表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
244/518

・番外編 黒幕もどきの憂鬱

・番外編 黒幕もどきの憂鬱



 オカルト部部長こと蓮乗寺桜子は、痛む股間を擦りながら、床に臥せっていた。現在地は天狗の屋敷ではなく学校の保健室。現時点は魔王の息子と事に及んだ日の後日であった。


 秘所は腫れ、擦り傷用の軟膏を塗り大人しくベッドに横たわっている。保健室の利用理由は生理痛ということにしていた。


(失敗した)


 彼女はそう思った。この世界は何者かの歴史改変を受けている。その際に何人かは、改変前の歴史の記憶を失っておらず、彼女もまたその一人だった。


 しかし他の者たちと異なる点が、彼女には一つだけあった。それは。


(まあ後付けで他人の生まれ変わりになっても、私が乗っ取られた訳ではなかったと確認できたから、よしとしよう)


 自分とは別の魂を持っているということだった。


 かつて人ならざる存在の、自己をそのままにした、人から人への輪廻転生があった。


 恐らくそれは今もこの世のあちこちで、行われていることであり、歴史が変わったことで、彼女もまたその生まれ変わり先に、されてしまったのだが。


(この体、というか『今回の私』は処女だけど、実はバリバリの超ベテラン、みたいな童貞くさいご都合主義には、ならなかったな)


 生まれ変わる、転生するはずだった魂は蓮乗寺桜子の魂を取り込み、人格も入れ替わるはずだった。


 だが改変前の記憶を持っていたが故か、本来起こるはずのなかった転生の為か、或いは単にこの人物とかち合ってしまったせいか。


 魂は一体となれはしたが、人格は遠い昔に鈴鹿御前と呼ばれた者ではなくなり、現代で米神高等学校オカルト部、旧式名称超常現象研究会の長である、彼女のままであった。


 結果として、それまでの御前が持ち越してきた知識と力を彼女は得た。だが経験はどうだろう。


 魔法や超能力を初めとしたものは、引き継いだ知識から力を増したものの、彼女自身が慣れ親しんだものであるため、今一つ実感が湧かなかった。


 そんな中で、今の自分がまだ体験していないこと、それを知識に沿って上手くやれたのなら、経験も引き継げているとはっきりするだろう。


 そう踏んで事に及ぶべく選ばれた行為が、先日の性交であった。


(やっちまったなあ)


 結果は惨憺たるものであった。


 先ず処女喪失という粘膜損壊の激痛、ありていに言えば内臓の軽微な損傷に耐えられず、異物挿入による圧迫から来る、強制的な周辺臓器の位置の変化。

 

 前戯不足による内部の不完全な湿潤から来る、押し引きの際に生じる抵抗と摩擦、それにより引っ張られる内部、まだ体力に余裕があったときは、羞恥心から引っ込みが付かなくなり強がりを言ったりもしたが、あまりにも上手く行かず、最後には動けなくなってしまった。


 見かねて相手の魔物の子が一から前戯をやり直してあげたおかげで、何とか行為そのものは続行できた。選りにも選って初体験を、他に女がいる男で済まそうとしたことが、功を奏したのである。


 人として最低ではあったが、相手に経験があったからこそ、何とかなったことだろう。正しい性交の知識がある先人とする、具体的なメリットであった。


 致す直前に煽ったものの、蓋を開けて見れば彼女のほうが、終始面倒を見てもらったという形である。


(今更だけど死ぬほど恥ずかしい)


 記憶の中の先人たちは、回数も沢山で経験も豊富であったが、それが自分のことだという、実感は湧かなかった。


 その時点で分かっても良さそうなものだが、確かめてみようという気持ちになって、行動までしてしまったことが、今回の失敗を招いたと言っても、差し支えない。

 

 いきりたっていた処女は、そうして素人道程ならぬ素人処女へと一歩キャリアを積んだ。


 結論として、転生したはずの鈴鹿御前は、転生先に取り込まれ、蓮乗寺桜子の一部となってしまった。


 以前の歴史で途絶えた存在は、今回の歴史ではこのような形で、幕を閉じたのである。


(私は私なんだ。そこに何が足し引きされようと)


 彼女は魔王の息子が言っていたことを思い出した。


 根源や由来がどうであれ、必ずこの世に現れる者がいると。この言葉を聞いた彼女は、正に自分がそうなのだろうと確信していた。


(後は得た物があるとすれば、これかな)


 桜子は体勢をうつ伏せに直すと、布団の中で服を胸の上まで脱ぎ、そっとブラジャーのホックを外した。以前はスポーツ系のフロントホックだったが、今ではストラップレスに変えた。


「んッ」


 小さく声を漏らしてしまい、聞かれてはいないかと一瞬焦るものの、幸いそれは杞憂に終わった。


 彼女が息を絞り意識を集中させると、背中の柔肌に産毛のようなものが密生し始め、徐々に大きさを増して伸び上がっていく。


 布団の下で盛り上がり、やがて捲るほどに巨大化したそれは、一対の灰色の翼となっていた。翼は人の腕よりやや長いくらいであった。


「ふーっふー」


 桜子は息を整えようとする。翼を生やす際には背中全体がくすぐったく、それでいて熱に浮かされたような感覚に襲われるからだ。


 彼女がブラジャーを変えた理由はこのせいだった。翼の生える位置が重なってしまうので、せめて外し易いように、ホックが後ろにある一般的なものにした。


 もう少しバストのサイズがあれば、ベルトの位置も下に降り、翼を避けられていたかも知れない。


「はあ」


 桜子は一つ大きく息を吐いてから、翼を天に、次に左右に大きく伸ばした。カーテンに触れないよう気を遣いながら。


 そうしてゆっくりと、ベッドの上で背中を露にし、翼を揺らめかせた。


 歴史が改変され、後付け転生の後に、彼女はこの翼を生やせるようになった。


 元からその素質はあったが、そのための訓練などはしてはいなかった。にも関わらずである。


 その翼は天狗の血が流れる証であったが、記憶の中の人々には、そんなものは無かった。


 付け足された魂が齎した力のおかげと言うべきか、せいと言うべきか。


 自分の血の根源は知らないのに、赤の他人の記憶ばかりがあることに、桜子は皮肉を感じた。自分の血は朱に交わったのだろうかと。

 

 彼女は自分の家系が、代々不義の血筋にあることを知っていた。やんごとなき人々の、傍流ならばいい所といった具合の。


 遠く祖先は天狗だなどと、揶揄されることもあったとは、彼女の祖母の言葉だった。


 その言葉が揶揄ではないことは、彼女の友人が知っており、そして今は本物の、人間崩れではないほうの天狗が、自分の下へやって来る有様。


 奇しくも本物、天然物の天狗が後天的な、妖怪変化のほうの天狗の前に現れるのだから、この世は本当に嫌味だと彼女は思った。


(これからどうしようかな)

 

 枕に顔を埋めながら、桜子はぼんやりと二人のことを考え始めた。


 自分の初体験の相手である魔物の少年と、その彼女であり、自身の友人でもある女性のことだ。


(無責任な言い種だけど、大丈夫かな)

 

 彼女とて単純に興味本位や、面白半分で相思相愛の二人に水を差すような真似を、した訳ではなかった。


 では何故手を出したのかといえば、幼い頃に聞いた自分の家柄の気色悪さと、勝手にやって来て、自分となった魂が持っていた、記憶のせいだった。

 

 破局と長い長いその後、そして訪れた破滅。繰り返す生と死。


 妙なことではあるが、その知識は自分のことと考えると、欠片も胸を打たなかったが、自分の友人たちに降りかかるやもと思った瞬間、彼女は急に怖気づいたのだった。

 

 あんなに幸せそうにしていた二人が、あまりにもくだらないことで滅びていった。


 ではこちらの二人はどうだろうか。


(要らないことをしたのは確かね)


『おぼこ』という単語が、彼女の脳裏に浮かんで消えて行く。


 要は不安に駆られて、じっとしていられず、何か二人のためになるようなことをしたかったが、その実は不要な波風を立たせて、自分と相手に要不要を問えば間違いなく不要な思い出を、一つ増やしただけった。


 かつて友人の少女に触れて記憶を幾らか読んだにも関わらず、こうして浮き足立ってしまったのは、それが彼女の気持ちではなく、ただの知識に過ぎなかったからだろう。


(今度記憶の交換をするのが億劫だわ)


 この改変された歴史を確たるものにすべく、彼女は少女に手を貸している。その際には予知夢を絵に起こすだけでなく、時には互いの成長の記憶を読み合い、読ませ合うこともあるのだが、当然他の記憶、思い出も見えてしまう。


 これもまた妙な話だが、彼女は少女の友人の中でもそこまで親しい間柄ではない。いつも彼女の隣にいる二人の女子とは、比べるべくもない。


 それなのに彼女は少女の秘密や、一番深い所を知っているのだ。


 ともすればこの一月を巡った暴走は、そんな彼女の言い様の無い、罪悪感から出たことであった。


(でも、これで仲が前より良く成ってたらサチコさんは魔王さんを取り返した形よね。私から。恨まれるのもしんどいけど、これで勝ち誇られたらそれはそれでムカつくなあ)


 どうしたものかと悩んでいると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。彼女が慌てて翼を消してブラを付けなおした直後、保険医がカーテンを捲った。


「どうかしたの」

「あ、いえ。横になると、ブラが痛くて」


 咄嗟に口を突いて出た言葉に、桜子は後悔したが、保険医の中年女性は、理解を示す頷きを見せた。


 下着の強ばりが安眠を妨げるのは、古今東西に絶えざる悩みである。


「安眠用のブラって売ってるらしいから調べてみたらどうかしら」


「あ、はい。えーとはい。ありがとうございます」


 そう言って保健室を退室すると、彼女、蓮乗寺桜子は睡眠用のブラジャーをお詫びの品として、今度サチコに送ろうと思ったのであった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ