り出す。
「うっす、ありがとうございます先輩」
「やっぱり頼りになるわあ」
「危ないと思ったら直ぐ戻るのよ、知らない人の命よりも、まだあんた達のほうが大事なんだから」
「ありがとよ、南」
各々が動き出そうとすると、俄かに部室の空気は、いつもの微妙な明るさを取り戻す。
「いや、皆さん剛毅ですね。大したものです」
「何を他人事みたいに言ってんの。君も二年生だろ。行くんだよ」
「え、自分もですか!」
先輩に言われ俄かに東条が慌てる。何で自分がって顔してる。分かり易い奴だな。
完全に意識の外だったんだろう。
「当たり前だろう。今回この中で一番頼られなくちゃいかん人物だろきみい」
「それは、それはあ、そう、かも。うう」
額に汗を浮かべながら東条はこちらを振り返った。オカルト部部長は前髪で目が隠れた状態で笑い、俺は肩を竦めた。
「無理にとは言わないよ。でも来てくれるんなら宜しく頼む」
「貴重な実戦経験だよ東条君」
俺たちがそう言うと、彼はその場で固まり考え込んでしまった。
顔色が赤くなったり青くなったり、汗が浮かんだり引いたり、目が泳いだりと非常に忙しない。
うーむ、こいつが足手まといになるか、頼れる協力者になるか。
先輩は俺たちの安全を考えて、こいつを付けてくれたんだろうが、果たして役に立つのだろうか。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




